ポストコロナの中小企業金融
- 経済研究所教授植杉威一郎
2023年10月2日 掲載
2020年初頭に始まったコロナ禍の下では、中小企業にこれまでにない規模で資金繰りへの支援策が提供された。民間金融機関と政府系金融機関はともに実質無利子・無担保のいわゆるゼロゼロ融資(民間金融機関分については2020年5月から2021年3月、政府系金融機関分については2020年4月から2022年9月)を提供した。同時に政府は、持続化給付金、家賃支援給付金、雇用調整助成金などの補助金・給付金による支援措置も提供した。
これらの資金繰り支援策は、全体として倒産減少を通じ既存企業の退出を大きく抑制する効果を持った。倒産というのは、企業が債務の支払い不能に陥ったり、経済活動を続けることが困難になったりする状態を指す。民間の信用調査会社が、破産法、民事再生法、会社更生法などの法律に基づく措置に加えて、銀行取引停止処分などの民間による措置を含めて定期的に集計している。
その後現在に至るまでに、経済環境は大きく変化した。現在の日銀短観の業況判断DI(Diffusion Index、業況が「良い」と回答した企業の比率から「悪い」と回答した企業の比率を引いたもの)をみると、中小企業での水準は、過去の危機時に提供された大規模な信用保証プログラムが終了した時期(2001年3月、2011年3月)を上回っている。コロナ禍による流動性不足を金融により補う必要性はなくなっており、むしろ、世界的なインフレや金融引き締めに伴う景気後退リスクに注意が必要な状況である。
一方で、コロナ禍の下で貸出面からの支援措置を利用した中小企業に残るのは、すでに得た資金の返済義務である。実際の倒産件数をみると、2022年半ば以降、前年比で増加に転じている。倒産増加の要因としては、人手不足などの供給制約が挙げられている。しかし、企業における負債への依存度を大きく増加させたゼロゼロ融資などの返済が始まっていることも、倒産の増加につながっている。
コロナ禍後における中小企業の今後を考えるうえでは、措置を利用した中小企業がコロナ禍における業績の落ち込みから回復する必要がある。業績が回復してはじめて、資金の返済も可能になり、中小企業がコロナ禍の出口に至ったと言える。
この点に関する手がかりを示す研究として、筆者をはじめとする研究グループでゼロゼロ融資を利用した中小企業における負債の返済可能性について検証したものがある。20年11月までに措置を利用した企業に焦点を当て、本田朋史・一橋大学研究員、細野薫・学習院大学教授、宮川大介・一橋大学教授、小野有人・中央大学教授と行った共同研究の内容を紹介する(肩書はいずれも論文公刊時のもの)。
まず、コロナ禍で講じられた政府系や民間によるゼロゼロ融資利用の決定要因をみてみよう。すると、いくつかの特徴を指摘することができる。第1に申請要件を満たす中でも、コロナ禍以降の売上高の落ち込み幅が大きい企業やコロナ禍以前から信用リスクが高い企業ほど、支援措置を利用する傾向にある。当座のショックが大きいだけではなく以前からパフォーマンスが悪い企業ほど、支援措置の対象となっていたことを意味する。第2に金融機関の支援なくしては事業存続が難しいゾンビ企業は、非ゾンビ企業よりも政府の支援措置を利用する傾向にある。これは、われわれと同様に20年11月までに支援措置を利用した企業を分析した先行研究での結果とは異なる。結果の違いは、ゾンビ企業を特定する基準の違いに起因する。今回用いた基準で特定した企業は、実際に条件変更など金融機関の支援をより高い割合で受けていたことがわかっており、本来のゾンビ企業の定義に近い。
こうしたリスクの高い企業やゾンビ企業による支援措置の利用は問題なのだろうか。これらの企業が政府の支援措置を多く需要するのは自然であり、正の正味現在価値を有する企業である限り、政府が企業への支援措置を提供することには妥当性がある。またいったんゾンビ基準に当てはまる場合でも、その状態から脱却する企業も多いため、必ずしもゾンビ企業による支援措置の利用が、回復見込みのない企業に対する延命支援というわけではない。さらにコロナ禍のような緊急時には、支援に値する企業が支援を受けられないリスクへの対応が、支援を得るべきではない企業が支援を受けるリスクへの対応よりも優先するという考え方があり得る。
しかしながら、政府による支援措置を利用した企業のパフォーマンスが悪化するということであれば、様相は異なる。そこで次に、措置の利用後において、負債比率、現預金比率、信用調査会社が提供する信用評点、ゾンビ企業が占める比率、退出率などの指標がどの程度変化したかを観察した(表参照)。
現預金比率 変化 | 負債比率 変化 | ゾンビ企業比率 変化 | 信用評点 変化 | 退出率 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
政府系金融機関による ゼロゼロ融資 |
利用企業 | +6.3% ポイント |
+5.5% ポイント |
+14.4% ポイント |
-1.17 ポイント |
0.1% |
非利用企業 | +4.3% | -0.1% | +5.3% | -0.25 | 0.5% | |
