銀行は、社債の利率にどのような影響を与えるか?
- 経営管理研究科准教授青木 康晴
2022年12月27日 掲載
1.コーポレート・ガバナンスにおける銀行の役割
本稿では、筆者の最近の研究(Aoki, 2021)について紹介する。この研究は、企業と銀行の融資取引関係(以下、銀行関係)の有無が社債スプレッド(社債利率と国債利率の差)に与える影響に関する仮説を立てたうえで、日本企業のデータを用いてそれを検証している。最初に、研究の理論的背景から説明する。
Shleifer and Vishny(1997)によれば、企業の資金提供者の中に大口の投資家(large investor)が存在することは、コーポレート・ガバナンスの観点から望ましい場合もあれば、望ましくない場合もある1。株式に関していえば、持株比率の高い株主、すなわち大株主(large shareholder)のメリットとして、経営者に対する効果的なモニタリングが挙げられる。株式保有が高度に分散されている場合、個々の小口株主は、経営者のモニタリングに対して関心をもたない可能性がある。なぜなら、そうしたモニタリングにはコストがかかるからである。経営者の規律づけを行うのに十分な議決権を有する株主がいれば、こうしたフリーライダー問題を緩和することができる。一方、大株主のデメリットとして、トンネリングと呼ばれる機会主義的な行動が挙げられる2。大口の投資家の利益は、他の利害関係者の利益と必ずしも一致しない。そのため、大株主は、自身のパワーを使って企業から私的便益を引き出す強いインセンティブを持っている(Shleifer and Vishny, 1997)。
こうした議論は、負債にも当てはまる。債権者として多くの資金を企業に提供する大口の投資家、すなわち大債権者(large creditor)の代表格は、銀行である(Shleifer and Vishny, 1997)。それに対して、社債投資家は、高度に分散された小口の債権者であることが多い。なぜなら、社債の発行は、多数の投資家から同時に資金を調達する方法であり、個々の投資額は比較的小さいのが普通だからである。したがって、大債権者である銀行の存在は、社債投資家にとって望ましい場合もあれば、望ましくない場合もある。まず、銀行が融資先企業に対して実施するモニタリングは、(同じく債権者である)社債投資家にもメリットをもたらす可能性がある。銀行は、企業のモニタリングに関してコスト面での優位性を持ち、さらに社債投資家がアクセスできないような独自の情報を持っている(Diamond, 1984; Fama, 1985)。したがって、銀行によるモニタリングは、社債投資家が社債購入後に負担するモニタリングのコストを低減させる可能性がある。一方、銀行のデメリットとして、ホールドアップ問題と呼ばれる、機会主義的な行動が挙げられる。前述のように、銀行は、融資先企業に関する独自の情報をもっている。銀行は、自身と社債投資家の間に存在する情報の非対称性を悪用して、融資先企業が実施するプロジェクトのタイプに影響を与え、私的便益を引き出そうとするかもしれない(Sharpe, 1990; Rajan, 1992)。こうした行動は、長期的には社債の価値を毀損する可能性がある。
1コーポレート・ガバナンスとは、「企業の資金提供者が、投資に対するリターンを得ることを保証する方法」(Shleifer and Vishny, 1997, p.737)に関する事柄を意味する。
2トンネリングとは、「企業をコントロールする者の利益のために、資産や利益を企業の外に移転させること」(Johnson et al., 2000, p.22)を意味する。このネーミングは、大株主が、少数株主に見つからないように、地下のトンネルを通じて企業の財産を社外に移転させるという状況に由来している。
2.銀行が社債の利率に与える影響
負債に関する前述の議論から、銀行関係の有無が社債スプレッドに与える影響について、2つの相反する仮説を立てることができる。まず、銀行によるモニタリングが社債投資家にとって有益なものであるならば、ある企業が銀行から資金を借り入れている場合、社債投資家は、その企業が発行する社債に対して、より低いリスク・プレミアムを要求するだろう。すなわち、銀行関係は、社債スプレッドを低下させると考えられる。Aoki(2021)は、こうした予測を「モニタリング仮説」と呼んでいる。一方、銀行によるホールドアップ問題が懸念されるのであれば、社債投資家は、銀行から資金を借り入れている企業が発行する社債に対して、より高いリスク・プレミアムを要求するだろう。すなわち、銀行関係は、社債スプレッドを上昇させると考えられる。Aoki(2021)は、こうした予測を「ホールドアップ仮説」と呼んでいる。
このように、理論的には、銀行関係が社債スプレッドを低下させる可能性もあれば、反対に上昇させる可能性もある。したがって、現実の資本市場でどちらが当てはまるのかは、実証課題であるといえる。Aoki(2021)の先行研究に該当する、米国企業のデータを用いたDatta et al.(1999)とMa et al.(2019)は、銀行関係が社債スプレッドを低下させるという実証結果を報告している。これは、モニタリング仮説と整合的な結果である。さらにMa et al.(2019)は、分析に使用したサンプルを投資適格債と投資不適格債に分類し、銀行関係が社債スプレッドを低下させるという実証結果は、投資不適格債についてのみ統計的に有意であることを報告している。ここから、銀行によるモニタリングの恩恵を受けるのは、主としてデフォルトの可能性が高い企業の社債投資家であることが示唆される。
銀行関係が総じて投資適格債のスプレッドに影響を与えないとしても、特定のタイプの銀行関係が影響を与える可能性はある。Aoki(2021)は、日本の制度的特徴に着目して、この点を分析している。しばしば日本は、市場ベースの米国とは異なり、銀行中心の金融システムを発達させてきたといわれる。そして、日本の金融システムにおいて重要な役割を果たしてきたのが、メインバンク関係である。メインバンク関係の特徴は、銀行が融資先企業の株式を保有しているということである3 。そこでAoki(2021)は、銀行関係をメインバンク関係とサポートバンク関係の2つに分類している。ある社債発行企業が銀行から資金を借り入れており、かつ融資残高が最大の銀行がその企業の十大株主に含まれる場合、その企業はメインバンク関係をもつとみなされる。それに対して、ある社債発行企業は銀行から資金を借り入れているが、融資残高が最大の銀行がその企業の十大株主に含まれない場合、その企業はサポートバンク関係をもつとみなされる。日本において、銀行関係は投資適格債のスプレッドにどのような影響を与えるのか。メインバンク関係とサポートバンク関係では、投資適格債のスプレッドに与える影響は異なるのか。もし異なるとすれば、それはなぜか。日本企業のデータを用いてこれらの問いに答えることが、Aoki(2021)の目的である。
