「第17回 一橋大学関西アカデミア〜地域金融の将来を考える〜」開催レポート
2020年6月29日 掲載
遠藤俊英氏
金融庁長官
木下吉数氏
太閤木下建設株式会社代表取締役
中岸高利氏
新日本ケミカル・オーナメント工業株式会社代表取締役社長
松本正義氏
公益社団法人関西経済連合会会長
住友電気工業株式会社取締役会長
根本洋一
一橋大学大学院経済学研究科
国際・公共政策大学院教授
植杉威一郎
一橋大学経済研究所教授
山田敦
一橋大学副学長
地域金融が抱える課題を検証する
2020年2月8日(土)、大阪国際会議場において、シンポジウム「第17回 関西アカデミア」が開催された。テーマは、「地域金融の将来を考える」。金融庁長官の基調報告に続き、地域の建設会社のベテラン経営者と食品包装資材メーカーの2代目青年経営者、そして、企業金融、中小企業研究の専門家(本学教授)による報告、更に本学教授をモデレーターにパネル・ディスカッションが行われた。各プログラムを通じて、地域金融の課題が浮き彫りにされた。
地域経済における金融機関の在り方とは
金融緩和の長期化に伴う金利低下と利ざや縮小により、地域金融機関は厳しい経営環境に直面している。一方、関西はもちろんのこと、各地域における経済社会は、人口減少・高齢化、デジタライゼーションといった大きな変化のただ中にある。こうした変化を乗り越えるために金融には何ができるのか、産官学の識者が集い、その将来を議論する場として、このシンポジウムは開催された。
まず、一橋大学の山田敦副学長が開会挨拶に立ち、続いて関西経済連合会会長で住友電気工業株式会社取締役会長の松本正義氏が来賓挨拶を行い、その中で今、アメリカの経済界で起きているコーポレートガバナンスの変化について言及した。
基調報告
金融行政改革の背景と基本的な考え方
続いて、遠藤俊英金融庁長官による基調報告が行われた。遠藤氏は、①金融行政の改革、②金融行政の重点施策等、③地域の現状と地域金融機関の現状、④地域活性化に向けた各地域の取り組み事例、の4項目について報告した。
金融行政の改革は、不良債権問題の解決を最大の課題とした金融庁発足時の経緯から借り手の事業内容などよりも担保や保証の有無を重視する副作用が生じてしまい、金融の円滑な仲介機能が毀損しており、それを改善すべきという問題意識が報告された。そこで、従来の金融行政の目標である「金融システムの安定」「利用者保護」「市場の公正・透明」に「金融仲介機能の発揮」「利用者利便」「市場の活力」という新たな目標を加え、それぞれにおいて両立を図るという金融行政の基本的な考え方が再構築された。
そのうえで、利用者を中心とした新時代の金融サービスの在り方が5項目打ち出されたが、ここではその中の「金融仲介機能の十分な発揮と金融システムの安定の確保」が、②の金融行政の重点施策等として説明された。
地域金融機関の現状と課題
その説明に先立ち、地域金融機関の現状を概観。今後、多くの地域で生産年齢人口の急速な減少が進むとともに、強い相関関係を有する貸出残高の大幅な減少が予想される。さらに、低金利の継続により貸出残高は増加の一方、貸出利ざやは減少の一途であることや、顧客向けサービス業務の黒字転換が進まない銀行の増加といった地域金融機関の現状が説明された。
そのうえで、金融仲介機能の発揮状況について企業アンケート調査結果を紹介。「自社の経営課題につき地域金融機関が納得感のある分析や対応を行っている」と考える企業が半数強を占め、うち9割弱が金融機関との取り引き継続を強く希望しているものの、実際に金融機関から経営改善支援サービスの提案を受けた企業は約3割で、融資の提案を受けた企業は約6割に及ぶ現状が報告された。
その背景として、収益拡大を急ぐ金融機関のピラミッド組織構造におけるトップダウン型のノルマ至上主義などの存在に言及。「こうした環境に背を向けて退職する若手行員が増えている」と指摘した。
そこで、金融機関においては"顧客起点"による顧客本位の業務運営が求められ、金融庁も金融機関に対する"指摘型"の検査だけでなく、"探求型対話"が求められている。そのためには、金融庁内部においても上司から担当官への指揮命令だけではなく、「1対1のミーティングにより担当官に"心理的安全性"をもたらす改革が必要」と説明した。
改革の具体策や事例
