適合性原則と私法理論の交錯
- 法学研究科教授角田 美穂子
2017年春号vol.54 掲載
I はじめに
1 適合性原則とは何か
本書のテーマである「適合性原則」とは何か?この問いに対する答えは、おそらく国によって、時代によって異なり、専門家の間でも統一した理解が確立しているとは言い難い。まずは、コンセンサスが得られているところから始めることとしたい。
適合性原則とは、大まかにいえば、投資勧誘にあたって事業者は、顧客の目的や人的属性を調査・確認し、そのうえで、それに適合した取引を勧誘・販売しなければならない、逆にいえば、適合しない取引を勧誘・販売してはならないというものである。このルールは、もともとは、アメリカの証券取引の領域における自主規制や行政監督ルールに起源を持つものであるが、1991年国際証券監督者機構(IOSCO)、2004年EUの金融商品市場指令(MiFID)でも採用されるなど、こんにちではグローバルスタンダードとなっていること、わが国においても金融商品取引業者等の行為規制の一翼を担う重要なルールであることは、よく知られている。
ここで、この適合性原則の役割と機能について考えてみると、それは、金融市場の発展と市場の裾野の広がりがもたらすさまざまな問題への対処を託されたルールということができる。具体的には、金融技術の革新がもたらした商品の多様化・複雑化によって生じたリスク、あるいは、高齢社会の到来を背景に専門家に依存する投資家層の出現といった問題で、これらの物的・人的側面の変化に法はどのように向き合えばよいかが課題とされているのである。
2 問題意識───なぜドイツ法か?
本書は適合性原則をテーマとする中で、検討の手掛かりをこのルールの母法であるアメリカ法ではなくドイツ法に求めている。それはいかなる理由によるのか、この点については若干の説明を要しよう。
元来、ドイツ法は適合性原則を知らない法制であったところ、後からグローバルスタンダードのルールとして導入するに至ったという経緯を持つ。他方、ドイツには、個人の権利救済をベースに司法的救済を通じて投資家保護を実現してきた長い歴史がある。言い換えれば、投資家保護において民事ルールが重要な役割を果たしてきた伝統があるということであり、本書はここに着目して、わが国で議論されている民事救済と行政救済との協働のあり方という今日的テーマへの示唆を求めたものである。というのも、ドイツでは投資勧誘・販売の領域において1990年代以降に導入・整備された監督ルールと一般民事ルールの協働と、この協働を下支えする精緻な私法理論も展開されているからである。
さらには、ドイツ固有の歴史として、取引の持つ「投機性」に着目した投機取引をめぐる民事ルールに興味深い変遷が観察されることも注目に値する。ドイツでは、先物取引への参加者資格を制限するために特別な「取引能力」制度が採用されてきた。この制度は度重なる変遷を経て「情報提供モデル」(情報提供をもって自己決定を支援する投資家保護のあり方で、情報提供を超えるパターナリスティックな法的介入を排する考え方)に投資家保護機能を移譲する形で法制度としては消滅したものの、リーマンショックに端を発する金融危機を経て「情報提供モデルの限界」が露呈するに及び、この制度を再評価する揺り戻しの動きがみられる。このような状況にあるドイツは、後に述べるように日本といろいろな点で共通性をみとめることができ、わが国にとって示唆に富むのではないかと考えられるからである。この先物取引能力制度の検討が、本書の分析のいわば「縦糸」としての位置づけを占めている。
II 投機取引論から「情報提供モデル」へ
1 ドイツ固有の投機取引論
(1)取引所法(1896年)
