人の流れから都市の姿を描く
- 経済学研究科准教授藤嶋 翔太
2023年7月3日 掲載
人口減少・少子高齢化が進展する現代において、日本の多くの都市は規模が過大であると指摘される。都市部への人口流入が続いた高度経済成長期には郊外化とともに都市規模が拡大したが、現在は空き家が目立つ都市も多くなってきている。都市規模が大きいとインフラや行政サービスのコストが高くなり、人口減少のなかそれらのコストを賄うのに十分な税収が今後得られるかは不透明である。また、高齢化社会においては、高齢者のモビリティも喫緊の課題となる。そのような背景のもと、政府は就業、就学、居住、買い物などの都市機能を地理的に集約させたコンパクトシティを推進している。
コンパクトシティ政策のような都市政策を行う上では、それぞれの都市の特性を踏まえることが重要になる。例えば、コンパクトシティを推進するためには、どこが都市の"中心"であるかを把握することがまず必要になるであろう。しかし、どのような場所を中心と見なすかは単純な問いではなく、地域科学の分野でも様々な研究が行われてきた。シンプルなものとしては、町丁目などのエリアごとの従業者数からなる地理的分布を考え、その分布のピークとなるところが中心であるという考え方があり得る。一方で、都市において人々は日々、通勤、通学、買い物、余暇活動のため移動をしている。つまり、都市においては人流が生み出されており、それらの人流を引き寄せる場所を中心と見なす考え方もあろう。
従業者数はエリアごとに定量化された数値であり、それらの地理的分布はコロプレス地図などの形で地図上に可視化することができる。一方で、人流は出発地と目的地からなるエリアのペアごとに定量化された数値であり、単純な可視化はできない1。実際、エリアのペアごとに流動量に応じて太さを変えた線を引いた地図を描くと図1(a)のように真っ黒になってしまい、そこから都市の特性を把握することは難しい。
図1:(a)通勤流動量と(b)ポテンシャルの可視化(出所:Aoki et al., 2023, Figure 1)
筆者は滋賀大学の青木高明氏と東北大学の藤原直哉氏とともに、人流を引き寄せる力を表す特徴量をエリアごとに抽出する研究を行った(Aoki et al., 2022, 2023)。この研究は、青木氏と藤原氏の研究分野である数理科学のホッジ理論から着想を得たものである。ホッジ理論は、水流や電流などを勾配成分と回転成分に分解する理論である。勾配成分と回転成分は地点のペアごとに定量化され、このうち勾配成分はポテンシャルと呼ばれる場所ごとに定量化される特徴量の差分であり、ポテンシャルが低い所から高い所へ水や電気が流れるという解釈になる2。これを人流に応用すれば、人流もエリアのペアごとに勾配成分と回転成分に分解され、ポテンシャルが低い所から高い所へ人が流れることになる。つまり、ポテンシャルが高い所ほど人流を引き寄せる力が強いということになる。このポテンシャルは従業者数と同様にエリアごとに定量化された量であり、図1(b)のようにコロプレス地図の形で地理的分布を可視化することができる。さらに、ポテンシャルが低い所は逆に人流を掃き出す力が強いと解釈することができる。コンパクトシティ政策などにおいては、人流の流入先だけでなく、このような人流の流出元も重要な情報となるであろう。
図2は、東京都市圏パーソントリップ調査を用いて、首都圏における通勤トリップのポテンシャルの経年変化を見たものである。1988年から2018年の30年の間、ポテンシャルが最も高いのは千代田で変わらない。首都圏において通勤トリップを引き寄せる力が最も強い場所として、東京周辺は不動の地位を確立している。東京周辺には多くの企業が本社を置いているが、企業の本社機能においては情報通信技術が発達した昨今でも対面コミュニケーションが重要である。また、生産活動の高度化とともに対事業所サービスの重要性が増しており、企業は取引費用を節約するために同じ場所に集まる誘因を持つ。今回の結果は、東京周辺が企業の本社機能とそれをサポートする対事業所サービスを担う場所として機能してきたことを反映していると考えられる。一方で、首都圏は単一中心というわけではなく、1988年の時点でも横浜、川崎、厚木、千葉などでポテンシャルの局所的なピークが見られる。さらに、局所的なピークの数は経時的に変化している。実際、1998年には立川、2008年には大宮で新たに局所的なピークが出現している。これらは旧国土庁が策定した第四次首都圏基本計画において「業務核都市」として位置付けられた都市である。バブル崩壊以降、子育てと仕事を両立させる必要のある共働き世帯の増加などにより職住近接が進んでいる。実際、1995年以降、東京圏において1時間以上の通勤を行う人の割合は減少している(高橋,2012, p. 156)。これは都心回帰と呼ばれている現象であるが、必ずしも既存の都心に人が戻っているだけではなく、通勤先も多様化していることが背後にあると言えよう。
図2:首都圏におけるポテンシャルの地理的分布の経年変化(出所:Aoki et al., 2022, Figure 4)