両者の差 | +2.0% | +5.5% | +9.1% | -0.92 | -0.3% ポイント (非有意) |
|
民間金融機関による ゼロゼロ融資 |
利用企業 | +5.6% | +2.5% | +9.0% | -0.62 | 0% |
非利用企業 | +3.5% | +0.2% | +2.2% | -0.30 | 0.6% | |
両者の差 | +2.1% | +2.3% | +6.8% | -0.32 | -0.6% ポイント |
支援措置利用企業は、非利用企業に比べて退出率が一定程度抑制されており、貸し出し面からの支援措置が実際に利用した企業の退出を防いだという点が明らかになった。また負債比率と現預金比率の上昇幅は利用企業で大きい。今回のゼロゼロ融資が無利子という好条件であったため、とりあえず予備的に借りて手元に資金を置いておくという行動が多くみられた。支援措置利用企業で負債比率と現預金比率の上昇幅が同時に高まっていることは、こうした企業行動を反映しており、過去の危機時に信用保証制度を利用した企業の行動とは異なる。現預金増加に見合う分に限れば、負債の返済は比較的容易だと考えられる。
一方で、信用評点をはじめとするパフォーマンスの低下幅は、利用企業が非利用企業を上回る。また金融機関の支援がなければ事業の存続が難しいゾンビ企業の比率についても、利用企業で増加幅が大きい。支援措置利用後1年という短い期間での評価ではあるが、この傾向が今後も続くか強まるようであれば、利用企業の業績低迷は続き、負債の返済可能性も低下する。
実証分析の結果は、政府の貸し出し面からの支援措置は流動性危機の回避には役立ったが、その後の企業業績回復を通じた支払い可能性の改善に必ずしもつながっていないことを示す。
それでは、支援措置を得た中小企業がコロナ禍後の出口に至るには何が必要だろうか。貸し出し面からの支援を得ていた企業に求められるのは、事業再構築を通じた収益力改善や事業再生に向けた努力だ。ただコロナ禍の下で不確実性が高まったことから、企業が様子見となり経営上の大きな変化を避ける傾向にあるとの指摘もある。
そこで重要な役割を果たすことが期待されるのが、事業再構築や事業再生を含む、いわゆる私的整理と呼ばれる取り組みの進捗である。私的整理は、本稿冒頭で紹介した倒産に含まれる、破産、民事再生、会社更生、特別清算といった法律上の制度によって裁判所の関与の下に行われる法的整理ではない。事業の再生を目指しつつも、裁判所の関与を求めずに債権者と債務者との合意に基づいて行われる債務整理手続きのことを指す。
私的整理に参加する債権者は、通常、銀行などの金融債権者に限られる。仕入先などの商取引上での関係を有する者は含まれず、非公開で進められるために、事業を継続しつつ再生を目指すことができるという利点がある。さらに近年では、債権者と債務者間のやり取りのみで完結する純粋な私的整理に加えて、手続き機関や仲介機関が介在してルールに基づいて行われる、いわゆる準則型私的整理という案件も多い。
私的整理はその内容が原則公表されていないために、これまで全体像を把握することができていない。こうした中で、中小企業における私的整理において最も重要な役割を果たしているのは、中小企業活性化協議会(2022年3月までは中小企業再生支援協議会)が仲介するものだと思われる。2003年の設立以来、5万件を超える相談に応じ、1.5万件超の再生計画策定の支援を行ってきた。政府が10年ほど前に事業再生を必要とする企業数を約5万社から6万社と見積もっていたが、その数字に比しても、中小企業活性化協議会が準則型の私的整理を通じて事業再生を進めてきた実績はかなりのものと言える。
しかしながら、一口に私的整理と言ってもその内容はさまざまである。単に借入金の返済期限を延長するリスケジュールのみを行うものもあれば、債権者がこれまで有していた債権を放棄するとともに、これまでの経営者が退任して新しいスポンサーが経営を担い、事業を抜本的に見直す場合もある。またこれまでは、債務や経営の抜本的な見直しに踏み込んだ私的整理がどの程度あるのか、簡易な私的整理と踏み込んだ私的整理とがどのように使い分けられているのか、それぞれの私的整理を行うことにより、企業のパフォーマンスが事後的にどのように改善するのか、といった点は明らかになっていない。
こうした部分を明らかにするべく、データを用いた実証分析の取り組みを進めていくことが、コロナ禍後の日本の中小企業金融のあり方を考えるうえでも必要である。筆者としてもこの分野の研究に取り組んでいきたいと考えている。
参照文献
Tomohito Honda, Kaoru Hosono, Daisuke Miyakawa, Arito Ono, and Iichiro Uesugi, "Determinants and Effects of the Use of COVID-19 Business Support Programs in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, Volume 67, 101239, March 2023.