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時は逃げ去る。しかし、大学は永遠である。

一橋大学長 山内進

 みなさん、卒業おめでとうございます。また、保護者や親族のみなさまなど卒業生に縁の深いみなさまにもあわせてお祝いを申し上げます。 いままさに大学を終えようとしているみなさんの卒業にあたり、私は、「時は逃げ去る。しかし、大学は永遠である。」という言葉をさしあげたいと思います。
 「時は逃げ去る」というのは実は「TEMPUS FUGIT」というラテン語を訳したものです。「TEMPUS FUGIT」という言葉は、みなさんも見たことがあるはずです。毎日のように見ていた人も多いのではないでしょうか。そうです。これは附属図書館書庫の前の額縁に飾られている言葉です。この額縁は東京高等商業学校時代に念願の図書館が一ツ橋の地に建てられたときに飾られたといいます。国立への移転とともに附属図書館に移り、爾来80年にわたりほとんどすべての学生や教授たちの姿を見守り続けてきました。一橋大学の大切な遺産のひとつということができます。
 この言葉は「時は逃げ去る」という意味です。テンプスは時間で、フーギットはフギオーという動詞のいわば3人称単数現在の変化形です。西洋音楽の形式にフーガというのがありますが、この「フーガ」はフギオーに由来しており、遁走曲と訳されます。つまり、フギオーというのは「逃げる」という意味です。したがって、「TEMPUS FUGIT」とは「時は逃げ去る」ということになります。
 だから、寸暇を惜しんで学べ、というのがこの言葉の真意です。同感ですが、この機会に少し「時間」というものについて考えてみたいと思います。時間には時計が機械的に進むのとは別に「個人の時間」や「集団の時間」というものがあります。時代と地域によって人の行動テンポは異なります。一般的にいえば、農業社会よりも産業社会、農村よりも都市のほうが時間の速度ははやいようです。農村では自然のリズムが支配するからです。したがって、ほとんどが農村である封建社会よりも産業が優位にある近代社会のほうが時間の進み方がはやいということになります。というよりも、近代社会では時計の時間が人々を支配します。時計にあわせて人々が行動するが、農業社会では自然が人々を支配する。自然にあわせて人々が行動するといったほうが正確かもしれません。
 もともと人々は、自然のサイクルにあわせて活動していました。日が昇り、日が沈む。それにあわせて人々は活動していました。その意味では、時計など不要でした。では、なぜ時計が出現したのでしょうか。
 一般に時計が出現したのはヨーロッパでは教会や修道院が最初だったといわれています。そこでは、毎日きちんと定まった時間にお祈りをあげることが重要とされたからです。もちろん、一般社会では時計は必要とされませんでした。自然のリズムが機械のリズムよりも優位にありました。しかし、時計の時間は少しずつ、社会に入り込んでいきます─ちょうど、キリスト教の正統な教義が社会に入り込んでいくように─。そして、ここで注目されるのは中世ヨーロッパにおいて、この「社会の時計化」の過程で先端的役割を果たした集団があったということです。大学です。
 ヨーロッパでもっとも古い大学といわれるのはイタリアのボローニア大学です。自然発生的なので具体的な創立年は不確かですが、通例は1088年と称されています。西ローマ帝国が滅亡して以来ほぼ忘れ去られていた偉大なユスチィニアヌス法典の最重要部分の講義をイルネリウスという人物が始めたのがこの年のことでした。その内容の素晴らしさを聞きつけてヨーロッパ全域から人びとが集まりました。イルネリウスの私塾はまたたくまに大学へと発展していきました。やがて法学博士という学位もこの大学で出されるようになります。法学博士は世に尊重され、その学位は高い地位や収入を約束してくれるようになりました。つまり、専門的知識を武器として生きていく専門人がここに出現したわけです。身分ではなく、能力によって人が評価される近代へとつながる画期的な事件です。
 興味深いことに、この中世のボローニャ大学には学則(1317/47年)といってよいものがありました。そこに「近代」を感じさせる興味深い記述があります。

 「われわれはボローニャ大学で学ぼうとする者の便宜を考慮し、毎年10月10日を始業日と定める。・・・・
 教授陣に講義の時間、時限、方法を示すことは有益なので、われわれは以下の点を確認する。・・・・・・われわれは、教会法か市民法(ローマ法)の教授は誰であれ、サン・ピエトロ教会の鐘が第一時課〔午前6時〕を告げ終わるまでは午前の講義を始めぬように命ずる。教授は、その鐘が止むまでに教室かその近辺にいなければならない。鐘が鳴り止んだらただちに講義を開始せねばならない。違反の場合、罰金9ボローニアシリングを支払うべきこと。サン・ピエトロ教会の鐘が第3時課〔午前9時〕を告げ終わった後の講義の開始、継続、打ち切りはできない。・・・・学生も全員ただちに退室せねばならない。違反の場合、該当者はそれぞれ10シリングの罰金を支払うべきこと。第9時課〔午後3時〕に講義を始める助教授は、サン・ピエトロ教会の第9時課の鐘が止んでからとする・・・」(アルノ・ボルスト/永野藤夫他訳『中世の巷にて』平凡社〔一部、修正〕)。

