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「第8回一橋大学中部アカデミア」開催 「グローバリズムとナショナリズム」をテーマに危機の時代との向き合い方を探る

2018年冬号vol.57 掲載

2017年10月7日(土)、名古屋駅に隣接するミッドランドスクエアでシンポジウム「第8回一橋大学中部アカデミア」が開催された。テーマは「グローバリズムとナショナリズム─BREXIT、トランプ政権、そしてEUの運命は─」。エコノミストの吉崎達彦氏、一橋大学からは国際関係論・国際社会学・国際関係史の視角から分析する3人の学者が登壇し、日本やアジアがグローバリゼーションの危機の時代にどう向き合うべきか議論された。

中野 聡副学長

中野 聡副学長

安井 隆豊氏

安井 隆豊氏

吉崎 達彦氏

吉崎 達彦氏

山田 敦教授

山田 敦教授

森 千香子准教授

森 千香子准教授

大西 幹弘教授

大西 幹弘教授

経済、国際関係、社会、歴史など、さまざまなアプローチから「危機の実態」に切り込む4時間

BREXIT、アメリカ・トランプ政権の誕生、EU諸国における極右政党の台頭──世界を震撼させたこれらのトピックスには、一つの潮流が見てとれる。ナショナリズムの挑戦を受け、グローバリゼーション・コンセンサスが大きく動揺。増大する移民・難民への排斥運動が拡大するなど、難問を民主主義に突きつけている。こうした予断を許さない状況の中で、第8回を迎えた一橋大学中部アカデミアが2017年10月7日に開催された。「グローバリズムとナショナリズム」をキーワードに危機の時代を読み解き、日本はどのように対峙していくべきか議論するシンポジウムとなったが、満席となった会場が関心の強さを物語っていた。参加者は4時間にわたって繰り広げられた講演やディスカッションに聞き入った。
シンポジウムは、中野聡一橋大学副学長の開会挨拶、如水会名古屋支部長である安井隆豊氏の挨拶で幕を開けた。その後に行われたのがアカデミアで恒例となっている大学紹介で、中野副学長が再び登壇。卒業生である如水会OB・OGのほか大勢の一般の方々に向けて、近年の一橋大学における学生の動向やトピックスなどがプレゼンテーションされた。
大学紹介の後は、今回のシンポジウムに迎えられた専門家や教員の紹介へと進んだ。最初に紹介されたのは、基調講演を行う吉崎達彦氏(株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト)。一橋大学社会学部を1984年に卒業し、現在はエコノミストとして活躍する傍ら番組出演や講演活動も多い。続いて紹介されたのが、パネリストとして加わる山田敦教授(一橋大学大学院法学研究科)、森千香子准教授(一橋大学大学院法学研究科)、中野聡教授(一橋大学副学長)。最後に、パネル・ディスカッションの司会を務め、今回のシンポジウムテーマの立案者でもある大西幹弘教授(名城大学経営学部国際経営学科)が紹介された。

現代のグローバリズムとナショナリズムを、「トランプ政権の経済政策」を題材に理解

プログラムは、基調講演からスタートした。吉崎氏が「グローバリズムとナショナリズム」を語るうえで切り口としたのは、「トランプ政権の経済政策」であった。
まず背景として、政権発足から10か月間の動きや、世論調査をもとにした現在までのトランプ支持層による評価などについて解説。そして、トランプ政権の特色に触れた。国益を最優先する「アメリカ・ファースト」の考え方や、政治経験のない「アウトサイダー」としての既成政治の否定などを挙げ、トランプ政権が目指すのは「ポピュリスト政権(選挙公約を守ることに注力)」であると分析した。
続いて講演は、本題の「グローバリズムとナショナリズム」に及んだ。トランプ政権の経済政策の本質、すなわち、トランプ支持層が望むものとは何か。「反グローバリズム」が礎という印象を受けがちだが、吉崎氏は「経済ナショナリズム」が実相であると見る。
ここで、経済における「グローバリズムとナショナリズム」の違いを解説する。グローバリズムとは、国境を超えてこそwin-winの関係を築くことが可能で、自由貿易や開かれた社会が経済発展には欠かせないという楽観的な考え方である。前オバマ政権が重視し、支持された考え方といえるだろう。一方で、ナショナリズムとは、国と国はゼロサムの関係にあり、反自由貿易や反移民などを掲げて中間層を守れという悲観的な考え方だ。
白人至上主義者と語られることも多いトランプ大統領だが、最大の関心事は「台頭する中国」にあると吉崎氏は分析する。「アメリカ=世界一の経済大国」というポジションに立ち続けることが支持層の要求であり、トランプ政権の政策決定における最重要項であると見解を述べた。

