568_main.jpg

【一橋大学創立150周年記念シンポジウム】「脳と社会の結合から生まれる新たな叡智」

2024年10月2日 掲載

2024年6月22日、一橋大学国立西キャンパス如水会百周年記念インテリジェントホールにて、一橋大学創立150周年記念シンポジウム「脳と社会の結合から生まれる新たな叡智」が、会場とオンライン配信のハイブリッドで開催された。シンポジウムでは、人の行動や思考を可視化するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)の活用事例が紹介され、脳神経科学と社会科学の結合から生まれる叡智について議論が行われた。

北山 忍氏

北山 忍氏
ミシガン大学心理学部教授

加藤 淳子氏

加藤 淳子氏
東京大学法学部・法学政治学研究科教授

亀田 達也氏

亀田 達也氏
明治学院大学情報数理学部教授

中野 聡

中野 聡
一橋大学長

鈴木 真介

鈴木 真介
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授

宮本 百合

宮本 百合
一橋大学大学院社会学研究科教授

福田 玄明氏

福田 玄明
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科准教授
脳科学研究センター長

大月 康弘氏

大月 康弘
一橋大学理事・副学長

開会挨拶・概要説明

脳科学と社会科学の融合が生み出す新たな知の創出拠点として

開会の挨拶で登壇した中野聡学長は、2014年に学長直轄の組織として設立した「一橋大学社会科学高等研究院」(Hitotsubashi Institute for Advanced Study: 略称HIAS)内のセンターとして、2023年7月に誕生した脳科学研究センター(HIAS Brain Research Center :略称HIAS BRC)を紹介。センターに設置した磁気共鳴画像装置(MRI)を含む脳機能計測に必要な設備を学外へも開放することで、一橋大学の研究者のみならず、国内外の他大学、研究機関、民間企業との新たな研究プロジェクトが展開することを期待していると述べた。

また今後は、fMRIを普及させ、HIASが社会科学、データサイエンス、医療分野などの文理融合・文理共創による総合知の創出拠点となることを目指しているとした。2023年には、72年ぶりの新学部であるソーシャル・データサイエンス学部を開設し、社会科学からアプローチする文理融合研究の推進及び体制づくりを急いでいる。

続いて、福田玄明脳科学研究センター長が、シンポジウムの概要を説明。シンポジウムでは、社会課題の解明に尽力する著名な研究者がそれぞれの立場から脳科学の知見により講演を行い、脳科学と社会科学の癒合が生み出す新たな可能性について議論を行うことに言及した。そして本シンポジウムを契機に、新たなアプローチである脳科学を用いて社会科学の新知識を創出することで、一橋大学の未来を示したいと述べた。

基調講演

「DNAを超えて―脳に現れた文化―」
北山 忍氏(ミシガン大学心理学部教授)

脳と社会の融合研究が社会問題を解決する

文化心理学を専門とする北山教授は、人間は独立と協調の両方を持つ存在であり、これは文化と脳、そして心との相互作用によって形成されると説明。文化は規範と習慣から成り、それらは人間の行動や思考に影響を与える一方、脳は強化学習を通じて行動を調整し、文化的な規範に合致した行動を強めると話した。

文化は脳を介して心をつくる。これを理解するためには脳の変化を考慮する必要があるとし、欧米出身のアメリカ人と東アジア出身のアメリカ人、それぞれ約60人の脳をMRIでスキャンして比較した研究を紹介。その結果、OFC(眼窩前頭皮質)、mPFC(前頭前野内側部)、TPJ(側頭・頭頂接合部)の差異が明確になったと説明した。

独立性や協調性は文化のストーリーであり、強化学習を介して脳に表れる。これには遺伝的要素も重要な役割を果たしており、人間のDNAは文化と共進化し、脳に表れた文化がDNAを超えることを可能にしている。人類の多様性をMRIの活用によって示すことができた、とした。

現代はグローバル化によって地球規模でコンフリクトが起きており、相互理解と建設的な問題解決が必要だ。そのために、学問の多元化・学際性は必須である。従来の社会科学と従来の脳科学の融合研究によって新たに得た知見をさらに膨らませて、社会に貢献していきたいと話した。

基調講演

「感情と合理性と社会―社会科学から神経科学へ―」
加藤 淳子氏(東京大学法学部・法学政治学研究科教授)

