一橋大学・中国人民大学共催 第7回アジア政策フォーラム【レポート】
2018年春号vol.58 掲載
青木人志教授
小塩隆士教授
中野 聡副学長
鄭 水泉氏
翟 振武教授
臼井恵美子准教授
孫 鵑娟副教授
馬 欣欣准教授
王 暁軍教授
金子能宏教授
陳 建教授
「高齢化時代への対応」について日中の専門家が多角的に報告・議論を行う
平成29年11月10日(金)、如水会百周年記念インテリジェントホール(一橋大学国立西キャンパス)にて、『一橋大学・中国人民大学共催 第7回アジア政策フォーラム』が開催された。
一橋大学と中国人民大学は、平成16年に大学間学術交流協定を締結して以来、学術面での交流を深めてきた。「アジア政策フォーラム」は、両大学が交互に会場校となり、日本、中国やアジア等が抱えるさまざまな政策課題について考察するもので、これまでにも「金融」「通貨政策」「エネルギー協力」など、さまざまなテーマを掘り下げてきた。
7回目となる今回のテーマは、「高齢化時代への対応」(Tackling the Challenges of Population Aging : Japan and China)である。日本・中国に共通の課題について、この分野を代表する研究者が集結。一橋大学中国交流センター代表・青木人志法学研究科教授による総合司会のもと、人口、年金、介護、育児、就労などさまざまな角度から、日中それぞれの状況について最先端の研究成果が報告される場となった(登壇者については各節にて紹介)。なお、各登壇者の報告及びパネル・ディスカッションは通訳を活用せず、すべて英語で行われている。
『HQ』ではフォーラム終了後、今回の開催に向けて準備を進めた一橋大学経済研究所長・小塩隆士教授に取材を実施。フォーラムを振り返り、両大学がこのテーマで報告し合う意義や今後の展望について、お話を伺った。なお、一橋大学側の登壇者4人(所長を含む)は経済研究所の「世代間問題研究機構」のメンバー。小塩所長は、「全員、日頃の研究成果を発表する良い機会に恵まれました」と語る。
報告I
家族のあり方・子育て世代への支援について
中国人民大学の登壇者は、社会与人口学院の翟振武(Zhai Zhenwu)教授である。テーマは、「The Characteristics of China Population Aging andPolicy Response」。中国がいわゆる「一人っ子政策」から「二人っ子政策」へと切り替えた現状や今後の影響について説明がなされた。
一橋大学の登壇者は、経済研究所の臼井恵美子准教授である。「BreastfeedingPractices and Parental Employmentin Japan」というテーマで、少子化と夫婦共働きが進行中の日本において、母乳による育児の難しさ、子育て世代に対する政策面での支援のあり方について詳細な報告がなされた。
「翟教授は、中国人口学会の会長を務めていらっしゃいます。翟教授の見解を聞き、中国政府が二人っ子政策に方向転換を行いました。その意味で翟教授は二人っ子政策の主導者とも言えます。そういう方に来日していただき、フォーラムでお話を聞く機会を得られたことは本当に光栄ですね」(小塩所長)
報告II
高齢者が働く環境について
中国人民大学の登壇者は、社会与人口学院の孫鵑娟(Sun Juanjuan)副教授である。テーマは、「Health Status of Chinese Elderly and SocialCare Issues」。定年について、中国では男性が60歳、女性が55歳となっている。各上限は中国政府の決定事項であり、企業が個別かつ自由に設定できないとの報告に、驚きの声が上がった。
一橋大学の登壇者は、経済研究所の馬欣欣(Ma Xinxin)准教授である。テーマは「Pension System and ElderlyLabor Participation : A Comparison between Japan and China」。日本と中国双方のデータを活用しながら、両国の年金制度及び高齢者の労働参加についての報告がなされた。
「馬准教授の報告は、両国のデータを用いた比較・分析となっている点においてとても画期的だったと思います。日本と中国は高齢化社会について共通の問題を数多く抱えているので、今後は相手国のデータもしっかりリサーチし、研究や議論を進めるべきではないでしょうか」(小塩所長)
報告III
年金財政が抱える問題について
中国人民大学の登壇者は、統計学院副院長の王暁軍(Wang Xiaojun)教授である。テーマは「Pension Systems in China:Situation, Problems andReform」。中国の年金制度をはじめとする社会保障の課題を紹介したうえで、定年の引き上げ、公的年金制度から個人年金制度へのシフトなどの改革案を提示した。
一橋大学の登壇者は、経済研究所の金子能宏教授である。テーマは、「PensionSystem Reform to Cope with PopulationChange and Social Change:Experience of Developed Countries and Issues of Japan and China」。65歳以上の年金受給者の貧困層がアメリカに次いで多い日本の現状に言及。高齢者の家計状況と企業年金、厚生年金の貢献度の様相について報告がなされた。
「中国の社会保障、特に年金制度については、農村と都市部で仕組みが異なるなど、まだまだ整備が必要な状態です。一方で60歳以上の高齢者は全人口の16・7%、2億3000万人にものぼるため、整備は急務の課題と言えます。ただ日本も決して万全ではないことが、金子教授の報告からも分かります」(小塩所長)
登壇者6人によるパネル・ディスカッション
「Tackling Population Decline in Japan and China」
