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2022年度 一橋大学 関西・中部合同アカデミア シンポジウム「国と地域の振興政策のこれまでとこれから:日本、シンガポール、欧州の比較」

2023年7月3日 掲載

日本の地域経済の低迷が続き、東京への一極集中が問題にされて久しく、2000年代からの地方分権化とクラスター政策、2014年以降の地方創生政策、近年の地域エコシステム形成やまちづくり政策など、国の主導の下で地域活性化政策がさまざまな形で行われている。日本の地域とその中核都市は、これからどうなっていくのか。本アカデミアでは、これまで何度か地域経済の振興をテーマとしてきたが、今回は特に国と地域の振興政策の関係に注目し、外国の企業と資本・人材を積極的に取り込んで経済成長を続ける都市国家・シンガポールを重要な比較基準として、ドイツ・フランス・英国との比較の視点も取り入れながら、日本の地域振興政策のあり方についてシンポジウム形式で議論を行った。

リー・チーハオ氏

リー・チーハオ氏
シンガポール経済開発庁

大月 康弘氏

大月 康弘
一橋大学理事・副学長

植杉 威一郎氏

植杉 威一郎
一橋大学経済研究所教授

岡室 博之氏

岡室 博之
一橋大学大学院経済学研究科教授

冨浦 英一氏

冨浦 英一
一橋大学大学院経済学研究科教授

堂免 隆浩氏

堂免 隆浩
一橋大学大学院社会学研究科教授

司会を務めた植杉威一郎教授による本アカデミアのテーマに触れたあいさつの後、大月康弘理事・副学長が開催あいさつに立ち、本アカデミア設立からの経緯と、パネリストの紹介をおこなった。本学の3名の教授(冨浦英一教授、岡室博之教授、堂免隆浩教授)はいずれも地域振興・産業政策について第一線で研究や実務に取り組んできていること、そしてリー・チーハオ氏は、2015年に本学経済学部を首席で卒業し、出身国であるシンガポールの経済開発庁に入庁し活躍している旨に触れ、本シンポジウムに対する期待を述べた。

日本における地域産業政策のこれまでとこれから

まずは冨浦教授が、欧州やシンガポールの比較を行ううえでの導入として、「日本における地域産業振興政策のこれまでとこれから」と題した講演を行った。

戦後の日本の地域産業振興政策は大きく三つに分けられる。高度成長期における国家主導の地方の開発・工業化、石油危機以降の国家による工業の再配置(テクノポリスなど)、バブル崩壊後の地域主体の集積(クラスター)形成という変遷があり、現在また変化のときを迎えつつあると整理し、自身の地域研究の成果を紹介した。

ひとつ目の研究では、テクノポリスについて、確かに政策対象地域に立地する企業は増えたが、国が指定した地域に誘致するための政策に反応した企業は生産性が相対的に低いため、大都市との生産性の格差はかえって拡大したことを示した。政策効果の評価には、政策インセンティブに反応する企業の特徴を考えなければならない。ふたつ目の研究では、産業クラスターに参加した企業はクラスター内で取引が増加したが、その地域の地方銀行をメインバンクとする企業は東京の企業との取引も拡大傾向にあることがわかった。政府のお墨付き効果だけではなく、地域の実情に通じた民間もコミットをしてはじめて政策効果が強まる。

これまでの地域産業を取り巻く環境の変化としては、大きく二つ指摘した。ひとつは日本企業の海外展開加速により国内における工業の再配置政策の限界が生じたこと、もうひとつはIT化による遠隔取引の進展で地域の集積の意味が変化したことである。政策の重点も、製造業からサービス業へ、業種別から研究開発などの機能に着目したものへ変化した。また、日本企業の海外生産比率が、1985~2015年の30年間で3%程度から25%程度まで伸びてきた後、近年は頭打ちとなっていることから、現在はトレンドの転換期にあると示唆した。

最後に、これからの地域産業振興に関わる論点として、グローバル化による海外移転の基調が変化していることは確かだが、製造拠点は国内回帰するのか、また、政策の余地はあるのか、そして、デジタル化によってビッグデータが活用されるスマート・シティにおける国の役割はどうあるべきかという問題提起を行って講演を終えた。

科学技術政策による地域振興の日欧比較

二番目に、岡室教授が「科学技術政策による地域振興の日欧比較」と題して講演を行った。

日本政府は2001年度に「第2期科学技術基本計画」の下でクラスター政策を開始した。本報告では、地域振興の視点から、グローバルな競争が激しく、知的人材の集積が鍵となるバイオテクノロジー(生命工学)のクラスター(バイオクラスター)に注目し、国際的な比較をすることとした。

