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ナショナル・プロジェクトの内部を覗く 再生可能エネルギー開発の40年

  • 商学研究科 教授島本 実

2016年春号vol.50 掲載

再生可能エネルギー開発への期待

東日本大震災以後、政府は再生可能エネルギーの導入・普及に努めており、2030年の日本のエネルギーミックスにおいて、再生エネルギーの電源比率22〜24%を目標に掲げている。そのためには太陽光発電、風力発電、地熱発電等において、現在と比較して約3倍程度の発電量の拡大が必要となる。これを実現するためにはどういった方策が有効であろうか。もちろんフィード・イン・タリフ(固定価格買取)制度等の適切なインセンティブを付与する政策は重要である。しかしながら新技術の開発・実用化は、政府が予算を付与するだけで自動的に進むものではない。政策の成否は民間企業の事業化意欲に大きく左右されるからである。
実は、今をさかのぼること約40年前の第一次石油危機の際に、すでに日本では再生エネルギー開発の壮大な国家プロジェクトが存在していた。それはエネルギー問題の解決という意味では失敗であったが、太陽光発電などの産業の育成には一定程度貢献した。拙著『計画の創発-サンシャイン計画と太陽光発電-』(2014年、有斐閣)は、この太陽光発電開発を題材に、産官学連携を通じた組織的な新技術・新産業創出プロセスの歴史的解明を目指したものである。

ナショナル・プロジェクトの歴史に学ぶ

図1:輸入原油CIF(日本到着)価格の推移

図1:輸入原油CIF(日本到着)価格の推移

1973年、第一次石油危機が発生すると、日本では石油の輸入途絶が現実的な危機となり、そこで政府は、その対策として太陽エネルギーなど新しいエネルギーを開発する国家プロジェクトを成立させた。それがサンシャイン計画である。これは米国のアポロ計画に匹敵するものとされ、その目標は西暦2000年までに日本のエネルギー供給の20%を新エネルギーでまかなうとされていた。そのターゲットは、当初、太陽、地熱、石炭液化、水素エネルギーであった。しかしながらその道のりは平坦ではなかった。1980年代中盤になると石油価格は急速に低下し、世の中はにわかに新エネルギー開発について関心を失っていった。サンシャイン計画の目標はあくまで原油高が続くことを想定していた。1980年代後半には、新エネルギー開発に対する逆風の時代が続いた。【図1、図2】

図2:長期エネルギー需給暫定見通しにおける新エネルギー供給目標とその実績

図2:長期エネルギー需給暫定見通しにおける新エネルギー供給目標とその実績

しかしながらその後再度、その状況は転換する。なぜならば1990年代になると、地球温暖化問題を中心に地球環境問題がにわかにクローズアップされてきたからである。新エネルギー開発は、エネルギー問題のみならず環境問題に対しても貢献するものであると考えられるようになったのである。こうして計画には新しい意味が与えられ、1993年にはこれまでの省エネルギー研究(ムーンライト計画)などが統合されてニューサンシャイン計画に再編成された。1990年代後半になると、ようやくさまざまな計画の成果が現れ始めた。太陽光発電においては、各社がパネルを実用化し始め、政府も補助金によって、その導入・普及を支援した。中心となったのは、シャープ、京セラ、三洋電機(現、パナソニック)であった。その後約10年間、2000年代中期頃までは、日本の太陽光発電は世界一の生産量、導入量を誇ったのであった。その過程において、計画の内部ではどのような組織的意思決定が行われていたのだろうか。

国家プロジェクトを複眼で見る

『計画の創発』は、この国家プロジェクトの歴史を、三つのケースによる複眼的な視点から明らかにしている。そこには計画に参加した人々のさまざまな相互作用があった。最初のケースでは、サンシャイン計画の歴史が技術的合理性の視点から描き出されている。そこでは行政官や企業人たちが有望な技術を選択し、共同でその技術開発に努めたプロセスが一次資料に基づき明らかにされた。残念ながら1980年代中期に石油価格が低下したため、結果的に再生エネルギーの導入目標は達成できなかったが、それでも太陽光発電の普及はおおいに進んだ。この第一のケースは合理モデルという発想に準拠しており、そのため政策担当者や企業関係者の判断能力が過度に強調されていた。その視点ゆえに技術開発の成功は判断の正しさであり、導入目標の未達成は想定外の外部要因の変化であると解釈された。しかしながら、実はこの視点ではうまく説明できない現象が計画には数多く存在していた。
第二のケースでは、視点を転換して計画の歴史が組織的合法性の観点から記述されていく。組織や制度には慣性が働く。ルーティンに沿って手続き通りに物事を進めることで計画を持続させようとしたことから、多くの奇妙なことが起きたのが分かる。たとえばサンシャイン計画で最も多くの予算が費やされたテーマは太陽ではなく石炭関係であった。技術開発の成功可能性というよりは、税制上の理由で予算的に確保しやすいテーマが選ばれたのである。結局、計画は導入目標を達成できないまま長期間存続し続けた。このケースでは、計画の不都合な裏面が暴かれる。この第二のケースは自然体系モデルという発想に従っており、この視点によって組織の存続に向けての合法性の確保が、技術的な合理性とは一致しない状況で計画を持続させたことが明らかになった。技術開発が成功しそうにないテーマも長く存続し続けたのだから、導入目標の未達成も必然の結果であるということになる。しかしながら、この視点ではなぜ計画の渦中の人々がそのような行動を採ったのかということが説明されていない
第三のケースでは、再度、視点を転換して今度は計画の歴史が社会的合意のプロセスの観点から記述される。ここではインタビューや当時の一次資料に基づいて、計画に参画した個々人のその時々の行動の意味が明らかにされていく。そこには、政策を何とか成立させ、自分の技術に予算を得ようとして組織や社会にアピールする人々の生身の世界が見えてくる。自らの技術の将来性を信じて、危険な橋を渡ることをいとわない企業人や研究者の呉越同舟の相互作用が、ボトムアップ的に計画を作り上げてきたことが明らかにされていく。そうしたところにこそ、計画を創発させる企業家(アントレプレナー)たちがいたのである。『計画の創発』というタイトルは、そうした国家プロジェクトの組織内部の実像を指している。