「経済ナショナリズム」を育む「グローバル化の行き詰まり」

議論風景

では、経済ナショナリズムのような考え方はなぜ生まれるのか。低い経済成長率や貿易量がフラットに移行する時期が続くほど閉塞感が生まれ、打開策となる政策の打ち手も乏しく、国民は悲観的になる。トランプ政権誕生前のアメリカが置かれた状況がそれである。統計上では景気の回復が見られ、雇用者数が増加していても、労働者には改善された実感がない。実態としては、労働参加率が低下し、所得・資産・地位・学歴などで格差が広がった。そこで大統領選からトランプが意識したのが、いわゆる「忘れられた人々」である。グローバル化の波でアメリカが変わり果てていくことに不安を抱く中産階級から下の労働者を中心に、経済ナショナリズムの大きな支持層が広がったと解説した。
こうしたムーブメントが起きたのは、アメリカ史上初めてではないという。吉崎氏は「歴史は繰り返される」という仮説を立て、過去に二つある「20年代」に注目。1820年代のジャクソン大統領(産業革命の時代/普通選挙制の実施)や、1920年代のハーディング大統領(第一次世界大戦後/富裕層減税・保護貿易・移民制限)の時代にも、2020年代を目前にした現在と同じ状況がアメリカで起きていたと指摘する。
「国家主権」と「民主主義」と「グローバリズム」は、二つまでしか同時に達成できない。これは、世界経済の政治的トリレンマ(Trilemma)として語られていることである。民主主義とグローバリズムを達成したため国家主権を失ったのがEUであり、グローバリズムと国家主権の達成と引き換えに民主主義を成立させられなくなったのが中国である。
最後に吉崎氏が指摘したのは、長期的な経済の停滞がもたらす世界的な「グローバル化の行き詰まり」である。それが経済ナショナリズムを育み、アメリカでトランプ政権が誕生したように、欧州ではイギリスがEU離脱を表明する事態になったと見解を述べた。
一方で、日本はグローバル化を推し進めている最中であり、これからも続くと予測する。国家が主導しているという背景もあるが、やがて日本にも「グローバリズムとナショナリズム」に悩まされる時が訪れると感じた基調講演であった。
その後プログラムは、パネル・ディスカッションへ。3人の一橋大学の教員が、それぞれの研究分野の視角から「グローバリズムとナショナリズム」について講演を行い、このテーマを考えるうえでの視点を会場の参加者に与えていった。