まず、日本で実施された経済産業省の産業クラスター計画と文部科学省の知的クラスター創成事業等が紹介された。前者が各経済産業局の管轄地域全体を対象とし、地域の民間企業の役割が重要であるのに対して、後者は地理的範囲が限定され、大学や公的研究機関を中核とする。続いて、ドイツとフランスのクラスター政策が日本(文部科学省)の政策との比較のために紹介された。いずれもクラスター地域の競争的選抜・支援は共通するが、企業のイノベーションのためのインセンティブが低く、大学中心のトップダウン式の運営が日本の特徴で、対照的に民間企業主導で競争的選抜が最も厳しいのがドイツであり、フランスはその中間に位置づけられる。

続いて、訪問調査の対象となった三か国のバイオクラスター地域を紹介した。日本は神戸の医療産業都市、ドイツはハイデルベルクのBioRNクラスター、フランスはストラスブールを中心とするアルザス・バイオバレーである。いずれも有名な観光地に近く、歴史ある大学が存在することが共通している。神戸では大震災でレジャーランド計画が中止となったポートアイランドという埋立地に医療機関が集積し、国内外から400近い企業や大学の研究所が誘致されている。ハイデルベルクを中心とする広域バイオクラスターは厳しい競争を経て重点支援の対象に認定され、世界的な大学と研究機関の集積を有し、周囲にバイオ関連企業約1000社(コア企業約140社)が立地している。ストラスブールを中心とするクラスターはフランス・ドイツ・スイスの3か国にまたがる広域的なバイオクラスターの一部であるが、バイオ関連企業を中心に現在約600社が集積している。参加企業に対する多様なサービスを求めて民間企業が他地域からクラスターを選びに来ることが特徴的である。

(第3報告で扱われる)都市計画に関連して、紹介されたバイオクラスターの拠点が都市のどこに立地しているかを紹介した。ハイデルベルクでもストラスブールでも、紹介されたクラスターの拠点は、都心部からのアクセスの良い、大学近辺のサイエンスパークに立地している。神戸の医療産業都市も新幹線の駅と三宮の繁華街、神戸空港を結ぶ路線上にある。このように、狭い地域で都心部・歴史地区とクラスター拠点のあるサイエンスパークの棲み分けが見られるのが各地のバイオクラスターに共通する特徴である。

最後に今後の課題として、クラスターの成果をいかに地域のイノベーションに繋げるかが重要であると示した。特に日本のクラスターにとってはスタートアップの輩出を中心とした地域の産業・技術集積をいかに持続的に進めるか、国際連携をどのように行うかが、大きな課題になっている。

都市政策と産業―英国グラスゴーを事例として

三番目に、堂免教授が「都市政策と産業―英国グラスゴーを事例として」と題して、都市政策の観点から英国スコットランドのグラスゴーにおける地域振興について解説した。

まず、振興政策と都市政策の関係に触れ、両者が相互依存的な関係にあることや、産業を促進するのみならずゾーニングや紛争調停によって産業による弊害を防止・抑制するものであると整理した。そのうえで、10年前の在外研究をきっかけに研究を続けているグラスゴーの都市政策について紹介した。

1965年と2009年の住宅土地利用地図を比較し、工場跡地からマンションや複合用途の中高層ビルへの転換がみられることが日本の都市と共通していることを確認。続いて、その背景にあるグラスゴーの産業発展と振興政策の歴史を説明した。現在、グラスゴー市を中心とする8市がひとつの経済圏を形成し振興政策を実施している。そして重点分野として「健康テクノロジー・高精度医療」「グリーン経済」「フィンテック」「宇宙産業」「デジタル・創造経済」「先進製造業」の六つを掲げている。

興味深い点はその取り組みを記した「グラスゴー地域経済戦略」が、個別具体ではなく、より大きな視点で経済政策を考えていることである。ここでは、グラスゴーの有する資本を「人的資本」「経済資本」「社会資本」「自然資本」の四つに整理している。そして、「人的資本」では資格取得者比率が高く大学が集積していること、STEM人材を多く輩出していることが強みであり、「経済資本」ではスコットランド外への輸出や投資対象としての強さや英国・EUとの接続性が強みであり、「社会資本」では都市・産業遺産を保存して観光等に活用していること、まちを維持管理する主体としてボランティア・NPOを設立・育成していることが強みであり、「自然資本」では川(ウォーターフロント)の活用や再生可能エネルギー、公園等のアメニティが形成されていることが強みであるとしてそれぞれ挙げられている。

