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「第15回 一橋大学関西アカデミア」開催レポート

2018年8月29日 掲載

杉原薫

杉原薫
総合地球環境学研究所特任教授

冨浦英一

冨浦英一
一橋大学大学院経済学研究科教授

山川薫

山川薫
共英製鋼株式会社海外事業部兼人事総務部理事

瀬川拓

瀬川拓
日本合成化学工業株式会社常勤監査役

クォン・ヨンソク

クォン・ヨンソク
一橋大学大学院法学研究科准教授

松本正義

松本正義
関西経済連合会会長/住友電気工業株式会社取締役会長

中野聡

中野聡
一橋大学副学長

日本とアジア・世界との"ネクサス"における関西を考える

セミナーの様子

2018年2月17日(土)、大阪駅近くの梅田スカイビルにて、シンポジウム「第15回 一橋大学関西アカデミア」が開催された。テーマは、"アジアにひらく関西と日本~その過去・現在・未来"。総合地球環境学研究所特任教授の杉原薫氏による基調講演に続き、グローバルビジネスや海外との人材交流に関わる関西企業のゲストと、一橋大学の経済学や国際関係史の研究者を交えたパネル報告およびパネルディスカッションが行われ、"アジアに開かれた関西"の位置づけや重みが浮き彫りにされた。

「本邦初公開」のドローン映像で広報力強化

グローバリゼーションとアジアとの関係で関西を考えることを通じ、日本とアジア、さらには世界の未来へ架橋できるような理念の発信を目指して発足したシンポジウム「一橋大学関西アカデミア」。2018年3月で10年目の節目を迎えた。これを機に、今回のシンポジウムにおいては、この10年の総括も意識し、あらためて日本とアジア・世界との"ネクサス"(繋がり)における関西を考える機会とした。
まずは、今回のプログラムを企画した中野聡一橋大学副学長が開会挨拶に立ち、続けて一橋大学の紹介を行った。その冒頭、「本邦初公開」という映像が流された。それは、東京都心部でも20㎝以上も積もった大雪の翌朝、ドローン撮影した国立キャンパスの静謐で清々しい姿だ。課題とされてきた広報発信力を高めることを目的に、PR素材として今後も四季折々の動画を撮影(YouTube一橋大学チャネルで公開中)。これらの動画を活用した高校生向けの入学案内サイトの新設、「HQ」のウェブマガジン化等、さらに多くの人に一橋大学の魅力を発信していく計画が紹介された。

基調講演「資源ネクサスの大転換~アジアから展望するグローバル・ヒストリー」

セミナーの様子2

続いて、総合地球環境学研究所特任教授の杉原薫氏による基調講演が行われた。杉原氏は経済学博士として経済史と環境史を専門とし、ロンドン大学で10年あまり教鞭をとり、帰国後は大阪大学、京都大学、東京大学、政策研究大学院大学の各教授を務めた後、2016年から現職に就いている。一橋大学経済学研究科とも長く交流があり、主著『アジア間貿易の形成と構造』はサントリー学芸賞などに輝いている。
基調講演のテーマは「資源ネクサスの大転換~アジアから展望するグローバル・ヒストリー」。アジアの多くの国家は開発主義を掲げ、社会は経済成長と生活水準の向上を大きな目標とする"成長パラダイム"を受け入れることで、急速な経済発展をもたらした。一方で、そのことで環境と経済の長期的な関係を大きく変え、今、急速な経済成長と環境負荷との関係が問われている。そこで、地球環境の持続性を踏まえた世界経済の発展経路をどう構想すればよいか。杉原氏は、アジアの経済史を振り返り、1820年から1950年にかけての中国から海洋アジアへの経済重心の移動期、1950年から1980年にかけての日本とNIEsの高度成長期、1980年から2014年にかけての大陸への回帰・拡張期の3段階に分けて概説した。さらに、第2および第3段階について詳しい解説を続けた。第2段階における戦後のアジアの高度成長は、欧米を中心とする資本主義経済の発達工業化や化石資源依存型の経済発展経路と、戦後日本の、欧米もさほど経験したことのない"成長志向"を持つ優れた労働力による発展経路が融合してもたらされたとする。第3段階においては、1979年の中国における政策転換を期に、環太平洋経済が一挙に巨大化した構造が説明された。さらに、視点を現在および未来に移し、環境と社会の新しい関係はどうなるのか、"成長パラダイム"から"持続性パラダイム"への移行をどのように行えばいいのかといった考察を行って、発表を締めくくった。

