巨大地震に備える、新しい防災通信インフラのかたち
- ソーシャル・データサイエンス研究科准教授坂野 遼平
2025年12月22日 掲載
来たるべき巨大地震のリスク
日本は世界有数の地震大国であり、今後数十年以内に複数の巨大地震が高い確率で発生することが予測されている。特に切迫性が高いものとしては南海トラフ地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震があり、マグニチュード7から9クラスの地震による甚大な被害と経済・社会への影響が懸念されている。
こうした巨大地震では、地震の揺れによる被害に加え、特に都市部において、火災の発生が大きな二次被害をもたらす可能性がある。たとえば東京消防庁による首都直下地震の建物被害想定では、揺れ等よりも火災による被害件数が多く見積もられている1。火災被害の拡大を抑えるためには、早期の火災検知に基づく迅速な消火活動が不可欠であり、このために消防法では建物規模等に応じて自動火災報知設備等の設置を義務付けている。
建物等に設置される火災検知のための設備にはさまざまな種類・構成が存在するが、一例としてオフィスビルの典型的な構成を以下に述べる。建物内の各部屋や廊下の天井部には火災感知器が設置され、地上階出入口付近には防災対応要員が常駐する防災センターが設けられる。防災センターには受信機が設置され、火災が発生すると感知器から受信機へとシグナルが送られる。防災センターの要員は、受信機の画面や警報音により火災の発生状況を把握し、電話回線を用いて消防機関へと通報する。設備によっては、あらかじめ登録された音声にて自動通報を行う場合もある。
上記の例を含め、現行の防災システムの多くは有線通信を基盤として構築されている。防災センターから消防機関への通報に用いられる電話回線は有線インフラであり、また感知器から防災センターへの信号伝達には一般に電気ワイヤーが用いられる。有線通信は平時であれば高い安定性が見込める一方で、巨大地震の発生下においてはケーブル断線のリスクがある。特に地中や海底に埋設された通信ケーブルが断線すると、復旧には長い時間を要する。実際、2011年の東日本大震災や2024年の能登半島地震においても、通信ケーブルが断線し、長時間にわたり電話やインターネットが利用できない状況が生じた2,3。来たるべき巨大地震に対し、火災による二次被害を抑え、被災地域の早期復旧へとつなげるためには、火災検知情報を伝達するロバスト(堅牢、強靭)な仕組みが必要であると考えられる。
防災無線メッシュネットワーク
前述の有線インフラ依存の問題に対し、筆者の研究室では、能美防災株式会社との共同研究として防災無線メッシュネットワークの検討を進めている[1][2][3]。以降では本取組について紹介する。
防災無線メッシュネットワークは、広域から狭域までをカバーする複数の無線メッシュを相互接続し、既存の有線インフラ(インターネットや電話網)に依存しない独立した防災用通信インフラを構築する構想である。図1に示すように、建物内の火災感知器等を無線通信で相互に接続してメッシュ状のネットワークを形成する。さらに、各建物内で形成されたメッシュネットワーク同士を、建物間通信によって相互接続し、より広域的な無線メッシュを構築する。長距離通信が可能なLPWA(Low Power Wide Area)を用いることで、建物間の距離が離れている場合でも無線リンクを形成可能である。
防災無線メッシュネットワークの主たる想定用途は、火災検知シグナルの伝達である。火災感知器が発したシグナルを、無線メッシュネットワークを構成する各機器(以降、ノードと呼ぶ)が転送し、防災センターや消防指令センターへとマルチホップ転送4で届ける。有線インフラを用いないことから、ケーブルの断線リスクを排除でき、かつ、メッシュ状のネットワークにより一部のノードに障害が生じた場合の迂回経路を確保することができる。自律分散的に無線リンク形成や経路計算等を行い、人手による設定作業を最小限に抑えることで、機器故障時の代替機設置等の迅速化も期待される。
本構想の実現には解決すべきさまざまな技術課題がある。以降ではその一例として、迅速なシグナル伝達を実現するためのタイムスロット制御について紹介する。

図1. 防災無線メッシュネットワーク
分散タイムスロット制御による通報の迅速化
無線メッシュネットワーク上の任意の2ノード間には複数の経路が存在することから、実際に情報を伝達する際には、どの経路を用いるかを決める必要がある。各ノードから一次対応者の所在へとシグナルを伝達する経路を得る手段として、一次対応者の所在を根とする

