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「中部アカデミア」に一橋大学出身の若手起業家が集結。 「ベンチャー企業の戦略ストーリー」を明かす

2017年冬号vol.53 掲載

2016年10月15日(土)、名古屋市のミッドランドホールにて「第7回一橋大学中部アカデミア」が開催された。シンポジウムのテーマは「ベンチャー企業の戦略ストーリーに学ぶ」。パネリストとして迎えられたのは、一橋大学の卒業生であり、起業したビジネスの急成長で脚光を浴びる3人の若きアントレプレナー。「優れた戦略の条件」とは何か。一橋大学屈指の競争戦略研究者を交えた濃密な議論に、会場を埋め尽くした来場者が聞き入った。

村田 光二

村田 光二
理事・副学長

安井 隆豊

安井 隆豊
如水会名古屋支部長

河村 たかし

河村 たかし
名古屋市長

楠木 建

楠木 建
国際企業戦略研究科教授

古川 亮

古川 亮
株式会社バーニャカウダ
代表取締役CEO

佐々木大輔

佐々木大輔
freee株式会社代表取締役

加藤 智久

加藤 智久
株式会社レアジョブ
代表取締役会長

青島 矢一

青島 矢一
イノベーション研究センター教授

沼上 幹

沼上 幹
理事・副学長

商売とは、「当たり前のことを当たり前にやること」

日本経済の再生には、産業の新陳代謝が欠かせない。促進するためにも「ベンチャーの加速」は大きな課題の一つであり、国の日本再興戦略にも掲げられている。それは新たな雇用を生み出し、イノベーションの創出にもつながるが、ベンチャー企業が経済を牽引する米国に比べると、日本はなかなか波に乗れないでいる。起業数は多いものの、持続的な成長を遂げる事例は少ないのが現状だ。そんな背景を踏まえて開催された今回の中部アカデミアは、注目度の高いシンポジウムとなった。「ベンチャー企業の戦略ストーリーに学ぶ」というテーマに期待して詰めかけた来場者は約210人で、会場はほぼ満席に。如水会名古屋支部から安井隆豊支部長、一橋大学のOBである河村たかし名古屋市長も来賓として駆けつけ、実学を重視する一橋大学らしい知の共有の場となった。
シンポジウムでは、最初に一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授が基調講演を行った。そのタイトルは「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」。企業が持続的な競争優位を構築する理論について研究する楠木教授は、多くの日本を代表するベンチャー企業の経営者と親交があるだけに、さまざまな事例や裏話を持ち出しながら優れた戦略の条件について解説。その内容はどれも本質を突くもので会場を大いに沸かせた。
経営には、自然現象とは異なり法則がない。商売に限って言えば、世紀の大発見はあり得ず、当たり前のことを当たり前にやることが大前提。それは、長期的な利益創出を最重要な目標に掲げ、顧客満足を目的として真正面から追求することでもある。そう語る楠木教授だが、言われてみれば当たり前のことであるものの、できていないケースは少なくないと言う。なぜできないのか。その理由の一つとして、経営者は「全社戦略」を重視する一方で、実際に稼ぐ力となる「事業戦略」に対する意識が甘い点を指摘する。そして、事業における競争戦略には、長期的な利益へと結びついていく「つながり(因果論理)」が重要であり、競争を優位にする違いとは、製品・サービスといった事業の構成要素ではなく総体としての「ストーリー(時間展開)」にあると説いた。

