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創立150周年記念事業 一橋大学と社会をつなぐ講座シリーズ 令和5年度一橋大学アカデミア「不動産バブルと金融危機:縮退する日本と成長を続ける中国」

2024年7月5日 掲載

画像:滝澤 美帆氏

滝澤 美帆氏
学習院大学経済学部教授

画像:宇野 善昌氏

宇野 善昌氏
復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長

画像:内田高弘氏

内田 高弘氏
Kenedix Asia Pte. Ltd. CEO

画像:大月 康弘

大月 康弘
一橋大学理事・副学長

画像:清水 千弘

清水 千弘
一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授

画像:祝迫 得夫

祝迫 得夫
一橋大学経済研究所長・教授

画像:シンポジウム中の会場の様子

日本経済と日本の都市の未来をテーマに、シンポジウムを開催

2024年2月17日(土)、大阪府大阪市梅田スカイビルスカイルームの会場とオンラインのハイブリッドで、令和5年度一橋大学アカデミア「不動産バブルと金融危機:縮退する日本と成長を続ける中国」が開催された。日本経済と日本の都市の未来について、マクロ経済、ファイナンス、国土政策、そして2023年に開設した新学部・研究科「ソーシャル・データサイエンス」に関する専門家が集い、講演とパネル討論が行われた。

第1部 「バブル崩壊後の日本経済を取り巻く課題:縮退する日本と新しいリスクと向き合う」

第1部では、祝迫得夫一橋大学経済研究所長・教授、滝澤美帆学習院大学経済学部教授、宇野善昌復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長の講演が行われた。

生産性上昇率の低下≠バブル崩壊≠金融危機

祝迫 得夫(一橋大学経済研究所長・教授)

祝迫得夫経済研究所長・教授からは、まず、バブルについての解説があった。バブルとは、「市場価格-ファンダメンタルズ」と定義。ファンダメンタルズとは、長期的に見て妥当な資産価格水準のことであり、多くの市場参加者がファンダメンタルズの水準に関して一致した見解を持っていれば、そもそもファンダメンタルズから市場価格が乖離する可能性は小さくなる。したがって、バブルが発生しやすい資産とは、ファンダメンタルズに関する人々の評価の散らばりが大きい資産である、とした。

しかし、評価の散らばりが大きくても、「散らばりが大きい」ことを皆が認識している場合は、バブルは金融危機につながらないことが経験的に分かっているとの説明があった。例として、金融危機につながった1980年代末の日本の不動産バブル、金融危機につながらなかった2000年代初めの米国のTechバブル等が紹介された。資産価格バブルと金融危機は必ずしもイコールではない。株価の評価は投資家によって大きく異なる。つまり、ある意味では、株式市場は常にバブルだということは既知のことである。金融危機は資産価格バブルが過剰な投資や消費など、実体経済の資源配分の大きなミスアロケーションにつながっている場合にのみ起こる、とした。

そこで、日本のバブル崩壊後と2000年代末の米国のリーマン・ショック後の金融危機がなぜ起こったのかについて解説が行われ、生産性上昇率の低下に伴い収益率が低下していたにもかかわらず、過剰な投資を続けたことが原因として考えられるとの見解が示された。

結論として、生産性上昇率の低下の原因をバブルの崩壊や金融危機に求めることは難しく、日本の生産性上昇率の低下が長引いた理由は、それらの問題とは切り離して考える必要がある、と述べた。そして、日本のみならず、中国の問題を考えるうえでもこの点が非常に重要になるだろうと示唆して講演を終えた。

GDPの維持・拡大には、生産性の向上が不可欠

滝澤 美帆氏(学習院大学経済学部教授)

続いて、学習院大学の滝澤美帆教授により、「リスク:生産性の低下」をテーマに講演が行われた。日本における不動産バブル崩壊後の経済環境を見通すためには、生産性の変化を理解する必要があると説明。日本の生産性の現状把握として、OECD加盟諸国の労働生産性についての紹介があり、1位アイルランド、2位ノルウェー、3位ルクセンブルクと続く中で、日本の順位は30位であることが示された。

生産性の低下が問題なのは、高齢化・人口減少・人手不足の状態が続く中でGDPを維持、あるいは拡大させるためには、生産性を向上させる以外に方法がないからだとし、生産性が実質賃金とも関係していると指摘した。実質賃金を上げるには、労働生産性を上げ、労働者への配分を増やす必要がある。しかし、労働者への配分をすぐに増やすことは難しいため、労働生産性を上げることに注力する必要がある、と話した。

