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英語で日本を研究する。

2016年秋号vol.52掲載

2016年7月1日(金)一橋大学東キャンパス第三研究館にて、第2回「Hitotsubashi University Japanese Studies in English Lecture Series」が開催された。今回のテーマは、"BLACK WOMEN IN JAPAN: Experiences and Perceptions"。スピーカーは、アブリル・ヘイ松井氏。現在、愛知県立大学教養教育センターで准教授として教鞭を執る傍ら、日本に住む黒人女性のための団体を創設し運営に関わっている。会場は、50人を超えるグローバルな聴衆で溢れた。

アブリル・ヘイ松井

アブリル・ヘイ松井
愛知県立大学教養教育センター准教授

中野聡

中野 聡
社会学部長・社会学研究科長

ソニヤ・デール

ソニヤ・デール
社会学研究科特任講師

一般市民向け、英語のみのレクチャーシリーズ
社会学部・社会学研究科の新しい試み

当日の様子

2016年度より社会学研究科では、英語のみで行うレクチャーシリーズ「Japanese Studies in English Lecture Series」を開催することになった。これまで社会学研究科では、10年にわたり連続市民講座を開催してきたが、そのいずれもが日本人の聴衆を想定したものであった。一方このレクチャーシリーズは、日本人に加え、日本に住む一般の外国人、あるいは日本に関心を持つ外国人研究者をも想定している。社会学、言語、ジェンダー、美術、映像といった切り口から、英語で日本研究を行うという試みである。
同レクチャーシリーズのコーディネーターを務めるのは、社会学研究科に所属するソニヤ・デール特任講師。本年度は全5回のレクチャーシリーズを計画しているという。題材として日本を取り上げることについてデール講師は、「このレクチャーシリーズの開催には大きく分けて二つの目的があります。一つは、日本を研究対象に、さまざまな角度から考察し、それを英語でレクチャーすること。またこのレクチャーシリーズが日本人と日本に住む外国人または日本に関心を持つ外国人の、交流と情報交換の場になれば素晴らしいと思います。今年度のレクチャーシリーズの共通テーマは、「Perception」(視点、モノの見方・見られ方)です。レクチャーはすべて英語で行い、通訳も付けていません。この機会を新たな視点を学ぶ場、英語でのコミュニケーションに慣れる場にしていただければと思います。またこの活動が社会学研究科のグローバル化に弾みをつけるきっかけとなれば良いと思っています。できるだけ多くの方に気軽に参加していただきたいですね」と、レクチャーシリーズへの思いを語る。

偏ったイメージと実際の自分とのギャップに困惑する日本で生活する黒人女性たち

レクシャーシリーズの第2回の講師を務めた愛知県立大学教養教育センター准教授のアブリル・ヘイ松井氏は、イギリス出身。在日は今年で20年目を迎える。日本で生活を始めて以来、黒人女性が社会的マイノリティであることを日々痛感させられていると松井氏は語った。
冒頭に松井氏は、多くの日本人が持つ黒人女性に対するイメージについて語った。松井氏の調査によると、日本人が持つ黒人女性のイメージは、①音楽的、②高い運動能力、③大柄、④セクシー、⑤攻撃的というものがトップ5に挙がったという。しかし、当たり前のことながら、これらのイメージがすべての黒人女性に共通する特徴であるはずがない。誤解を恐れずに言うならば、日本人にとって黒人女性は、それほどかけ離れた存在であり、知らない存在なのだ。日本人が黒人女性を強く認識するのは、限られたジャンルを通じてである。それはアスリートであり、ミュージシャンであり、暴動あるいは貧困に苦しむ地域などの一部の情報を通してだ。さらに言えば、一口に黒人女性といっても、出身国も違えば、育ってきた環境も違う。しかし日本人の身近にほとんどいないという状況が、黒人女性に対するステレオタイプなイメージの定着につながっていったのだと松井氏は語った。そして、こうした偏ったイメージを持たれた黒人女性たちの日本での暮らしは、決して心地よいものではないという。

日本に住む黒人女性たちへのインタビューを通して見えてきた、違和感と幸福感

講義の様子

自文化で暮らす人にとって至極日常的な習慣や言動が、時として外国人に大きな違和感を与えることがある。そのことについて松井氏は、年齢、出身国、職業、在日期間、日本での居住地が異なる黒人女性11人の証言をもとに、彼女たちが経験した社会的違和感について紹介した。ガンビア出身のある女性は、日本の病院で言われた一言に、やり場のない、複雑な気持ちになったという。日本で医療が受けられることの幸運を医療スタッフとの何気ない会話の中で諭されたからだ。確かに日本は世界有数の医療先進国であり、その事実に疑う余地はない。しかし医療サービスという一点だけを挙げて、自国で暮らす女性たちに比べて自分が幸運であると他者から言われたことは心外だったという。また別の女性は、子どもたちが学校でお絵描きをする際に使う日本のクレヨンに、"はだいろ"という色の種類があったことに驚いたという。その色は自分たちが持つ肌の色とは明らかに異なっていたからだ。また日本で生まれ育った我が子が日本人らしく振る舞うことに、自文化が失われていく危機を感じた女性もいた。また、ある女性は公園で自分の子どもを遊ばせていた時、日本人の親子が自分たちを見て立ち去る姿を目の当たりにし、心が傷ついたという。このように日本に住む黒人女性たちは、自分たちが明らかに"違う存在"であることを突きつけられながら日々の生活を送っている、と松井氏は語る。しかしながら、そうした日本人の行為や態度は、いわゆる人種差別によるものとは少し性質が異なるとも松井氏は語った。なぜなら、日本では身の危険を伴う排他性を感じることはほとんどないからである。黒人女性たちの多くは、日本での安全な生活には満足しているという。さらに近年のグローバル化の影響もあり、日本人の黒人に対する理解も進んできていると松井氏は感じている。「時には憤りを感じながらも今の生活を楽しんでいる」というメッセージで、松井氏は講演を締めくくった。

質疑応答こそ盛り上がるグローバルの雰囲気がそこにある

こうして1時間にわたる松井氏の講演は終了し、質疑応答の時間を迎えた。聴衆のほとんどが外国人だったからなのか、次から次へと松井氏への質問が寄せられた。一部には質疑の範囲を超えて、自身が日本に持った違和感について語る人もいた。こうして1時間30分にわたる松井氏のレクチャーは、大盛況のうちに幕を閉じ、議論はその後に予定されていた交流会へと持ち越されていったのだった。

交流の様子1

交流の様子2

第2回「Hitotsubashi University Japanese Studies in English Lecture Series」"BLACK WOMEN IN JAPAN: Experiences and Perceptions"

日時 2016年7月1日(金)17:30~19:00
場所 一橋大学東キャンパス 第三研究館3階
言語 英語(通訳なし)

プログラム

講演「日本にいる黒人女性─経験と認知」 アブリル・ヘイ松井 愛知県立大学教養教育センター准教授
挨拶 中野聡 社会学部長・社会学研究科長
司会・コーディネーター ソニヤ・デール 社会学研究科特任講師

今後のレクチャーシリーズ

日程 2016年10月14日(金)
講師 スヴェン・サーラ 上智大学国際教養学部准教授
分野 歴史学、政治学
日程 2016年11月15日(火)
講師 中村桃子 関東学院大学経済学部教授
分野 言語学、ジェンダー・スタディーズ
日程 2017年1月(日程未定)
講師 ジェニファー・コー 京都大学白眉センター助教
分野 映画学

※詳細については、ホームページで随時更新予定

(2016年10月 掲載)