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社会へ向けた同時代的発信:「一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト」の3年間

  • 商学研究科教授橘川 武郎

2015年春号vol.46 掲載

一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト

2012年1月、エネルギー各社からの寄附を受けて、「一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト」がスタートし、私がそのプロジェクトリーダーをつとめさせていただくことになった。それ以来、ほぼ2か月に1回のペースで研究会を重ねた同プロジェクトは、2014年3月にその研究成果を『一橋大学・公共政策提言シリーズNo.2
エネルギー新時代におけるベストミックスのあり方─一橋大学からの提言』(橘川武郎・安藤晴彦編著、第一法規)としてとりまとめ、世に問うた。
このプロジェクトがスタートしたのは、2011年3月11日の東日本大震災にともなう東京電力・福島第一原子力発電所事故によって、日本のエネルギー政策が根底的に見直されることになり、その行方を見通すことができない混沌とした状況のさなかであった。それでも、福島第一原発事故をふまえた新しいエネルギー基本計画が2012年3月末までには策定されるだろうと言われていたが、結局、その策定は2年以上も遅れて、2014年4月までずれ込んだ。その間には、2012年12月の総選挙による民主党主導政権から自民党主導政権への交代という、大きな政治的変化も起こった。
新しいエネルギー基本計画が決まらない混沌とした状況が続くなかで、「一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト」は、その研究成果を積極的に社会へ向けて発信してきた。2013年6月に独立行政法人経済産業研究所(RIETI)との共催で「資源エネルギー政策の焦点と課題」をテーマにした大規模な政策フォーラムを開催したのを皮切りに、上記の『エネルギー新時代におけるベストミックスのあり方』を刊行したのちも、RIETIと共催で「資源エネルギー政策サロン」を4回にわたって公開で実施してきた。また、2014年5月には、東京大学公共政策大学院と共催で、国際シンポジウム「原子力の平和、安全な利用と統合型高速炉」も開催した。「一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト」の社会へ向けた同時代的発信は、ようやく2014年4月に新「エネルギー基本計画」が策定されたのちも、今日にいたるまで継続している。
本稿の残りの部分では、そのような社会的発信活動の一環として、現時点(2015年1月)での日本のエネルギー政策に対する批判的提言を試みる。「一橋大学資源エネルギー政策プロジェクト」にかかわるすべての活動がそうであるように、次の議論は、あくまで発信者(この場合は橘川)個人の私見であることを、あらかじめ断っておく。

木を見て森を見ず

2014年4月策定の新「エネルギー基本計画」は、各エネルギー源の重要性を、左記のとおりまんべんなく指摘している。

  • 再生エネルギー:安定供給面やコスト面でさまざまな課題が存在するが、温室効果ガス排出のない有望な国産エネルギー源。
  • 原子力:安全性の確保を大前提に、エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源。
  • 石炭:供給安定性・経済性に優れたベースロード電源であり、環境負荷を低減しつつ活用していくエネルギー源。
  • 天然ガス:シェール革命などを通じて天然ガスシフトが進み、今後役割を拡大していく重要なエネルギー源。
  • 石油:利用用途の広さや利便性の高さから、今後とも活用していく重要なエネルギー源。
  • LPガス:シェール革命を受けて北米からの調達も始まった、緊急時にも貢献できるクリーンなガス体エネルギー源。

このような指摘を受けて、エネルギー産業に関連する各業界紙は、総じてこの計画を高く評価する論陣を張った。自らの業界が主として取り扱うエネルギー源の重要性が、きちんと評価されたというわけだ。
しかし、このような評価はやや一面的であると言わざるをえない。なぜなら「木を見て森を見ず」のたとえが、そのままあてはまるからである。
新しいエネルギー基本計画に対して多くの国民が期待していたのは、目標年次とされた2030年において日本の電源ミックス(再生エネ・原子力・火力などの電源別の発電電力量の構成比)や1次エネルギーミックス(石油・石炭・天然ガス・再生エネ・原子力などエネルギーの構成比)がどのようなものとなるか、その見通しを数値で明示することであった。しかし、今回のエネルギー基本計画は、電源ミックスや1次エネルギーミックスを数値で示すことを避け、それを先送りした。各エネルギー源の重要性に関する定性的で総花的な記述に終始したのである。
今回の「エネルギー基本計画」は、各エネルギー源の位置づけという「木」については言及している。しかし、それぞれのエネルギー源の全体としてのバランスがどうなるかという肝心な論点、つまり「森」については立ち入ることを避けている。「木を見て森を見ず」とみなす理由は、ここにある。
電源ミックスが数値で明示されなかったため、新しいエネルギー基本計画の内容はわかりにくいものとなっている。そのことは、原子力発電の位置づけに関する記述に、端的な形で表れている。
新しい「エネルギー基本計画」は、焦点の原子力発電の位置づけについて、「重要なベースロード電源」と述べる一方で「原発依存度は可能な限り低減」させるとし、ただし「確保していく規模を見極める」とも記述した。きわめてわかりにくい表現だと言わざるをえない。同意見書の草案が審議された総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の席上、委員であった筆者(橘川)は思わず、「マッキー(槇原敬之)の歌の『もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対』というフレーズみたいでわかりづらい」と発言してしまったが、今でもその気持ちは変わらない。

