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「第13回一橋大学関西アカデミア」の議論で展開された真の復活を目指す日本企業のあるべき姿

2016年夏号vol.51 掲載

2016年2月20日(土)、大阪市の大阪国際会議場にて開催された「第13回一橋大学関西アカデミア」。今回は、国内企業の業績が回復基調にあるとされている時期に、その回復が本物かどうかを問うテーマが設定され、一橋大学の教授陣、経済の専門家による多角的な議論が展開された。ここでは、「日本企業の復活は本物か?」と銘打たれた議論を通し、未来における日本企業のあるべき姿を考察したシンポジウムをレポートする。

村田 光二

村田 光二
新潟大学准教授
理事・副学長

青島 矢一教授

青島 矢一教授

佐藤 文昭

佐藤 文昭
産業創成アドバイザリー
代表取締役

クリスティーナ・アメージャン教授

クリスティーナ・アメージャン教授

江藤 学特任教授

江藤 学特任教授

政策によってもたらされた収益の向上は果たして本物なのかという問題提起

講演の様子1

13回目の開催となった今回の関西アカデミアは、悪天候にもかかわらず175人もの方々が参加し、大盛況の幕開けとなった。
「日本企業の復活は本物か?」というテーマのもと、最初の登壇者であるイノベーション研究センターの青島矢一教授が、大胆な金融政策や財政出動によって企業収益を向上させたアベノミクスの効果は本物なのかという点を問題提起した。株価の上昇や企業の経常利益率改善の推移をグラフで提示しながら説明し、また雇用に関する数字として完全失業率の低下の状況も紹介。その数字や、実感を伴うものとして「回復・復活」とする向きがあることを認めながらも、基本的に横ばいの状況にある名目の売上高、減少傾向にある人件費などを根拠に、現状認識について疑問を呈した。さらに完全失業率の低下については、2014年度における雇用者数増の内訳は週35時間未満の就業者と非正規社員が主であり、その増加分が完全失業率低下の要因となっていることを指摘した。また、65歳以上の労働者数が40万人増加している現状にも触れ、その増加分もまた就業者数増の要因の一つであることにも触れた。
加えて青島教授が着目していたのが、「企業の付加価値率」だ。付加価値率とは、企業の総売上に対して、外部購入費を差し引いた額の割合である。リーマンショック前の時期と同様に現在もこの付加価値率と売上高経常利益率との乖離が著しい状況だと指摘した。つまり、人件費などの固定費を削減し、長期的な投資を圧縮した分を利益に乗せることによって、利益だけが増大する傾向にあるのが今の日本企業の姿であるということだ。さらに円安による恩恵を受けている輸出産業、特に自動車産業においては、営業利益の増加分のほとんどが為替差益であるという現実にも触れ、アベノミクスの金融政策によって円安、株高が誘導され、一見好転したかのような日本企業の収益状況は本当に改善しているのか、最重要事項である競争力は真に高まっているのか。青島教授は、そうした問いかけを行うことで、日本企業の課題について議論の必要性を訴えた。

産業構造、グローバル化に言及した基調講演で明らかになった日本企業の課題とは?