脳神経科学のデータを社会科学の知見で読み解く

政治学を専門とする加藤教授の研究は、脳科学とは直接的な接点はない。しかし、人間の行動や決定における合理性と感情の関係に深い関心を抱いたことが、神経科学へ参入するきっかけになったと話した。

社会科学では、合理性と感情を行動の異なる動機づけと見なし、それぞれ異なる心理過程が対応すると考えることが通常である。加藤教授は、この点に疑問を抱き、心理過程のデータを入手できる脳神経科学こそが、この疑問に応えるものではないかと考えた。そこで脳の活動を非侵襲的に計測するfMRIに注目。fMRIを利用した実験を行い、感情と合理性の関係について社会学的視点から分析をした4つの論文についての発表が行われた。

社会科学においては、行動や制度の観察に依存せざるを得ないため、感情と合理性は相互排他的な別々の動機づけと考えられる。しかし、脳神経科学ではこの前提を覆す可能性も含め、両者の関係を深く考えることができる可能性があることが分かったと結論づけ、一橋大学のfMRIの利用を通じた異分野融合の実践の試みに対する期待を述べて講演を終えた。

記念講演

「社会的駆け引きの神経基盤-計算論的アプローチ-」
鈴木 真介(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)

「計算論的fMRI+脳刺激」で"社会的駆け引き"に迫る

神経経済学(Neuroeconomics)、意思決定の神経科学(Decision Neuroscience)を専門とする鈴木教授は、意思決定の過程や選択の脳メカニズムが、社会との相互作用でどのように行われているかについて研究している。

研究の焦点は「社会的駆け引き」である。社会的駆け引きは、一次の信念=「他者についての信念」、二次の信念=「他者の自己についての信念」があり、三次、四次と、さらに高次になっていく。社会的駆け引きを行う際、人間はどのようにして他者の「内部状態/隠れ状態」を推定しているのか。これを明らかにするための古典的アプローチは、他者相手のゲームとコンピュータ相手のゲームの際の脳活動を比較することであった。

一方、鈴木教授のアプローチは、数理モデルを使った行動データのモデリングと、fMRIを使った脳機能計測を組み合わせた手法と、脳刺激(計算論的fMRI+脳刺激)である。行動と脳活動の相関関係と、脳刺激の有無による差異などの実験結果が発表された。

記念講演

「感情と健康-文化と神経科学からのアプローチ-」
宮本 百合(一橋大学大学院社会学研究科教授)

文化的現象に影響を受ける個人的な感情と健康

宮本教授は、文化と感情と健康が相互に関連している「ポジティブ感情」をテーマに紐解いた。

まず「良い成績をとった学生が、その嬉しい気持ちを維持し、それをさらに満喫しようとするか」をテーマに、欧米系の学生と東アジア系の学生を被験者として行われた研究結果が発表された。結果として、欧米と東アジアではポジティブ感情を維持しようとする程度に差があり、そこには文化的信念の影響があることが分かった。

さらに、ポジティブ感情が身体的健康へ影響を与えているのかどうかを調べるために、心疾患についての研究が行われた。そこでは、心疾患の要因となる脂質に注目。日米の中高年を対象にした調査データをもとに分析を行った結果、アメリカ人と日本人の対比において、ポジティブ感情と脂質の関係についても差が見られた。

また、感情についての信念の文化差が日常的慣習に埋め込まれている可能性については、日本とアメリカの流行歌の歌詞に含まれるポジティブ感情とネガティブ感情を比較する研究を行った。

最後に、多層的なプロセスを見ることで、感情や健康という一見個人的な経験が、文化的体系というマクロな現象と互いに影響しあって形成されている様相を描き出していきたい、とまとめた。

基調講演

「モラルの起源を考える―実験社会科学からの問い―」
亀田 達也氏(明治学院大学情報数理学部教授)

人文科学・社会科学のコア問題群へ接近する実験社会科学

実験社会科学を専門とする亀田教授は、経済学、脳科学、生物学、情報科学など多岐にわたる分野とコラボレーションを行ってきた。近年では、人文科学や社会科学にとってのコアの問題群に対し、実験という手法を用いてどのようにアプローチするかという点に、亀田教授の関心は移行してきているそうだ。