元に戻る再稼働ではなく減り始める再稼働

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新「エネルギー基本計画」がわかりにくい最大の原因は、多くの国民が期待していた2030年における電源ミックスの数値の発表を回避したからである。それでは、2030年の原発依存度および電源ミックスはどのようなものとなるだろうか。その数値を予測するうえで手がかりを与えるのは、当面する原発再稼働のゆくえである。
2012年と2014年の総選挙と2013年の参議院議員選挙の結果を受けて、運転停止中の原子力発電所のすべてがいずれ雪崩を打って再稼働するのではないかという見通しがある。原子力規制委員会が決めた新しい規制基準をクリアした原発については、迅速に再稼働させるというのが、総選挙や参院選で圧勝した自民党の政策だったからだ。
しかし、事態はそれほど単純ではない。そもそも自民党は、総選挙でも参院選でも原発政策について、中長期的な見通しを明言しない方針をとった。原発に対する国民世論はいまだに厳しいと読んだうえで、原発政策を争点から外したほうが、勝利をより確実なものにできると判断したからだ。選挙前にその内容を明言しなかった以上、たとえ選挙に大勝したからといって、自民党の原発政策が支持されたことを意味しない。事態を複雑にしているのは、このような事情があるからだ。
一方で、原発のある程度の再稼働は不可避であることも事実である。2013年10月にとりまとめられた電力需給検証小委員会の報告書が明らかにしたように、原発停止による火力発電用燃料費の増加額は年間3兆6000億円にのぼる。2012年から14年にかけて電力会社7社が電気料金の値上げを実施したが、それらは原子力発電所の再稼働を前提にしたものであり、再稼働が遅れて原発の運転停止が長期化した場合には、再度の料金値上げが取り沙汰されることになろう(現実に北海道電力は、泊原発の再稼働の見通しが立たないことを受けて、2014年11月に電気料金を再値上げした)。
それでは、原発はどの程度再稼働するのだろうか。この点に関しては、(1)2013年7月に原子力規制委員会がフィルター付きベント(放射能を除去するフィルターをともなう排気装置)の設置を含む、厳しい内容の規制基準を設定したこと、(2)2012年の原子炉等規制法の改正で、原則として運転開始後40年を経た原子力発電所を廃止することが決まったこと、という2つの新しい規制が重要な意味を持つ。
原発の再稼働は、(1)の新しい規制基準をクリアすることが大前提となる。そうであるとすれば、新規制基準でフィルター付きベントの事前設置が義務づけられた沸騰水型原子炉(24基)の再稼働は、事実上、2016年以降でなければありえない。2015年中の再稼働がありえるのは、新基準でフィルター付きベントの設置に猶予期間が設けられた加圧水型原子炉(24基)に限定されることになる。現実に、新基準が設定された2013年7月中に再稼働の申請を行ったのは、当時稼働中であった関西電力・大飯原発3・4号機を含めて12基であったが、これらはいずれも、加圧水型の原子炉であった。
ここで注目すべき点は、新基準が設定された2013年7月の時点で加圧水型24基に再稼働申請のチャンスがあったにもかかわらず、実際には12基しか申請しなかったこと、逆に言えば、12基が申請しなかったことである。この状況は、本稿を執筆している2015年1月時点でも変わりがない。新基準をクリアするためには、フィルター付きベントの設置だけでなく、膨大な金額の設備投資が必要とされる。一方、(2)の「40年廃炉基準」が厳格に運用された場合には、多額の追加投資をした原発が、新基準をクリアし、いったん再稼働したとしても、すぐに運転を止めなければならなくなるかもしれない。12基の加圧水型原子炉が2014年11月時点で再申請をしていない事実は、電力会社がこれらの事情をふまえて取捨選択を始めており、「古い原発」の再稼働を断念し始めていることを示唆している。今後、ある程度の原発が再稼働することになるであろう。しかし、それは、既存の48基すべてが「元に戻る」再稼働では決してなく、沸騰水型原子炉も含めて当面30基程度の原発の運転再開が問題となる「減り始める」再稼働であることを、きちんと見抜いておかなければならない。