Aoki(2021)の分析結果は、以下の2点にまとめられる。第1に、(メインバンク関係とサポートバンク関係を合わせた)銀行関係の有無は、投資適格債のスプレッドに影響を与えない。この結果は、Ma et al.(2019)が提示した米国における証拠と整合的である。第2に、メインバンク関係は社債スプレッドに影響を与えないのに対して、サポートバンク関係は社債スプレッドを上昇させる。すなわち、サポートバンク関係に関しては、ホールドアップ仮説と整合的な結果が得られた。
3米国では、銀行が融資先企業の株式を保有することは、原則として禁じられている。
3.なぜ、メインバンクは社債の利率に影響を与えないのか?
Aoki(2021)の分析結果から示唆されるのは、日本企業が発行する投資適格債の投資家は、銀行による効果的なモニタリングを期待しておらず、むしろ、サポートバンクの機会主義的な行動を懸念している、ということである。サポートバンクは、メインバンクほどではないにせよ、社債投資家が知り得ないような社債発行企業に関する情報を融資の過程で入手することができる。そして、機密情報を得た銀行は、私的便益を引き出すために、融資先企業が実施するプロジェクトのタイプに影響を与える可能性がある。しかし、こうしたホールドアップ問題は、メインバンクを持つ企業ではそれほど深刻ではないようである。これは、大株主というメインバンクの立場が、大債権者としての私的便益の引き出しを抑制しているため、あるいは、メインバンクが機会主義的な行動によって自身の良い評判を損なうことを嫌うためであると考えられる。
ではなぜ、メインバンク関係について、(社債スプレッドを低下させるという)モニタリング仮説と整合的な結果が得られなかったのであろうか。コンティンジェンシー・ガバナンスの理論(Aoki, 1994)が示唆するところによれば、社債投資家は、社債発行企業の財政状態が良好ではない場合にのみ、メインバンクによるモニタリングを期待する可能性がある。Aoki(2021)は投資適格債を分析対象としているため、たとえ社債発行企業がメインバンク関係をもっていたとしても、メインバンクによるモニタリングは期待されていないのかもしれない。
以上のような示唆は、米国以外の資本市場の特性を理解するうえで重要である。メインバンク関係は日本の金融システムに特有のものであるが、今後は、日本や米国とは異なる制度的特徴を持つ国や地域の銀行関係に着目することによって、より興味深い研究を実施することができるだろう。
【参考文献】
- Aoki, M., 1994. Monitoring characteristics of the main bank system: an analytical and developmental view. In: Aoki, M., Patrick, H., (Eds.), The Japanese Main Bank System: Its Relevance for Developing and Transforming Economies. Oxford University Press, Oxford, 109-141.
- Aoki, Y., 2021. The effect of bank relationships on bond spreads: Additional evidence from Japan. Journal of Corporate Finance 68, 101937.
- Datta, S., Iskandar-Datta, M., Patel, A., 1999. Bank monitoring and the pricing of corporate public debt. Journal of Financial Economics 51, 435-449.
- Diamond, D., 1984. Financial intermediation and delegated monitoring. Review of Economic Studies 51, 393-414.
- Fama, E., 1985. What's different about banks? Journal of Monetary Economics 15, 239-249.
- Johnson, S., La Porta, R., Lopez-de-Silanes, F., Shleifer A., 2000. Tunneling. American Economic Review 90, 22-27.
- Ma, Z., Stice, D., Williams, C., 2019. The effect of bank monitoring on public bond terms. Journal of Financial Economics 133, 379-396.
- Rajan, R., 1992. Insiders and outsiders: the choice between informed and arm's-length debt. Journal of Finance 47, 1367-1400.
- Sharpe, S., 1990. Asymmetric information, bank lending and implicit contracts: a stylized model of customer relationships. Journal of Finance 45, 1069-1087.
- Shleifer, A., Vishny, R., 1997. A survey of corporate governance. Journal of Finance 52, 737-783.