日本と韓国のIT企業の発展パターン: 韓国NAVERの資源の組み替えを活用した成長戦略
- 経営管理研究科教授島本 実
2025年7月30日 掲載
はじめに:「規模の経済」と「範囲の経済」
企業が成長し、規模を拡大していく原理とは何か。この問いに対して、20世紀最大の経営史家A・チャンドラーは、それは「規模の経済」と「範囲の経済」であると主張した。前者の「規模の経済」とは大量の製品を扱うほど、後者の「範囲の経済」とは多種の製品を扱うほど一単位あたりのコストが減少することを指す。それらを早期に実現する大企業は、相対的にそれらに劣る他社に対して競争優位を享受できる。チャンドラーは、その著書『経営者の時代』において、20世紀の米国の大企業は、これらの原理によって成長を遂げたと説明している。
実際に経営史を振り返ってみれば、米国において19世紀後半から20世紀にかけて、現在でも広く名を知られる大企業が生まれた。自動車(フォード)、鉄鋼(USスチール)、石油(スタンダード石油)、化学(デュポン)は、その草創期に一つの産業に特化して専業的に大量生産や大量販売を実現した企業であり、第1段階ではスケールメリットによる「規模の経済」を活用して競争優位を得ることができた。またその後、これらの企業は社内で蓄積された未利用資源を利用して製品多角化戦略を進め、第2段階としてそれらの間のシナジーによる「範囲の経済」も活用するようになっていった。後者の段階について、チャンドラーはその著書『経営戦略と組織』の中で、第一次世界大戦後、米国の先進的な大企業が、多角化戦略に対して事業部制を採用することで「範囲の経済」を活用したことを鮮やかに記述している。これが有名な「組織(事業部制組織)は戦略(多角化戦略)に従う」という命題が示す意味である。
しかしながら、日本や韓国ではその経路がやや異なっていた。日本の経営史を振り返ってみると、三菱、三井、住友などの旧財閥系企業が複数の産業で有力な企業を有してきたことが分かる。たとえば三菱グループは、電機、自動車、化学などの企業を有している。同様に韓国でも、サムスングループは、電子、電機、重工業などを有している。一般に発展途上国の企業では、人材、設備、資本、情報など希少な経営資源を有する企業が、初期段階から複数の産業で事業を展開することのメリットが大きい。これは製品レベルではなく産業をまたぐレベルで「範囲の経済」を用いたものといえる。こうした状況では、複数の産業で利用できる希少な経営資源を持つ企業は、多様な産業に進出し、それらを一緒に経営することで優位性を発揮できる。これがいわゆる財閥の存在理由である。
米国Big Techに対する日本・韓国のIT企業の対応
それでは、これらは21世紀のIT企業の発展に対しても有効な説明の枠組みになるのだろうか。米国で成長著しいIT企業において、巨大プラットフォーム企業として知られるいわゆるBig Techは、それぞれ検索エンジン(Google)、Eコマース(Amazon)、SNS(Meta)、モバイル(Apple)、PC関連(Microsoft)を主力事業としている。そして、現在ではAIやモビリティなどの領域に進出しようとしのぎを削っているが、これまでのところ各社はそれぞれの中核的な事業を中心にしてビジネスモデルを形成している。これらの企業の強みは、それぞれユーザーの検索結果(Google)、ユーザーの購買履歴(Amazon)、ユーザーの交友関係(Meta)、ユーザーの利用情報(AppleやMicrosoft)を自社のビジネスに活用したり、広告用に使用したりすることにある。すなわち、それぞれの分野で膨大なユーザーデータを収集しており、各社ともユーザー数とデータ量を増やすことによるアルゴリズムの精度向上や、サーバーやインフラの大規模運用によるコスト削減といった形で「規模の経済」を最大限に活かしている。
その一方で、これらの企業は、近年、検索エンジン・Eコマース・SNS・決済・クラウド・モバイルなど多様な領域を一社で包括的にカバーする全方位プラットフォーム化に向かおうとしている。それは、多様な領域間のシナジーによる「範囲の経済」の活用を目指す動きといえる。
日本のIT企業については、全体として見れば、これまではおおむね米国に似て、事業ごとに強い企業が棲み分ける傾向が見られた。検索エンジンではソフトバンク・グループのYahoo! JAPAN、Eコマースでは楽天、SNSではLINE(2023年からはLINEヤフー)があり、携帯端末についてはシャープや京セラ等、その他メーカーが事業を展開している。また、ゲームの領域では任天堂やソニーが非常に強力である。これらの企業は自社の強みに経営資源を集中投下することで「規模の経済」を活用してきたといえる。日本企業は現時点では、米国企業のような全方位プラットフォーム化への展開は総じて遅れているとはいえ、現在、ソフトバンクや楽天は、モバイル事業や金融・投資事業を中心として「範囲の経済」を活かしたシナジーの活用に力を入れている。