2030年の原発依存度は15%程度か

「40年廃炉基準」を厳格に運用した場合には、2030年末の時点で、現存する48基のうち30基の原子力発電設備が廃炉となる。残るのは、18基1891万3000kWだけである。この18基に、建設工事を再開した中国電力・島根原発3号機と電源開発(株)・大間原発が加わったとしても、2030年の原子力依存度は、2010年実績の26%から4割以上減退して、15%程度にとどまることになる。
2030年の原発依存度15%程度という見込みについては、2012年の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会において、経済産業省資源エネルギー庁が示した試算が参考になる。この試算によれば、原子力発電所の稼働年数を40年とした場合、2030年における原発依存度は、稼働率が70%の場合には既存原発だけで13%、それに加えて島根原発3号機が運転を開始すると14%、さらに大間原発が運転を開始すると15%となり、稼働率が80%の場合には既存原発だけで15%、それに加えて島根原発3号機が運転を開始すると16%、さらに大間原発が運転を開始すると17%となる。つまり、「40年廃炉基準」が効力を発揮すると、2030年における原発依存度は15%前後となるわけである。なお、2030年の電源ミックス全体は、原子力15%、再生可能エネルギー(水力を含む)30%、火力40%、コジェネ(熱電併給)15%となるのではなかろうか。

リアルでポジティブな原発のたたみ方

筆者(橘川)は、2012年2月に『電力改革─エネルギー政策の歴史的大転換』(講談社)を、2013年11月には『日本のエネルギー問題』(NTT出版)をそれぞれ刊行し、「リアルでポジティブな原発のたたみ方」を提唱した。これは、2011年3月11日の東京電力・福島第一原子力発電所事故以降、さまざまな場で発言してきた原子力問題に関する考えを集大成したものであった。「たたみ方」という表現は、すぐにではなくとも長期的には原子力発電をやめることを意味する。なぜ、原発停止を前提とするのか。それは、筆者が、使用済み核燃料の処理問題、いわゆる「バックエンド問題」を根本的に解決するのは困難だと考えるからである。
バックエンド問題に対処するためには、使用済み核燃料を再利用するリサイクル方式をとるにしろ、それを1回の使用で廃棄するワンススルー(直接処分)方式をとるにせよ、最終処分場の立地が避けて通ることのできない課題となる。この立地を実現することは、きわめて難しい。リサイクル方式をとれば最終処分量は減るかもしれないが、使用済み核燃料の再処理技術それ自体がなかなか確立されない現実がある。
また、使用済み核燃料を地下深く「地層処分」する場合には、その埋蔵情報をきわめて長い期間にわたって正確に伝達することは至難の業だという問題も残る。リサイクル方式をとれば危険な期間は短縮されるかもしれないが、それでも「万年」の単位にわたるという。つまり、伝達期間は少なくとも何百〜何千世代にも及ぶことになる。原発推進派のなかには「地層は安定している」と主張する向きもあるが、それでは地上はどうなのだろうか。たとえば、1万年前の日本列島の状況を想像することは、決して容易なことではない。
筆者は、原発が20世紀後半から21世紀前半にかけての人類の進歩に貢献した(する)ことを、高く評価する。21世紀の前半にも、電力不足を解消するため、中国・インド・ベトナムなどの新興国では、原発の新増設が続くだろう。しかし、バックエンド問題を解決できない限り、原発は、人類の歴史の一時期に役割を果たした(す)過渡的エネルギー源に過ぎないのである。