こうした改革の中、金融庁は「政策オープンラボ」を実施。業務時間の10%程度を充当し、若手を中心とする職員の新たな発想やアイデアを積極的に取り入れ、職員の自主的な政策提案を促す取り組みだ。この中から「地域課題解決支援チーム」が発足。熱意のある自治体職員から地域課題やその解決に向けたアイデアを収集し、国や金融機関の支援活動を学ぶとともに、地域に入り込んでキーパーソンをつなぐ"地域経済エコシステム"の形成を支援していく。
同チームの取組成果として、東北の被災三県の中小企業と金融機関、首都圏企業OB人材などとのマッチングを行う「新現役交流会2.0」や、特筆すべき事例として山形大学の小野浩幸教授による「産学金連携プラットフォーム制度」の取り組みが紹介された。 また、地方創生や地域経済活性化のために地域の優れた産品・サービスの販路を開拓する"地域商社"への銀行の出資の緩和など、地域金融機関の持続可能なビジネスモデル構築に向けた各種の規制緩和や規定の見直しについても説明された。
④の地域活性化に向けた各地域の取り組み事例としては、北海道の稚内信用金庫理事長と稚内市と地域内町村長、稚内商工会議所会頭による三位一体の取り組み事例や、山形県鶴岡市における行政が研究所を誘致しベンチャーを育成する取り組み事例が紹介された。
パネル報告
引き続いて、一橋大学大学院経済学研究科、国際・公共政策大学院の根本洋一教授をモデレーターとして、パネル・ディスカッションが行われた。それに先立って、遠藤氏以外のパネリストによる報告が行われた。
信用金庫のおかげで創業50周年
最初は、太閤木下建設株式会社代表取締役の木下吉数氏。出身地の福井県から18歳で大阪に出て定時制高校で建築を学び、高度成長期の真っ只中である1970年、25歳の時に町工場の街として名高い東大阪市で基礎工事業として同社を創業する。
休みなしで働き事業は順調に推移したものの、5年後に得意先の倒産で一転、大ピンチに。現金主義で銀行取り引きがなかったため借り入れを行うことができず、5年間蓄積した資金を使い果たした。仕入先から取り引きを止められ、社員は退職。八方ふさがりの中、たまたま出会った信用金庫の新人職員に事情を話すと、「私が考えます!」と応じてもらい、融資を受けることができた。そのおかげで息を吹き返し、創業50周年を迎えることができたという。その間、同信金に恩義を感じ続け、一貫して取り引きを継続している。
「借りたら返し、信用をつくってまた借りる。こうして信用力を高めることが経営の基本」と話す。また、木下氏は決算ごとに経営状況や経営計画を取り引き金融機関に説明しているという。
最後に木下氏は、創業の決意をしたためた「創業の風」と題した詩を吟じ、会場を沸かせた。
地域金融機関主催「経営塾」の重要性
次に、食品包装資材メーカーである新日本ケミカル・オーナメント工業株式会社代表取締役社長の中岸高利氏が壇上に立った。同社を創業した父親から「お前は社長になる」と言われて育ち、小学1年次の作文で「社長になる」と書いたという。
一橋大学に進学し、アメリカンフットボール部に入部。練習に明け暮れる中、多くの先輩や友人に恵まれた。2012年に卒業後は、後継者として入社する予定の同社の取引先に中国企業が多かったため、上海の復旦大学に語学留学する。
帰国後、一旦他社を経験することも思い悩むが、学生時代にゼミの研究で出会った経営者の「継承するつもりなら他社は時間の無駄」との言葉を想起し家業への入社を決断。そして、2018年10月、結婚とともに現職に就いた。
創業以来、自己資本を中心に堅実経営に徹してきた同社であるが、新社屋建設時に金融機関と取り引きし、金融機関の重要性を再認識。また、地域金融機関主催による「経営塾」で悩みを共有できる2代目経営者仲間を得ることができ、こうした機会の重要性を感じている。
「事業継続のためには、金融機関との末永いつきあいが不可欠」と締め括った。
金融機関の課題と今後の可能性
パネリスト報告の最後は、一橋大学経済研究所の植杉威一郎教授。まず、金融機関の利益率の低下傾向に触れたうえで、その原因に言及した。 貸出先の日本企業の利益率は歴史的に高水準にある一方、設備投資が低水準で現預金が増加。リーマン・ショック以降、企業の営業外収益が増加する一方、支払利息が減少しているデータが示された。
こうした現象の背景には、金融機関が企業の資金需要を刺激するような金融仲介サービスを十分に提供できていないことや、リーマン・ショックなど過去の経験に基づいて企業が持つ将来の資金調達不安に、金融機関が十分に対応していないことが考えられるとした。
