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平成28年度 第5回一橋大学政策フォーラム「インフレーション:理論と現実」

2017年夏号vol.55 掲載

2017年2月17日、一橋大学経済研究所が主催して、平成28年度 第5回一橋大学政策フォーラムが行われた。テーマは「インフレーション:理論と現実」。TKP東京駅八重洲カンファレンスセンターの会場に経済関係の研究者など超満員の来場者を集め、休憩を挟んで5時間強に及ぶ充実したプログラムが展開された。その内容をレポートする。

高田 創

高田 創
みずほ総合研究所常務執行役員 チーフエコノミスト

村嶋 帰一

村嶋 帰一
シティグループ証券 調査本部投資戦略部経済・金利戦略グループ チーフエコノミスト

小塩 隆士

小塩 隆士
経済研究所教授

塩路 悦朗

塩路 悦朗
経済学研究科教授

宅森 昭吉

宅森 昭吉
三井住友アセットマネジメント理事 チーフエコノミスト

北村 行伸

北村 行伸
経済研究所所長

内田 眞一

内田 眞一
日本銀行 企画局長

阿部 修人

阿部 修人
経済研究所教授

関根 敏隆

関根 敏隆
日本銀行調査統計局長

上田 晃三

上田 晃三
早稲田大学 政治経済学術院教授

James Yetman

James Yetman
BIS(国際決済銀行)Principal Economist

インフレに関する理解深化のために

議論風景 その1

一橋大学経済研究所のミッションには、経済学における先端的課題を解決するための研究を行うとともに、研究成果の発表及び政策提言を行うことが掲げられている。今回のフォーラムは、その具体的な活動の一つとして行われた。
長らくデフレ基調が続いている日本経済を上向かせようと、政府と日本銀行は「アベノミクス」に代表されるインフレ政策を実行しているが、目標とする2%にはなかなか届きそうもない現実が続いている。インフレの決定要因や経済主体による期待形成は、経済学における重要なトピックスであり、経済を上向かせる必要のあるわが国において、その理解の重要性は一段と高まっている。そこで、今回の政策フォーラムは、インフレに関する理解を深化させることを目的として行われた。
一橋大学経済研究所の小塩隆士教授が総合司会を務め、まず同研究所長の北村行伸教授が開会の挨拶に立った。「日本における大きなインフレーションは、70年代に起きた石油ショックまで遡る。インフレが社会の記憶から離れている現状において、それをどうとらえ、機能するように対応していけばよいのかを議論するのは、大変面白い試みである」とスピーチした。

2%の「物価安定の目標」に向けた日本銀行の金融政策

議論風景 その2

続いて、日本銀行企画局長(現名古屋支店長)の内田眞一氏が「日本銀行の金融政策と日本経済」と題してキーノートスピーチを行った。15年間続いたデフレから脱却するため、日本銀行は2013年1月、2%の「物価安定の目標」を定め、同年4月に「量的・質的緩和」を導入した。これにより経済や物価は好転し、"物価の持続的下落"という意味においてのデフレではなくなった。しかし、その後の原油価格の下落や、中国経済の減速や株暴落による"中国ショック"、国際金融市場の動揺などの逆風が相次ぎ、2%目標は未達が続く。世界経済全体でも"低成長・低インフレ・低金利"がテーマとなった。そこで、日本銀行は2016年1月に「マイナス金利」を導入。貸出や社債金利を低下させたものの、金融機関の収益悪化という弊害をもたらした。このため、同年9月、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入。経済・物価・金融情勢の3点を踏まえ、最適なイールドカーブを促すこととした。世界経済の最悪期は同年前半で脱し、日本経済も好転したものの、インフレ率2%にはなお乖離がある。今後、イールドカーブ・コントロールで金利の上昇圧力を抑えつつ、経済情勢の好転も活かしていくべき局面にある。以上の主旨のことが話された。