なぜリアルさとポジティブさにこだわるのか

原発の今後のあり方を論じる際に最も重要な点は、「反対」、「推進」という原理的な二項対立から脱却し、危険性と必要性の両面を冷静に直視して、現実的な解を導くことである。日本におけるこれまでの原発論議では、二項対立の構図のなかで、反対派と推進派が互いにネガティブ・キャンペーンを繰り返してきた感が強い。もはや、そのような時代は終わった。相手を批判するときには、必ず、リアル(現実的)でポジティブ(積極的・建設的)な対案を示すべきである。
リアルな議論を展開しなかったからこそ、原発推進派は、エネルギー自給率4%という資源小国でありながら、福島第一原発事故以前の時期にも原発への風当たりを弱めることができなかった。ポジティブな対案を示さなかったからこそ、原発反対派は、わが国が広島・長崎・第五福竜丸を経験した被爆国でありながら、これまでドイツの緑の党のような有力な脱原発政党を育てることができなかった。原発のたたみ方を論じるのであれば、それはリアルでポジティブなものでなければならない。筆者が、「リアルでポジティブな原発のたたみ方」という表現をとるのは、このためである。

原発からの出口戦略

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2012・14年の総選挙や2013年の参議院議員選挙では、「脱原発」や「卒原発」のスローガンが声高に叫ばれた。しかし、代替電源の確保や電気料金の抑制、使用済み核燃料の処理など、原発依存度を低下させるうえで避けることのできないテーマに関する具体的施策はほとんど示されず、スローガンのみを振りかざした政党は、国民的な支持を得ることができなかった。なぜ、そうなったのか。それは、原発問題を真に解決するためには外すことができない視点をとり入れなかったから、つまり、原発が立地する地元住民の目線から考えることをしなかったからである。東京目線や大阪目線、滋賀目線だけでなく、原発が立地する地元の目線をとり入れない限り、原発問題の解決はありえない。
原発が立地する地元は、電力供給の面で社会に貢献しているばかりではない。使用済み核燃料を暫定的に保管しているという意味でも、大きな役割を果たしている。経済産業省資源エネルギー庁が2012年に発表した資料によれば、国内17か所の原子力発電所のうち、使用済み核燃料を10年以上貯蔵できる余力を有するものは、泊、東通、志賀、川内の4か所だけということになる。各原発の貯蔵能力は限界に達しつつあるわけであり、使用済み核燃料の問題にどう対処するかは、原発が立地する自治体にとって切迫した重大問題なのである。
福島第一原発の事故では、定期検査で運転休止中であった4号機でも水素爆発が起こり、燃料プールに保管中であった使用済み核燃料の危険性が問題になった。この点を考慮に入れれば、日本各地の原発でも、使用直後の核燃料を冷却する燃料プールだけでなく、そこである程度冷やした使用済み核燃料をより危険性の低い乾式空冷方式で保管する金属キャスクを、安全度の高い場所に設置することが必要となる。そして、原発が立地する自治体に対しては、電力供給面での貢献に関して支払われる電源三法交付金とは別に、使用済み核燃料の保管という役割に関しても、きちんとした財政的支援が行われてしかるべきだろう。
誤解をおそれず言えば、原発の最前線で一番真剣に悩んでいる立地地域の人びとが見出すべき問題の真の解決策は、建設的な意味での「原発からの出口戦略」である。これからしばらくのあいだ、原子力規制委員会が定める規制基準をクリアした原発は運転を続けることになる。しかし、使用済み核燃料の問題を根本的に解決することは困難であり、日本人だけでなく人類全体がやがていつの日にか、原発をたたまざるをえないだろう。そのときに向けて、原発がなくともやっていけるまちの未来図を描きあげることが、原発立地地域の住民に求められている。
原発からの出口戦略それ自体は、それほど難しいものではない。原発は、発電設備は危険だが、変電設備・送電設備は立派であるわけだから、時間はかかるだろうが、発電設備をLNG(液化天然ガス)火力や最新鋭石炭火力に置き換えたうえで、変電所・送電線は今のものを使い続ければいい。そうすれば、火力発電のビジネスと原発廃炉の仕事によって、地元のまちの雇用は確保され、経済は回る。さらに、これらに既述の使用済み核燃料の保管料が加わる。
肝心な点は、原発からの出口戦略の具体的なプランを、原発立地地域の住民自身が作りあげることだ。原発をめぐって、長いあいだ原発立地地域は、電気事業者や国に振り回されてきた。しかし、そのような時代は終わった。これからは、現存する原発を「武器」にして、逆に原発立地地域が電気事業者や国を振り回す時代がやってくるだろう。

(2015年4月 掲載)