次に、ソーシャル・データサイエンス研究科の清水千弘教授、野村浩二教授(慶應義塾大学)、アーヴィン・ディーワート教授(ブリティッシュコロンビア大学)の3人による論文「Improving the SNA: Alternative measures of output, input, income, and productivity」を挙げ、中国の資本生産比率の上昇やクラウディングアウト効果等について言及があった。資源配分の最適化が図れず生産性が下がるという研究や、日本の資源配分の効率性に関する研究についても紹介された。

加えて、中国においては、精度の高いデータを入手することが困難であるため、中国の生産性を計測することは難しい、と語った。また、日本と同様に中国でも高齢化が進んでおり、要素投入型の成長は難しくなっていくため、中国においても生産性の向上が持続的経済成長にとって重要になってくるだろう、と示唆した。

最後に、中国の生産性を維持、向上させる素地について、「生産性評価要因の国際比較」を提示し、今後はサプライチェーンや人材などについて注視していく必要がある、と締めくくった。

人口減少時代に取り組むべき国土づくり・まちづくり

宇野 善昌氏(復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長)

次に、復興庁統括官である宇野善昌氏より、「人口減少時代の国土づくり・まちづくり」と題して講演が行われた。視点として、「人口減少・高齢化の進展」「国土の強靭化」「これからのまちづくり」の三つが挙げられた。

まず、「人口減少・高齢化の進展」では、日本の総人口の長期的推移が示され、2008年に日本の人口はピークに達し、以降、減少の一途をたどっていることが紹介された。約50年後の2070年には8,700万人になるとの推計を示し、人口減少は確実であり、避けられない未来であると強調した。

生産年齢人口も減少しており、2050年には高齢化率37.7%、生産年齢人口は5,275万人になるとの推計が示された。空き家の増加も問題であると話し、中でも完全に使い道のない空き家は、1998年には182万戸だったものが、2018年には349万戸にまで膨れ上がっていることを示した。

また、「国土の強靭化」を推進する前提として、近年続く大災害を挙げ、相次ぐ自然災害はもはや「日常」である、と話した。加えて、洪水、土砂災害、地震、津波といった災害の影響を受ける災害リスクエリアには、総人口の3分の2が居住していることが示された。インフラの老朽化にも触れ、施設の機能や性能に不具合が生じてから対策を行う「事後保全」から、不具合が発生する前に対策を行う「予防保全」へ転換することで、トータルコストの縮減・平準化が可能との提案があった。

最後に、「これからのまちづくり」に関する対応策として、中心拠点や生活拠点が利便性の高い公共交通で結ばれた構造を持つ多極ネットワーク型コンパクトシティ(コンパクト・プラス・ネットワーク)が紹介された。また、人口減少下のまちづくりの在り方として、都市計画の考え方やまちづくりの主体、官の役割などを抜本的に変えていく必要があると提案し、多様な事例が紹介された。

第2部 「パネル討論:中国不動産バブルは日本の二の舞となるか、そして日本の未来は?」

第2部では、Kenedix Asia Pte. Ltd. CEOである内田高弘氏が講演を行った後、清水教授の進行のもと、祝迫教授、滝澤教授、宇野氏、内田氏の4人によるパネル討論が行われた。

不動産市場から見る中国経済の動向

内田 高弘氏(Kenedix Asia Pte. Ltd. CEO)

第2部の冒頭では、不動産アセットマネジメント会社であるKenedix Asia Pte. Ltd. のCEOの内田高弘氏より、中国経済の現状について話題提供が行われた。内田氏は、中国の成長は現在、停滞しているといって差し支えないだろう、と話した。データの裏付けは難しいとしながらも、マクロデータ、あるいはビジネスに携わる立場から、明らかに減速しているとの見解を示した。

Japanization(経済の日本化)と言われてはいるが、中国特有の問題もあり、それは、政府の関与の仕方であるという。日本はバブル崩壊を乗り切るために、積極的な財政出動を行ったが、中国が同様の政策を取るとは限らないため、ここが吉と出るか凶と出るかは誰にも分からないと語った。一方で、中国は、最新技術への投資、研究人材開発は怠らないゆえ、そこが中国の将来を左右するのではないかとも語った。

また、中国の不動産事情についての言及もあった。現在、中国では30億人分の住宅が過剰在庫となっており、住宅ストックの問題が起きている。また、流動性の欠如も問題だという。2年前に3,000億円だった上海のオフィス物件は、現在、1,300億円に値段が下がっており、多くの物件がデフォルト*を起こしている。

企業の国外移転も問題だ。シンガポールには、多くの中国企業が本国から逃げだして移転している。また、大学院の進学率が上がっていることも問題となっている。これは、中国経済の停滞が引き起こした若年層の失業が原因であり、数年後の失業率上昇という悪循環を生む可能性があるという。

