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非常時における行政対応 法学と経済学の共同の取り組みを通じて

2016年冬号vol.49 掲載

野田 博教授

野田 博教授

齊藤 誠教授

齊藤 誠教授

相沢 光哉氏

相沢 光哉氏

佐々木 一十郎氏

佐々木 一十郎氏

法学と経済学の知見を存分に活かしソフトの側面からの危機管理を考える

2015年9月4日(金)、2015年度第1回一橋大学政策フォーラムが開催されました。テーマは「非常時における行政対応 法学と経済学の共同の取り組みを通じて」です。会場となったホテルメトロポリタン仙台(宮城県仙台市)は、平日の夜にもかかわらず、150人を超える方々で満席となりました。
今回のシンポジウムでは、法学部と経済学部の共同研究プロジェクト(一橋大学法経合同研究プロジェクト)として、過去2年間、「非常時における適切な対応を可能とする社会システムの在り方」を研究してきた成果が報告されました。特に、非常時における行政の対応や住民との関係について、個人情報の共有、震災時の規制緩和、被災直後の所有権制限、集団移転政策、自治体間の協力といったトピックスについて議論を深めることに主眼が置かれました。自然災害に対する危機管理というと、耐震性強化や防潮堤建設などハードの側面が強調されがちですが、このシンポジウムは、法学と経済学の知見を存分に活かし、むしろソフトの側面からの危機管理を参加者の方々と考えていく場となりました。
開会の挨拶では、野田博教授(一橋大学大学院法学研究科)より、法経合同研究プロジェクトが行ってきたさまざまな合同研究会の紹介がありました。続いて5人の実務家・研究者によって、行政対応の課題に関する報告が始まりました。
まずは《実務家から見た大震災時における行政対応の課題》という切り口で、実務家2人の報告からスタートです。

「災害対応と個人情報の利活用」

岡本 正氏

岡本 正氏

(岡本正総合法律事務所弁護士)

1人目は、弁護士の岡本正氏。岡本氏は「災害対応と個人情報の利活用」という演題で、東日本大震災当時、自治体の個人情報保護条例の条文解釈によって混乱が生じた事例と、関係各所が連携し合ってうまく乗り越えた事例を紹介しました。「自治体が病院などに住民安否の照会をしたところ回答を得られなかった」「自治体が視覚障害者団体の求めに応じて、避難所の避難者リストと視覚障害者の情報を突き合わせ、視覚障害者の支援につなげた」など、自治体によって対応が分かれていたことが明らかになりました。
この反省のもと、自治体は2014年4月に施行された改正災害対策基本法を活用し、行政が災害時要配慮者の名簿を作成して、支援団体と事前に共有しておくこと。併せて、災害対策基本法や災害救助法などにある都道府県知事・市町村長のさまざまな権限や義務を十分に把握しながら、日頃から現場で法律運用訓練とレビューを積み重ねること。岡本氏はこのような地道な取り組みの重要性について強調し、自身が創設した災害復興法学をはじめ防災法教育の重要性を訴えました。

「石巻市における復興事業に携わって」

野村 裕氏

野村 裕氏

(石巻市役所法制企画官/弁護士)

2人目の実務家は、石巻市役所法制企画官で弁護士の野村裕氏です。野村氏は、石巻市について、東日本大震災の際(多くは津波により)全壊した住家棟数が約2万棟(被災地全体の16・1%)にのぼる、最大規模の津波被災自治体であると紹介したうえで、同市の復興事業について、集団移転促進事業(高台移転)を中心に講演を行いました。
住まいの再建方針は個人の事情により時を追って変化するので、被災者数が多くなると意向を把握し続けるのが難しいこと。しかしながら、現行の高台移転の制度は、1戸ごとの被災者に着目して進める、融通が利きにくい制度であるため、復興の現場で時間や手間をかけている実情などが報告されました。
また、復興事業の過程で、数世代前から相続登記未了の土地や権利が問題になり、相続調査・多数の相続人の対応に困難を生じている実態を踏まえ、平時における基本的な不動産権利処理制度の見直し、法整備が必要であると野村氏は訴えました。

次に《研究者から見た大震災時における行政対応の課題》という切り口で、3人の研究者からの報告に移りました。

「震災緩和と防災法制」

薄井 一成准教授

薄井 一成准教授

(一橋大学大学院法学研究科)

まず1人目は、薄井一成准教授です。薄井准教授は「震災緩和と防災法制」という演題で、震災緩和と呼ばれる一連の措置から、平時における災害対策基本法のバージョンアップの余地について検証を行いました。
特例的な火葬許可証や被災者当人からの申告による本人確認などの一連の震災緩和措置は、法治主義の範囲内、つまり平時の法治主義の連続として処理され得る、という認識に立ち、薄井准教授は同法の責任が分配されている主体として、国・地方公共団体・指定公共機関・住民の5つの責務を列挙。中でも国や地方公共団体の災害即応体制の拡充・強化を先決問題としながらも、現状の防災活動の計画策定にはトップダウンの色合いが強いため、むしろ日頃からの防災教育や各地方における教訓の伝承など、現場の実情も踏まえたボトムアップ式の計画策定への期待を示しました。