ところが韓国では、ある特定のIT企業が、複数の領域で強い競争力を持つ傾向が見られる。NAVERは検索エンジン、Eコマース、コンテンツ、またKakaoもSNS、金融、ゲームなど広く事業を展開しており、そこで早期から「範囲の経済」を活かして複数の事業で優位性を発揮している。こうしたNAVERやKakaoのような韓国のIT企業は、なぜ複数の事業領域で強力なのだろうか。そうなるまでにどのようにして成長してきたのだろうか。IT企業が、米国のようにまずは専門領域に資源を集中するケースと、韓国のように早期から領域を超えて事業を展開するケースがあるのはなぜなのか。そこで本研究では、これらの問いに対して検討することによって、韓国企業が、同国内で米国企業を抑えて一定の市場シェアを占めるようになった理由を考えてみたい。
日韓IT企業の現状
以下では、日韓のIT企業の現状のプレゼンスをみてみよう。検索エンジンの利用割合について、驚くべきことに、世界全体ではGoogleが9割ほどのシェアを持っている。日本でもGoogleのシェアは8割と強力であり、Yahoo! JAPANは日本独自のポータル機能やサービス連携を活かしてもなお1割ほどのシェアを持つに過ぎない。しかし、韓国では検索エンジンにおいてNAVERが、Googleの3割をしのぐ6割のシェアを持ち、Googleと差別化することに成功している。これもまた驚くべきことである。
Eコマースでは、日本では国内の楽天と米国のAmazonが2強である。一方、韓国では、国内企業のCoupangとNAVERが2強であり、意外なことにAmazonは非常に弱い。簡単にいえば、韓国企業は米国の巨大プラットフォーム企業の優位性に対抗して、自国のIT企業が競争力を発揮しているのである。
こうした韓国企業の優位性はどのようにして築かれたものであろうか。ちなみに日本と韓国におけるITの普及の時期は、インターネットと携帯電話は1990年代末から2000年代前半、スマートフォンは2010年代前半であり、両国において大きな違いがない。すなわち、両国のIT企業の成長パターンの違いは、それが発展した時期の違いによって生じたものではないことは明白である。
日本のIT企業の成長パターン
以下では、検索エンジン、Eコマース、SNSなどを中心に、日韓のIT企業の歴史を簡単にたどりたい。まず日本の企業の歴史をみてみよう。検索エンジンについては、ソフトバンクが1996年に米国Yahoo!との合弁で、Yahoo! JAPANを設立した。これは日本で最初期の総合ポータルサイトであった。同社は同年からサービスを開始し、その後数年の間にメールやニュース、天気などのサービスを順次展開した。また、1999年にはショッピングやオークションのサービスを開始し、2000年代初頭からは、検索エンジンとリンクした広告ビジネスも拡大している。しかしながら2010年以後は、同社はGoogleの検索エンジンを採用するようになり、同サイトは現在では日本独自の地域特化型の検索エンジンではなくなっている。この点は後で説明するように、自社開発の検索エンジンを維持している韓国のNAVERとは異なっている。Yahoo! JAPANの売上高の中心は検索広告にあり、同社の強みはポータルサイトと連動した検索広告やディスプレイ広告による収入にあった。一方、ソフトバンクは、検索ビジネス以外にも、モバイル事業から、球団買収まで幅広く事業展開を進めている。さらに同社には、ソフトバンク・ビジョン・ファンドによる投資企業としての側面もある。その点で同社は、未来に実現される「範囲の経済」を、現時点ではシナジーが明確でないものも含めて、先取りしようと動いているといえる。
楽天は、1997年にエム・ディー・エムとして創業した後、2000年には検索エンジンのInfoseekを子会社化し、2001年には楽天トラベル、2005年頃には楽天カード、2009年には楽天銀行をグループに加えた。検索エンジンについては強みを発揮できず、後に他社に依存するようになった。その後も、2012年に電子ブックのKoboなどを取り込み、さらには2020年からは楽天モバイルなどに大規模投資を進めて事業を拡大した。現時点ではEコマースおよび決済・金融が事業の2本柱だが、今後、同社は楽天エコシステム(経済圏)をさらに広げることを目指している。数多くのサービスを有機的に結び付ける独自のビジネスモデルは「範囲の経済」を目指すものといえる。同社はモバイル事業などでは、巨額な投資を行い、全方位的に事業を拡張することを目指している。
日本でのオンライン・ゲームの分野では、後で説明する韓国とは異なり、ソフトバンクや楽天は強みを活かせず、DeNAが間隙をついてモバイル・ゲームで競争優位を発揮した。DeNAは1999年に創業された後、2006年にはMobage Townを開始し、その後はショッピングサイトにも事業を展開することを目指したが、その成果は限定的であった。また日本では伝統的にコンソールゲーム市場が大きく、そこでは任天堂とソニーが強力な製品を出してきたことも注目すべき特徴である。
韓国IT企業の成長パターン
