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HFLP開設7年目の総括 ~一橋大学が有する教育研究資産の「開放性」を体現する先進事例として~

  • 一橋大学CFO教育研究センター長 一橋大学名誉教授伊藤 邦雄

2021年9月28日 掲載

2015年1月に一橋大学大学院経営管理研究科内に「一橋大学CFO教育研究センター」を創設し、東京証券取引所と連携する形でCFO(最高財務責任者)を養成するHFLP(Hitotsubashi Financial Leadership Program)を開設してから7期目を迎えている。本学の中野聡学長は一橋大学が目指すべきテーマとして「開放性」を掲げているが、エグゼクティブ向けプログラム、HFLPはまさしく本学の知を広く社会に開放する先進事例といえる。そこで、HFLPの開設・運営を担う伊藤邦雄CFO教育研究センター長に、これまでの成果や意義を総括してもらった。

日本企業が持続的に価値創造ができていないとの問題意識が出発点

画像:伊藤邦雄一橋大学名誉教授

一橋大学CFO教育研究センター長
伊藤邦雄一橋大学名誉教授

HFLPは、これまでの6年間で700名を超える修了生を送り出しています。大手上場企業のトップも多数参加し、受講後、社長に就任した人もいます。まさしく、名実ともにわが国を代表するエグゼクティブ・プログラムに発展していると自負しています。2021年9月から7期目がスタートしましたが、コロナ禍にもかかわらず、開講以来最多人数の受講生を迎えることができました。
こうした受講生が修了後に所属機関のトップや人事に当プログラムに対する高評価の報告をしてくれたことで、リピート受講や口コミで他社に伝わっての受講につながっています。
たとえば、ある大手食品メーカーにおいては、副社長やCFO、CHRO(最高人事・人材責任者)、関連会社社長など経営チームのほとんどが受講しており、それによってノウハウを共有し、共通言語で経営戦略を語り合えるといったメリットも生じています。
そもそもHFLPを開設するうえでベースとなったのは、経済産業省からの要請を受け、「持続的成長の競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」と題する、2014年8月に公表した「伊藤レポート」です。当時から過去25年間をさかのぼり、日本企業を俯瞰した時、低収益を続け、持続的に価値創造ができていないという日本企業の「不都合な現実」に突き当たりました。そこには、CEO(最高経営責任者)のパートナーとして自社の状況を客観的に捉え、CEOとともに経営戦略を構築し経営資源を適正に配分できるCFOの存在が少ないという問題意識があったのです。知人であるアメリカ人投資家の「日本には細かい集計業務が得意な"スーパー経理部長"はいても、戦略立案ができるCFOがいない」という言葉が胸に突き刺さっていました。
CEOには技術系出身者が多く就任する一方、CFOは文系出身者が多く、その育成は社会科学の総合大学である一橋大学こそ相応しいと考えました。また、当時63歳で一橋大学での定年を迎え、学部教育から離れてエグゼクティブ教育に関わる時間ができることにも背中を押され、本プログラムの立上げを決意した次第です。

企業を本質的に変革させる"価値創造リーダー"の育成

画像:2019年度 HFLP-Aコースの講義風景

写真は2019年度 HFLP-Aコースの講義風景

画像:2020年度 HFLP-Aコースの講義風景

写真は2020年度 HFLP-Aコースの講義風景

本プログラムは"Financial"と題していますが、目的は単なる財務リテラシーの修得ではありません。目先の問題にとらわれず、持続的な企業価値の創造を実現するため、長期的な視点で経営を深く構想し、企業を本質的に変革させることができる"価値創造リーダー"の育成にあります。このため、次の3点を育成テーマに掲げました。
第1に、財務リテラシーを中心に、経営哲学、戦略、組織、法律、金融、M&A、資本市場といった企業価値創造に関連した最先端の知識・スキルを横断的に修得できること。
第2に、企業価値創造をめぐる最先端の研究成果をプログラムに反映させること。
第3に、日本における企業価値創造をめぐる濃密な人的ネットワークが構築できること。
以上の目標を叶えるため、一橋大学大学院経営管理研究科が国内外の一流研究者や海外のトップビジネススクールとの連携を通じて生み出した、最先端の企業価値創造に関する理論的研究成果をプログラムに反映させています。また、講師は一橋大学の教員のみならず、第一線で活躍しているCEOやCFO、機関投資家、投資銀行家、資本市場運営者、証券アナリスト、M&Aアドバイザー、公認会計士、弁護士といったプロフェッショナルを招聘しました。理論だけではない、現場での実践経験に基づいた知見が学べる、まさに、「理論×実践」を高次元で融合させています。私自身も講師を務める一方で、多くの刺激を受け、楽しみながら運営しています。