図2. 全域木の形成
無線通信では、近接する複数ノードが同一周波数帯で同時に電波を発出すると、電波同士の衝突が生じ、通信を行えない状況となる。そのため、近隣ノード間における電波衝突を回避する仕組みが必要となる。本研究では時分割多元接続(Time Division Multiple Access, TDMA)を想定している。TDMAでは、タイムスロットと呼ばれる時間枠を区切り、各ノードに専用のタイムスロットを割り当てる。各ノードが自身のタイムスロット内でのみ電波を発出することで、電波同士の衝突を回避することができる。
各ノードへのタイムスロットの割り当ては、シグナルの伝達に要する時間(以降、通報遅延と呼ぶ)に影響を与える。図3は、図2におけるノードGから根ノードAへの経路を例に、タイムスロットの割り当てが通報遅延に及ぼす影響を表したものである。タイムスロットが一巡する時間を1サイクルとすると、橙色のタイムスロット番号が割り当てられている場合、ノードG、E、Cが順に転送を行いシグナルがノードAに届くまでには3サイクル必要となる。一方、もし緑色のタイムスロット番号が割り当てられていた場合、1サイクルでシグナルの伝達が完了する。図3は簡略化した例を示しているが、実際にはより多くのノードにタイムスロットを割り当てるため、1サイクルが長くなり、タイムスロット割り当てによる影響はさらに顕著となる。

図3. タイムスロットの割り当てが通報遅延に及ぼす影響
タイムスロットの割り当て次第で通報遅延が増大し得る問題に対し、我々は自律分散的なタイムスロット制御の手法を提案している[1]。提案手法では、各ノードは隣接ノードとの間で根ノードまでのホップ数(情報伝達に必要となる転送の回数)とタイムスロット番号の情報を定期的に交換する。あるノードxのホップ数をh(x)、タイムスロット番号をt(x)と表すこととすると、隣接するノードxとノードyは、次式が満たされる場合にタイムスロット番号の交換を行う。
h(x)<h(y) ∧ t(x)<t(y)
これを各ノードが行うことにより、末端の
図4は、シミュレーションにより200ノードにて無線メッシュネットワークおよび全域木を形成し、上記の提案手法によるタイムスロット番号の調整を一定時間行った後の、各ノードにおける根ノードまでのホップ数とタイムスロット番号の関係を散布図としてプロットしたものである。根ノードに近いノードほどタイムスロット番号が大きい傾向となっていることが分かる。図5は、ノード数を50、100、200とした場合それぞれの、ホップ数とタイムスロット番号の相関係数(データ間の関係の強さを表す指標)の時間変化を表したものである。時間が経過するとともに提案手法によりタイムスロット番号の交換が為され、相関係数が負の値へと収束していく様子が表れている。また、図6は提案手法の適用有無による通報遅延の違いをサイクル数により評価したものである。ノード数を50、100、200とした各場合において、全ノードが1回ずつ発報元となり、通報遅延を測定した。提案手法を用いることでサイクル数を大幅に削減できていることから、火災検知シグナルを迅速に一次対応者へと伝達するために一定の有用性があると考えられる。

図4. ホップ数とタイムスロット番号の関係

図5. ホップ数とタイムスロット番号の相関係数の時間変化

図6. 通報遅延(サイクル数)
おわりに
本稿では、無線通信に基づく新たな防災通信インフラ「防災無線メッシュネットワーク」について紹介した。既存の有線インフラがダメージを受けた状況下でも機能し、火災感知情報を迅速かつ確実に伝達することを目指したものであり、災害時の被害拡大防止に寄与することが期待される。また、火災感知器をはじめとする防災設備は広く
今後、こうした技術を社会に展開していくためには、耐障害性や省電力性の向上といったさらなる技術的検討に加え、制度や運用面での整備も欠かせない。防災技術の進化は、単に現今の機器を高度化するものというよりは、行政・企業・地域社会が連携して災害に強い社会基盤を構築するための一歩と言える。来たるべき巨大地震に備え、こうした技術と体制の両面からの取組を加速させていくことが求められている。
1https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/ts/bfc_manual/high_school/cp5.html(2025年10月1日参照)
2https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC060ES0W2A300C2000000/(2025年10月1日参照)
3https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/pdf/n1120000.pdf(2025年10月1日参照)
4「マルチホップ転送」:複数の機器がバケツリレーのように情報を伝達し、遠方へ届けること。
参考文献
[1]奥田友希, 大西真晶, 坂野遼平, "被災通知無線メッシュ網における分散タイムスロット制御", 電子情報通信学会 論文誌B, Vol. J109-B, No. 1, 2026.(発行予定)
[2]Takumi Matsumoto, Masaaki Ohnishi, Ryohei Banno, Saneyasu Yamaguchi, "Fault Tolerant Path Detection in Wireless Mesh Networks for Disaster Notification", IPSJ Journal of Information Processing, 2026.(発行予定)
[3]Tomoki Okuda, Masaaki Ohnishi, Ryohei Banno, "A Study of Disaster Notification Wireless Mesh Network Applying Plumtree", IEEE Region 10 Conference, pp. 354-357, December 2024.
[4]J. Leitao, J. Pereira and L. Rodrigues, "Epidemic Broadcast Trees," IEEE International Symposium on Reliable Distributed Systems, pp. 301-310, 2007.

