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国際スポーツイベントにおける法的課題とは?

2017年秋号vol.56 掲載

2017年6月15日、一橋大学法科大学院において講演会が開催されました。テーマは、「国際スポーツイベント開催国として解決すべき法的課題」。その内容をレポートします。

角田 美穂子教授

角田 美穂子教授

葛野 尋之教授

葛野 尋之教授

角田 邦洋弁護士

角田 邦洋弁護士

イアン・S・スコット氏

イアン・S・スコット氏

浅川 伸氏

浅川 伸氏

山本 和彦教授

山本 和彦教授

西中 隆氏

西中 隆氏

※肩書・役職は開催時のもの

渥美・坂井法律事務所寄付講義プレ企画
「国際スポーツイベント開催国として解決すべき法的課題」

2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピックという国際的なメガスポーツイベントの開催が迫る中、スポーツ領域で活躍する法曹は不足しているという状況にあります。メガスポーツイベントを取り巻く法的課題は膨大にあり、法曹として活躍するフィールドは決して小さなものではありません。本講演会は、当該領域に積極的に取り組む渥美・坂井法律事務所がそういった問題を提起するために、一橋大学法科大学院と共同で企画したものです。

まず、司会進行を務めた一橋大学大学院法学研究科の角田美穂子教授が開会の挨拶に立ち、続いて同法学研究科長の葛野尋之教授がスピーチ。「グローバルな法化社会が進行する今、すべての領域であらゆる問題がグローバルな広がりの中で法的問題として現れている。これに伴い、ロイヤーの活動領域も顕著に拡大している。スポーツイベントもその一つ。メガスポーツイベントを成功させるためには、スマートで力強いロイヤーの活躍が不可欠。この講演会は、ロイヤーとして力を発揮する場面の多様性を知る恰好の機会であるとともに、リーディング・ロイヤーの育成を使命とする一橋大学法科大学院に対するこの分野からの期待の表れでもある」と開催の趣旨を話しました。

次に、コーディネーターを務めた渥美・坂井法律事務所の角田邦洋弁護士が壇上に立ちました。「今回、この講演会を企画した理由としては、当事務所がメガスポーツイベントの国際機構側の代理人を受託し、仕事を行っていく中で、スポーツイベントの分野に若いロイヤーが参入する機会が少ないと感じ、問題提起をしたかったからです。スポーツにはルールが付き物のように、イベント開催にも法律は大きく関わる。特に契約の働きは大きく、これからの法曹はそのことを知っておくことが望ましい。そこで、今回はスポーツと法律の関係について5つの観点から講演を行う」とスピーチしました。

1番目の講演は、渥美・坂井法律事務所に所属するオーストラリア・クインズランド州弁護士のイアン・S・スコット氏が、「スポーツ法の概観
What is Sports Law?」と題して英語で行いました。
スポーツ法とは、アスリートやスポーツ団体などスポーツに関わる契約や管理、組織運営などを支えるものです。昨今では、スポーツの産業化が進み社会との接点が増え、スポーツ法の領域も日々拡大しています。
「特に日本では、企業がスポンサーとしてスポーツを支えるケースが多いため、ビジネス上の手続き案件としてスポーツを扱うことが多くなる。さらに日本は国際的なメガスポーツイベントの開催を控え、スポーツ領域を専門とする法律家の需要はますます高まっていく」とスコット氏は指摘します。
スポーツ産業を専門領域とした場合、コーポレートガバナンス/犯罪法/契約・負債/保険・リスクマネジメント/汚職・ギャンブル/知的財産・スポンサーシップ・アンブッシュマーケティング/放映権/人種差別問題/選手契約/税法/施設建設/選手の入国管理といったことの保護や取り締まりのための法的知識が必要になります。
大きなスポーツ大会の規約や規制、ドーピングを取り締まる法律、スポーツ仲裁、便乗商法を取り締まる法律など、スポーツに特化して整えられている法律もあります。
オリンピックなどのメガスポーツイベントになると、ここに膨大な量の契約案件が加わってきます。2015年に開催されたワールドカップ・ラグビーでは、84のチーム、約150のホテル、約300の請負、6000人以上のボランティア、240万枚を超えるチケット販売などの契約が発生しました。
「スポーツ産業を専門とする法律家を目指す場合、必要な素養としてスポーツのルールや文化を理解し、業界の人々と協働できるコミュニケーション力を有していること、さまざまな法律の知識を統合的に扱えることが求められる」とスコット氏は結びました。