講演では「"国境"を超える正義はあるか、それをどう構築するか?」という問題について、実験社会科学的な研究が例示された。取り上げた問題は「分配の正義(distributive justice)」。従来の法哲学では規範的な観点から「~べき」の議論を行う。しかし、実験社会科学は「~である」という実証の研究を行うものだとし、「分配の正義」の問いに対し、「どう分配すべきか」と「どう分配するか」についての関係を考察した。

その中で、最後通告ゲーム、Jane Jacobsの理論、John Rawlsの議論を紹介し、実験社会科学的な手法として①行動実験、②認知実験、③fMRI実験を解説。「国境を超える正義」は21世紀の人文社会科学最大の共通問題の一つであり、規範と実証の接合点を探ることは実験社会科学において大切なミッションであるとし、一橋大学とのコラボレーションに期待を込めた。

パネルディスカッション

現代の問いへのアプローチに、異分野融合は必然

続いて、「脳神経科学と社会科学の結合から生まれる叡智とは」と題し、鈴木教授、宮本教授、北山教授、加藤教授、亀田教授によるパネルディスカッションが行われた。司会は福田准教授が務めた。

福田:脳科学の研究に取り組まれるようになった経緯についてお聞かせください。

加藤:私が脳神経科学実験を始めて一番面白いと思ったのは、社会科学や政治学で立てた仮定を、政治学では確認できないのに対し、データを得ることができたことです。社会科学の知識に基づいてデータを利用するのですが、社会科学の中にとどまっていては決してそれ以上踏み込めない領域に入っていくことができると感じました。分野融合は、社会科学者だけでなく、神経科学者も同様に意義を感じてくださるのではないでしょうか。

北山:文化と呼ばれる社会環境が、認知や情動の深いレベルまで効果が及んでいるのではないかという仮説に基づいて研究をする中で、脳を見ることの重要性に気づきました。それを実践する中で、脳科学と社会科学の融合を目指すことが非常に有望だという気持ちを強くしました。どんな手法も一度試してみるのがいいと思います。うまくいくものは進むし、うまくいかないものは淘汰されて消え去るだけです。このプロセスを経ないと、いい研究はできません。

亀田:これまで人文社会系の文化の中で育ってきた私が、情報数理学部に移って感じることは、数字に関する厳密さです。解釈学にならないようにするにはどうしたらいいかということを、自然科学は徹底的に突き詰めている。数理的なモデル的思考が問われると思います。明治学院大学でも2024年7月に情報科学融合領域センターが発足します。融合を考える際に乗り越えなければいけないことは、人文科学・社会科学が精度に関する意識を持つことです。そうしなければ、自然科学の研究者と本当の意味での対話は難しいと感じています。

宮本:私が生理的指標を見始めたきっかけの一つは、感情や認知傾向についての文化差を見る時、自己報告だけではない手法があるのではないか、と感じたことです。その場で計測することにより、自分では分からない身体的な反応が見られる。面白いと思うのは、自己報告で聞くよりも生理的指標で聞いたほうが文化差が見られる面もあるという点です。まだ脳までは見られていませんが、生理的指標から見始めています。

福田:インターディシプリナリー(学際的)な姿勢について、お考えをお聞かせください。

北山:実質的な問題意識を持って、その問題が要請する方法を使うことは大切です。その方法がたまたま脳科学だったら脳科学をやったらいい。神経科学者ではないから、あるいは社会科学者だからというドグマティズム(教条主義)はやめたほうがいいですね。数字を使う場合も、その数字が持つ意味に、人文科学も自然科学も関係ない。数字だけあってもフレーミングをしなければ分からないし、フレーミングだけだと空論で終わってしまうことも多いと思います。

亀田:これまでさまざまな分野を渡り歩いてきて思うことは、結局、知りたい問いが一つのディシプリン(学問領域)の中に回収できないということです。人文・社会系のコアの問題をいろいろな領域の人が意識するようになって、実験という手法を使って共通のプラットフォームで研究していく。技術的にも一つのディシプリンでは解けない問題があります。技術補完性、ロジックの補完性を含めて、「補完性」をどう考えていくかという形で研究をしようとしています。

加藤:私が学んだ相関社会科学には、社会科学の中でどんどん連携しましょうというインターディシプリナリーな姿勢がありました。その時の先生方は、必要があれば自然科学との連携でも全然かまわないという姿勢でした。また、留学先で英語に苦労する中、統計の授業でとても褒められた経験があります。この時、(社会学を専攻する私でも)データを扱っていいという姿勢を学びました。もう一つはコラボレーションの大切さです。コミュニケーションをとることで、コラボレーションの可能性が開いてくることを感じています。