研究者ネットワークによる研究報告

次に、セッション1として、一橋大学経済研究所を中心として構築された研究者ネットワークから、三つの研究報告が行われた。
まず、一橋大学経済研究所の阿部修人教授が「日本の家計のインフレ期待形成─経済実験による合理的期待形成仮説の検証─」を発表。なぜインフレ期待形成が重要なのか「フィリップス曲線」などを用いての説明や、期待形成の理論、どのような期待形成が実際になされているのかの説明、そして「ベイズ更新の理論」を基に行われた実験の結果報告などが話された。
次に、早稲田大学政治経済学術院の上田晃三教授が「人口動態とデフレ─Aging and Deflationfrom a Fiscal Perspective─」を発表。日本では政府の債務が増えているにも関わらず、なぜインフレが顕在化しないのか、人口動態とデフレの関係を政治経済学的観点や財政政策と物価の関係から理論的に探った結果について報告された。
3番目は、BIS(国際決済銀行)PrincipalEconomistのJames Yetman氏が、"Theevolution of inflation expectations in Japan"(日本のインフレ予想の変化)(一橋大学経済研究所の服部正純教授との共同研究)と題した発表を英語で行った。インフレ進展に大きな影響を与えるインフレ予想がアンカーされているか否か、そしてその水準がどう変化しているかが非常に重要であることから、民間のエコノミストのインフレの長期予想(アンカー水準)とアンカー水準の重要度の変化に関する分析の結果について報告された。

日本経済の現状と見通しとインフレ予想について

議論風景 その3

次に、セッション2として、一橋大学経済学研究科の塩路悦朗教授をモデレーターにパネル・ディスカッションが行われた。それに先立って、各パネリストがそれぞれ、インフレを中心に日本経済の現状と見通しに関する認識をスピーチした。
日本銀行調査統計局長の関根敏隆氏は、まずGDPの基準改定による影響について説明した後に、マクロ経済モデルによる政策効果の検証や為替レートの消費者物価に与える影響、そして2%に上昇する予想について説明した。
みずほ総合研究所常務執行役員 チーフエコノミストの高田創氏は、実務家の観点から、日本経済の「バランスシート調整」をキーワードとして、経済状況や物価環境について諸データによる解説及び今後の見通しについて話した。
三井住友アセットマネジメント理事 チーフエコノミストの宅森昭吉氏は、日銀短観や有効求人倍率、物価調査、一世帯平均もやし購入金額などさまざまなデータを用いて最近の経済状況の解説を行った。
シティグループ証券調査本部投資戦略部経済・金利戦略グループ チーフエコノミストの村嶋帰一氏は、種々のCPIのデータを示し、近年の円安によるインフレ傾向について解説したほか、労働市場や賃金の状況の観点などから消費動向について説明した。
続いて、パネル・ディスカッションに移行し、「民間企業・家計のインフレ予想はなぜこれほど変わりにくいのか」と「民間プロフェッショナルの皆様は、どのようにインフレ予想を立てておられるのか」という二つのテーマについて、各パネリストが所感を述べた。日本銀行の2%の「物価安定の目標」の達成について民間エコノミストは、"半信半疑"であることが共通していることが分かり、閉幕となった。

平成28年度 第5回一橋大学政策フォーラム「インフレーション:理論と現実」

日時 2017年2月17日(金) 13:00~18:15
会場 TKP東京駅八重洲カンファレンスセンター
主催 一橋大学・一橋大学経済研究所 世代間問題研究機構/経済社会リスク研究機構

プログラム

開会挨拶 北村 行伸 一橋大学経済研究所所長
キーノートスピーチ 内田 眞一 日本銀行企画局長
「日本銀行の金融政策と日本経済」
報告1 阿部 修人 一橋大学経済研究所教授
「日本の家計のインフレ期待形成─経済実験による合理的期待形成仮説の検証─」
報告2 上田 晃三 早稲田大学政治経済学術院教授
「人口動態とデフレ」
報告3 James Yetman BIS(国際決済銀行)Principal Economist "The evolution of inflation expectations in Japan"
パネル・ディスカッションモデレーター 塩路 悦朗 一橋大学経済学研究科教授
パネリスト 関根 敏隆 日本銀行調査統計局長
高田 創 みずほ総合研究所常務執行役員 チーフエコノミスト
宅森 昭吉 三井住友アセットマネジメント理事 チーフエコノミスト
村嶋 帰一 シティグループ証券調査本部投資戦略部経済・金利戦略グループ チーフエコノミスト
閉会の言葉・総合司会 小塩 隆士 一橋大学経済研究所教授

(2017年7月 掲載)