一橋大学創立150周年記念シンポジウムシリーズ
2025年3月28日 掲載
2024年末、二つの一橋大学創立150周年記念シンポジウム/政策フォーラムが開催された。一つは、11月22日の一橋大学社会科学高等研究院医療政策・経済研究センター(以下、HIAS Health)が主催した「プライマリ・ヘルスケアと社会科学―地域コミュニティで健康に暮らすための制度と実践」であり、もう一つは、12月20日のソーシャル・データサイエンス研究科が主催した「AIデータサイエンスの展開: テクノロジーから社会変革へ」である。
一橋大学創立150周年記念シンポジウム/政策フォーラム「プライマリ・ヘルスケアと社会科学―地域コミュニティで健康に暮らすための制度と実践」
Kara
Hanson
氏
ロンドン大学衛生熱帯医学大学院公衆衛生政策学部 教授、国際医療経済学会 会長
佐々木 淳氏
医療法人社団悠翔会 理事長
林 修一郎氏
厚生労働省保険局医療課 課長
中野 聡
一橋大学長
大月 康弘
一橋大学 理事・副学長
井伊 雅子
一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院 教授
小塩 隆士
一橋大学経済研究所 特任教授、中央社会保険医療協議会 会長(オンライン参加)
佐藤 主光
一橋大学大学院経済学研究科 教授
山重 慎二
一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院 教授
本田 文子
一橋大学社会科学高等研究院/大学院経済学研究科 教授
第1部:日本のヘルスシステムと地域医療
第1部では、HIAS Health 研究員の井伊雅子教授と小塩隆士特任教授、そして医療法人社団悠翔会の佐々木淳理事長が講演を行った。
日本の地域医療とヘルスリテラシー:地域住民はどのような情報を必要としているのか?
井伊 雅子 一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院 教授(HIAS Health 研究員)
井伊教授は、インターネット上の医療情報は玉石混淆だが、日本以外の国では信頼できる公的サイトが普及しており、地域住民が適切な医療情報を得られる仕組みが整備されていることを紹介した。日本の課題としてプライマリ・ケア医の拡充や信頼できる情報提供を挙げ、プライマリ・ケア制度を整備することの重要性を強調。ヘルスリテラシーを高める政策は住民の健康増進を促し、医療機関の負担軽減や働き方改革にもつながると述べた。
地域医療と診療報酬:地域の医療・保健・福祉の連携と診療報酬改定
小塩 隆士 一橋大学経済研究所 特任教授、中央社会保険医療協議会 会長(HIAS Health 研究員)
中国・上海からオンラインで参加した小塩特任教授は、診療報酬と地域医療の関係について、地域包括ケアシステム、医療と介護の連携、在宅医療、かかりつけ医の役割という四つの柱を中心に講演を行った。日本の医療制度の特徴として、地域や医療機関を問わず一律の診療報酬体系であることを挙げ、地域医療の「住み慣れた土地で最期まで生活する」という理念のもと、医療・介護・福祉が連携してサービスを提供できるような診療報酬の仕組みが肝要であると語った。
在宅医療:地域コミュニティのステークホルダーとの協働
佐々木 淳氏 医療法人社団悠翔会 理事長
地域の在宅医療を担う佐々木氏は、在宅医療とコミュニティとのつながりについて講演を行った。高齢者には包括的なケアが求められていると強調し、在宅医療は急変時の迅速な対応や予防的な介入を重視し、入院回数の削減を目指しているとし、患者が住み慣れた自宅で治療を受けながら最期を迎える環境を整え、新しい高齢者医療のスタンダードを築いていくと語った。
第2部:グローバルヘルスとプライマリ・ヘルスケア
「地域医療と財政:『人間中心』の保健医療サービスを支える制度とは?」
(ランセット誌グローバルヘルス委員会の研究から)
Kara Hanson 氏 ロンドン大学衛生熱帯医学大学院公衆衛生政策学部 教授、国際医療経済学会 会長