パネル報告

「日本経済と企業のグローバル化~海外生産・アウトソーシングを中心に」

発表の様子

次に、パネル報告が行われた。最初に一橋大学大学院経済学研究科の冨浦英一教授が登壇し、「日本経済と企業のグローバル化~海外生産・アウトソーシングを中心に」と題して講演。日本の貿易依存度は今世紀に入ってから目立って上昇していること、近畿地区は日本全国と比べて中国、台湾、香港の中華圏依存度が高く米国依存度が低いという特徴、日本のモノの輸出に含有される業務量として、対人関係調整が目立って増加し比較優位性が認められること、日本企業の海外生産比率が一貫して上昇していることといった説明がされた。その上で、今世紀に入ってからのアウトソーシングの本格的な進展により、業務を細分化して最適な立地のアウトソーシング先に委ねるという、貿易や海外生産、移民による労働力といった従来の要素と異なる国際分業の新しい様相が広がっていることが話された。そして、人口減少が続く日本の企業は、今後ますます複雑化する国際分業のオペレーションが求められるようになるなどの日本経済のグローバル化における論点整理をして結んだ。

今こそ、経済界が中心となってアジアとの結びつきを強めるチャンス

2人目に、共英製鋼株式会社海外事業部兼人事総務部理事・元関西経済連合会常務理事の山川薫氏が登壇。電炉メーカーである共英製鋼株式会社の紹介および、電炉メーカーにとって原料となる鉄スクラップが近年増加の一途であり、有利な状況にあることが話された。次に、ベトナムの現地法人に赴任し、現地への製鉄技術の移転に関わったことや、需要拡大のため「ベトナム版住宅金融公庫」設立を目指し未実現に終わったエピソードを紹介。そして、関西経済連合会常務理事として、2012年に7回目となる関西財界訪中代表団が当時の副主席であった習近平現主席との面談を実現させた時のことが披露された。尖閣諸島問題など政治的には逆風が吹く中、中国側からは環境問題への対応や中小企業育成といった課題に対する日本側の協力への期待感が寄せられたという。また、習氏が校長を務めていた"中国版ハーバードビジネススクール"である中央党校にも訪問し、国を挙げて人材育成に力を入れる様を目の当たりにしたことが紹介された。さらに、「けいはんな学研都市」で音声翻訳の研究が進み、言葉で分断されていたアジアは言葉で統合される時が訪れようとしている今こそ、経済界が中心となって中国をはじめとするアジアとの結びつきを強くするチャンスにあるのではないかと投げかけてパネル報告を終えた。

「学生交流が未来の扉を開く」

3人目には、日本合成化学工業株式会社常勤監査役・前株式会社三菱ケミカルホールディングス中国総代表で一橋大学OBの瀬川拓氏が登壇し、「学生交流が未来の扉を開く」と題してパネル報告を行った。まず、中国の経済について、減速と報道されるが年間1.2兆ドルというタイ国3つ分に相当する経済成長を続けていることや、高速鉄道ネットワークが2.5万km(日本は3000km)に及ぶこと、ビッグデータを活用したスマートフォンでの電子決済は路地の屋台や結婚式の祝儀にまで及ぶほどニューエコノミーのライフスタイルが進展していることとその要因などを紹介。そんなケタ外れで多面的な巨大市場を持つ中国は一括りでは語れず、地域、産業や個々人に"因数分解"して語る必要があることが強調された。次に、日中間の学生交流の現状として、日本へ来ている中国人留学生が11万人と外国人留学生全体の41%を占めているのに対し、日本から中国に留学する学生は6000人と、わずか0.6%に止まるアンバランスな状況にあることが報告された。そして、一橋大学は中国交流センターを拠点に、中国の学生を国立キャンパスに招き学生交流を行ったり、日本の学生に中国を知ってもらう活動を行っていることが報告された。「今や世界のどこに行っても中国人がいる。日本人がグローバルを目指すならば、世界に広がりゆく中国人とも繋がることが大切で、そのために学生のうちからに同世代の中国人と交流しネットワーキングすることが重要である。その意味で若者は中国留学にチャレンジをしてもらいたい。シニアは、そんな若者のチャレンジを理解し応援することが必要」と指摘した。