まとめとして、重工業衰退後、文化都市として再生しつつあるグラスゴーは、都市政策においてはアメニティづくりによるウェルビーイング達成が重要であることを示す事例として見てとれるとして、講演を終えた。

産業都市としてのシンガポール

最後は、リー氏が「産業都市としてのシンガポール」と題して講演を行った。

まず、シンガポールの原点、1819年にイギリス人のラッフルズが上陸して植民地としたところまで歴史を遡り、人口が少なく、土地が狭く、天然資源が限られているなかで、東南アジアの中心部に位置する地理的な有利さから、欧州やアフリカ、アメリカなどとの間を結ぶ中継貿易港として発展し経済成長につながったことに言及。その後、イギリスが徐々に撤退し失業率が高まったことが、1961年の経済開発庁の設立につながり、20万人の雇用創出が目指された。天然資源は限られ、工業施設もなかったことから、自国の産業を一から育成するよりも投資誘致が効率的であったため、同年に優遇税制によってシェルを誘致し製油所を建設。その後、経済開発庁は投資誘致に特化し、産業クラスター形成を目指した。川上から川下まで繋いでバリューチェーンをまとめるという着眼点で埋め立てたジュロン島は今日に至るまで発展し続けている。

経済開発庁はまた、クラスター間の相乗効果を狙った実証実験を展開している。排出した二酸化炭素の利用や、半導体産業を医療機器産業の発展につなげる等の好循環・相乗効果がみられる。

続いて、将来に向けての取り組みを紹介。製造業が占める割合を22.3%から50%まで成長させる「製造2030年プラン」では、ジュロン島を進化させる計画があり日系企業の多くも関与している。シンガポールでもバイオクラスターをつくるだけでなく、増強することも重要であるとして、新技術と持続可能性のあるバイオクラスターを目指している。同時に、隣国との連携も重要であり、ASEANはダイナミックな労働人口を有しているため製造・サービスを展開するうえで経済圏として非常に重要。近隣のマレーシアはじめ、インドネシアのバタム、ビンタン、カリムン地区に経済圏を広げ、企業は複数の拠点を補完的に活用している。

最後に、シンガポールが資源を最大限に用いるためには、取捨選択が非常に重要な考え方であるとまとめ、講演を終えた。

日本における地域レベルの産業振興政策、科学技術振興政策、都市政策の改善点

個別講演に続いて、パネル・ディスカッションに移った。植杉教授から「日本における地域レベルの産業振興政策、科学技術振興政策、都市政策の改善点は何なのか」という一つ目の質問が投げかけられた。

はじめに冨浦教授が「良い点悪い点を断定するのは難しいが、シンガポールには国として明確なビジョンや戦略性があり、そのビジネスセンスは特に日本が学ぶところが大きいと言える。ただし、日本の場合はシンガポールのように小回りが利かないのでよい点をそのまま取り入れるのは難しい。欧州ではEUとの連携があるが、日本の場合は近隣諸国とすぐに連携しての産業政策も難しい。国際ルールとの関係において、欧州各国がEUとどう調整しているのかは参考になるのではないか」とコメントした。

続いて岡室教授は「クラスター政策の観点から考えると、フランスやドイツと比べて日本は官主導で進めようという側面が今でもまだ強い。もう少しボトムアップで、地域の中小企業による主導があれば良い。そして、欧州では広域での連携が強い一方で、日本ではクラスター間の連携や特に国際連携という視点がまだ弱い。ヨーロッパのあるクラスター事務局のトップは優秀で、バイオの博士号を取得して米国のトップファーマでの勤務を経験した後自ら起業した、実務も研究もできてマネジメント経験もある人材が就いていて非常に強力。人材の育成について学ぶべき」と指摘した。

次に堂免教授は「都市政策はグラスゴーで行われている事例をそのまま日本に適用しようとしても、おそらくできない。その土地ごとに風土や歴史が異なるからだ。一方で、地域独自の取り組みを進めるなかで四本の柱を立てているのは非常に参考になる。日本も自らの強みを整理するなかで枠組みとして参考にできる」と話した。

最後にリー氏が「冨浦教授が指摘したように、シンガポールと日本の規模は全く違うのでそのまま政策モデルを適用するのは難しいだろう。シンガポールは中小企業のように、国や市町村がほぼ一体化したような枠組みであり、動きやすくスピード感があるという利点がある。また、国内の市場規模が小さいので、スタート時点からグローバルを志向しているという感覚がある。以上のことは日本が参考にできると思うが、適用するためには工夫が必要だろう。国と市町村と地域の政策をどう調整するかが一つのポイント。他国と競争するのではなく共栄するという視点を持って、他国のクラスターとの相乗効果を考慮し調整することが日本にとって重要なのではないか」と応じた。

