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企業マネジメントと働き方のデータ分析

  • 経済研究所准教授田中 万理

2022年7月1日 掲載

企業マネジメントの科学

トヨタ式生産方式(リーン生産方式)などをはじめ、生産管理や人事管理にわたって日本企業はさまざまなマネジメント方式を考案し導入してきた。このようなマネジメント方式は、企業の売上や生産性などの向上に役立っているだろうか。誰が考えても「そうだろう」と思うことだが、2000年代初頭まではこの関係が多数の企業に関するデータを用いて体系的に分析されたことはなかった。また、企業マネジメントは、従業員の働き方にどのような影響を与えるだろうか。この論稿では、企業のマネジメントに関する近年の経済学における発見をいくつか紹介する。

少し前まで、企業のマネジメントについての研究はケーススタディーによる分析が主だった。ケーススタディーではたとえば、「ある生産方式を導入した企業の事例」を紹介し、それがどのように業績の向上に役立っているかというストーリーを展開したりする。しかし、別の企業が同様の生産方式を導入したからといって、同じような効果が期待できる保証は全くない。その理由の一つは、少数の企業の観測に基づいているため、特殊なケースを取り出している可能性があることである。もう一つの理由は、ケーススタディーのストーリーは因果関係とは言えないことが多いためである。たとえば、もともと別の理由で業績が伸びている企業の事例を見ている場合、業績向上は該当の生産方式の導入のみによるものではない。もちろんケーススタディーには、実務家にとって分かりやすい、数値化できない情報を多く盛り込んでいるなど、メリットは多くある。しかし、より普遍的な関係性を突き詰めたい場合は、多数の企業について体系的に調べる必要がある。そのためには、企業のマネジメント方式と業績について多数の企業で観察し、それらの関係を分析する必要がある。ここで厄介なのは、さまざまな企業で多種多様なマネジメント方式が観測されたとき、それらをどのように共通の尺度で測り、定量的な分析に持ち込むか、ということだ。

企業間で比較可能なマネジメントの指標

経済学では近年、さまざまな企業のマネジメント方式について、それらを共通の尺度で指標化する、という試みが行われている。その先駆けがNicholas Bloom氏(Stanford University)とJohn Van Reenen氏(MIT)らが2003年から先進国の数百の製造業企業に対して行ったWorld Management Survey (WMS)である。WMSは電話によるインタビューにより、企業のトップ経営者にマネジメント方式についてあらかじめ定められた18の一般的な質問をする。具体的には、「あなたの企業の生産工程について教えてください。リーン生産方式を導入していますか? 在庫管理はどうしていますか?」といった質問や、「生産工程を改善するためにはどうしていますか? 生産工程における問題は通常どのように発覚しますか?」といった質問、また「生産状況を把握するためにどのようなKPI(Key Performance Indicator)を利用していますか? あなたの工場の中を歩いているとこのような指標を見ることができますか?」といった質問などがある。また、「従業員の昇進は何を指標に決定されますか? 能力の高い従業員はすぐに昇進しますか?」などといった、人事管理マネジメントについての質問も含まれる。それぞれの質問に対する回答について、インタビューの調査員が、1(最低点)から5(最高点)の指数をつけて記録する。この指数は「一般的に経営コンサルタントが高く評価しそうなマネジメント方式」ほど、高い指数をつけるようになっている。調査員はビジネススクールの学生などからなり、なるべく統一的な指数化ができるように、回答の具体例などを用いて事前に訓練されている。以下では簡易化のため、高い指数のつくようなマネジメント方式を「良い」マネジメントと呼ぶことにする(英語文献ではstructured management practicesと呼ばれる)。