先物取引に関する特別の取引能力制度は、1896年に制定された取引所法で創設されたものである。当時のドイツでは、先物取引が大衆を巻き込む深刻な被害を引き起こしており、この混乱をいかに収束させ、先物取引をいかにして健全な形で発展させるかは重要な政策課題であった。それにしても、なぜこのような制度が必要とされたのであろうか。それは、時期を同じくして制定された民法典(1896年)に、相互の調整をすることのないまま規定されてしまった差金の抗弁を排除することによって、法的安定性を確保し、先物取引市場の機能の十全な発揮と大衆投資家保護の実現を図ることを狙ったものであった。この「差金の抗弁」とは、ドイツ民法764条に規定されていたもので、①合意した価格と給付時の相場との差額を敗者から勝者に支払う意図で、物品・有価証券の提供を内容とする契約を締結した場合、それを賭博とみなし、しかも、②差金決済の意図を一方の当事者しか有していない場合にもその点について認識可能性があれば足りるとして、差金取引と認定する要件が緩和されていたのである。賭博とみなされることがもたらす法的効果は、相場で負けて負担した債務は自然債務、つまり、法的に訴求できなくなるというものである。
先物取引能力制度は、不適格者は取引所先物取引無能力者として法的拘束力を否定する形で救済する一方(先物の抗弁の承認)、先物取引能力は登記簿への登録によって付与される(登記のテーゼ)。この登記は、当初、取引所登記(1896年)という取引所が特別の登記制度を創設する形をとったものの普及せずに失敗に終わったことで、1908年には商業登記に役割を委ねた(1908年改正)。こうして1908年改正法では、商業登記に登録された商人は先物取引能力者となる一方、非商人である大衆についてはどうかといえば、法的拘束力を証拠金の範囲内に限定するという措置がとられている(証拠金モデル、1908年法)。
ところで、ドイツの取引所法は、投機取引に対する法的措置として、これまで述べてきた「先物取引能力制度」と並んで、「取引所投機取引」の未経験・軽率を利用して「誘惑」した者に刑罰を科す規定を導入した。というのも、先物取引能力制度は先物取引市場への参加者層をコントロールすることによって先物取引市場の発展を企図したものであるが、その出発点においてすでに、投機取引がもたらす社会的弊害に直截的に対処する措置を用意し機能分担を意図していたからである。なお、この投機取引未経験者を誘惑した業者に刑罰を科す規定は、幾次にわたる金融制度改革を経てなお存続しており、金融危機後ににわかに存在感を放つこととなった。
(2)取引所先物取引能力制度の本質と機能
ここで、すこし立ち止まって「取引所先物取引能力制度」について検討を加えてみることとしたい。この制度は、「取引所先物取引」を有効に行う法的資格を登記への登録と結びつけていた。この「登記のテーゼ」は、どのように正当化されたのであろうか。
取引所法の立法資料や当時の文献から明らかになった理由は次の3点である。①投機売買は商行為にあたることから、投機取引を反復継続する者は、「商人」同様の登記義務を課しても過剰な負担とはいえない。その根底にあるのは、②後見的な法的介入は回避すべきであるとの思想、そして、③取引所法という独自の法領域を確立させる要請がある、との認識である。
もっとも、ここに挙げられた理由のみでは、なぜ一定の取引類型のみを対象とした特別の取引能力が構想され、その能力付与と登記登録とが結びついたのかという疑問を払拭することができないであろう。筆者の暫定的な結論は以下のようなものである。取引能力制度の着想は、実質上「商人」と扱うことによって登記義務を正当化したことにかんがみれば、登記のテーゼの手掛かりは商業登記制度に求められるべきであろう。ドイツの商業登記制度の基礎は中世初期のギルドの構成員目録であったとされているが、それは手形行為への参加資格を有する者の登録簿として機能していた。そして、17世紀以降のドイツ、オーストリア、スイスでは、「手形能力」のある者の登録簿として商業登記が法制化されてきていたところ、19世紀にはいって商業登記は、特別の手形能力から商法の領域で活動する商人の公示へと一般化された。このような沿革の中に、登記簿と特殊な取引をなす資格としての「能力」の接点を見出すことは可能であろう。
(3)「情報提供モデル」(1989年)、そして、取引能力制度の役割の終焉(2002年)
しかしながら、このドイツ固有の法制度は、一連の金融システム改革というグローバル化の波に洗われ、その機能を失っていくこととなった。すなわち、1989年の取引所法改正では非商人の先物取引能力は法定の情報が記載された書面が交付され、署名をすれば付与されるという「情報提供モデル」となることで、先物取引能力制度はその投資家保護機能を大きく減殺されることとなったのち、ついに2002年の第4次資本市場振興法により、制度として廃止されるに至る。