2番目は、公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構専務理事の浅川伸氏が「最近の出来事からアンチ・ドーピング活動の位置づけについて考える
~ロシアの資格停止に係る関係組織の対応から読み解く」と題して行いました。ドーピングは、薬に関わることとして医学の領域と考えられがちですが、ここにも法的な対応が求められており、現にロイヤーが関係者のミーティングに参加しドキュメントを作成するといった活動を行っています。
ロシアの陸上界が長年にわたって組織的にドーピングを行っていたことが明るみに出て、WADA(世界ドーピング防止機構)はリオデジャネイロ大会からのロシアの全面排除をIOC(国際オリンピック委員会)やIPC(国際パラリンピック委員会)に勧告。IPCは全面排除を決めたものの、IOCは一定の条件を課すことで出場を認めるという裁定を行いました。IAAF(国際陸上競技連盟)はロシアの資格を停止しています。
2017年5月、IPCはロシアパラリンピック委員会の取り組みに改善を認めたものの、資格停止解除には不十分としました。
浅川氏は、「アンチ・ドーピング活動には、公平・公正な環境整備や、評価の失墜を防いでスポーツの価値を守り高める働きがある」とまとめました。

3番目は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)機構長で、一橋大学大学院法学研究科の山本和彦教授が「スポーツ仲裁について」と題して講演しました。
スポーツ仲裁は、競技団体が加盟する競技者に行った処分決定への不服を申し立てる手段として存在しています。「スポーツ仲裁にはスポーツ界に法の支配を行き届かせる意義がある」と山本教授は言います。ただし、2003年の設立以降2016年までの13年間で、JSAAの仲裁申し立て受理件数は68件と、世界的に見てまだ少ないといいます。「選手が申し立てることは、所属する競技団体と喧嘩することなので、ハードルは高いと言える」と山本教授は説明します。
スポーツ仲裁には「判例法」の形成や行政争訟的性格、自動応諾条項といった特徴があります。自動応諾条項とは、裁判の場合は訴訟を起こせば相手は強制的に応じなければなりませんが、合意が必要な仲裁の申し立てを行った場合は競技団体が応諾するとあらかじめ宣言することで、競技者の不服申し立ての権利を保証するというものです。「現状、JOC加盟・準加盟団体の79%は応諾しているが、日本障がい者加盟・準加盟団体は18%強に留まっている。これらを上げていくことが当機構の使命」と山本教授。また、スポーツ仲裁には手数料5万4000円という廉価性、緊急的な対応にも応じる迅速性、スポーツに関わる専門性、仲裁の経緯をオープンにする公開性といったメリットもあります。講演の最後に、自転車競技の女子選手がリオ五輪の選考から除外された申し立てについての事例紹介がありました。こうした仲裁事例はJSAAのホームページに掲載されており、誰でも閲覧することができます。

4番目は、一橋大学のOBである公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会大会準備運営第一局次長の西中隆氏が「東京2020大会における持続可能性に配慮した取組について」と題して講演を行いました。なお、本講演会は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会連携大学出張講座プログラムの一環として開講されました。
はじめに、1番目でスコット氏も触れた「アンブッシュマーケティング」についてのエピソードが紹介されました。アンブッシュとは"待ち伏せ"の意味で、俗っぽく言えば"便乗商法"と言われるようなもの。正式な権利を持たない者がオリンピックのイメージをビジネスに使うことを指しています。"待ち伏せ"、"便乗商法"というと、そこにはつねに故意があるように思われがちですが、単に「知らなかった」ことが発端になるケースもあります。2016年の夏にリオ五輪のパブリックビューイングを某地方自治体で行った時のことです。会場にはいくつかの屋台が出ましたが、ご当地名物の有名店が、屋台に店名を書いていたことが議論になりました。最終的に店名ではなく「当該ご当地名物の名称」を表示することで調整がついたというものです。「当事者に"便乗"という意図はなかったものの、スポンサーの権利は守られなければならない。一方で、こうしたメガスポーツイベントは、ある種公的な存在と受け止められているという面もある。そのバランスをどう取り、コンセンサスをつくっていくか、法曹の役割に期待するとともに、法曹が力を発揮できる余地は大きいと思う」と西中氏は語りました。
本題に入り、大会を進める柱の一つである"持続可能性"がクローズアップされました。「オリンピック・アジェンダ2020」には「オリンピック競技大会のすべての側面に持続可能性を導入する」といった提言が明記されています。具体的には、気候変動や資源管理、生物多様性、人権、協働という5つのテーマで方針を策定。それらを考慮した物品やサービス等を調達するための「持続可能性に配慮した調達コード」や各種推進策を盛り込んだ「持続可能性に配慮した運営計画」が策定されています。また、ILO(国際労働機関)との協力についても紹介がありました。