「縮退都市の復興における建築制限」

中川 雅之教授

中川 雅之教授

(日本大学経済学部)

次は2人目の中川雅之教授による、「縮退都市の復興における建築制限」です。中川教授は、建築制限を災害危険区域における「恒久的な建築制限」と、土地区画整理事業のために一定期間建築を制限・禁止する「モラトリアム」の、2つに分類。後者について、東日本大震災、メキシコ湾原油流出事故、ハリケーン・カトリーナを例にとり、それぞれのモラトリアムの基準や活用状況を紹介しました。
石巻市では震災直後にさまざまな懇談会・検討委員会が精力的に開かれたものの、3年後の2014年には土地区画整理事業の規模を縮小変更しています。メキシコ湾事故後の新しい安全基準・掘削技術の開発、カトリーナ後の人口ゼロを前提にした帰還世帯の特定化計画などと比べ、日本でモラトリアムを効率的に活用できていない背景には、右肩上がりの成長を前提とした日本の法制自体に問題がある、と中川教授は指摘します。

「災害時における自治体間協力」

佐藤 主光教授

佐藤 主光もとひろ教授

(一橋大学大学院経済学研究科)

3人目は佐藤主光教授です。佐藤教授は「災害時における自治体間協力」という演題で、災害廃棄物(瓦礫)の広域処理と自治体間災害(応援)協定に焦点を当て、自治体間協力の有効性を検証しました。
まず「災害廃棄物(瓦礫)の広域処理」では、朝日新聞のデータベースをもとに、市町村の首長・関係者の意思表明を拒否から受入中までに分類・数値化。積極的に受け入れを表明する自治体と、隣り合う自治体の首長判断を見ながら自らの対応を決める自治体に二極化していることが分かりました。
また「自治体間災害(応援)協定」では、自治体の8割が協定を結んでいながら、首長の交替で協定が形骸化していたり、隣接した自治体同士の協力がシェアの広がりにつながらなかったりという問題が浮き彫りになりました。佐藤教授は協力体制の再構築と、国による非常時の自治体間協力推進を提唱しています。

実務家と研究者、5人が一堂に会した刺激的なパネルディスカッション

最後に、齊藤誠教授(一橋大学大学院経済学研究科)をコーディネーターに、今回の講演者5人をパネリストとして、パネルディスカッションが行われました。実務家と研究者が一堂に会した場を活かして、質問を投げかけ合い、それぞれの専門領域から回答をするという刺激的なセッションとなりました。また、会場の参加者からの質問にも、内容に合わせてパネリストがその場で回答を行いました。被災地・仙台の方々ならではの踏み込んだ質問に真摯に向き合い、今後の展望について熱く語るパネリストの姿が印象的でした。
今回のシンポジウムには、宮城県議会議員の相沢光哉氏と宮城県名取市長の佐々木一い十そ郎お氏も参加。復興の現場で実際に行政に携わる立場から、震災当時の体験を交えた貴重なコメントを寄せていました。
東日本大震災から4年半が経過し、さまざまな検証が進み始めている今こそ、今回のシンポジウムのように法学と経済学の知見を活かした提言は欠かせません。その提言が被災地の一つである仙台から発信されたことは意義深く、今後の法経合同研究プロジェクトにも大きな期待が寄せられています。

一橋大学政策フォーラム 「非常時における行政対応 法学と経済学の共同の取り組みを通じて」

課題設定による先導的人文・社会科学研究推進事業(日本学術振興会)

プログラム

開会挨拶 野田 博 一橋大学大学院法学研究科教授
実務家から見た大震災時における行政対応の課題「災害対応と個人情報の利活用」 岡本 正氏 岡本正総合法律事務所弁護士
「石巻市における復興事業に携わって」 野村 裕氏 石巻市役所法制企画官/弁護士
研究者から見た大震災時における行政対応の課題「震災緩和と防災法制」 薄井 一成 一橋大学大学院法学研究科准教授
「縮退都市の復興における建築制限」 中川 雅之氏 日本大学経済学部教授
「災害時における自治体間協力」 佐藤主光 一橋大学大学院経済学研究科教授
質問受付
講演者間と参加者との討論コーディネーター 齊藤 誠 一橋大学大学院経済学研究科教授
パネリスト 上記講演者5人
主催 一橋大学
日時 2015年9月4日(金)18:00~20:00
場所 ホテルメトロポリタン仙台
なお、如水会仙台支部からもご協力をいただきました。

(2016年1月 掲載)