これに代わって投資家保護を担うこととなったのは、監督ルールと民事ルールの協働による「情報提供モデル」である。これは、わが国の目からみれば、より馴染みのある法制への変更であることはいうまでもない。
2 監督ルールと民事ルールの協働による「情報提供モデル」
(1)監督ルール
・1994年証券取引法
ドイツにおける連邦レベルでの監督ルールの整備は、1994年に制定された証券取引法による行為規制の導入を待たねばならなかった。そして、これが1993年のEU投資サービス指令(ISD)の国内法化であったことも、以降のドイツ法の改革と発展の方向性を決定づけている点で見逃せない。
この行為規制によって、証券投資サービス提供業者には、監督ルール上の行為規範として、①有償事務処理契約上の利益擁護原理がEC法上の統一基準となるとともに、②十分な技量、注意、勤勉性のある行動の原理、③利益相反の回避に努め、それができない場合に顧客を公正に扱うことの確保、④取引の透明性の確保(重要情報の適切な開示)といった原則が確立することとなった。
また、この段階では適合性原則は行為規範や禁止規範として明確に規定されず「顧客調査義務」としてしか規定されていない。すなわち、顧客の「対象となる取引についての経験または知識、取引で追求する目的、および財産状態」を調査する義務(31条2項1号)として、「目的に適った情報をすべて提供する義務」(同2号)とともに規定されていた。
・EU金融商品市場指令(MiFID)国内法化による「適合性原則」の明文化(2007年)
この行為規制の転機となったのが、ISDの次世代のルールにあたる金融商品市場指令(MiFID)の国内法化である。ところで、このMiFIDの行為規制には、次のような特徴があった。いずれも、後に触れるリーマンショック以降の規制改革と対比して指摘されているものである。①投資家保護の強化と市場活性化策とがリンクしていること。これは、家計の貯蓄を投資へと振り向けて流動化させることを企図したもので、その目的において投資家保護が必要であるとされた。②投資家保護のあり方・方策は「情報提供モデル」志向が打ち出され、プロセス重視の最小限の規制が採用されている。③わが国の金融商品取引法に影響を与えたものであるが、「行為規制の柔構造化」が導入されている。すなわち、顧客を「リテール顧客/プロ顧客/適格相手方」に区分し、証券投資サービスが「投資助言またはポートフォリオ管理/それに該当しない勧誘・販売/注文執行のみのサービス(ExecutionOnly:EOサービス)」のいずれに該当するかによって業者の行為義務を一部軽減・免除するというものである。
投資勧誘ルールとしては、中核をなす「投資助言」またはポートフォリオ管理については「適合性審査」に服させる一方、要保護性の一段低いサービスには「適切性審査」でよしとし、EOサービスであれば一定の要件で適合性審査フリーとされた。そして、ここにいう「適合性審査」は、次のように規定されていた。「投資助言またはポートフォリオ管理を提供する場合、投資業者は、顧客または見込み顧客に適合的な投資サービスと金融商品を推奨するにあたり、顧客または見込み顧客の特定の種類の商品またはサービスに関連する投資分野における知識と経験、その財産状態及び投資目的について顧客から必要な情報を取得しなければならない」。このように、プロセス重視のルールにとどまっており、適合性原則はわが国におけるような禁止規範としては規定されるに至っていない。これは、2011年改正まで待たねばならないことになる。
(2)民事ルール
・ボンド判決BGH 1993年7月6日
民事ルールとしての「情報提供モデル」の中核を担っているのが、連邦通常裁判所(BGH)の1993年のボンド判決である。それによれば、事業者は推断的に成立する「投資助言契約」に基づく助言義務を負う。ここにいう投資助言契約は、先のMiFIDにも影響を及ぼしたもので、別に投資顧問契約の締結を要するものではなく、ボーナス預金契約に満期が到来したので次の投資はどうしたらよいだろうかと顧客から銀行に問い合わせをした、その助言を求めるという会話の開始をもって推断的に成立するとされている。以降、ボンド判決ルールと呼ばれることになる判例法理は、次のようなものである。銀行は投資助言に際して、①企図されている投資取引に関する顧客の知識状況やリスク許容度を考慮しなければならず(投資家適合的助言)、②推奨される投資対象の特徴・リスクで投資決定にとって本質的重要性を有し、または有し得るものについて、助言がなされなければならない(対象適合的助言)。この助言義務違反の効果は損害賠償である。
