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自治体の研究開発支援と地域企業のイノベーション

  • 経済学研究科教授岡室 博之

2024年7月5日 掲載

新しい技術、製品・サービスや事業等を生み出すイノベーションは経済発展の重要な源泉である。私たちが直面するさまざまな社会的課題の解決のためにもイノベーションが必要である。そのイノベーションを起こすためには研究開発が欠かせない。研究開発の主体は企業、大学、公的研究機関、個人発明家などであるが、主な担い手は企業である。しかし、企業の研究開発には不確実性や市場の不完全性を含む「市場の失敗」が伴うため、適切な公的支援がなければ研究開発は十分に行われず、社会全体としてイノベーションが不足する恐れがある。そのため、政府は補助金などさまざまな形で研究開発を支援している。

政府が使える政策資源(予算、人材等)にも限りがあり、それを限られた情報の下で多くの政策目的に適切に配分しなければならない。しかし、政府(政策担当者)も全知全能ではなく、公的支援が必ずしも適切に行われるとは限らない。そのような「市場の失敗」と「政府の失敗」の間で、どのような公的支援をどのように行うことが社会全体の視点から望ましいのかを考察し、検証することが重要な課題になっている(岡室・西村2022)。

研究開発への公的支援を行うのは(中央)政府だけではない。中央集権的といわれる日本でも、今世紀に入って研究開発支援を含む地域振興政策の分権化が進んでいる(Okamuro, Nishimura and Kitagawa 2019、西村2023)。国と自治体に期待される役割は自ずから異なり、国には国民全体の経済厚生を考慮して全国一律の政策を立案することが期待される一方、伝統的に国の政策を地域で実施・運用していた自治体にも、地域の状況やニーズを考慮し、地域に適した独自の政策("place-based policy")を行うことが求められている。

それにもかかわらず、地域イノベーション・システム(あるいはエコシステム)の議論において、国と自治体の政策の関係についての実証分析は十分に行われていない。そもそも、どの自治体がいつからどのような支援を行っているのか、地域企業がそれをどのように、どの程度利用しているのかも、あまり知られていない。したがって、地域レベルの政策の研究は、まずそのようなデータベースを自ら作成することから始めなければならない。

国は多大な政策資源(予算、人材等)を持ち、さまざまな分野での政策立案・実施の経験と能力を備えているが、それぞれの地域や企業の事情に疎く、また政策立案においてそれらをすべて考慮することはできない。それに対して自治体(特に市区のような基礎自治体)には政策資源が少なく、特に研究開発支援については政策の知識も経験も乏しいという制約はあるが、地域の事情や政策ニーズに比較的詳しく、地域企業との距離が近いために地域に即した政策を立案・実施しやすいという利点を持つ。このように国と自治体の両者は地域政策について対照的な強みを持つので、両者の政策は補完的であり、相乗効果を持つと予想される。中央政府と地方政府のような異なる行政レベルの政策の関係・関連性(multilevel policy mix:重層的な政策)が基礎自治体でも重要な意味を持つのかどうか、これが筆者の第一の研究関心である(Okamuro and Nishimura 2021)。

研究開発支援にも補助金以外にさまざまな方法がある。先行研究は主に補助金と税額控除に注目するが、研究開発支援の内容はこのような資金面の支援に限られず、サービスの仲介やネットワーキング、専門的な助言や指導、販路開拓など多岐にわたる(西村2023)。筆者はこのような支援を資金面のハード支援とそれ以外のソフト支援に区別し、それらの効果の違いと補完性に注目する。自治体は予算制約が強く、研究開発に多額の補助金を出すことはできないので、支援の重点は仲介を含むソフト支援にあると考えられる。このようなハード支援とソフト支援の効果の違いと補完性の検証が、筆者のもう一つの研究関心である。

地域は多様であり、同じ地域にもさまざまな課題とニーズを持つさまざまな企業があるので、自治体には地域に合った多様なソフト支援が期待される。しかし、予算と人材、経験の制約により、自治体(市役所の特定の部署の職員)がこれらの専門的な支援を万遍なくきちんと提供するのは困難である。そのため、特に地域の官民連携(商工会・商工会議所、地域金融機関、中小企業団体、税理士等の士業者など、地域の支援機関・団体との連携)や産学官連携が重要な意味を持つと考えられる。このような地域内の連携の効果を検証することも、筆者の重要な研究関心である。

筆者は西村淳一(学習院大学教授)との共同研究で2016年に自治体の研究開発補助金に関する調査を行い、都道府県と市区の研究開発補助金の内容と実績の違いを明らかにした(岡室・西村2022)。2015年度に少なくとも全国の130市(東京都23区を含む)が研究開発補助金事業を実施しており、1件あたり補助金上限の平均値は366万円である。2020年には全国の815市(東京都23区を含む)の研究開発支援の実施状況を調査し、534市区(66%)から回答を得たが、その46%(246市区)が研究開発支援を実施していた。そのうち研究開発支援に関する詳細な質問に回答したのは198市区である。研究開発支援のうち最も広く行われているのは補助金(66%)であり、次いで新製品の販路開拓支援(61%)、国や県の助成金の紹介や申請支援(59%)である。多くの市区が、さまざまな支援に取り組んでいることが分かる。事業開始年度の中央値は、融資・出資の斡旋(2000年)を除いて概ね2010年前後である。多様な支援のうち、都道府県との連携事業として行われているものは少ないが、外郭団体や民間団体との協力は広範に見られる(表1)。