"Look West"日韓文化交流の必要性

最後に、クォン・ヨンソク一橋大学大学院法学研究科准教授が登壇。"Look West"をキーワードに日韓文化交流について報告した。東アジアにおける日韓、日中関係は重要であるものの、中国、韓国に対して親しみを感じる日本人はそれぞれ18.7%、37.5%という残念な状況にある。しかしながら、中国の台頭や韓国のミドルパワー化、そして朝鮮半島の抱える政治的リスクが存在する中、東アジア情勢の正常化・安定化のためにも、ハードパワーからソフトパワーにシフトしての外交が必要と訴えた。だからこそ、日本から西にある韓国や中国を見る日本外交のマインドセットが必要と指摘。一方、日本にはあまり伝えられていないこととして、韓国国内における日本人気の現状を紹介した。最も人気のある旅先は大阪(関西)で、韓国の若者が勝手に大阪をPRするために制作したクールな動画を紹介。最も売れている作家は村上春樹で、日本人俳優が人気を集め、子ども向けの本には偉人として安藤忠雄氏や宮崎駿氏などが加わり、輸入車売上の2位は日本車といった事象が挙げられた。その背景には、日本における"韓流ブーム"の反動的に"日流ブーム"が起きていることを指摘。在日韓国人が多く住み、日韓交流の実績も豊富な関西が先頭に立って両国間の交流を深めていく必要性を強調して報告を終えた。

パネルディスカッション

未来の課題と、それを考えるキーポイント

次に、パネル報告者に杉原氏を加え、中野副学長が司会を務めてのパネルディスカッションに移行。それぞれが報告した領域における未来の課題と、それを考えるキーポイントについて、またパネル報告を受けての感想が述べられた。杉原氏は、クォン准教授の報告を受け、日本人と韓国人における関係性と同様のことがイギリス人とフランス人の間にも存在していることを指摘。そこから、歴史観を比較するにあたり、双方向の関係性で見直す必要性について言及した。
冨浦教授は、日本企業のグローバリゼーションを進めるためには、進出先に関して単に生産コストが安いからといった理由ではなく、市場経済システムや司法制度、契約遵守の精神といった諸機能が整備されていることが肝要である点を指摘。
山川氏は、中国における社会人が勉強し続ける社会制度の素晴らしさと、日本におけるキャッチアップの必要性に触れた。また、習政権の「一帯一路」のように経済や政治的な意図だけでなく、文化交流も重視する必要性を指摘。その点で、関西からの文化発信を大事にする意義について言及した。
瀬川氏は、中国における環境規制が世界トップレベルに達しているなど法制度の急速な進展がみられることを補足するとともに、中国における起業熱の構造に触れて、日本の若者はスタートアップに果敢にチャレンジする中国人と交流し、価値観の共有ではなく"違う考え方"の人がいることを理解する必要性を強調。さらに、日本人留学生の60%は女性であることに触れ、よりグローバルな"大和撫子"パワーへの期待と、関西と中国の共通点が豊富であることによるメリットについても言及した。
クォン准教授は、平昌に続いて東京、北京と東アジアで続けてオリンピックが開催される歴史的なこの期間を相互交流に存分に生かすべきと提言。また、真の"Look West"として、フランスとドイツの間の戦後処理のあり方や、ロンドンのガンジー像の存在をイギリスのソフトパワーの象徴ととらえ、日本と中国や韓国の間でも同様の成熟した関係に至るべきであることに言及した。

これからは、日本がアジアに学ぶ"Look West"が必要

さらに中野副学長は議論深化を誘導。杉原氏は、冨浦氏の報告した日本の比較優位性の話をとらえ、日本の特質をどう比較優位に結びつけるかについて言及。システムをパッケージにして輸出するだけでなく、価値観やプリンシプル、文化も含めて考える必要性を指摘した。
冨浦教授は、日本の輸出を伸ばすポイントとして、業種別に考えるのではなく、細部の調整力といった汎用性のあるスキルに着目すべきと指摘。
山川氏は、中国企業の平均寿命は4年であるという事実から、100年以上続く日本企業について学んでもらう意義について言及した。
瀬川氏は、ボーダレス化している今、どこに立地しているかよりもどこのマーケットにサービス提供するかが重要と指摘。また、スタートアップに果敢にチャレンジする中国の若者がおり、日本の若者も同様にチャレンジ精神を燃やしてグローバルに活躍してほしいと若者への期待を口にした。
クォン准教授は、日本の中心を関西に置き、山陰や九州に至る広域西日本の経済圏を構築するとともに、東アジアの全てが学べるシンボル的存在として大阪に「東アジア大学」を設立することを提言。さらに、大阪の"お笑い"は重要なソフトパワーであると指摘し、パネルディスカッションは終了した。
続いて、関西経済連合会会長・住友電気工業株式会社取締役会長で一橋大学OBの松本正義氏が来賓挨拶に立ち、「中国企業に勝てない日本企業が出始めている。日本をアジアが学ぶ時期は過ぎた。これからは、日本がアジアに学ぶ"Look West"が必要」と総括、中野副学長の挨拶をもって、闊達な議論を展開した本シンポジウムは閉幕した。