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8年目を迎えた『関西アカデミア』 今、動向が注目される「TPP」を徹底検証

2015年夏号vol.47 掲載

2015年2月28日(土)、大阪国際会議場で第12回『一橋大学関西アカデミア』シンポジウムが開催された。今回のテーマは、「TPPの今後を考える」。交渉を進める政府担当者も交え、第一線で活躍する専門家と一橋大学屈指の経済学者が、その課題や解決の方向性を4時間にわたって深く探った。

菅原淳一氏

菅原淳一氏
みずほ総合研究所株式会社政策調査部上席主任研究員

澁谷和久氏

澁谷和久氏
内閣官房TPP政府対策本部内閣審議官

本間正義教授

本間正義教授
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

大井篤氏

大井篤氏
三井物産株式会社専務執行役員関西支社長

古沢泰治教授

古沢泰治教授
経済学研究科教授

石川城太教授

石川城太教授
経済学研究科長(当時)

目的は、参加者全員で"知恵をつくる"こと

ポスター

交渉が大きな局面を迎えていると噂される一方で、その実態がなかなか伝わってこないTPP(環太平洋パートナーシップ協定)。国民生活に大きな影響を与えかねない議題だけに、200人の定員に対して予想を超える数の卒業生や一般の方々が会場に詰め掛けた。近畿圏はもちろん、その他の地域からも来場。質疑応答ではTPPの影響を懸念する各業界関係者や経営者から積極的に質問が出るなど、プログラムに対する関心の高さが窺えた。
今回招かれた講演者は5人。あらゆる視点からTPPを検証するための布陣だ。企業の立場から貿易への影響を考察する大井篤氏(三井物産)、通商政策の調査・分析のスペシャリストである菅原淳一氏(みずほ総合研究所)、農業経済や農業政策を長年研究してきた本間正義教授(東京大学大学院)、そして、本学からは国際経済に精通する古沢泰治教授。さらに、実際にTPP交渉を最前線で進めている澁谷和久氏(内閣官房TPP政府対策本部)がメンバーに加わることで、議論をより現実味のあるものにする。
研究機関や大学が開催するシンポジウムの目的は、研究成果を社会に還元することにある。しかし一橋大学のアカデミアは、それに留まらない。「皆さんとのコラボレーションによって"知恵をつくる場"にしたいと考えています」と蓼沼宏一学長が冒頭に挨拶。参加者の緊張感がほぐれ、一体感が生まれる。その後、村田光二理事・副学長による一橋大学の近況報告で、会場はさらに和やかなムードに。"知と業(わざ)のフロンティア"になるべく第12回『一橋大学関西アカデミア』の幕が開いた。

TPP参加の"正しい判断基準"を身につける

会場の外観

最初のプログラムは、菅原氏による基調講演「TPPの概要ー日本参加の意義と課題ー」。そもそもTPPとは何か、交渉参加で日本は何を目指すのか、心配される点とは......。60分間の要点を絞った分かりやすい解説は、参加者から喝采を浴びる。
「TPPは日本にとって、望ましくない変化を迫る"ガイアツ"なのか、必要な変化を遂げる"きっかけ"なのか。多様な視点からの総合的な判断が必要で、それが国益にかなう最善の道になります。だからこそ正しく理解し、TPP参加によってどのような経済・社会の構築を目指すのかを広く議論することが不可欠です」と菅原氏は語った。
ここで少しおさらいをしておきたい。TPPとは、貿易投資の自由化・ルール策定に取り組むEPA(経済連携協定)の一つで、現在アジア太平洋地域12か国が交渉に参加している。ちなみに、日本は過去に15か国・地域とのEPAを締結していることをご存じだろうか。では、これまで結んできたEPAと比べて、TPPは何が違うのか。求められる自由化やルールの水準が"極めてハイレベル"なのだ。関税は、一部ではなく"全品目"の撤廃が原則で、例外は一切ない。関税以外の方法で貿易を制限する"非関税障壁"や"国内規制"にも厳格な規律が課せらせる。
大きなメリットを相手国から期待できる反面、日本も農産物市場の開放や国内規制の変更を迫られるため、何らかの対策を講じられなければデメリットが生じる可能性がある。それが、交渉に参加するか否かでさえ激しい論争になっている理由であり、「TPP問題」と騒がれる所以だ。

関心は、好機としてとらえた"ルールづくり"へ

講演の様子1

基調講演によって参加者の理解が深められた後は、メインプログラムであるパネル・ディスカッションへ。本学の石川城太経済学研究科長(当時)が司会進行役を務めた。
TPP参加の是非を問う議論では、パネリストの前向きな意見が続いた。「経済成長を促す構造改革の一つとしてとらえ、イノベーション企業を後押しすることが必要」「新しいバリューチェーンを促すという点で意義があり、中小企業の海外展開も楽になるはず」「参加によって農林水産物の生産額が3兆円減少すると試算されているが、何も手を打たずに放置しても減少傾向は続く」。TPP参加によって、実現しようとしていることは何か。それを端的に言えば、日本を拠点とした事業活動の活性化だ。TPPを成長戦略と位置づけ、空洞化を抑止し、雇用を維持・創出し、イノベーションを触発することが狙いと言える。
続いて意見交換されたのは、TPPの今後を考えるうえで重要な観点について。たとえば、貿易という観点から「関税が約100億円下がるという試算がある一方で、非関税障壁が取り除かれる影響も大きい。流通プロセスを含めて物流そのものを見直していく必要がある」、また、国際経済という観点から「2国間ではなく、世界規模の大きな束として、TPPを機能させていくことが重要。ハーモニーを大事にしないといけない」という意見が。そして、論点は交渉参加の前提にまで広がった。「TPPは12か国での約束事。その中身は品目にまつわることだけではなく、労使環境にまで及ぶ。違反をすれば制裁が下るわけで、ルールを守る国が集まってこそ安心して参加できる」。それぞれのパネリストが培ってきた専門性が、さまざまな視点を参加者に与えた。
パネル・ディスカッションは大詰めを迎え、最後の議題が投げ掛けられる。TPP交渉への参加によってどんなセーフティーネットが必要か。話題の中心が農業になり、議論はますます白熱した。「補助金を与えるといった補償措置ではなく、改革を支援することが重要だと思う」「補償措置でも、たとえば民間企業のように早期退職制度を設けるなど、農家の選択の道を増やすことが必要ではないか」「農業は発展産業になる大きな可能性を秘めている。全体の生産性を上げる施策を打ち出すなど、若者に対して将来の不確実性を取り除いていくことも大切」。"知恵をつくる場"という魅力が最も感じられるディスカッションとなった。
TPP交渉への参加で、日本は勝者になるのか、敗者になるのか。そこにスポットライトが当たりがちだが、好機としてとらえてルールづくりに関心を向けることも大切。そんな気づきも、参加者が今回の『一橋大学関西アカデミア』から得た収穫だったに違いない。

講演の様子2

講演の様子3

(2015年7月 掲載)