リー氏の話を受け、植杉教授が「半導体やバイオといった産業は日本にとっても重要だが、日本はどうすれば良くなると思うか」と質問。リー氏は、「バイオ領域の医薬品には、化学品中心の低分子の医薬品と抗体などの物質中心の高分子の医薬品で違いがあり、今日、高分子での創薬は非常に難しく、投資金額も莫大になっている。一つの企業や国が単独で行えるような時代ではないので、いかに他企業や他国と連携するかということと、既存の大手企業だけでなくバイオベンチャーをいかに参入させるかが重要」と回答した。

今後最も重視すべき社会経済の変化

続いて、植杉教授は二つ目の質問として「今後最も重視すべき社会経済の変化は何か」と投げかけた。

冨浦教授は「グローバル化の先行きとデジタル化が大きな要因になる。グローバル化は海外移転一辺倒から国内移転に必ずしも変化するわけではない。日本が低コスト国として製造を分業することは考え難い。産業振興としてのイノベーションなり都市政策は、アメニティと密接に関わるようになるのではないか。クリエイティブな産業やイノベーティブな産業で働く人の生産性は、アメニティの高さに影響されるという関係があるからだ。また、デジタル化によって国と地方の関係も変わってくるというところが議論の一つの焦点ではないか」と指摘した。

続いて岡室教授は、「経済や科学技術のグローバル化は大きな流れ。国際競争を意識した研究開発の促進につながっている。それに加えて現在の日本の地域あるいは地域振興の課題は、少子高齢化。そこで大事なことは、EUのようにクラスターや科学技術振興を通じてその地域に新しい企業、新しい人材を海外から呼び込むこと。大学や研究機関がその中核になる大きなチャンス。グローバル化は競争を生み出すだけでなく、流動化した人材を呼び込む機会にもなる」と話した。

次に堂免教授は、「労働者の非正規化がますます進んだ場合、それまで企業が社員の生活を守っていた福利厚生、労働時間以外の時間を誰がサポートしてあげるのか。やはり政策で対応していくことがますます求められてくるだろう。都市政策においては、安心して暮らせる、余暇を充実させるための都市空間の設計を通じたアメニティ向上が課題になるのではないか」と言及した。

これを受け、冨浦教授は「公的部門の役割が拡大しているのは確かだろうが、一方でそれを政府で全て対応できるのかという議論もあるだろう。地域に根ざした活動をしている民間部門と公的部門が連携することも一つの道である」と指摘した。

最後にリー氏は「注目しているのはグローバル化が不透明化しているところ。非グローバル化へ急には進まないとしても、中国とアメリカの半導体等さまざまな領域での紛争はほかの領域に拡大する可能性はあり、いかにフレキシビリティを持った投資や産業政策を考えるかが非常に重要。企業と人に選択肢を与えながら、インフラ整備をモジュール化する、人の流れを常時スムーズに流れるようにするといった政策オプションを企業と人に提供するのが一つの考え方。一方、世界で明瞭な問題になっているのは少子高齢化。今までの産業政策を成り立たせてきた先進国と途上国との間での資源分配の流れが崩れる可能性がある。どのようにアメニティを増やし、資源分配を考慮しながら、単比例の維持をおこなうのではなくクラスターのあり方などを再考して、うまく相乗効果を生み出していくことがポイントになる」と話した。

これを受け、岡室教授が「アメニティを大事にして都市地域の魅力を高めることによって、人が集まりやすく、様々なアイディアが生まれやすくなることは、日本も欧州も共通している」と話した。

この後、視聴者との質疑応答を経て、本セッションは終了した。

様子

Program

司会挨拶

植杉 威一郎 一橋大学経済研究所教授

開会挨拶

大月 康弘 一橋大学理事・副学長

講演

リー・チーハオ氏 シンガポール経済開発庁
冨浦 英一 一橋大学大学院経済学研究科教授
岡室 博之 一橋大学大学院経済学研究科教授
堂免 隆浩 一橋大学大学院社会学研究科教授

(司会)

植杉 威一郎 一橋大学経済研究所教授

パネル・ディスカッション

リー・チーハオ氏 シンガポール経済開発庁
冨浦 英一 一橋大学大学院経済学研究科教授
岡室 博之 一橋大学大学院経済学研究科教授
堂免 隆浩 一橋大学大学院社会学研究科教授

(モデレーター)

植杉 威一郎 一橋大学経済研究所教授

質疑応答・まとめ