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第10回『中部アカデミア』開催 データをもとに徹底検証「アベノミクス」の真実に迫る

2020年2月6日 掲載

2019年10月19日(土)、一橋大学中部アカデミアが名古屋駅に隣接するミッドランドホールで開催された。節目となる第10回のシンポジウムのテーマは、「アベノミクスを検証する―データで読み解く2012-2018―」。第2次安倍内閣とともに掲げられた経済政策は、6年余りが経過した今日にどのような影響をもたらしたのか。日本屈指のエコノミストと、財政・経済政策に精通する一橋大学の研究者を迎え、さまざまなデータに基づく検証が行われた。

佐伯 卓

佐伯 卓
如水会名古屋支部長

佐藤 主光

佐藤 主光
一橋大学大学院経済学研究科教授/医療政策・経済研究[HIAS Health]センター長

大西 幹弘

大西 幹弘
名城大学経営学部国際経営学科教授

永濱 利廣

永濱 利廣
株式会社第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト

小林 真一郎

小林 真一郎
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 調査本部調査部 主席研究員

塩路 悦朗

塩路 悦朗
一橋大学大学院経済学研究科教授

山田 敦

山田 敦
一橋大学副学長

定員を超える237人が来場! "3本の矢"の検証に沸いた4時間

2012年12月、第2次安倍内閣は日本経済の脱デフレと富の拡大を目指して発足した。その実現のために掲げられたのがアベノミクスであり、経済政策の柱となる"3本の矢"。大胆な金融政策、機動的な財政政策、そして、民間投資を喚起する成長戦略の3つである。果たして3本の矢は的を射抜くことができたのだろうか。

真実に迫るには、裏付けとなるデータと確かな検証が欠かせない。GDP成長率、失業率、個人消費、企業業績、物価上昇率、為替レート、株価……。こうした指標を深く読み解き、客観的に評価するべく企画されたのが、第10回を迎えた中部アカデミアで開催されたシンポジウムである。今回のテーマが日常生活にも直結する関心事であることは、早々に定員が埋まったことからもうかがえる。会場を訪れた237人の来場者は、4時間にわたる講演やパネルディスカッションに終始聞き入っていた。

シンポジウムは、山田敦一橋大学副学長の開会挨拶、如水会名古屋支部長である佐伯卓氏の挨拶で幕を開けた。その後、パネルディスカッションに参加するエコノミストや研究者の紹介へと進む。最初に紹介されたのは、基調講演を行う佐藤主光教授(一橋大学大学院経済学研究科/医療政策・経済研究[HIAS Health]センター長)。続いて、パネリストとして加わる3人が紹介された。民間のシンクタンクからは、永濱利廣氏(株式会社第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト)と小林真一郎氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 調査本部調査部 主席研究員)の2人。そして、一橋大学からは塩路悦朗教授(一橋大学大学院経済学研究科)が登壇した。最後に、パネルディスカッションの司会を務め、今回のシンポジウムのテーマの立案者でもある大西幹弘氏(名城大学経営学部国際経営学科教授)が紹介された。

アベノミクスとは何か? 解説に始まり、理解を深めた基調講演

最初のプログラムは、佐藤主光教授による基調講演。財政・税制論、社会保障(医療財政)を主な研究分野とし、内閣府や関連省庁で調査・審議・推進委員等を歴任してきたエキスパートである。基調講演は、アベノミクスの解説、成果、財政、宿題と題された4部構成で進められた。
序盤の解説では、最初に3本の矢を柱にする経済政策の特徴について触れた。

アベノミクスとは、景気対策(金融政策+財政政策)によって脱デフレを図り、成長戦略(自由貿易協定・働き方改革・規制改革による構造改革)によって高成長軌道に乗せるというシナリオの経済政策であるという特徴を挙げた。景気対策の一つである金融政策では、2%の物価上昇率を目標に掲げ、国債購入(年間80兆円)等の大胆な金融緩和を実施。ポイントは、将来のインフレに対する"期待"に働きかけ、消費・投資の民間需要の"喚起"によって脱デフレを目指した点にある。また、公共事業・減税や社会保障等によって、デフレから好循環(雇用の創出→所得の増加→消費の拡大)への転換を図ろうとした点も挙げた。
誤解していけないのは、景気対策=成長戦略ではないということ。佐藤教授は、その違いを人の体や病気にたとえて解説した。経済変動の抑制を目的に、金融政策等を手段として、需要サイドに働きかけた景気対策は、"体調管理"であり"急性疾患の治療"。対して、潜在的・長期的な経済成長力の向上を目的に、効率を上げ生産性を高める規制緩和等を手段として、供給サイドに働きかけた成長戦略は、"体力増進"であり"慢性疾患への対処"。そんなアベノミクスに対して佐藤教授は、景気対策に偏重し、成長戦略へのギアチェンジができていない印象があると述べた。