WMSは上記の例のようにすべてオープン形式の質問で、回答者に具体的に語ってもらうようにする方式をとる。この形式は回答を誘導しないなどの利点がある半面、優秀な調査員を必要とするため調査にコストがかかり、一国あたりのサンプル数はたかだか数百企業にとどまる。WMSのデータを用いた分析結果が注目を集めた後、より大規模に調査を行うため、米国国勢調査局(U.S. Census Bureau)と上記研究者らが共同で、2010年に全米製造業企業を対象にしたマネジメント調査(Management and Organizational Practice Survey:MOPS)を行った。 MOPSの質問項目はWMSの質問を簡略化したもので、生産管理(モニタリング・ターゲティング)に関する8つの質問と、人事管理(インセンティブマネジメント)に関する8つの質問からなる。質問の形式もクローズ形式の選択問題に簡易化され、回答者に紙またはオンラインで回答してもらう形式をとった。このようにして、政府が工業統計のフレームに乗せて国中の製造業のマネジメント方式を把握することが可能になった。その後MOPSは世界的な広がりを見せ、英国やパキスタンなどでも同様の調査が行われ、2017年には日本政府も神林龍氏(一橋大学)や大山睦氏(一橋大学)と共同で日本版のMOPS(「組織マネジメントに関する調査」)を行った。国際間で比較できるデータにするために、日本版MOPSでは米国MOPSの質問を日本語に訳した質問が使われた。

マネジメントと企業業績の関係

さて、こうして計測されたマネジメント指数を使うと、実際、企業業績と関係があるのか。答えは、(もちろん)イエスだ。まず、一般的に、よりマネジメントが良い企業は、生産性や売上などの企業業績が良い傾向がある、ということがWMSや米国MOPSに基づく研究によって示された(Bloom and Van Reenen, 2007; 2010)。また日本でも神林氏らの研究により、マネジメント指数の高い企業は労働生産性が高いという関係が明らかになっている(Kambayashi et al. 2021)。さらに近年は、こうした関係は因果関係なのかどうかについても、研究が進んでいる。たとえば、上の相関関係は業績が良い企業ほど良いマネジャーを雇えるのでマネジメントが良い、という逆の因果関係によるものかもしれない。しかし近年、無作為に選んだ企業にマネジメント・トレーニングを行う実験などによっても、良いマネジメント方式の導入は業績を改善させる効果があるという結論が出ている(Bloom et al. 2013)。

このような生産性とマネジメント方式についての研究が経済学へもたらした重要な貢献の一つは、これまでほとんどブラックボックスであった企業の全要素生産性(=労働・資本などの投入量で説明できない部分の売上高の大きさ、T F P)の中身について、一つの具体的な要因を提示したことだ。生産性は、特定の産業に限って見ても、企業間で大きくばらついていることが知られている。生産性を高めることは、各国政府にとっても大変重要な課題であるが、この中身がブラックボックスでは政策の立てようがない。近年、マネジメント方式が生産性に与える影響が分かってから、世界銀行など国際機関などにより世界各地で(特に発展途上国を中心に)企業にマネジメント・トレーニングを行うプログラムが実行されている。また、企業間の競争が激しい産業・地域では、マネジメント指数のばらつきが小さく比較的マネジメント指数が高い企業だけが市場に存在することが分かっている(Bloom et al. 2015)。日本でも激しい市場競争に直面している企業ほどマネジメント指数が高いことが分かっている(Kambayashi et al. 2021)。つまり、参入規制を撤廃するなどの競争政策は「質の低い」マネジメントをしている企業を退出に追い込み、産業全体の生産性を高める効果が期待できる。さらに、経営トップ陣の性質も重要である。特に、オーナー企業(創業者やその親族が経営の第一線に立っている企業)はそうでない企業に比べて平均的にマネジメント指数が低いことが分かっている(Bloom and Van Reenen 2007)。これは、このような企業ではトップ経営者がマネジメント能力によって選ばれていないためと考えられている。

マネジメントと残業時間の関係

マネジメント方式が重要な影響を与えるのは、企業業績だけに限ったことではない。近年、働き方改革などで長時間残業を抑制するための政策が施行されているが、企業のマネジメント方式も長時間残業と関係しているのではないか。筆者は神林氏らとともに、日本の企業マネジメントのデータ(日本版MOPS)と、これらの企業の従業員の残業時間のデータ(賃金構造基本統計調査)を用いて、この問いを検証した(Tanaka et al. forthcoming)。

結果は端的にいうと、より良いマネジメント方式を導入した企業ほど長時間残業が減った、というものであった。図1のグラフはこの結論を物語っている。グラフが左右に二つあるが、右側は2010年から2015年にマネジメント指数がある程度上昇した事業所のグループ(マネジメント改善グループ)、左側はマネジメント指数がそれほど上昇しなかった事業所のグループ(マネジメント非改善グループ)についてのものだ。左右のグラフはどちらも、2010年(オレンジ)と2015年(色無し)の男性従業員の一月あたりの残業時間の分布をヒストグラムで示している。2010年から2015年にかけて、どちらのグループでも残業時間は増加している。これは景気改善の影響などによるものと考えられる。しかし、マネジメント改善グループでは月10-40時間程度の残業が増えた一方、マネジメント非改善グループでは月50時間以上の残業が増加した。月50時間以上の残業とは、もし従業員が死亡した場合にそれが過労死として認定される可能性を持つレベルである。