 講義をしっかりと時計の時間通りに行うように定めています。内容に応じてそのたびごとに講義が長かったり短かったりするのではなく、きちんと時計の時間にあわせて内容を配分して、最後まで講義することが求められています。学則には「教授が講義をするにあたり、いかなる章、教令、法律、箇条といえども飛ばしてはならぬことを確認する」という項目もあります。新しい時代の学問を切り開き、その学問に基づいて専門的職業人を育てた大学は「中世のなかの近代」でした。近代社会は「自然の時間」ではなく、「時計の時間」が支配する社会です。一橋大学の図書館に「TEMPUS FUGIT」 という額縁がおかれているのは、まさに大学にふさわしいもので、この言葉は、私たちに「近代の精神」をもち、「知を武器として世に出よ」、と伝えていると考えてください。
 さて、私はこれに「大学は永遠である」という言葉を付け加えました。これは何を意味するのでしょうか。これを説明するために、もう一度、ボローニア大学に戻りましょう。
 さきほど紹介したボローニア大学の学則は一橋大学のものと比べると随分違うという印象をもったことと思います。実は、ボローニア大学の学則は大学が学生に対して示した規則ではありません。それは、大学つまり教員と学生との契約でした。ボローニア大学の学生たちは自分たちの利益を守るために学生団という団体をつくり、その長である学頭(レークトル)が委員会を主宰して、先のような学則を作りました。このときの委員会の中には、ミラノの名門貴族ヴィスコンティ家に属する者もいました。「ヴェニスに死す」などで著名なイタリアの映画監督、ルキノ・ヴィスコンティはこの名門の子孫です。
 学頭は学生の長とはいっても25歳以上で、聖職者という条件がありました。また、財力が求められていました。したがって、名門の出身者が学頭に選出されました。学頭は多大な権力をもち、学生だけでなく、教員にたいしても監督を行いました。教授たちは、先ほどの学則を守ることを学頭に対して誓約しました。学則は学生を縛るものではなく、むしろ教員を義務付けるものでした。遅刻すると罰金までとられるわけですから、ボローニア大学の教授でなくてよかったと私は思います。
 ボローニア大学は国際的でした。ヨーロッパ全域から学生が集まってきました。最盛期には1万人の学生が在籍したとのことです。雑多でたくさんの外国人学生がいたので、学生団は大きくアルプスの北の集団とアルプスの南の集団に分かれました。学生たちは、その集団のなかにより密度の濃い、出身地別の同郷団(natio)を創って、自分たちの安全と生活の保障を確保しようとしました。ちなみに、このnatioは英語のネイションの語源です。時期にもよりますが、アルプスをはさんで北の同郷団は18、南のそれは17でした。北にはたとえば、イングランド、フランス、スペイン、ノルマン、ポーランド、ドイツなどがありました。
 この同郷団(natio)を集めた集団は学生団(ウニヴェルシタス universitas)とよばれました。普遍的な団体という意味なのですが、これが英語で言うuniversityになります。ユニヴァーシティとはもともと学生の集団をさした言葉なのです。大学で一番重要なのはなんといっても学生なのです。
 もちろん、このウニヴェルシタスは学生たちが学位をとって卒業した後も、そのまま残ります。組織として活動する法人というのはそのようなものです。いまいる学生がでていっても、新しい学生が入ってきます。ウニヴェルシタスつまりユニヴァーシティは後に続く学生がいる限り、決してなくならないのです。
 ここで最初の言葉に戻ります。私は「時は逃げ去る。しかし、大学は永遠である。」との言葉を皆さんに捧げました。一橋大学はその創立の時から、時代の最先端にある学問の府として、「時は逃げ去る」。だから寸暇を惜しんで常に努力せよ、ということをみなさんに伝えてきました。と同時に、この言葉は、みなさんが必然的に大学を去らざるを得ないことも伝えています。今思えば、この4年間はあっという間に、逃げるように過ぎ去ったのではないでしょうか。無常といえば無常です。
 しかし、面白いことに、大学は時計の時間で動くのに、時間そのものが永遠につづくように、永遠に続く可能性をもっています。ある大学が大学としての存在価値をもちつづける限り、存続します。みなさん、ですから安心してください。皆さんは卒業しますが、一橋大学は永遠に存在します。
 みなさんが、もう一度、大学に戻って勉強したいと思ったとき、一橋大学はみなさんを暖かく受け容れます。もっと飛躍したいと思ったとき、みなさんが困難な状況に陥ったとき、何かを深く考えたいとき、もう一度国立を訪れてください。一橋大学の図書館もキャンパスも黙ってみなさんを受け容れます。大学はいつも同じ佇まいでみなさんを迎えます。
 私たちは素晴らしいキャンパスを守り、発展させるために、日々努力します。このキャンパスは、景観だけでなく、日々の教育研究活動がもたらす雰囲気や先輩たちが培ってきた伝統を風景として伝えてくれます。キャンパスはある意味で大学を体現します。みなさん、卒業しても国立を思い出してください。一橋大学はみなさんを応援します。みなさんも一橋大学を応援してください。一橋大学を応援するというのは、まずみなさんが社会で活躍することです。その活躍ぶりをみて、優秀な後輩が一橋大学を目指します。次に、一橋大学のことを想い、卒業生であることを誇りとしてください。その想いと誇りがみなさんの背筋を伸ばし、一橋大学に輝きを与えます。最後に、想うだけでなく具体的に大学を応援してください。如水会にはぜひ入ってください。大学を永遠のものとするために、後輩を応援するために、一橋大学を支援してください。
 一橋大学は優れた知性と豊かな感性の交錯する空間として発展し続けること、永遠に存在し続けること、このことを私はみなさんに約束します。
 最後にもう一度、卒業にあたって皆さんに贈る言葉を繰りかえします。
 「時は逃げ去る(「TEMPUS FUGIT」)。しかし、大学は永遠である。」

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