続いて、アベノミクスの成果について検証。佐藤教授は2012年から2017年における各種データの推移を提示しながら、3つの成果を挙げた。
1点目は"景気の回復"である。GDP成長率に注目すると、実質成長率は1.5→1.9%へ。名目成長率では0.7→1.7%へと1.0%ポイントの伸びを見せ、プラスの成長を維持している。2点目は"脱デフレ"である。消費者物価指数を見ると、生鮮食品を含む総合でゼロから1.0%に増加と、若干ではあるが物価は上昇傾向にあることがわかる。そして3点目は"失業率の改善"である。完全失業率は4.3→2.4%に減少。有効求人倍率は0.8→1.61倍に増加しており、量的には就業環境が改善していると解説した。

一方で、佐藤教授は課題についても触れた。まず"労働分配率の低下"である。企業の付加価値額は右肩上がりの推移を見せるものの、労働分配率は年々下がり6.0%ポイント減少。雇用の多様化による非正規雇用の増加等を要因として挙げた。また、労働分配率を上げるには、政府の規制による最低賃金の引き上げや、構造改革による労働生産性の改善が必要であると述べた。次に挙げた課題は"企業の現預金の増加"である。その推移データを見ると、6年間で現預金は50兆円以上増えている。佐藤教授は、将来の不確実性がカネ余り(過剰貯蓄)を常態化させ、M&Aなどの投資や投資家への還元に躊躇しているのではないかと推測した。そのほか、所得の分配の偏りを示すジニ係数の推移から見受けられる"所得格差の拡大"、労働人口の減少や生産性の低下が要因と考えられる"潜在成長率の低迷"、財政健全化(基礎的財政収支の黒字化)の達成目標が当初の2020年度から2025年度に先送りとなった"財政再建の停滞"を課題として挙げた。

不透明な将来の見通し。残された宿題は、出口戦略を描くこと

次に、アベノミクスの財政について解説が行われた。
最初に触れたのは、財政健全化目標の先送りにも表れている"移動するゴールポスト"について。黒字化の見通しは、高い成長率を示す経済再生が前提となっている。2018年度に発表された基本方針で目標は修正され、2025年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化と、債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指すこととなった。社会保障と税の一体改革・経済・財政再生計画についても当初の2020年度から先送りになるなど、今後もゴールポストが変更される可能性が否めないことを示唆した。続いて触れたのは、"日本国債のパラドックス"について。公的債務の増加に関わらず、金利が一貫して低下傾向にあるのは、市場が国債ではなく日本銀行の金融緩和を信認しているからではないかと考えを述べた。また、医療保険財政を維持するための赤字補填など、国・自治体の財政運営を破綻させないつじつま合わせの施策について指摘。政治家・国民に対して"なんとかなる"というメッセージとなっているのではないかと推測した。

ここで佐藤教授は、財政再建を巡る"誤解"について触れた。現在は財政危機が起こっていないが、真価を問われるのは財政の持続可能性である。また、国債は安定的に消化されているが、将来にわたって続く保証はない。そして、財政再建は経済に悪影響を及ぼすという見方もあるが、財政再建が行き詰まれば将来の経済にとって甚大な悪影響となる。こうした誤解を踏まえ、財政のポイントは現在だけではなく将来も見据えることにあり、リスクに備えて早めに再建しておくことが重要であると説いた。

最後は、アベノミクスに残されている宿題について語った。
アベノミクスの狙いは、企業・家計のデフレマインドを払拭し、脱デフレ・高成長(経済再生)を実現することであった。しかし、実態としては、本来の課題である社会保障・税制、成長戦略への取り組みに遅れが出ていることは否めない。また、将来の見通しも不透明であり、不確実な将来よりも確実な現在を重視している印象が強い。結果として、市場では日本銀行による大胆な金融緩和が将来の経済に対するメッセージになっておらず、家計では将来に備えた確実な貯蓄で自己防衛する状況にあると述べた。佐藤教授は個人的な見解として、「将来不安を生じさせないという政府の考えが、逆に国民の不安を生んでいる。楽観視できない将来であっても、正直に見通しを語ることが大事。そのほうが国民は備えを早めに進められる」と語って基調講演を終えた。