次に韓国のIT企業の成長パターンをみてみよう。韓国の検索エンジンの最大手であるNAVERは、韓国のGoogleとして知られている。同社は、サムスンSDS(Data Systems)の社内ベンチャーから始まり、1999年にネイバーコムとして独立した。翌年にオンライン・ゲーム企業のHangameを合併して、2001年にNHN(Next Human Network)に社名を変更した(2013年にNAVERに名を戻したので、以下では簡便化のため、この間も一貫してNAVERと記す)。また同年には、Eコマース事業に進出している。草創期の収益源は、主にHangameのオンライン・ゲーム事業であった。2006年になると、NAVERは1stnoonやData chorusなど他の検索エンジンやストレージ・ソリューションのスタートアップ企業を合併して事業を拡大していった。ポータルサイトとしてのNAVERは韓国語・韓国市場に特化した検索エンジンを開発し、Googleと差別化することに成功した。同社はEコマース事業においても、以下で言及する韓国のCoupangに迫るシェアを維持しつつ、Amazonの参入を防いできた。
Eコマースでは、韓国のAmazonと呼ばれているCoupangがNEVERをしのぐ最大のシェアを持ち、配送が圧倒的に早いロケット配送を特徴として、韓国のオンラインショッピング市場で大きな存在感を示している。同社は、Eコマースに資源を集中することにより、インフラを整備した点で、米国のAmazonと似た成長パターンを歩んできた。
SNSでは、Kakaoが韓国最大手である。同社は2006年にIWILABという名前で設立され、2010年に社名をKakaoに変更した。Kakaoは2010年にモバイルメッセンジャーKakao Talkを開発し、これが韓国で大ヒットした。現在もなお韓国でもっとも人気あるSNSアプリである。
NAVERは、このKakao Talkへの対抗策として、2011年に自社でSNSアプリのNAVER Talkを開発したが、これはユーザー獲得に失敗したため、短期間で終了となった。
一方、NAVERの日本法人であるNHN Japanは、ちょうど同じ頃、独自でSNSアプリを開発していた。それがLINEであった。その開発には、日本市場向けのアプリとして、日本法人のプロジェクトチームが中心となり、日本人スタッフが多く関わった。LINEは2011年の東日本大震災後の救援活動に活用されたことで知名度を上げ、日本では定番のSNSアプリとして、行政機関も含め多方面で使用されるようになった。LINEは台湾やタイでも人気を集めたが、韓国ではKakao Talkが優位であった。
NAVERは、こうした日本でのLINEの成功を見て、2013年に日本法人(NHN Japan)を分社化して、法人名もLINEに変更した。LINEの自主性を尊重したのである。また同年には、自社のゲーム事業もNHN Entertainmentとして分社化している。このようにNAVERでは、成功した事業を積極的に分社化している。これはソフトバンクや楽天とは異なる同社の特徴である。
後の2023年、LINEとYahoo! JAPANなどが合併し、LINEヤフーとなり、ソフトバンクとNAVERが共同で管理するようになった。この年、LINEヤフーはNAVER Cloudに業務を委託しており、そこを経由した不正アクセスによる個人情報漏洩事件が発生した。この事件を受けて、総務省がLINEヤフーに対し、情報管理体制の強化や再発防止策を指導・要請した際には、韓国では日本に事業を奪われるのではないかという批判の声も起こった。情報インフラが国境を超える時代には、国家間の政治的な関係の変化が、企業のガバナンスにも影響を与えることになる。
NAVERの事業の組み替えを活用した成長戦略
NAVERの成長パターンの特徴をまとめると、そこには以下の特徴がある。まず同社は、創業期に多種多様なスタートアップ企業を買収することで経営資源を蓄積した。そして、2010年頃まではゲーム事業を、また2020年頃にはSNS事業を収益源として、検索エンジンとEコマースを発展させていった。同社の関連会社の数をみてみると、2008年にはゲーム関係、2012年には検索エンジン関係、2015年にはSNS関係、2022年にはコンテンツ関係の関連子会社が最多になっており、事業の力点が時間とともに変化していったことが分かる。
NAVERは傘下に収めた企業の優秀な人材をグループ内で優遇し、活用した。また、2015年以後は、スタートアップの集合体を目指して、傘下の子会社に対してフラットな組織構造を構築し、権限を委譲し、自主性を高めている。さらに同社は、スタートアップとの連携やオープンイノベーションを積極的に推進している。
またNAVERは、ある事業から得られた利益を他の事業に振り向けることで、急速に変化するIT産業の市場環境に組織的に対応していた。すなわち、企業内部に資源を蓄積して総合的な成長を目指すのではなく、個別の子会社をサポートしつつも、グループ全体のポートフォリオに関しては事業を積極的に組み替えることによって、長期持続的に強みを形成・維持していた。そこには資源の組み替えやスピンオフを活用した成長戦略があった。