講演の様子2

問題提起に続き、基調講演を行ったのは、株式会社産業創成アドバイザリー代表取締役の佐藤文昭氏。佐藤氏は冒頭、日本の製造業の中で一時期は代表的な存在だった電機業界について、「まったく儲からない産業構造」になっていると指摘した。日本ビクタービデオ研究所で研究員としてキャリアをスタートさせた佐藤氏は、その後、国内証券シンクタンクや外資系証券会社で大手電機メーカー担当の証券アナリストとなった。自身の分析の結果、国内メーカーが国際的な競争力を持つためには、この産業構造を変えることが不可欠であるという結論に至った。
営業利益額、営業利益率が日本のメーカーを大きく上回る欧米の総合電機メーカーの数字を用いながら、佐藤氏がまず言及したのが、不採算部門の売却と優良事業の買収に関する意識の違いだ。欧米企業が10年以上前に事業再編を果たした一方で、日本国内では一部進んではいるものの、幅広い製品分野を担う企業がまだ多く、事業の選択と集中がなされていないというのが佐藤氏の見解だ。
この選択と集中は、国内電機メーカーが横断的に行うべきものだと佐藤氏はその必要性を指摘。日本ではコングロマリット型(異業種の会社や事業が統合された企業形態)の総合電機メーカーが10社も存在しており、その結果、人材などのリソースも10等分されている。また、国内の苛烈な競争で疲弊してしまうというデメリットが生じる。各々が特化すべき事業を吟味し、性質の異なる事業を構想しながら、海外のマーケットを見据えたマネジメントが日本の電機メーカーに必要であると佐藤氏は主張した。
続いて基調講演を行ったのは、商学研究科のクリスティーナ・アメージャン教授だ。アメリカのハーバード大学を卒業後の1981年に来日したアメージャン教授は、「奇跡」と言われた当時の日本を振り返り、「結構グローバルだった」と表現した。ただし、その時代のグローバルとは、日本とアメリカといった2国間で成立していたものであり、日本のやり方・モノを海外に持っていくだけのものだったと指摘。現在の多国籍、多文化による「グローバル」は、「昭和のグローバル」とは性質を異にするものであり、さまざまな国が関わる中で新たな価値を創造することだと主張した。21世紀の企業に求められるのは、多様性を受け入れる組織構造や企業の体質改善である。世界的なマーケットを視野に入れて事業を展開させる海外企業に比べ、日本企業はダイバーシティに乏しい。外国人や女性の取締役の起用が少ないことを例に挙げ、日本企業における多様化の遅れを指摘した。世界を視野に幅広い視点で事業を構想するには、多様な人材を登用し、新しい発想、新しいアイデアを取り入れる必要があり、イノベーションはこのような文化から生まれてくるとアメージャン教授は語った。もちろん、多様化によって混乱や効率性の低下を招くというリスクも考えられるが、そうしたリスクを受け入れることで競争力が身についていく。そうしたアプローチが、日本企業の発展には必要なのだと、アメージャン教授は力説した。
佐藤氏、アメージャン教授の意見は、日本企業が真の復活を遂げるためには抜本的な改革が必要であるという意見で一致している。一時期の収益向上に安堵するのではなく、将来を見据えた変革への決断が必要であるということを、強く訴えた。

新たな価値創造を実現する経営者の育成とビジネスメリット最大化のための発想の転換

講演の様子3

最後のプログラムは、青島教授を司会者とし、佐藤氏、アメージャン教授がパネリストとして参加したパネル・ディスカッションだ。講演者に加えてイノベーション研究センターの江藤学特任教授がパネリストとして参加し、ディスカッションに先立ち、先に行われた基調講演についてコメントした。
経済産業省の行政官として、主に技術政策に携わってきた江藤教授は、国内市場の中で日本企業同士が競争によって疲弊していくという状況は、徐々に変わりつつあると指摘した。また佐藤氏が主張した事業の選択と集中に関する提言に同意を示しながら、問題点とされたコングロマリット体制での新たな価値創造の可能性にも言及。一つの企業内でも事業部を横断する戦略があれば、コングロマリットの強みを活かすことができ、その決断ができる経営者の育成が急務であると説明した。
日本企業のグローバル化については、「世界で競争するのではなく、世界の一員として一緒に働くこと」という持論を披露。日本の高い技術を国際標準にすることを目指すのではなく、普及させるという姿勢で臨んでこそ、ビジネスメリットが生まれると語った。
その後のディスカッションでは、青島教授からの「一定の合理性を持つ今の国内産業の仕組みを、すべて変える必要があるのか」という問いかけに対し、パネリストが回答。アメージャン教授が、今はいい状況でも限界は近いと指摘したほか、政策による企業保護の問題に佐藤氏が意見を述べるなど、今後の日本企業に必要なことを、深く考察する議論が展開されるシンポジウムとなった。

第13回一橋大学関西アカデミア シンポジウム「日本企業の復活は本物か?」

プログラム

開会挨拶・大学紹介 村田 光二 一橋大学理事・副学長
問題提起 青島 矢一 一橋大学イノベーション研究センター教授
基調講演1 佐藤 文昭 株式会社産業創成アドバイザリー代表取締役
基調講演2 クリスティーナ・アメージャン 一橋大学大学院商学研究科教授
パネル・ディスカッションパネリスト 佐藤 文昭 株式会社産業創成アドバイザリー代表取締役
クリスティーナ・アメージャン 一橋大学大学院商学研究科教授
江藤 学 一橋大学イノベーション研究センター特任教授
司会 青島 矢一 一橋大学イノベーション研究センター教授
閉会挨拶 青島 矢一 一橋大学イノベーション研究センター教授
日時 2016年2月20日(土)13:30〜17:30(13:00開場)
場所 大阪国際会議場
主催 国立大学法人一橋大学
協賛 大阪ガス株式会社、オムロン株式会社、 関西電力株式会社、 小林製薬株式会社、塩野義製薬株式会社、住友生命保険相互会社、 住友電気工業株式会社、株式会社富士通マーケティング、 株式会社村田製作所(順不同)

(2016年7月 掲載)