民間投資を促す成長戦略で、"産業の六重苦"は解消できたか

続いてプログラムは、各パネリストによる個別報告へと進んだ。
最初に登壇したのは、株式会社第一生命経済研究所の経済調査部で首席エコノミストを務める永濱利廣氏。その知見を活かしてアベノミクスが放った3本の矢を検証した。

第1の矢である大胆な金融政策による変化について報告。第2次安倍内閣が発足した2012年を境に、極端な円高・株安が是正された点に触れた。しかし、その推移データをもとに指摘したのが、円安の進行が日米長期金利差では説明できない点である。インフレ上昇によって実質金利差が拡大したことが要因ではないかと分析。株価についても、発足前の日本パッシングの状況から一転して上昇したことを、海外要因では説明できないと解説した。また、円安・株高は設備投資や輸出の増加等の内外需にもプラスに働いたこと、就業者数増加等の雇用にも恩恵があったことをデータをもとに示した。

第2の矢である機動的な財政政策に対しては、実質個人消費・実質公共投資や社会保障給付費の推移データを引用。拙速な緊縮が行われ、社会保障の効率化が進展したと解説した。また、低金利時代の財政赤字が再解釈されたことにも触れた。日本の貯蓄投資差額や名目GDP成長率・長期金利の推移データから、国内の企業・家計がカネ余り状態となっている点を指摘し、その背景に下がり続ける長期金利があることを示した。

第3の矢である民間投資を喚起する成長戦略については、日本を"世界の中でビジネスをしやすい国"にする整備がなされたかを検証。"産業の六重苦(極端な円高・高い法人税の実効税率・経済連携協定の遅れ・電力価格・厳しい労働規制・厳しい環境規制)"に対する自身の評価を述べた。極端な円高は解消されて高評価。一方で、電力価格はLNG(液化天然ガス)価格が欧米と比較して格段に高いこと、厳しい労働規制は解雇規制の緩和に踏み込めていないことから低評価とした。

将来不安を払拭できないと、経済の好循環が十分に機能しない

続いて登壇したのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の調査本部調査部で主席研究員を務める小林真一郎氏。アベノミクスによって変化した事象を挙げながら現状や傾向を分析した。

最初に触れたのは、景気の動向について。小林氏は、毎月公表される鉱工業生産指数をはじめ、景気に連動するといわれる各種データも引用しながら報告を行った。鉱工業生産指数と景気一致指数を用いて指摘したのは、景気の下振れリスクが高まっている点。その背景には、2019年10月以降の消費増税後の個人消費の落ち込み、世界経済の減速を受けた輸出の低迷があると解説した。また、鉱工業生産指数と世界貿易量の推移を示しつつ、減速の懸念が強まっていた増税前には景気の後退局面に入っていた可能性を示唆した。さらに、米国の景気動向の日本への影響力が大きいことを、鉱工業生産指数と米国ISM製造業景気指数の推移から示した。

また、景気と同様に連動しやすいのが、日米の株価推移である。株価の上昇はアベノミクスの成果として挙げられる。しかし、低迷していた日経平均株価が回復して上昇傾向が続いている間、米国株価も上昇を続けており、連れ高となった側面があると見解を述べた。また、円安と貿易自由化の推進による輸出増加についても注目。成果とする一方で、輸出数量指数を見ると輸出増加の効果は小さく、数量ベースでは東日本大震災以前の水準に戻っていないことを指摘した。小林氏がアベノミクスの成果としたのは、雇用情勢の改善による就業者数の増加や、働き方改革の推進による女性と高齢者の労働参加率の上昇。そして、外国人観光客の誘致策やビザ発給条件の緩和等によるインバウンド需要の増加を挙げた。

一方で、課題についても言及した。1点目は、伸び悩む期待成長率。企業による実質GDP成長率の見通しを示すデータをもとに、景気拡大期間が長期化しているにもかかわらず、将来不安を抱えたままの状態が続いていると解説した。2点目は、低迷する消費者マインド。消費者態度指数を引用し、現在は雇用や所得情勢が良好であるにもかかわらず、消費増税前に前回の増税時の水準を割り込んでいることを示した。そして3点目は、低金利の弊害。金融機関のコア業務純益の推移を見ると、低金利政策の長期化によって国内業務が主力の地域金融機関を中心に収益力が著しく悪化している点を懸念。家計の財産所得受取額の動きから、株式からの配当金収入は増加している一方で、預貯金からの利息収入の落ち込みをカバーできていないと述べた。