NAVERの特徴は、日本企業と比較して、以下のように説明できる。たとえば、ソフトバンクはファンド事業においてまだ現時点ではシナジーが定かでない事業に投資をしている。事業は売買されることで組み変わっているが、投資の観点が先立っているため、長らくファンド事業の収益は安定しなかった。一方、楽天は全方位的に事業を拡大しているため、モバイル事業への大規模投資により現時点では利益が上がらない状況に苦しんでいる。
それに比べて、NAVERは育てた事業を独立させつつ、その利益で次の事業を育てる循環的なサイクルを構築し、それにより継続的に右肩上がりの成長を達成してきたといえる。日本や韓国では、米国の巨大プラットフォーマーに対抗する際に、地域性の優位と早期から領域横断的なシナジーを活用した戦略を構想せざるを得なかった。そうした中で、事業を育てつつ、成功したものは積極的に独立させ、手放していくNAVERのやり方は独自のものであった。
組織能力と取引コスト:何が企業の境界を決めるのか
21世紀初頭には、インターネットの発達によって取引コストは下がり、大企業の時代は終わるという予想もあった。しかしながら、現在でも各国の巨大IT企業は、紛れもなく大企業であり、大企業が有利である何らかの必然性は消滅してはいない。しかしながら、やみくもな巨大化は、組織化コストの増大を招き、コングロマリット・ディスカウントを発生させる。その点で、企業の規模の境界線は、経営学的に見れば、それらが一体として経営されるべき組織能力を持つ範囲によって決まる。これは経済学的に見れば、取引コストを組織化コストが上回る点だと説明することも可能である。ただしチャンドラーは、組織能力こそが抜本的なものだと考えていた。
以上のような状況を考えれば、21世紀のIT企業の発展に対しても、チャンドラーの「規模の経済」と「範囲の経済」の分析枠組みを用いることは依然、有益である。この枠組みを使えば、事業規模を拡大しつつ、同時に事業範囲を広げることによるメリットを享受しようとするIT企業各社の戦略の合理性を理解することが可能になる。また環境変化が激しいIT業界では、単に事業の規模や範囲を拡大すれば良いのではなく、自社の統制の効く範囲において事業を保ち、それが難しい部分は独立させたり、手放したりしていくことも必要である。その際に、企業は、何を自社内に抱えるか、何を独立自治的に経営させるかを判断する必要がある。チャンドラーが晩年に、その重要性を示唆した組織能力や支援的ネクサスの実態に迫るためには、逆説的に成功している企業が、どのような基準によって、自社の事業を統合したり、切り分けたりしているかを観察することが有効である。
その意味で、韓国のIT企業が、経営資源をより柔軟・迅速に組み替えることによって、「規模の経済」を維持しつつ、同時に「範囲の経済」を実現してきたことに注目することは、私たちが企業の組織能力の内実について考える際にも、一つの有益な視座を提供してくれるはずである。
【参考文献】
①Shimamoto, M., & Kim, S. (2024). A study on the development patterns of Japanese and Korean IT companies. In Proceedings of the Korean Academy of Business History. The Korean Academy of Business History, Seoul, South Korea.
②Shimamoto, M., Jeon, S., & Kim, S. (2024). Mutual learning between Japanese and Korean firms on Internet games. In Proceedings of the European Business History Association. European Business History Association, Lisbon, Portugal.
③Kim, S., Jeon, S., & Shimamoto, M. (2025). Comparative study on the business model formation patterns of Korean and Japanese IT companies. In Proceedings of the Business History Conference. Business History Conference, Atlanta, USA.
④Shimamoto, M., Jeon, S., & Kim, S. (2025). Growth through M&A of Startups by Large Firms: Cases of Japanese and Korean IT Companies. In Proceedings of the European Business History Association. European Business History Association, Brussel, Belgium.