表1:回答市区が実施する研究開発支援

実施率
(%)
開始年度
(中央値)
県との連携
(%)
外郭・民間団体と連携
(%)
補助金給付 66 2011 11 30
公的助成の紹介・申請支援 59 2011 20 65
新製品の販路開拓支援 61 2011 9 51
技術的助言の仲介 27 2008 6 55
融資・出資の斡旋 15 2000 3 48
研究設備の利用仲介 18 2007 8 43
共同研究先等の紹介 24 2010 6 53
知財取得・活用支援 34 2011 7 51
税控除 2 2012 2 6

出所:独自の自治体アンケート調査の回答データを用いて筆者作成。

筆者は他方で2017年に全国の製造業中小企業(従業者数10人から300人までの12,000社を抽出)に研究開発支援の利用についてアンケート調査を行い、その回答データを企業財務データベースと接合して、市区、都道府県、国の研究開発補助金が受給企業のその後の生産性(イノベーションの指標の一つとされる全要素生産性)にどのように影響するのかを、パネル固定効果モデル及びシステムGMMと呼ばれる分析手法によって定量的に検証した(Okamuro and Nishimura 2021、岡室・西村2022)。その結果は、市区や都道府県の研究開発補助金が、若干のタイムラグをもって、受給企業の全要素生産性を持続的に大きく高めること、また市区と都道府県、市区と国の補助金の相乗効果(補完性)が大きいことを示唆している。たとえば、市区と都道府県、市区と国の補助金を同時に受給すると、その2年後から全要素生産性は受給企業の平均で持続的に30%ないし21%上昇する。

2021年には前年の自治体調査の回答市区の中から支援の実施状況と産業集積の規模によって21市区を選び1、そこに立地する製造業・ソフトウェア業の計8,424社を対象に研究開発支援の利用状況等を調査し、516社から回答を得た(有効回答率6.1%)。回答企業のうちOrbisデータベースと接合して財務データを取得できたのは300社余りである。このデータを用いて、①市区と国・県からの公的支援の利用の効果と相乗効果、②資金面のハード支援とそれ以外のソフト支援の利用の効果と補完性、③地域の支援機関・団体の支援の効果と公的支援との補完性を検証する。ここで問題になるのは研究開発支援の利用に関する選択バイアス、つまり利用企業は無作為に決まるのではなく、何らかの合理的な理由によって選ばれているという意味での、サンプルの偏りである。そのため、以下の2段階推定によって選択バイアスを除去することを試みる2。第1段階は支援の利用の有無を被説明変数として、それを企業属性、経営者属性、経営者の政策関心度に回帰する(プロビット分析)。第2段階ではプロビット分析の結果を考慮して、売上高や新製品の数といった成果変数を研究開発支援の利用、その他の支援の利用、企業属性に回帰する(最小二乗法)。

2段階目の分析結果を表2にまとめる。市区による研究開発支援、特に資金以外のソフト支援の利用によって、イノベーション成果(新製品数)と売上高が増大したことがわかる。市区の支援と地域の支援機関の支援の補完効果も見られる。新製品数については、市区と国・県の重層的支援の効果も市区のハード・ソフト支援の補完効果も見られる。以上の分析結果は暫定的なものであるが、自治体(市区)の支援を含む重層的支援、ハード支援とソフト支援の補完性、地域の官民連携の重要性を示唆している。

表2:研究開発支援の効果(まとめ)

主な説明変数 / 被説明変数売上高新製品数
市区の支援
国・県の支援
重層的支援
市区のハード支援
市区のソフト支援
両者の補完効果
国・県のハード支援
国・県のソフト支援
両者の補完効果
地域支援機関の支援
市区と支援機関の補完効果
国・県と支援機関の補完効果

注)定数項とコントロール変数に関する結果を割愛
は有意な正の効果を示す(空欄は非有意)。

地域経済の活性化のためにも、地域におけるイノベーションの創出は重要である。研究開発支援はそのための重点課題の一つになっているが、地域の事情に合った政策の立案・運用が志向される中で、地域における研究開発支援がどのように設計されるべきかが問われている。しかし、このような視点からの学術研究、特に実証研究は、データの制約もあってまだ十分に行われていない(西村2023)。本稿がその議論の一助となれば幸いである。


1対象自治体は、北から順に、岩手県盛岡市・一関市、福島県いわき市、新潟県小千谷市、長野県千曲市・茅野市、石川県金沢市、群馬県館林市、茨城県ひたちなか市、東京都北区、神奈川県相模原市、岐阜県岐阜市、愛知県安城市・大府市・春日井市、三重県鈴鹿市、大阪府吹田市・和泉市、岡山県倉敷市、広島県広島市、長崎県長崎市である。

2このような2段階推定は「Heckmanのサンプル・セレクション・モデル」または単にHeckit(ヘーキット)と呼ばれ、サンプルの選択バイアスの除去に一般的に用いられる。

【参考文献】

岡室博之・西村淳一(2022)『研究開発支援の経済学 エビデンスに基づく政策立案に向けて』有斐閣。
西村淳一(2023)「地域のイノベーション・エコシステムと研究開発支援:自治体・企業のアンケート調査に基づく展望と考察」『研究 技術 計画』第38巻第3号、315-330頁。
Okamuro, H. and Nishimura, J. (2021). Effects of multilevel policy mix of public R&D subsidies: Empirical evidence from Japanese local SMEs. Science and Public Policy 48 (6), 829-840.
Okamuro, H., Nishimura, J. and Kitagawa, F. (2019). Multilevel policy governance and territorial adaptability: evidence from Japanese SME innovation programmes. Regional Studies 53 (6), 803-814.