アベノミクスによって、企業業績や雇用の改善が進み、遅れて賃金も増加した。その一方で、企業も家計も将来不安を払拭できておらず、経済の好循環が十分に機能しない状態が続いていると小林氏は報告を締めくくった。

新たな分野でのイノベーションも、生産性を高める一手

最後に登壇したのは、塩路悦朗一橋大学大学院経済学研究科教授。マクロ経済学を主な研究分野として、そこで培われた知見をもとに報告を行った。

まず第1の矢である大胆な金融政策に焦点が当てられた。議論はまず「非伝統的」金融政策とは何かから始まった。古来、財政政策と金融政策は一体であり、中央銀行の通貨発行益は政府の財源の一つと見なされていた。しかしそのため、通貨発行益をあてにして安易な財政運営に走ることが多かった。その反省から、二つの政策に境界線を引き、独立した中央銀行に金融政策をゆだねるという「伝統的」金融政策が成立した。一方で、「非伝統的」金融政策のもとでは二つの政策の境界線が曖昧になる。その象徴的な例としては、日本銀行による長期国債の大量購入が挙げられる。こうした政策が人々に、政府や日本銀行の意図とは無関係に、二つの政策の間にあった「壁」が壊されてしまったという印象を与えてしまう危険があると述べた。

第2の矢である機動的な財政政策に対しては、2つの疑問を提起した。1点目は、公的投資額が名目では増えたものの、コンクリート材等の資材価格高騰などに吸収され、実質ではさほど増えていないのではないかという疑問。そして2点目は、今後に対する疑問。財政赤字の行く末に見通しをつけておかなければ、思い切った財政拡大策を打てないのではないかと懸念した。

そして、第3の矢である民間投資を喚起する成長戦略の検証に入る。塩路教授は、3本の矢の中で最も重要でありながら、最も的を射るのが困難であるという考えを示した。今後は製造業だけではなく医療介護等の対人サービス業が成長の鍵になると推察。その分野でイノベーションを起こし、日本が世界のリーダーになれるかが重要であるという見解を述べた。

解釈の仕方や目的の設定次第で、評価が分かれるアベノミクス

3人のパネリストによる個別報告が終わった後は、基調講演を行った佐藤教授が各氏の報告内容に言及。アベノミクスの真実に迫るうえで理解が必要なポイントを挙げた。

永濱氏の報告に対しては、機動的な財政政策に関する報告にあった"低金利時代の財政赤字の再解釈"について触れた。企業や家計におけるカネ余りを、デフレの原因だととらえるか、将来不安に対する結果だととらえるか。マクロ経済で考えれば、国債を発行するか、企業が持つ現預金に課税するか。これらは意見が分れる点であると述べた。また、ミクロな経済領域がより重要であり、資金を持っている人と使いたい人との間でミスマッチが起きているのではないかと指摘。オープンイノベーションやベンチャーに対するM&Aなどに資金を回し、新たなビジネスの機会や利益を生むための可能性を探ることも有効ではないかと語った。

小林氏の報告に対しては、"期待は高まったが実態が伴っていないのではないか"という指摘に関心を寄せた。アベノミクスは、期待先行型の成長戦略。企業が収益を高めても、日本経済の実力を高める局面にまでは導けていないのではないかと考えを述べた。

塩路教授の報告に対しては、"公的投資額は増えたが実質ではさほど増えていないのではないか"という見解に注目。重要なのは公的投資の目的であり、生産性向上なのか、景気対策なのかで評価は変わってくる。公的投資をするからには、本来は国民に将来の見通しを示すことが必要だが、示せないと迷宮に陥るリスクがあると懸念した。

合格点を60点に設定。アベノミクスの現状に対するパネリストの評価は?