図2では通勤トリップを考えたが、人が移動する目的は通勤だけではない。例えば、ほかに重要なものとして買い物が挙げられる。今回使用したパーソントリップ調査には移動目的の情報が含まれるため、買い物目的の人流についてもポテンシャルの抽出を行った(図3)。その結果、通勤と買い物ではポテンシャルの分布特性が必ずしも一致するとは限らないことが分かった。図3において、通勤でも買い物でも流入先になっているエリアは"compound sink"、通勤でも買い物でも流出元となっているエリアは"compound source"と呼んでいる。これらのエリアは、人流の流出入という観点から見た役割は通勤でも買い物でも同じである。しかし、"shopping sink in commuter town"として分類しているエリアでは、通勤と買い物で果たす役割は異なっている。例えば、町田や藤沢は買い物目的の人流については流入先だが、通勤目的の人流については流出元である。通勤と買い物で人流の性質が異なるのであれば、生産活動の拠点と小売・サービスの拠点は分けて考えるのが妥当であり、そのためには自治体間での連携が必要になるであろう。実際、総務省が掲げる連携中枢都市圏構想では、中心都市とその近隣市町村が連携して、経済成長のけん引、高次都市機能の集積・強化、及び生活関連機能サービスの向上を行うとしている。移動目的によるポテンシャルの地理的分布の違いは、自治体の連携のあり方に示唆を与えるものと考えられる。
図3:通勤目的と買い物目的の人流のポテンシャルに応じたエリアの分類(出所:Aoki et al., 2023, Figure 3)
人流を引き寄せる力をイメージしたものとして、新聞などでは地域の転入超過数をその地域の吸引力と表現することがある。また、総務省の連携中枢都市圏構想では、中枢都市になるための基準として昼夜間人口比率1以上が挙げられている。それらはシンプルで分かりやすい指標であるが、今回計算したポテンシャルとはどのような関係にあるだろうか。実は、すべてのエリアのペア間で互いに移動が可能であれば、ポテンシャルは流入する通勤者数から流出する通勤者数を引いたものに比例する。さらに、今回使用したパーソントリップ調査はアンケート調査であるが、母集団を正確に反映していると見なすことができれば、ポテンシャルは昼夜間人口差に比例すると考えることもできる。
首都圏であれば、「すべてのエリアのペア間で互いに移動が可能」という仮定は成り立つと考えて良さそうに思える。しかし、物理的に移動可能であっても、人間には一日に使える時間やエネルギーに制約がある。今回のデータでは、通勤者数がゼロであるようなエリアのペアが全体の8割以上を占める。例えば、八王子と館山間の通勤者数はゼロであるが、両エリア間の移動時間は片道で3時間近くかかる。通勤者がいないのは、通勤が時間・エネルギーの制約に鑑みて実質的に不可能であるためと考えるのが妥当であろう。一方で、隣接エリア間で通勤者数がゼロのケースもある。これは、選択可能な通勤パターンであるものの、誰もそれを選択する人がいないという状況である。前者と後者では同じゼロでも意味合いが異なるため、今回の研究ではそれらを区別するために、移動時間がある閾値より大きいエリアのペアは選択不可能としてポテンシャルを計算している。移動時間はインフラの整備状況などに依存するため、今回計算したポテンシャルは、転入超過数や昼夜間人口差などの指標を、地域のインフラの特性などを反映させて一般化したものと考えることができる。
今回の研究では、エリア間の移動データに含まれる情報を縮約して、エリアごとに人流を引き寄せる力を定量化した。これにより、人流の流入点及び流出点を分かりやすくとらえることができた。だが一方で、人流の特性に関わる情報の一部を捨ててしまっているというのも事実である。例えば、ポテンシャルの分布には複数のピークがあるということが分かったが、それらのピークの関係性については特徴付けていない。それらのピークは対等な関係にあるわけではなく、都心とそれを取り巻く衛星都市のように、階層的な構造があると考えられよう。また、それぞれのピークの"勢力圏"を定量化することは、既存の行政区域に捕らわれずに都市の実質的な地理的範囲を検出することにつながる。首都圏ではそれぞれのピークの勢力圏が重なり合う複雑な構造をしていると考えられ、自治体の広域連携などを考えるうえで重要であろう。今後は、ポテンシャルを抽出した後で捨てた"残差"の部分にも着目することで、都市のさらなる実像に迫っていきたいと考えている。
1さらに、経由地まで考えればペアに限定されず、より複雑になる。
2ここでの"ポテンシャル"は、正式な定義のものと符号を逆にしている。人流に応用した場合、低い所から高い所へ流れるという形にしたほうが解釈しやすいからである。
【参考文献】
Aoki, T., Fujishima, S., & Fujiwara, N. (2022). Urban spatial structures from human flow by Hodge-Kodaira decomposition. Scientific reports, 12(1), 11258.Aoki, T., Fujishima, S., & Fujiwara, N. (2023). Identifying sinks and sources of human flows: A new approach to characterizing urban structures. Forthcoming in Environment and Planning B: Urban Analytics and City Science.
高橋孝明『都市経済学』有斐閣,2012年.