組織現象の多様なリアリティー

本研究の結論部分では、以上のような三つのケースがそれぞれ、合理モデル、自然体系モデル、社会構築モデルに基づくという全体像が示される。ここでの試論は、それらがそれぞれ物理現象の合理的因果関係、有機的システムの機能的再生産、社会現象の意味世界に対応しており、それらが段階的に複雑化するシステムの階層の一部として位置づけられるということにある。
これまでの経営学・社会科学においては、できるかぎり単純なレベルで社会現象を説明することこそ、社会現象の予測や制御という点で実用的であるとされてきた。たとえば、経営組織に関して、その成員たちの意味世界を全く考えなくても物理現象のように作動を予測し、理想的な目的に向けて制御できる術が発見されるならば、それは実用的なマネジリアル・インプリケーションを持つということになる。そうなればプロジェクトマネジメントにおいても工学的発想の延長で組織を扱うことができるだろう。しかしながら、そうした研究はどこかで暗黙のうちに、人間や社会の意味世界に対する理解を不要だと考えることを促す傾向を持っている。
複数の理論的分析枠組みから、歴史的な現象に対して説明を与えることができるのならば視野は広がる。それはあたかも複数の方向から光を当てて物体を観察するがごとき試みである。そのためには自らで複数の対立仮説を構築し、それらを競わせればよい。実はそのことこそが、歴史研究と理論研究を架橋する有効な方策となる。
察しの良い読者はすでにお気づきの通り、本研究で用いられている分析の手法は政治学の古典であるG・アリソンの『決定の本質│キューバ・ミサイル危機の分析』(中央公論新社、1977年)から大きなヒントを得ている。アリソンは、同作品においてキューバ危機を古典モデル、組織モデル、官僚政治モデルという三つの視点から分類した。この3モデル分析というアイデアはアリソンから借り受けつつも、本研究ではモデルの解像度の違い(マクロ、メソ、ミクロ)を設定して、マクロからミクロの方向に分析を進めていくことを試みた。顕微鏡で解像度を変えれば、同じ物質でも異なる像を見せるがごとく、解像度が変わることによって、同じ組織の現象も異なるリアリティーを見せることになる。

再生可能エネルギーの未来に向けて

サンシャイン計画は太陽光発電の普及という点では一定の成果を上げた。しかしながらその後の展開は意外なものであった。サンシャイン計画終了後、2000年代にヨーロッパで本格的な導入・普及政策が始まると、グローバルなレベルでの太陽光発電システムの生産競争が急速に発生し、そうした中で日本企業は次第にプレゼンスを落としていった。2000年代後半、日本企業の生産量ランキングは徐々に落ち、この頃にはサンテックパワー(中国)やQセルズ(ドイツ)等の企業の躍進が目立ったのであった。
しかしながらここで再度状況は急転換する。2008年のリーマンショックによる需要の減少と各国の導入政策の変化によって、他国の太陽光発電メーカーは大きい打撃を受け、先の中国やドイツの企業は破綻してしまうのである。そうした中で、現在も日本企業は性能の高い製品の開発に努め、グローバルな競争で勝ち抜こうとしている。今後の再生エネルギーの普及は、従来のような日本という一つの国の枠組みを超えて、広くアジア各国との協調が不可欠なものになる。国際情勢と原油価格の変動、シェールガスの開発など、世界は不確定要素に満ちている。しかしながら、その中で再生エネルギーの実用化に成功するためには、技術開発プロジェクトのイノベーションの成果を事業として結実させるアントレプレナーたちが不可欠である。

『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』書影

第58回「日経・経済図書文化賞」受賞

『計画の創発─サンシャイン計画と太陽光発電─ 』
島本 実/著 有斐閣刊
定価:5,400円(税込) 2014年11月発行

(2016年4月 掲載)