プログラムは質疑応答の時間へと移る。今回のシンポジウムでは、開会前に各パネリストの講演・報告に対する質問票が来場者に配布された。個別報告終了後に回収され、集計のための休憩を挟んだうえでシンポジウムを再開。各パネリストが多数の質問に答えていく形式で質疑応答が行われた。
質疑応答が終了した後は、各パネリストによるディスカッションが大西幹弘氏(名城大学経営学部国際経営学科教授)の司会によって行われた。テーマは3本の矢の"的中具合"についてであった。

まず、第1の矢である大胆な金融政策について討議が行われた。「金融緩和でGDPは成長し、設備投資は増えた。その理由は、設備投資循環の上昇局面にタイミング良く金融緩和が行われたからではないか?」と質問を投げかける大西教授。それに対して、「逆にいえば、金融政策のレジームチェンジがなくても日本の株価がグローバルスタンダードに上がっていたかというと、その可能性は低い。海外の株価は上がっていたのに、日本の株価は上がっていないという当時のデータからも、タイミングの良さは一因と考えられる」(永濱氏)、「金融緩和は的中したと思うが、バブル景気など過去の景気の拡大局面と比較すると、拡大期間は長いが伸び率は低い。実感が湧かないという意味では、金融政策が大きな成果を出したとはいえないのではないか」(小林氏)といった意見が交わされた。

第2の矢である機動的な財政政策に関する討議では、大西教授が「データを見る限り、アベノミクスの開始以降、財政出動は拡大せずに税収を増やしている。財政が健全化されていると理解していいのか?」と質問。「財政再建の目標は、2020年度までのプライマリーバランス(財政収支)の均衡化だった。しかし、対GDP比率を見ると現在も6%強の赤字が残っている。また、景気が下降すれば税収は減る。バンカーショット的な財政政策であり、本来は短期的なものである」(佐藤教授)、「これだけ税収が増えたのに財政の健全化はできておらず、むしろ危機感を覚える。また、これから公的サービスに対する支出が増えていくことを考えると、まだ道半ばではないか」(塩路教授)と見解が述べられた。

そして、第3の矢である民間投資を喚起する成長戦略に議題が移る。「"産業の六重苦"は解消されつつある。今後求められるのはイノベーションであり、経営者のアニマルスピリットではないか?」と問う大西教授。「先ほどから将来不安という話が出ているが、社会保障の問題だけではない。企業経営的に考えると、世界経済が合理的に動かず、不確実性が高い中では経営者にアニマルスピリットが芽生えにくい。投資をするほどメリットを得られるような仕組み等をつくっていくしかないのでないか」(永濱氏)、「経済連携協定の部分では、積極的に進められたのではないか。しかし、全体としては的中したとはいい難い。成長戦略は、成長できる土壌を整備することでもあり、市場自由化の促進や雇用規制の緩和等を一層推進していく必要があると考える」(小林氏)と持論が展開された。

ディスカッション終了後は、今回のシンポジウムの締めくりとして、各パネリストがアベノミクスの評点を付けた。3本の矢は的を射抜くことができたのか。合格点は100点満点で60点に設定された。佐藤教授は、構造改革が思ったより進んでいないことを理由に59点。永濱氏は、バブル崩壊以降で最も的を射た政策であるという評価から65点。小林氏は、景気の回復を評価しつつも、勢いに欠けるとして60点。塩路教授は、62点を付けた。平均点は61.5点で、課題は残るものの何とか合格点に届いているという評価となった。

4時間に及んだシンポジウムは、会場の熱が冷めやらぬまま幕を閉じた。アベノミクスは成功か、失敗か。世間ではさまざまな見解が示されているが、現在も第4次安倍内閣第2次改造による政権運営は続いている。今回のシンポジウムは、来場者に今後も行く末を注視し、真価に迫り続けるための知見や視点を与えたに違いない。

※アニマルスピリット・・経済行動の動機になる主観的な期待、野心、イノベーションに挑戦する企業家精神

第10回一橋大学中部アカデミア
シンポジウム「アベノミクスを検証する ―データで読み解く2012-2018―」

プログラム

開会挨拶

山田 敦(一橋大学副学長)

挨拶

佐伯 卓氏(如水会名古屋支部長)

基調講演

佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科教授/医療政策・経済研究[HIAS Health]センター長)

パネルディスカッション(個別報告/質疑応答及び討議)

パネリスト

永濱 利廣氏(株式会社第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト)
小林 真一郎氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 調査本部調査部 主席研究員)
塩路 悦朗(一橋大学大学院経済学研究科教授)
佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科教授/医療政策・経済研究[HIAS Health]センター長)

司会

大西 幹弘氏(名城大学経営学部国際経営学科教授)


日時

2019年10月19日(土)14:00~18:00

会場

ミッドランドホール(名古屋市中村区名駅4-7-1)

主催

国立大学法人一橋大学

協賛

リゾート トラスト株式会社/東海東京証券株式会社

後援

名古屋商工会議所/株式会社中日新聞社/如水会名古屋支部