子育て世代への支援、高齢者の労働環境、年金財政問題に関する報告を終え、小塩所長の司会進行のもと、両大学の登壇者によるパネル・ディスカッションが行われた。テーマは「TacklingPopulation Decline in Japan andChina」。パネリストは中国人民大学より翟振武教授、王暁軍教授、孫鵑娟副教授の3人、一橋大学より、金子能宏教授、臼井恵美子准教授、馬欣欣准教授の3人である。
さまざまな角度からの報告により、両国が抱える問題がいかに共通しているかが明らかになったことで、議論も熱を帯びていた。社会保障、とりわけ介護保険制度の導入と運用状況について、中国人民大学の登壇者は強い関心を示す。その一方、一橋大学の登壇者にとっても得るものは大きかったと小塩所長は語る。
「出生率の回復は共通の課題です。二人っ子政策に転換した中国の取り組みの中に、日本がとるべき政策対応のヒントがあると感じました。また、年金や医療保険制度はたしかに日本のほうが30年進んでいますが、財政面で持続可能性を高めるための工夫について、中国の取り組みから学べる材料があるのではないでしょうか」(小塩所長)
アジアにおける「家族のあり方」を見つめ高齢化社会への対応に、独自の新しいモデルを
小塩所長は今回のフォーラムを振り返り、高齢化社会の研究について以下のような展望を語った。
「日中双方の研究者の議論から、両国ともに同じ問題に直面していることを改めて認識しました。と同時に、今後の高齢化社会については、日本と中国が中心となってアジア独自の新しいモデルを考えなければいけない、とも感じています。
なぜアジア独自かというと、ヨーロッパなどは参考にならないからです。ドイツや南欧などの例外をのぞき、ヨーロッパでは出生率が比較的高い水準で安定的に推移しています。そして『家族のあり方』に対する認識が、アジアとは根本的に異なるのです。ヨーロッパは結婚~出産~子育てという結びつきが緩やかで、たとえば子育て支援の政策についても家族を想定していません。極論すれば、子どもがいればどのような家族形態であっても支援の対象となるのです。
一方で日本や中国は、まず結婚があり、次に出産、子育て......というのが社会的な規範となっています。政府の支援もそのステップを踏んだ家族に対するものが中心。高齢者問題についても同様で、政府の介入は家族単位です。同じような状況の中、日本よりも出生率が低いシンガポール、台湾、韓国などは、日中の動きを注視しています。だからこそ両国が中心となったアジア独自の新しいモデルづくりが必要です。今回のフォーラムで交わされた報告や議論がその契機となれば、と願っています」(小塩所長)
一橋大学・中国人民大学共催 第7回アジア政策フォーラム
「高齢化時代への対応」Tackling the Challenges of Population Aging: Japan and China
日時 | 2017年11月10日9:30~17:30 |
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会場 | 一橋大学国立西キャンパス・如水会百周年記念インテリジェントホール |
プログラム
開会挨拶 | 中野 聡 一橋大学副学長・教授 鄭 水泉 中国人民大学校務委員会副主任 |
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報告I | 「The Characteristics of China Population Aging and Policy Response」 翟 振武 中国人民大学社会与人口学院教授 |
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「Breastfeeding Practices and Parental Employment in Japan」 臼井 恵美子 一橋大学経済研究所准教授 |
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報告II | 「Health Status of Chinese Elderly and Social Care Issues」 孫 鵑娟 中国人民大学社会与人口学院副教授 |
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「Pension System and Elderly Labor Participation: A Comparison between Japan and China」 馬 欣欣 一橋大学経済研究所准教授 |
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報告III | 「Pension Systems in China: Situation, Problems and Reform」 王 暁軍 中国人民大学統計学院教授 |
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「Pension System Reform to Cope with Population Change and Social Change: Experience of Developed Countries and Issues of Japan and China」 金子 能宏 一橋大学経済研究所教授 |
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パネル・ディスカッション | 司会 | 小塩 隆士 一橋大学経済研究所長・教授 |
中国人民大学 | 翟振武教授、王暁軍教授、孫鵑娟副教授 | |
一橋大学 | 金子能宏教授、臼井恵美子准教授、馬欣欣准教授 | |
閉会挨拶 | 陳 建 中国人民大学経済学院教授 | |
総合司会 | 青木 人志 一橋大学中国交流センター代表・教授 |
(2018年4月 掲載)