ハンソン教授は、まず、ヘルスケアシステム改革の動きに伴い、ファイナンスの在り方を検討する必要があると語った。その背景として、日本を含む西太平洋地域では、サービスカバレッジは増加傾向にあるが、財政的保護は悪化しており、多くの人々が医療費の自己負担で貧困化していることを指摘した。ランセット誌グローバルヘルス委員会からの提言として、①「公的資金はプライマリ・ヘルスケアの財源の中核をなすべきである」、②「プールされた資金は、プライマリ・ヘルスケアを優先的にカバーするべきである」、③「最前線のプロバイダーが確実に資源を受けられるよう、公平な資源配分を確保するべきである」、④「プロバイダーへの支払い方法の中核にはキャピテーション方式を取り入れる必要がある」の四つを挙げ、講演のまとめとした。
第3部:ディスカッション
コメンテーターによるディスカッション
厚生労働省保険局医療課の林修一郎課長、一橋大学大学院経済学研究科の佐藤主光教授、同じく一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院の山重慎二教授より、それぞれの専門である行政、財政、社会保障の観点からコメントがあった。
林課長からは、日本の医療制度の特徴と課題が提示され、政策介入の強化、評価指標の整備、人材育成、ITやビッグデータの活用といった改善策が挙げられた。そのうえで、人口減少時代において、医療制度の持続可能性を確保するため、政策担当者や医療関係者が協力し、次世代へつながる仕組みを築く必要があると述べた。
佐藤教授からは、医療財源の観点からコメントがあり、日本の課題として、勤労世代への負担増や所得の低い層への逆進性などが示された。また、途上国や先進国が持つ独特の課題に触れ、医療財源の確保と負担の公平性を両立させるためには、制度改革を含む抜本的な議論が必要だとまとめた。
山重教授からは、社会保障の持続可能性の観点からコメントがあった。プライマリ・ヘルスケアや介護サービス提供における都市部と過疎地の格差を挙げ、過疎地域での医療・介護アクセス改善の必要性を指摘。少子高齢化や地域格差が深刻化する中で、社会保障の持続可能性を確保するには、自治体の積極的な役割と住民の覚悟が必要であると結論づけた。
オーディエンスとの質疑応答
続いて、参加者からの質問に登壇者が答える形で、議論が進められた。質問は、地域間格差のある医療提供体制、診療報酬制度、遠隔診療の課題と展望など多岐にわたった。
プログラム
開会挨拶
中野 聡 一橋大学長
シンポジウムについて
本田 文子 一橋大学社会科学高等研究院/大学院経済学研究科 教授
第1部:日本のヘルスシステムと地域医療
「日本の地域医療とヘルスリテラシー:地域住民はどのような情報を必要としているのか?」
井伊 雅子 一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院 教授
「地域医療と診療報酬:地域の医療・保健・福祉の連携と診療報酬改定」
小塩 隆士 一橋大学経済研究所 特任教授、中央社会保険医療協議会 会長
「在宅医療:地域コミュニティのステークホルダーとの協働」
佐々木 淳 医療法人社団悠翔会 理事長
第2部:グローバルヘルスとプライマリ・ヘルスケア
「地域医療と財政:『人間中心』の保健医療サービスを支える制度とは?」
Kara Hanson ロンドン大学衛生熱帯医学大学院公衆衛生政策学部 教授、国際医療経済学会 会長
第3部:ディスカッション
コメンテーター
林 修一郎 厚生労働省保険局医療課 課長
佐藤 主光 一橋大学大学院経済学研究科 教授
山重 慎二 一橋大学大学院経済学研究科/国際・公共政策大学院 教授
閉会挨拶
大月 康弘 一橋大学 理事・副学長
一橋大学創立150周年記念シンポジウム/政策フォーラム「AIデータサイエンスの展開:テクノロジーから社会変革へ」
岡野原 大輔氏
株式会社Preferred Networks共同創業者、代表取締役 最高研究責任者
村上 明子氏
損害保険ジャパン株式会社執行役員Chief Data Officer/データドリブン経営推進部長
中野 聡
一橋大学長
渡部 敏明
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科長
七丈 直弘
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
小町 守
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
生貝 直人
一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻 教授