・リベート判決BGH 2006年12月19日
この民事責任法理の発展の転機となったのが、業者がリベートをもらうという自己の利益を隠して投資助言を行うことには利益相反の危険があり、それを開示しなければならないとした2006年のリベート判決である。顧客にはそのうえでその商品を買うか否かの判断を下させるべきであるとしたものであり、ここに、「情報提供モデル」は投資助言の「質」を問うという視点を獲得したといわれており、その後の投資家保護ルールに大きな影響を及ぼしている。
・内部手数料に関する15%ルール BGH2004年2月12日
このリベート判決のルールと密接に関連するものとして、2004年判決で確立した内部手数料に関する判例法理がある。これは、隠れた形で15%以上の手数料を投資額から抜いていれば採算性の判断がゆがめられ説明義務違反になるというものである。もっとも、リベートと内部手数料の関係は不明瞭で、その後の民事裁判実務上の一大争点となる。
III ヨーロッパ・ドイツにおける新たな展開
1 ヨーロッパにおける金融危機以降の規制改革の動向
(1)リテール投資家保護政策の転換
金融危機以降の規制改革の動向に目を向けると、リテール投資家保護政策に大きな方向転換があったことが確認できる。新たな規制の鍵は、リテール顧客を分節化したうえで「金融商品・サービスの消費者」に着目している点にある。すなわち、①リテール投資家を平均的リテール顧客と「家計による投資家」に分節化したうえで、②規制の失敗、「情報提供モデル」の限界を踏まえた投資助言の規制を強化する。そして、③「家計による投資家」保護については、消費者法における製品安全規制を参照するというものである。
(2)MiFID-II(2014年5月13日成立、7月2日発効、国内法化期限2016年7月2日)
EUレベルでは金融危機を踏まえた大規模な改正(MiFID-II)が2014年5月に成立しており、2018年1月に全面施行を控えている状況にある。そこでは、次のような投資家保護ルールが導入されている。
まず特徴的なのが、①市場への悪影響など一定の問題性が認められる商品の販売禁止を含む介入規制の導入である。そのほか、②EOサービスへの参入規制(アクセス制限)という、適合性原則フリーのサービスで提供できる商品や投資家層に絞りをかけるルールも導入している。加えて、「情報提供モデル」の質を担保するための措置として、③報酬ベースの投資助言というカテゴリーが創設されている。すなわち、ボンド判決ルールが前提としていた推断的に成立する無償の「投資助言契約」の限界を踏まえ、○a第三者からの報酬の不存在が担保され、○b広汎な市場分析に基づいた、○c自己に密接に関連する事業者に限定しない投資商品を推奨する、独立した有償のサービスが構想されている。そのほか、④「情報提供モデル」の改善として、投資推奨の根拠を記す文書作成義務の導入、付随的投資助言における価格・コスト・第三者への報酬・利益供与に透明性を確保するためのルール整備がなされることとなった。
(3)司法的救済を強化する統一ルールの模索
金融危機以降、ヨーロッパ各国においても損失を被った投資家が投資商品を販売・勧誘した金融機関に損害賠償を請求する訴訟が頻発している(「訴訟洪水」ともいわれる)。MiFID-IIの審議過程では、これらの民事ルールを通した投資家の司法的救済を強化するルールを模索する動きもみられた。投資家に対する重要事項説明書(KeyInformationDocument)の規則の審議過程において、行為規制違反の行為(過失ないし違法性)と損害の発生との因果関係につき、立証責任を転換する旨の規定の導入が検討されたことがそれであるが、結果的には実現をみていない。もっとも、同じ内容は、ドイツでは説明義務損害賠償法理で実現しているものである(後述の「金利賭博」判決ほか)。