「Global+Local=Glocal」という考え方が国際関係改善の道筋に

最初に登壇した山田教授は、国際関係論や国際政治経済学を研究する立場から講演し、三つの問題を提起した。
一つ目は、混同されがちな「グローバリズム」と「グローバリゼーション」という言葉についてであった。前者は、考え方・思想・イデオロギーといった人々の頭脳や心の中に宿る可視化しにくいもの。後者は、現実のプロセスやムーブメントを指す。似て非なる言葉であり、問題を正しく考察するには区別すべきと語った。そのうえで山田教授は、国際経済に影響を及ぼしたトピックスについて4象限マトリックスを用いて解説した。縦軸を「グローバリズム─反グローバリズム」、横軸を「グローバリゼーション─反グローバリゼーション」として分類し、いわゆる新自由主義やEU統合は「グローバリズム×グローバリゼーション」の象限に当てはまり、BREXITや先に吉崎氏が取り上げたトランプ政権の経済政策は「反グローバリズム×グローバリゼーション」に該当すると述べた。
二つ目の問題提起は、「グローバリズムとナショナリズムは正反対のものか?」という観点から行われた。本来この二つの考え方は共進的なものであり、貿易の自由化と国内の安定化のバランスを重視したもの。その経済政策は70年代から80年代に目立ったが、その後通用しなくなったのはグローバリズムを強力に推進したからであり、反動からナショナリズムが高まったというのが正確なとらえ方と山田教授は説いた。
そして最後に提起されたのが、「グローバリズムの反対語はローカリズムではないか?」という視点であった。今後の国際関係は、各国の政府同士というより、国境を超えた地域レベル・民間レベルでの結びつきが重要になる。Global+Local=Glocalに物事を考えることが関係改善につながると見解を述べて締めくくった。

難民・移民問題から「同盟の在り方」や「共生の方法」を学ぶ

議論風景

続いて登壇したのは、国際社会学や都市社会学の研究者である森准教授。移民問題・レイシズム・階層格差に関する調査研究活動を行う立場から、「難民・移民危機とEU都市」という切り口でシンポジウムテーマに迫った。グローバルな人口移動は都市空間をどのように変えたのかに焦点を当て、「共生の危機とその克服」という課題を都市・コミュニティを切り口に考察する講演となった。
2015年に起きた欧州移民危機はまだ私たちの記憶に新しい。講演の最初に森准教授が触れたのは、難民・移民への敵対心の高まりによって起きた、さまざまなレベルで存在するEUにおける排外主義について。極右政党の躍進や富裕国の経済ナショナリズムなどを挙げ、その背景として取り上げたのが「グローバルな難民・移民ビジネス」であった。それは密航などの犯罪に関わるビジネスではなく、入国者の管理装置として国家に提供する合法的な民間ビジネスであるがゆえに影響も大きいと指摘した。
続いて紹介したのは、EU都市における事例であった。取り上げたのはフランス・パリ市における「難民・移民キャンプの出現」であり、市街地に突然あらわれたキャンプの形成と解体が、2年間で35回行われた問題について解説した。
一方で、これを契機に新たなムーブメントが起きたことにも言及した。国家に介入を要求していたパリ市が自ら動き、「入国者受け入れセンター」を全国で初めて自治体として開設。ローカルがナショナルに先んじてグローバルな動きに対応した好事例として説明した。また、国境を超えた都市の連携の動きについても取り上げ、国際的な都市同盟の在り方を模索するために開催された国際サミット『恐怖なき都市(Fearless Cities)』について紹介。政府の圧力に屈したとしても、国内外の都市・自治体が連携することで力関係を有利にできると見解を述べた。
講演の締めくくりで森准教授は、日本で年々増加している在日外国人の現状についても触れた。すでに約238万人の外国人が居住する状況(2016年末時点)を踏まえて説いたのは、多文化共生のための取り組みの重要性であった。

