一橋教員の本
法と強制 : 「天使の社会」か、自然的正当化か
三浦基生著 |
著者コメント
本書は、「強制」というキーワードで法とは何かを考える本です。
強制は、法を学ぶ中でよく出てきます。法についての本や講義では、強制という言葉そのものだけでなく、何かを強いる、有無を言わせずに実現する…という局面が多々登場します。そうは言っても、法とはすべてがすべて強制である、とまでは言えないほどに、世の中においては法の言葉を用いてそれなりに円滑に物事が行われます。むしろ強制を用いないために、法の言葉を使って約束することのほうが多そうです。ですので、法学を学んでいる人ほど、法とはつまり強制だ、と言うのがためらわれることでしょう。本書はこのもどかしさに表現を与えたものになります。
奇しくも本書の成り立ちは、法と強制の関係を考えざるをえなかった、ある時期に遡ります。
この本は、日本でも新型コロナウイルス感染症のまん延が始まった2020年に集中的に執筆した、博士論文を元にしています。テレワークがデフォルトとなり、どのお店でも透明なカーテンが設置され、床にはレジ前に列をなす客が距離を取るための目印シールが貼られ、感染者を追跡するアプリが提供され…こうした、強制を用いない手法が大いに用いられる一方で、世界ではロックダウンと呼ばれる強制的な措置を取るケースも見られました。
いわば、現実が研究に追いつき・追い越していく中だからこそ、法による強制と強制によらない手法、国家法による強制と非国家主体による影響(例えば風評被害や「キャンセルカルチャー」)を区別することの意義はどこにあるかを考え直す必要がある…そう感じながら編まれた原稿が本書の元になっています。そのためか、日々目まぐるしく変わる世の中でも変わらないものを大事にした本になったと考えています。
そうは言っても、日々変わる法規制の環境を理解することもまた必要です。私は2023年5月に本学・法学研究科ビジネスロー専攻(千代田キャンパス所在)に情報法プログラムの教員として着任したのですが、とりわけ情報法においては、硬軟織り交ぜた様々な規制手法が入り乱れ、しかも国家法と国をまたぐ非国家主体との関わりを視野に入れる必要があります。日進月歩の技術と文字通り刻一刻と変化する法規制のなかで、法の強制の比重が下がっていくのか、あるいは反対に伝統的な法の強制の重要性が増していくのか…本書の積み残した課題は、情報法プログラムのみなさんと一緒に引き続き研究していきたいと考えています。
本書は、法学一般、法哲学に関心を寄せる方はもちろん、「強制」の倫理的側面に関心を寄せる方にもお手にとっていただければ嬉しいです。