佐野 仁美
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 特任講師
基調講演
株式会社Preferred Networksの岡野原大輔氏、損害保険ジャパン株式会社の村上明子氏が基調講演に登壇。ソーシャル・データサイエンス研究科の佐野仁美特任講師がモデレーターを務めた。
生成AIの最前線:産業応用への道
岡野原 大輔氏(株式会社Preferred Networks 共同創業者、代表取締役 最高研究責任者)
岡野原氏は、生成AIの技術がどのように進化し、現場で活用されているかについて述べた。現在、いくつかの分野でAIを活用したソリューションが進展しているが、最近ではLLM(大規模言語モデル)を用いたアプリケーションが実際に利用され始めており、実務や日常生活にも適用されるようになっていると話した。ロボティクスも実際の現場で活用が進んでいることを挙げ、AIは、人手不足をはじめとする社会的なニーズの変化に対応するうえで、大きな可能性を秘めていると述べた。
AI時代のデータドリブン経営:データサイエンスとAI安全性について
村上 明子氏(損害保険ジャパン株式会社執行役員Chief Data Officer/データドリブン経営推進部長)
損害保険ジャパンでデータデジタルの推進を担当する村上氏は、日本政府が設立したAIセーフティ・インスティテュートの所長も務めている。AIを推進する一方で、AIの安全性の担保を担う立場にもあるが、これらは相反するものではないと述べた。
また、AI活用の主な目的は業務効率化であるが、それだけではなく、AIは人の「頼れるバディ」として、不要な作業を肩代わりし、人が集中すべきことに専念できる環境をつくるものだと語った。
パネルディスカッション
岡野原氏、村上氏に加え、一橋大学から小町守教授、生貝教授が参加してパネルディスカッションが行われた。コーディネーターは、一橋大学の七丈教授が務めた。
AIデータサイエンスの可能性:イノベーション・規制・人材育成の未来
七丈教授により提示されたテーマは大きく二つ。一つ目は、技術に関する課題と日本の優位性について。AIを活用した社会実装の中で、日本は材料産業や製造業などの強みを活かし、アドバンテージを得る可能性がある一方、人手不足やデータ活用の課題があり、AIやロボティクスでそれを補う必要があるとして、議論を進めた。
二つ目は、ルールメイキングや規制に関する課題について。技術進化に伴って制度改革も必要であり、企業・規制機関・アカデミアが協力して新しい枠組みを模索する必要があるとして、意見を求めた。
登壇者は、それぞれの専門的視点から意見を交換。特に法的課題については、デジタル技術と規制のバランスについて、深い議論が交わされた。さらに、ソーシャル・データサイエンス学部・研究科の人材育成への期待が語られ、これに対して七丈教授がポスト生成AI時代に活躍できる人材の育成を進めることを約束して、パネルディスカッションを終えた。
プログラム
開会挨拶
渡部 敏明 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科長
基調講演
【講演1】 生成AIの最前線:産業応用への道
岡野原 大輔
株式会社Preferred Networks共同創業者、代表取締役 最高研究責任者
【講演2】AI時代のデータドリブン経営:データサイエンスとAI安全性について
村上 明子
損害保険ジャパン株式会社執行役員Chief Data Officer/データドリブン経営推進部長
パネルディスカッション
「AIデータサイエンスの可能性:イノベーション・規制・人材育成の未来」
コーディネーター
七丈 直弘 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
パネリスト
岡野原 大輔
村上 明子
小町 守 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 教授
生貝 直人 一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻 教授
閉会挨拶
中野 聡 一橋大学長
モデレーター
佐野 仁美 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科 特任講師