さらには、中国マネーの国外流出の問題もある。中国政府は規制を強化しているが、富裕層はアジアの不動産を買いあさるなど、中国マネーの国外流出は止まってはいない。一方で、海外投資家は、中国での売上が大きい企業から資金を引き上げる傾向にあり、中国経済はここに来て、停滞が始まったとの見立てを示した。

* 不動産取得の資金調達を目的とした借入金の元利払いが滞ること。

パネル討論「中国不動産バブルは日本の二の舞となるか、そして日本の未来は?」

宇野 善昌氏(復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長)
内田 高弘氏(Kenedix Asia Pte. Ltd. CEO)
祝迫 得夫(一橋大学経済研究所長・教授)
滝澤 美帆氏(学習院大学経済学部教授)
[モデレーター]
清水 千弘(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)

画像:パネル討論中の壇上の様子。左から、清水教授、宇野氏、内田氏、滝澤教授の順に席についている。滝澤教授の左に、祝迫教授が映ったモニターが配置されている。

人への投資が、より良い日本の未来をつくる

パネル討論では、中国をはじめとする諸外国との比較を通じて、グローバル化が進展する世界経済において日本がより良い未来を迎えるために何をすべきかなどについて、活発な議論が交わされた。

冒頭、「不動産バブル崩壊後に日本経済が停滞することによって世界経済にどのような影響を与えたのか」「中国経済の停滞が始まっているとするならば、それが日本経済や世界経済にどのようなインパクトがあるのか」というオンライン参加者からの質問が紹介された。

これに対し、祝迫教授からは、「経済の需要面に関して考えれば、90年代の日本も、今の中国も、経常収支の黒字国であり、世界に与えるマイナスの影響はさほど大きくない」「特に日本は、90年代だけでなく2000年代の経済も悪かった。反対に世界経済は良くなり、日本だけが置いていかれたため、世界経済への影響もさほどなかった」との見解が示された。一方で、中国は現在、グローバルサプライチェーンとして不可欠であり、そのため、中国なしでは経済の供給が成り立たない状況があるのではないか、と話した。

続いて進行役の清水教授から、日本の未来について、地域経済の観点も含めて議論していきたいと提案があった。

それを受けて祝迫教授からは、今の日本は、基本的には民間部門(家計と企業)が政府の財政赤字をファイナンスすることで、結果として国全体としては黒字になっているという状況であり、家計をあてにするよりはまず企業に期待したい、との発言があった。

宇野氏からは、①地方都市の遊休資産をどのように利用するか、②市民の理解をどのようにして得るか、③官民連携のまちづくりをどのように行っていくかの三つの課題について、それぞれ事例を示しながら解決の糸口が示された。

内田氏は、「ニーズがあるかないかが重要だ」と切り出し、アイデア次第で再生の可能性はあるものの、地域にはプロデューサーが不足しているとの指摘もあって、需要があり価値を生む不動産に変えることができれば、マネーフローはそれほど大きな問題ではないとの見解を述べた。

滝澤教授からは、日本の可能性、日本の強みは人にあるという話があった。人的資本投資は、バブル崩壊以降増えておらず、人への投資が十分行われてこなかったことが生産性の伸びにつながらない理由だ、と指摘。今後は人への投資を増やしていくことに明るい芽がある、と結んだ。

清水教授からは、一橋大学国際公的統計研究・研修センター(Hi-CEM)の紹介があった。Hi-CEMでは、伝統的なGDPを超えて経済的な繁栄と進歩を測定し評価するBeyond GDPの議論が進んでいることが紹介された。

会場の参加者からも多くの質問が寄せられ、質疑応答を通じて活発な議論が展開した。

最後に、大月理事・副学長から、本日の登壇者がすべて一橋大学の卒業生であることが強調された。各々のディシプリンにおいて達人である一方で、ディシプリンに凝り固まらず社会的・実践的ニーズについて多面的にアプローチし、解析する逸材であることが指摘された。それこそが、一橋大学が実業の府であり、教育の府であることの証左となっている、と締めくくった。

プログラム

開会挨拶

大月 康弘 一橋大学理事・副学長

趣旨説明

清水 千弘 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授

第1部 バブル崩壊後の日本経済を取り巻く課題:縮退する日本と新しいリスクと向き合う

祝迫 得夫 一橋大学経済研究所長・教授
滝澤 美帆 学習院大学経済学部教授
宇野 善昌 復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長

第2部 パネル討論:中国不動産バブルは日本の二の舞となるか、そして日本の未来は?

宇野 善昌 復興庁統括官・前国土交通省大臣官房長
内田 高弘 Kenedix Asia Pte. Ltd. CEO
祝迫 得夫 一橋大学経済研究所長・教授
滝澤 美帆 学習院大学経済学部教授

モデレーター

清水 千弘 一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授

質疑応答