次に、金融機関側の対応としては、資金需要を増やすことと資金供給の効率化の両面での対応が必要だと述べた。企業が対価を払っても良いと考える金融仲介サービスの提供、経営統合による金融機関側の交渉力の増大を挙げた。
「事業性評価に基づく貸出の可能性」については、課題を指摘した。金融機関と企業が密接な関係を通じて互いに便益を得られるものの、金融機関側には個々の企業の経営課題に深く立ち入ったアドバイスを行う余裕がなく、コストに見合った対価を得にくい点を述べた。
また、金融機関が地域貢献策を行う際には、彼らの本業である貸出で、さらなる開拓余地があるのではないか、その一つの例として、将来の資金調達不安にも対応できるコミットメントラインがあるのではないかと指摘して、全体をまとめて報告を終えた。
パネル・ディスカッション
今、地域金融機関に求められること
プログラムはパネル・ディスカッションに移った。まず、3人の報告を聞いた遠藤氏が意見や感想を述べた。
それぞれの報告は自らの見解と重なる部分が多いと前置きしたうえで、金融機関の借主に対する優越的地位は過去のものであるとして、企業との共存共栄は金融機関自身のためでもあり、そのために金融機関にはまず企業のことを考え、長期的な取り引き関係を構築すべきと指摘した。
また、植杉教授が報告したように、事業性評価融資は金融機関にとってコストを要するがゆえに、地域に不可欠な企業に絞るなどしてポートフォリオ上のメリハリをつける必要があると指摘した。
次に、根本教授がディスカッションのテーマを二つ提示し、議論に移った。
信頼できるパートナーとしての地域金融機関とは
一つ目の「信頼できるパートナーとしての地域金融機関とは」について、木下氏が口火を切った。木下氏は、「地元の東大阪ではメガバンク、地銀、信金が激しく競争しているが、メガバンクと信金では横綱と十両の開きがある」との見解と、「未来のための資金として、企業に対する適正な投資のための分析力が必要であり、外部の専門家の力を借りるべき」と指摘した。
これに対し、遠藤氏は「メガバンクはコストが高く、地域においては地域企業の顔が見える信金などのほうが有利」「専門性よりも、金融機関が企業に密着し、実態を分析し経営者が納得できる提案をすることが重要」と反論した。
これを受け、植杉教授は、「不動産貸出などでは、マーケットを熟知している人材が活躍している。経営者OBが金融機関に入って審査担当として経験を活かす道は大いにある」と指摘した。
中岸氏は、「家族経営の中小企業は閉鎖的なところが多いので、こうした企業の情報を持つ地域金融機関にコネクトしてもらいたい」「短期融資を持ち掛けてくるが、ニーズがない場合が多い」との意見を述べた。
短期融資について、遠藤氏は「継続して融資を続け、金利しか回収しないことで実質的なエクイティ機能となっている」として、そのメリットを強調した。
地域金融機関に求められる新サービスとは
次に、二つ目のテーマである「地域金融機関に求められる新サービスとは」の議論に移った。
木下氏は、「人生100年時代、75歳の自分のようにまだまだ元気に貢献できる人材はたくさんいる。そういった人材を活用し、地域金融機関を中心にファンドをつくって有効活用を」との意見を述べた。
中岸氏も「諸事情でリタイアする経営者は多いが、コストが高くて雇えない。地域金融機関が掘り起こして企業のアウトソーシングの受け皿をつくってほしい」と要望した。
これに対し、遠藤氏は「金融機関も政府も高齢者の再活用にはかなり取り組んでいる」と指摘した。
植杉教授は「雇用する人材の賃金が高ければ、数社が共同して負担する手もある。そのコーディネートも地域金融機関ができる」と発言。さらに、経営者に個人保証を求めない貸出を提供する場合にコベナンツ(貸出契約時に結ぶ特約条項)が有効に機能することを指摘した上で、フィンテックの可能性について言及した。
その後質疑応答を行い、プログラムは閉幕した。
概要
開会挨拶
山田敦 一橋大学副学長
来賓挨拶
松本正義氏 公益社団法人関西経済連合会会長、住友電気工業株式会社取締役会長
基調報告
遠藤俊英氏 金融庁長官
パネル・ディスカッション(個別報告/質疑応答及び討議)
パネリスト
木下吉数氏 太閤木下建設株式会社代表取締役
中岸高利氏 新日本ケミカル・オーナメント工業株式会社代表取締役社長
植杉威一郎 一橋大学経済研究所教授
遠藤俊英氏 金融庁長官
モデレーター
根本洋一 一橋大学大学院経済学研究科、国際・公共政策大学院教授