成熟経済下に「あからさまな好機」はなく、事業戦略に「飛び道具」はない

基調講演の後はパネル・ディスカッションが行われた。司会進行役は楠木教授で、パネリストとして登壇したのは一橋大学が輩出した若きアントレプレナー3人。図らずも全員が同時期にキャンパスで学び、企業での勤務を経て起業した後、数年で会社を急成長させたという点も興味深い。語られた戦略ストーリーの一部をご紹介する。
1人目は古川亮氏(2002年商学部卒)。株式会社バーニャカウダの代表取締役CEOを務め、20歳以上の女性の課題解決に特化した新しいカウンセリングサービス『ボイスマルシェ』を運営する。提供しているのは、問題解決サービスであり、相談の本質と語る。
「『ボイスマルシェ』は、過去の時代にたとえれば駆け込み寺です。打ち明けたいことを相手に言えて、自分が主人公になれる。そんな機会に対して対価を払う人が社会には溢れていると感じて立ち上げました。事業運営にあたっては、短期では"赤字"でも、長期では"好循環"を回すという観点を重視しました。たとえば、利用顧客を女性に限定するという方針を採れば、男性顧客を捨てることになるものの、長い目で見れば日本女性の悩みに関するニーズが集積され、顧客が満足する質の高いカウンセリングの提供につながります。また、料金を一律・前払い制とすることで、見込み利益は減るものの、プラットホームとしての利用者の安心感は確実に向上すると考えたのです」(古川氏)
これは、部分的には非合理でも、ストーリー全体では合理的な戦略の好事例と言えるだろう。
次に語ったのはfreee株式会社の代表取締役を務める佐々木大輔氏(2004年商学部卒)で、現在シェアナンバーワンを誇るクラウド会計・給与計算ソフト『freee』を提供している。設立から4年だが、すでに60万件以上の事業所で利用され、世界中の投資家から60億円以上を調達するほど急成長を遂げている。
「これまでの会計ソフトは、経理業務の最終工程である仕訳入力に特化したものでした。一方で『freee』の特徴は、受注から請求、売買掛金管理、入金消込、仕訳入力までの全経理業務を省力化できる点にあります。クラウドを活用することで家族経営の小さな事業所でも気軽に利用でき、"すべての人が創造的な活動にフォーカスできる"ことを目指してソフト開発を進めました」(佐々木氏)コンセプトは、バックオフィスの最適化。先進国の中でも顕著な日本の労働生産性の低さを解消するための戦略でもあるという。売っているものの本当の姿は、会計ソフトではないのだ。

共通点は、「自分が一番面白がっていること」

最後にマイクを持ったのは加藤智久氏(2004年商学部卒)。Skypeを利用したオンライン英会話サービスの先駆者となった株式会社レアジョブの創業者であり、現在は代表取締役会長を務める。一橋大学卒業後は1年間中国やメキシコを放浪。その頃Skypeが話題となり、現在の事業の立ち上げを志す。
「戦略の中核に据えたのは顧客推奨です。そこで、毎日25分のマンツーマン英会話を月額5800円で提供するという学習者本位のプライシングを行い、スタッフや講師は英語が堪能な方が多いフィリピンのみで確保。国をまたいだイノベーションにも積極的に投資しました。どれも競合他社が採用していないものです。我々はITを用いた英語学習市場での持続的ナンバーワンを目指し、日本人1000万人を英語が話せるようにすることをサービスミッションに掲げています」(加藤氏)
この事例から学ぶべきことは、業界の思い込みを直視し、顧客満足を追求するという当たり前のことを徹底して行っている点ではないだろうか。
事業形態は違うものの、3社には共通点がある。提供する製品・サービスは、過去に存在し得なかった飛び道具ではない。また、利用する人々の日常が豊かになっていくストーリーも垣間見える。そして何より、創業者である本人が事業を一番面白がっていることが強く印象に残った。ベンチャーの活躍が期待される分野は、生活支援サービスやITによる製造業の革新など幅広い。来場者にとっても、自らの新陳代謝を大いにうながすシンポジウムとなったはずだ。

第7回一橋大学中部アカデミアシンポジウム「ベンチャー企業の戦略ストーリーに学ぶ」

日時 2016年10月15日(土)14:00~18:00
会場 ミッドランドホール(名古屋市中村区名駅4-7-1)
主催 国立大学法人一橋大学
協賛 名古屋商工会議所、リゾートトラスト、東海東京証券
後援 中日新聞社、如水会名古屋支部

プログラム

開会挨拶 村田 光二 一橋大学理事・副学長
挨拶 安井 隆豊 如水会名古屋支部長
来賓挨拶 河村 たかし 名古屋市長
大学紹介 村田 光二 一橋大学理事・副学長
基調講演 楠木 建 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
パネル
ディスカッション
パネリスト 古川 亮 株式会社バーニャカウダ代表取締役CEO
佐々木 大輔 freee株式会社代表取締役
加藤 智久 株式会社レアジョブ代表取締役会長
司会 楠木 建 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
閉会挨拶 沼上 幹 一橋大学理事・副学長
総合司会 青島 矢一 一橋大学イノベーション研究センター教授

(2017年1月 掲載)