福田:今後の脳神経科学と社会科学の融合の未来について、展望をお聞かせください。

北山:脳科学と社会科学の融合は、大きな文脈の中で見ていくことが必要だと思います。fMRIを使うことは非常に望ましいとは思うけれど、あまり方法に縛られないようにする必要があります。技術の進歩は目覚ましいです。方法に特化するのであれば、であればその方法を方法として使って解決する問題を、私たち一人ひとりが持っていないといけない。ぜひ、その方向を目指して頑張ってください。

加藤:私が異分野融合を始めたのは、自分の中に問題意識があったからです。そして飛び込むきっかけと勇気がありました。ただ、方法を身につけることはものすごく大変です。文理の協働が非常に重要だと思います。一橋大学がこのような異分野融合に乗り出してくださったことは、今まで変わった人間としてやってきた私としてはとても勇気づけられるものです。ぜひ成果を上げていただきたいと願っています。

鈴木:脳科学を社会科学に融合することは5年~10年の目標ですが、長期では、一橋大学も含め、既存の社会科学の枠をはみ出たものが出てくればいいと思っています。個々の研究者が面白いと思っているものを突き詰めた結果、新しいイノベーションが生み出されるでしょう。うまくいかなかったものは淘汰されて残らないとしても、個人の営みとしては価値があると思います。MRIを使って面白いことをたくさんやることで新たなものが生まれるのではないかと信じています。

亀田:社会科学は、社会についてマクロなことを語ることができる学問です。マクロレベルの話題を分析する方法として、マイクロファンデーション(ミクロ的基礎)の概念を脳神経科学の視点から考えることが挙げられますが、得られたマイクロファンデーションを足し算していけばマクロになるかというと、たぶんそうはなりません。我々は、マイクロプロセスとマクロな結果との関係についての明晰なイメージを持つ必要があると感じています。

最後に質疑応答を経て、パネルディスカッションを終えた。

閉会挨拶

ディシプリンや方法にこだわらず、垣根を越えた異分野融合の実践に向けて

閉会にあたって大月康弘理事・副学長が登壇。本シンポジウムは、一橋大学社会科学高等研究院(HIAS)の中に設置された脳科学研究センターのお披露目の意味もあるとし、講演とシンポジウムの感想を述べた。

一橋大学では、有為な若者がみずみずしい感性で新しい研究を始める、その一助となるべくソーシャル・データサイエンス学部・研究科を新設し、脳科学研究センターにfMRIを導入した。しかし、それだけにとらわれることなく、個人の課題意識を大事にしながら、学生一人ひとりに寄り添っていくと述べ、社会科学高等研究院を中心に、学部横断的なコラボレーションの中で興味深い議論が展開されつつあることを報告した。

最後に、各界の第一線で活躍される先生方に講演をいただいたこと、会場のみならずオンラインでも多数の学生や卒業生、地域の方々が視聴したことへの謝辞を述べ、シンポジウムを締めくくった。

プログラム

開会挨拶:中野 聡 一橋大学長
概要説明:福田 玄明 ソーシャル・データサイエンス研究科准教授 一橋大学脳科学研究センター長

基調講演

①「DNAを超えて−脳に現れた文化−」
北山 忍 ミシガン大学心理学部教授

②「感情と合理性と社会−社会科学から神経科学へ−」
加藤 淳子 東京大学法学部・法学政治学研究科教授

記念講演

③「社会的駆け引きの神経基盤−計算論的アプローチ−」
鈴木 真介 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授

④「感情と健康−文化と神経科学からのアプローチ−」
宮本 百合 一橋大学大学院社会学研究科教授

基調講演

⑤「モラルの起源を考える−実験社会科学からの問い−」
亀田 達也 明治学院大学情報数理学部教授

パネルディスカッション

「脳神経科学と社会科学の結合から生まれる叡智とは」

進行

福田 玄明 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科准教授 一橋大学脳科学研究センター長

質疑応答

閉会挨拶

大月 康弘 一橋大学理事・副学長

東キャンパスに設置されたfMRIの様子01

東キャンパスに設置されたfMRIの様子02

東キャンパスに設置されたfMRIを活用し、社会科学、データサイエンス、医療分野などの文理融合・文理共創による総合知の創出拠点を目指す。