一橋教員の本
中世の秩序と法・慣習 : 混沌の時代を生きるためのルール
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松園潤一朗編著 |
編著者コメント
本書は日本中世法の入門書・概説書です。中世の法として皆さんがまず思い浮かべるのは鎌倉幕府や戦国大名の法でしょうか。これらの武家政権の法は当時の慣習が基礎にあったと理解されています。たとえば鎌倉幕府による永仁の徳政令は民衆的・土俗的な「ものの戻り」を正当とする観念や慣習が背景にあったと考えられています。
中世においては、武家だけではなく、朝廷、公家や寺社などの荘園領主(本所)、村や町などもそれぞれ固有の慣習を基礎としながら法を制定・運用する主体でした。さらに、混沌とした時代にあって、人びとのあいだには権力の法や裁判によらない、秩序の維持や紛争解決のための固有の規準・方法(ルール)が慣習法として成り立っていました。
慣習のうち法としての効力を有するものを慣習法と呼びます。一般に民間慣習が想定されますが、裁判例や裁判・行政の実務慣行なども含めて考える必要があります。中世において法と慣習の境界は曖昧で、歴史的な変化があります。法・慣習は不文の法格言(法諺)としても認識されており、「獄前の死人、訴えなくんば検断なし」という不告不理に相当する検断(刑事手続)の原則や、「仏陀施入の地悔い返すべからず」という寄進地を取り戻すことを不可とする観念などが存在しました。
法・慣習を少し挙げてみましょう。実力行使によって人や物品を略奪する「乱妨取り」、夫の前妻が夫の後妻を打ちたたく「後妻(うわなり)打ち」、山河は共同の場とする観念、自らに帰するまでの物権移転を明らかにする「手継を引く」、利息の総額は元本と同額(200%)までとする利倍法、証拠法としての起請(誓約)や神判、時効法など実に多様です。流刑(流罪)のように律の刑罰を継受しながらも「島流し」という固有の観念によって追放刑へと変容したものや、 東国武士の「囚人預け置き」慣行などの固有の自由刑も存在しました。
人と人、人と物の関係において、抽象的な権利関係に基づく近代法とは異なって、身体やその象徴的行為がもつ意味は大きく、主従関係を結ぶ際の「名簿(みょうぶ)捧呈」や、一揆結成の際の「一味神水(いちみじんずい)」などの儀礼が行われ、村落間の山野紛争での「鎌を取る」や、神領を示す「神木を立てる」は所有を可視的に表示する行為でした。空間のもつ象徴性としても、聖域・避難所(アジール)としての寺社・都市の機能などが知られます。
法・慣習は相互に対立する内容ももちました。検断における自白による判断と証拠による判断、裁判において権力の認可(公験)を重視する主張と「理非」は安堵によらずという権力の認可(安堵)の相対的効力の主張などがみられます。
さまざまな法・慣習が成立した中世固有の条件として、権力の多元性や自力救済のもつ一定の合法性に加え、戦争・災害・差別なども重要な要素となります。
本書では以上のような中世の法・慣習・格言について、「人」・「物」・「訴訟」の三部構成のもと100個の項目を立て、各分野の専門家にご執筆いただきました。現代では想像もつかない法や慣習から中世社会を浮き彫りにすることを試みた本です。ぜひお手に取ってみてください。