そして、合宿や講義での議論や交流を通じて得られる、受講生を含めた濃密な人的ネットワークは、価値のある副産物と言えるでしょう。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で難しくなっていますが、修了生によるOB・OG会も立ち上げて旧交を温める機会も設けています。

資本生産性とサステナビリティを共に高める必要性

本プログラムを続けてきて改めて感じる意義は、まず、エグゼクティブがここで学ぶことで、それまで培ってきた経験や知見を棚卸しし、体系化できるとともに、最新の知識を吸収できる機会となっていることです。欧米企業のトップの多くはMBA出身者ですが、日本企業ではわずかです。とりわけトップマネジメントともなると学生に戻って学び直す機会は、ほとんどありません。このプログラムは、そうした日本企業の経営幹部にとって貴重な学びの場であると自負しています。
次に、数字で状況を把握し、数字でビジョンを語る力が弱いと言われている日本企業の課題に対し、経営戦略と財務戦略、人材戦略をどう結びつけるかを体得できることにも重きを置いていることです。コロナ禍の中、私は経済産業省の要請で「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の座長を引き受け、「人材版伊藤レポート」を2020年9月に発表しました。その中で、経営戦略と人事戦略の非連動という問題があることを危機感をもって訴えました。多くの日本企業において経営戦略を理解し推進していける人材が不足しているからです。企業が持続的に成長していくためには、企業はそのギャップを明らかにし、必要な人材を確保することが不可欠です。そのためには、現有人材のリ・スキルが求められます。HFLPのようなプログラムが、まさしくリ・スキルの必要を実感し、実現のためのノウハウを学ぶ場なのです。
また、私は2021年4月に、日本経済新聞出版から『企業価値経営』という著書を出しました。本書の中で、現代の企業は資本生産性だけでなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)や人材戦略、サステナビリティなどの"非財務領域"も企業価値向上に不可欠の要素となっており、これらをいかにして共に高めていくかが問われていると提言しています。10年前の経営者と比べて、現在の経営者がこれから向き合うテーマは、比べものにならないほど広がっています。これまでは二項対立的に「AかBか」という判断で進めていた経営は、「AもBも」と融合させて進めていく必要性に迫られています。そこで私は、ROE(自己資本比率)とESGを融合させた"ROESG"というKPIを本書で提唱しています。これは、資本生産性とサステナビリティを共に高めていくことを評価指標とするものです。

すると、2021年8月4日の日本経済新聞の朝刊1面で、明治ホールディングスが2024年3月期まで3年間の中期経営計画で「明治ROESG」という指標を掲げたと報じました。食品メーカーである同社は、資本生産性に「健康寿命の延伸」や「健康志向食品の売上高成長率」などを加味した経営指標を最重視し、役員報酬と連動させることで実効性を持たせることに踏み込んでいます。
こうした先進的な具体例が生まれ始めていますが、まさしくHFLPが目指す企業価値経営の一つの形であることを体現しているのではないでしょうか。

人間力も高めるプログラムとして"HFLPブランド"価値の向上へ

このプログラムの実施は、一橋大学にとっても大きな意義があります。受講生を通じて、今、企業の中で何が起きていて、エグゼクティブが何に悩んでいるかが手に取るように分かり、それを研究内容に反映できることです。また、わが国を代表するエグゼクティブプログラムとして、一橋大学の認知を高めることにも貢献していると言えるでしょう。
またこのプログラムがここまで成長できたのには、株式会社日本取引所グループ 取締役兼代表執行役グループCEOの清田氏を始め、日本取引所グループ・東京証券取引所の絶大なるご協力があります。当プログラムに共感していただき、継続的に講師陣にも加わっていただいています。
私は、HFLPのプログラムコンセプトを、次の図のように考えています。

画像:HFLPのプログラムコンセプト

出典:HFLPプログラム資料より転載

財務・会計を核に、ESG論や経営戦略論、交渉論といった複合的なノウハウやスキルを修得するだけでなく、さらにその外輪として、構想力や創造性、人間力も修得できることを目指しています。
ある受講生が、プログラム修了時に「この図の中心にあるのは、実は『人間力』であることを実感した」と話してくれました。人間力向上はHFLPに内包されているテーマであり、表向きに主張しているわけではありませんが、そのように受講者に伝わっていることは喜ばしい評価として捉えています。
世界最高峰のエグゼクティブ・プログラムとして知られるHBS(Harvard Business School)のAMP(Advanced Management Program)修了生は、プロフィールの最初に「AMP修了」と書く人が多いと言われています。私は、HFLPの開講時のあいさつで「『HFLP修了』を肩書きに加えてもらえる、できれば最初に記載することを目指す」と話しています。すると、本当に名刺に書き込んだ受講生が出現し、嬉しく思いました。こうした受講生とともに、HFLPの無形のブランド価値を高めていきたいと思います(談)。