さらに詳しく分析していくと、特に良い生産管理(モニタリング・ターゲティング)の導入が長時間残業の抑制と関係することが分かった。なぜだろうか。一般的に、残業時間が長時間になると個人は疲弊し、労働生産性(たとえば1時間あたりの個人のアウトプット)は落ちていく。しかし長時間残業をしている従業員に企業は高い残業代を払わなければいけない。企業にとってはムダである。良い生産管理はこのようなムダを減らすように働くのかもしれない。具体的には、より多くのKPIを頻繁にとり、それらを基に生産工程のボトルネックを逐次カイゼンしたり、事前に実現可能性の高い生産目標を定めて従業員全員に周知するなどといったことが、誰かが長時間残業しなければいけなくなる事態を未然に防ぐのかもしれない。

一方、良い人事管理(インセンティブマネジメント)の導入は月10-40時間程度の残業の増加と相関していることが分かった。このような傾向は、特に若手や女性社員の間で顕著に見られた。ここでいう「良い人事管理方式」とは、昇進やボーナスの決定に何らかの個人レベルの能力・成果主義を導入していることである。したがって、良い人事管理方式を導入した企業では、それが従業員のやる気を高め、結果としてそれまで残業をしなかった人が多少の残業をするようになったと考えられる。従業員のやる気を引き出すことは会社にとってとても重要である。しかし、残業時間が長くなりすぎないためには、人事管理だけではなく生産管理を適切に行うことが必要だ。

終わりに

企業マネジメントは経済社会において重要な役割を果たすということが、近年の経済学の実証研究で示された。まず、マネジメントは企業業績に大きな影響を与える。また、良いマネジメントは長時間労働を減らし、働きすぎのムダを減らすことに貢献する。そして、良いマネジメントをする企業を増やすためには、企業の学習機会を増やすような政策や競争政策が有効となる場合があるということも分かった。

最後に、どの企業の経営者も自分の企業のマネジメントにはある程度自信があるかもしれない。しかし、Bloom氏らの研究では「経営者が自社のマネジメントに自信のある企業ほど、マネジメント指数が低い」という傾向があることも示している。今後、マネジメントの指数化は、経営者が客観的に自社のマネジメントを見つめ直すためのツールにも使えるのかもしれない。

画像:図1

図1
出典)Tanaka, et al. forthcoming.

〈引用文献〉

Bloom, N., Eifert, B., Mahajan, A., McKenzie, D., Roberts, J., 2013. "Does management matter? Evidence from India." The Quarterly Journal of Economics. 128 (1), 1-51. https://doi.org/10.1093/qje/qjs044

Bloom, N., Propper, C., Seiler, S., Van Reenen, J., 2015. "The impact of competition on management quality: evidence from public hospitals." The Review of Economic Studies. 82 (2), 457-489. https://doi.org/10.1093/restud/rdu045

Bloom, N., Van Reenen, J., 2007. "Measuring and explaining management practices across firms and countries." The Quarterly Journal of Economics. 122 (4), 1351-1408. https://doi.org/10.1162/qjec.2007.122.4.1351

Bloom, N., Van Reenen, J., 2010. "Why do management practices differ across firms and countries?" Journal of Economic Perspectives. 24 (1), 203-224. https://doi.org/10.1257/ jep.24.1.203

Kambayashi, R., Ohyama, A., and Hori, N., 2021. "Management practices and productivity in Japan: Evidence from six industries in JP MOPS". Journal of The Japanese and International Economies.https://doi.org/10.1016/j.jjie.2021.101152

Tanaka, M., Kameda, T., Kawada, T., Sugihara, S., and Kambayashi, R., "Managing Long Working Hours: Evidence from a Management Practice Survey." Forthcoming at Journal of Human Resources.http://jhr.uwpress.org/content/early/2022/07/06/jhr.0421-11605R2.abstract