アジア・太平洋諸国との関係性の歴史から考える「日本の立ち位置」

議論風景

最後にパネリストとして登壇した副学長の中野教授は、一橋大学大学院社会学研究科に籍を置き、現代史学を研究分野とする。今回は国際関係史という観点から「日本の立ち位置を考える」ための講演を行った。
冒頭では「繁栄と不愉快・危機が混在するアジア」と題し、それを示すデータとして2016年の名目GDP世界比に焦点を当てた。それは中国・日本・韓国・台湾+ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟10か国で27.3%を占める。アメリカ・カナダ・メキシコが加盟するNAFTA(北米自由貿易協定)の27.9%に肩を並べ、EUの21.7%を超えている事実を紹介。繁栄の一方で、アジア・太平洋の各国間には国益の追求と競合をめぐって複雑な力関係が存在することも併せて示した。
続くテーマは「"東アジア"と"アジア・太平洋"~揺れてきた日本~」。ここでいう東アジアとは、オセアニアやアメリカを除く北東アジアと東南アジアを指す。対してアジア・太平洋とは、これにオセアニア・アメリカ・ペルー・チリを加えたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に加盟する21の国・地域を指す。日本はどちらを目指すのか、揺れてきた実態の系譜を示すために中野教授は日本の新聞のデータベースを活用。どちらに言及した記事が多いか時期ごとに比較した。東アジア(1985〜1993)→アジア・太平洋(1994〜2001)→東アジア(2002〜2009)→アジア・太平洋(2010〜)という揺れの変遷を明らかにし、影響を及ぼした経済協力関係の提唱、サミットへの参加国、首脳の来日・訪問、経済危機といったトピックスについても解説した。
最後に中野教授が焦点を当てたのは、1967年に設立されたASEANであった。「ASEAN50周年~その"成功"と"限界"が示唆すること~」と題して総括し、まずはこれまでの成果を紹介。域内国際関係の安定化、東アジア国際関係におけるハブ機能としての成長などを挙げた。そして話題は今後の課題へ。中野教授が指摘したのは、ASEANコミュニティとしての価値の共有であった。ミャンマーの民主化問題や、各国内政の民主化を背景とするナショナリズムや隣国との対立リスクなど課題が山積している。互いに無理をしないことの強みと弱みがASEANの将来を左右すると見解を述べた。

世界で起きている危機を、「当事者」として受け止める機会を提供したアカデミア

続いて大西教授の司会によるディスカッションが行われた。「アメリカが損をするグローバリゼーションは嫌だ、というのがトランプ大統領の考え方である」、「ナショナリズム=自国本位のグローバリズムという認識が世界で進んでいるのではないか」、「イギリスのEU脱退が僅差の国民投票で決まった点を考えると、経済ナショナリズムが総意とはいえない」など、パネリストによる意見交換は終始白熱した。
また、その後行われた質疑応答では、参加者が登壇者に投げかける質問にも熱がこもっていた。「グローバルな経済競争の中で、日本が世界へ向かう一方、世界から選ばれる日本であり続けられるのか?」、「日本でも移住する外国人が大量に増えていけば、この国にも移民問題が起きるのではないか?」など、プログラムの終了間際まで質問は続いた。印象に残ったのは、グローバリズムとナショナリズムの狭間で、起こり得る事態に日本がどう向き合うべきかを問う内容が大半を占めたことである。
世界で起きている危機が対岸の火事ではなく、当事者として危機感を持つ市民を確実に増やしたことが、今回の中部アカデミアの最大の成果といえそうだ。

第8回一橋大学中部アカデミア シンポジウム
「グローバリズムとナショナリズム─BREXIT、トランプ政権、そしてEUの運命は─」

日時 2017年10月7日(土) 14:00~18:00
会場 ミッドランドホール(名古屋市中村区名駅4-7-1)
主催 国立大学法人一橋大学
協賛 名古屋商工会議所、リゾートトラスト株式会社、東海東京証券株式会社
後援 株式会社中日新聞社、如水会名古屋支部

プログラム

開会挨拶・大学紹介 中野 聡 一橋大学副学長
挨拶 安井 隆豊 如水会名古屋支部長
基調講演 吉崎 達彦 株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト
パネル・ディスカッション・質疑応答パネリスト 吉崎 達彦 株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト
山田 敦 一橋大学大学院法学研究科教授
森 千香子 一橋大学大学院法学研究科准教授
中野 聡 一橋大学副学長
司会 大西 幹弘 名城大学経営学部国際経営学科教授
閉会挨拶 中野 聡 一橋大学副学長
総合司会 大西 幹弘 名城大学経営学部国際経営学科教授

(2018年1月 掲載)