最後は、渥美・坂井法律事務所の角田邦洋弁護士が「スポーツイベントにおける知的財産管理の問題」について講演を行い、「アンブッシュマーケティング」問題の詳細についての解説を行いました。
スポーツイベントの収入源としては、チケット販売、放映権料、ライセンス商品の販売、そしてスポンサー料の4つがあります。とりわけスポンサー料はロゴ表示などの権利が独占できることを条件として提示しているため大きな金額となっています。このビジネスモデルは、1984年のロス五輪で確立されたと言われています。開催国・都市はスポンサーシップの独占権を保護する義務を負っています。
一方、スポンサーとしての権利を獲得できなかったライバル企業などが意図的にアンブッシュマーケティングを仕掛けてくることもあります。「仕掛けてくる企業は、知恵を絞り戦略的に実行してくるので、阻止したい大会側と激しい攻防が繰り広げられることになる。知財を扱うロイヤーとしては、非常に面白い」と角田氏は語りました。
では、どんな態様があるのか。大会ロゴをクーポン券に印刷するといった直接的な権利侵害だけでなく、間接的で明確な権利侵害を伴わない態様があります。たとえば、会場入りする選手に無償でロゴ付きのヘッドホンを付けてもらい、テレビに映らせる、会場周辺にアドカーを走らせる、ユニフォームを着た集団を歩かせる、会場内でロゴを貼った応援プラカードを掲げてテレビに映らせる、といった巧妙なものです。
これらを阻止するために特別な法律が整備されているわけではありません。「そこで、さまざまな法的テクニックを駆使して、権利侵害の構成要件に当てはめて適応させているのです」と角田氏。国際的なメガスポーツイベントにおいては、開催国が事前に法的規制によってアンブッシュマーケティングからオフィシャル企業を保護することが義務付けられているため、2002年のFIFAワールドカップ日韓大会では特別措置法が制定されて、この問題に対応した経緯があります。2020年の東京オリンピックに向けても何らかの措置法が制定される可能性があります。
「この分野は始まったばかり。今手がければ、ロイヤーとしてパイオニアになれる」と角田氏は呼びかけて、講演会は終了しました。
会場となったマーキュリータワー3203教室は大盛況、講師陣の充実したお話と本学学生の新しい分野への関心の高さによる、熱気が溢れる講演会となりました。

2017年度一橋大学法科大学院主催講演会
「国際スポーツイベント開催国として解決すべき法的課題」

日時 2017年6月15日(木) 15:15〜18:00
会場 一橋大学 国立キャンパス マーキュリータワー2階 3203教室

プログラム

1.研究科長挨拶 一橋大学大学院法学研究科長 葛野 尋之
2.講演コーディネーター 渥美・坂井法律事務所 弁護士 角田 邦洋
1) スポーツ法の概観(What is Sports Law?)
渥美・坂井法律事務所 オーストラリア・クインズランド州弁護士
イアン・S・スコット
2) 最近の出来事からアンチ・ドーピング活動の位置づけについて考える
~ロシアの資格停止に係る関係組織の対応から読み解く
公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構 事務理事 浅川 伸
3) スポーツ仲裁について
公益財団法人 日本スポーツ仲裁機構 機構長・一橋大学大学院法学研究科教授 山本 和彦
4) 東京2020大会における持続可能性に配慮した取組について
公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 大会準備運営第一局次長 西中 隆
5) スポーツイベントにおける知的財産管理の問題
渥美・坂井法律事務所 弁護士 角田 邦洋
3.質疑応答 渥美・坂井法律事務所 弁護士 角田 邦洋
4.終わりに・総合司会 一橋大学大学院法学研究科教授 角田 美穂子

(2017年10月 掲載)