2 ドイツ法の新たな展開
(1)「情報提供モデル」の軌道修正
EUレベルでの改革とパラレルに、ドイツにおいても2009年、2011年、2013年と相次いで法改正がなされている。まず、社債法及び投資家保護に関する法律(2009年7月31日)では、個人顧客への投資助言に「記録調書(Protokolle)」作成義務を導入し、民事ルールとしての「情報提供モデル」を監督ルールにより補強する措置が講じられている。
つづいて投資家保護及び資本市場機能の改善に関する法律(2011年4月7日)では、監督ルール上の「情報提供モデル」の強化が図られている。まず、①それまで「顧客調査義務」を定めるに過ぎなかった適合性原則がここに至ってはじめて行為規範として規定され(違反には秩序違反・過料)、連邦金融監督庁に投資助言の「質」のコントロール権限が付与されるに至った。くわえて、②利益相反規制の強化(違反には秩序違反・過料)、③投資助言、販売、コンプライアンスに責任を負う従業員に登録制が導入されたほか、④投資家保護規定違反の制裁措置に投資助言業務停止命令が加わっている。同法では「情報提供」のコンパクト化も行われており、「簡潔で理解が容易な情報書面」の交付が義務づけられている。
ドイツの投資助言実務の改革を企図して制定された、報酬ベースの助言の振興と規制に関する法律(2013年7月15日)は、MiFID-IIが採用した投資助言の「質」確保措置の先取りである。
(2)一般民事ルールの「情報提供モデル」における新展開
監督ルールの改革と軌を一にする形で、司法的救済にも展開がみられた。
中でもエポック・メーキングだったのは、BGH2011年3月22日のCMSスプレッド・ラダー・スワップ判決──通称「金利賭博」判決である。そこでは「本件のように高度で複雑な商品の事案においては、取引のリスクに関する説明は、基本的に顧客に助言をした銀行と同様の専門知識を顧客に保障するものでなければならない」と実質的販売禁止に近い、極めて高度な説明義務を課し、本件スワップは「契約締結時点でネガティブな市場価値を組み入れた点で重大な利益相反があったといえ、ここに顧客の利益が害される危険性が存在した......指標価格の4%のネガティブの市場価格である旨を説明しなかった点で助言義務違反があった」としている。
監督ルールとの協働という点で注目に値するのが、BGHの2014年6月3日判決であり、そこでは、投資助言契約に基づき助言をした銀行は、2014年8月1日以降、第三者から隠れた「内部手数料」を受領していた場合、その金額の多寡を問わず、その旨を説明する義務を負うとの判例法理が定立されている。報酬ベースの助言に関する規定(2013年7月15日法)が2014年8月1日に施行されることを受けての判断である。
(3)学説の動向
・「機能上の民事ルール」と一般民事ルール
近時のドイツで支持を得ている議論に「機能上の民事ルール」という概念がある。これは、契約法と領域を共有する公法規制を切り出し、公私協働のあり方を議論する際に用いられているものであるが、EU法という特殊事情も加わって、MiFID国内法化のルール(監督ルール)と一般民事ルール(国内実体法秩序)の抵触をめぐる議論という実益を持つ議論として激しく争われている問題である。
見解は3つに分かれており、①機能上の民事ルールの優位性─MiFIDの定めるルールは監督ルールであると同時に民事ルールでもあるという二重規範(Doppelnorm)性を肯定する立場、②一般民事ルールの優位性──国内実体法秩序の自律性を認める立場、③折衷的に、反射効を認める立場(参照できるが、しなければならないわけではない)である。立場の分岐点は、MiFIDのフル・ハーモナイゼーションの射程をめぐる理解であることはいうまでもない。
そのような中、欧州司法裁判所の2013年5月30日判決は、「投資助言上の義務(適合性原則)違反の効果の問題は国内法秩序で確定すべき問題」であるとして、③に親和的な判断を示した(リテール顧客に対するスワップ契約の不当販売(適合性・適切性審査の懈け怠たい)が問題となった事案)。一方、EU各国において、業者にMiFIDルール違反はなかった事案でも損害賠償責任を負うかが争われているが、消極(イギリス)、積極(オランダ、スペイン、イタリア)と判断が分かれており、引き続き注視していく必要がある。
・「情報提供モデルの限界」
もう一つの近時のドイツの学説のキーワードに「情報提供モデルの限界」がある。その文脈はさまざまなものがあるが、一つには、適合性原則の理解として、情報過多への対処として、投資家・投資対象適合性にくわえて「投資家理解能力適合性」が要請されるとの理解が普及しつつある。これは、情報を理解するリスクの業者負担への転換を肯定するものである。
さらには、監督ルール違反に司法的救済を実現する途も模索されている。説明義務の内容を、金利賭博判決のように事実上の禁止規範にまで高度化することを肯定するほか、禁止法規違反による無効、暴利行為論、賭博の抗弁、錯誤論などが候補に挙げられている。
ここで注目に値するのは、この模索にあたって、立法論として「先物取引能力制度」の経験が参照されていることである。近時のEU立法では、先のMiFID-IIとは別に、一定の複雑な投資商品につき小口投資家にアクセス制限措置を導入する例もみられるところであるが、この動向を、「洗練された投資家にアクセス限定する」アメリカ法を参照しつつ、「先物取引能力制度」を現代化したものとして評価しようというものである。
IV 結び───わが国への示唆
1 わが国における民事ルールとしての適合性原則の特徴
最後に、これまでのドイツ法の検討を踏まえて、わが国における適合性原則の特徴と課題をスケッチして結びに代えることとしたい。
わが国においては、最高裁平成17年7月14日判決(民集59巻6号1323頁)によって、適合性原則は「公法上の業務規制、行政指導...自主規制という位置づけではあるが......適合性原則から著しく逸脱した勧誘(は)......不法行為上も違法となる」との判例法理が確立された。この判示は、「著しい」というクッションはあるものの、「機能上の民事ルール」に相当する監督ルールと一般民事ルールを架橋したという意味で、二重規範論に近い反射効を肯定した画期的な判決であったということができるであろう。
他方、わが国における投資家の司法的救済は、信義則上の説明義務違反を根拠とする損害賠償責任(しばしば柔軟な過失相殺を伴う)によって実現されることが多く、説明義務違反の法理と民事ルールとしての適合性原則との関係をめぐる理解も帰一するところはない。しかし、比較法を踏まえていうならば、適合性原則との切り分けがうまくいっておらず、本来、狭義の適合性原則で扱われるべき問題も説明義務違反で処理されているように思われる。義務違反行為と損害発生との因果関係の認定、説明すべき事項・対象の絞り込みなどについても、「機能上の民事ルール」論を踏まえ、司法的救済の果たす役割・機能に相応しい運用、立証の緩和措置の工夫が探られてしかるべきではあるまいか。
2 適合性原則の機能と多層性
わが国では、投資サービス論の初期段階から、適合性原則を広義/狭義に分けて議論がなされてきたが、近時のドイツ・ヨーロッパにおける「情報提供モデルの限界」論は、この議論枠組みを再評価すべきことを示唆しているように思われる。その際には、狭義の適合性原則が商品特性/投資家の属性を組み合わせた行為規制であることから、賭博論が商品特性による絶対的禁止規範であるのとは異なり、相対的禁止規範であることの特性を活かすことが望ましい。
また、適合性原則は、元来、「機能上の民事ルール」であることからすれば、それを受け止めて協働する一般民事ルールのあり方は、単一ではなく、弊害への直截的措置を意味するような公序論や、能力論のような市場の健全性確保措置などの多層性を承認すべきではなかろうか。
- 本稿は2015年4月24日金融庁金融研究センター金曜ランチョンにて行った講演をもとに再構成した。席上で賜った貴重なご教示にこの場を借りて御礼申し上げる。また、本書の問題意識や今後の展望につき、第2回津谷裕貴・消費者法学術賞受賞スピーチ・現代消費者法31号50頁以下も参照されたい。
参考文献
角田 美穂子『適合性原則と私法理論の交錯』商事法務、2014年
第2回「津谷裕貴・消費者法学術実践賞」学術賞受賞
(2017年4月 掲載)