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大学院での学びを活かし、百貨店の未来を創る

  • 株式会社髙島屋 代表取締役社長村田 善郎
  • 一橋大学副学長西野 和美

2025年12月22日 掲載

老舗百貨店・髙島屋を率いる株式会社髙島屋代表取締役社長・村田善郎氏は、労使の現場を歩き続け、同社労働組合の中央執行委員長を退任後、社会人向けの一橋大学ICSで経営法務を学んだ。現場志向の経営と学び直しを往復しながら、「次世代型SC=商業施設+コミュニティ・インフラ」を掲げ、非日常の"ワクワク"を再設計する。一橋大学が創立150周年を迎えた2025年の今、社会と教育の好循環をどう生み出すのかについて、村田氏と西野副学長が語り合った。

村田 泰子氏 プロフィール写真

村田 善郎(むらた・よしお)

東京都出身。1985年慶應義塾大学法学部を卒業後、株式会社髙島屋に入社。労働組合の委員長として海外店舗の従業員の労働条件改善に取り組み、さらに2011年には柏店の店長に就任。2012年3月一橋大学大学院国際企業戦略研究科(経営法務コース)修士課程修了。2013年に執行役員、2015年には常務に昇進し、経営戦略部長や企画本部長を歴任。経営の中枢を担いながら、ベトナムやタイへの事業展開を推進。2019年3月、代表取締役社長就任。

村田 展生氏 プロフィール写真

西野 和美(にしの・かずみ)

一橋大学商学部卒業。化学メーカー勤務を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得退学。2002年一橋大学博士(商学)。東京理科大学経営学部経営学科専任講師、イノベーション研究科技術経営専攻准教授を経て、現在は一橋大学大学院経営管理研究科教授。2024年一橋大学副学長に就任。近著に『自走するビジネスモデル 勝ち続ける企業の仕組みと工夫』(日本経済新聞出版社刊)がある。

労使の現場を見つめ続けてたどり着いた一橋ICSでの学び

画像:座談の様子1

西野: 村田さんは、2010年4月から2年間、千代田キャンパスの社会人向けの一橋大学大学院国際企業戦略研究科(School of International Corporate Strategy:ICS)に通われたのですよね。

村田: はい、そうです。1985年に髙島屋へ入社して、今年でちょうど40年になります。長い期間、労働組合の仕事をしていて、専従もしていましたので、ある意味では組合一色になってしまったという反省がありました。そこで、委員長を退任する際にもっと企業や事業のことを勉強したいと考え、ICSで経営法務の勉強をさせていただきました。

西野: 千代田キャンパスの経営法務コース(※)は、高度で実務的な法学教育を行うという目的のもと、会社法、経済法、知的財産法、金融法、労働法、租税法など、ビジネス・ローに特化した科目を学ぶ社会人向けの大学院です。MBA(経営修士)ではなく、あえて経営法務を選択されたのはどうしてですか。

村田: 当時は民主党政権であったことや、組合活動の経験から労使共同決定という仕組みに自然と関心が向いたのだと思います。

西野: そもそも労働組合でお仕事をされることになったきっかけは何だったのですか。

村田: もともとは入社3、4年目に、先輩に声をかけられたことがきっかけです。昔から言いたいことをはっきり言うタイプでしたので、向いていると評価されたのだと思います。労働組合にもいろいろなタイプがあり、経営のキャリアパスとして活動する人が多いところもあれば、徹底的に対立するスタイルの組織もあります。髙島屋の労働組合は比較的穏健で、現場を知り、労使協議を重ねながら会社を動かしていくスタイルでした。一方で、私が組合活動から経営の道に進む際には、労使の課題をもっと理論的に学びたいという気持ちがありました。

西野: ご経歴には、1990年からドイツ連邦共和国のデュッセルドルフに駐在とあります。そのご経験も影響しているのでしょうか。

画像:対談の様子2

村田: 1990年の東西ドイツ統一直後から5年間勤務しましたが、そのこと以上に労働組合で委員長を務めていたことが影響しているように感じています。当時は民主党政権の時代で、労働組合も支援母体として動いていました。そのような背景から、企業の重要な問題について労使が共に決定していく労使共同決定の日本版の可能性について研究してみたいと思ったんです。

西野: もっとも、この分野は学術的な研究が多い印象があります。

村田: そうですね。ただ私は、実務の立場からより実践的に学びたいと考えていました。実際、経営法務は即戦力となる知識で、授業では契約書の扱いなどすぐ役立つことばかり教えていただきました。受講者はほとんどが企業の法務担当者で、年齢層も高く、幅広いネットワークを築くことができました。布井千博先生(一橋大学大学院法学研究科特任教授兼名誉教授)にご指導いただいたのですが、先生には現在も髙島屋のベトナム展開に関してサポートをいただいています。

※現在は一橋大学大学院法学研究科ビジネス・ロー専攻として開講。

社会人だからこそ深まる学びとリカレント教育の意義

画像:対談の様子3

西野: 社会人大学院には、20代から60代までさまざまな世代の社会人の方が通っています。ある程度働いてから学び直す意義については、どうお考えですか。

村田: 社会に出てから学ぶと理解の深度が全く変わると思います。実務経験に照らしてすぐ手を動かせますし、吸収も早い。ゼロから学ぶより、はるかに短期間で血肉化できる実感がありました。実際、私は学んだことを現場で確かめる循環ができました。

西野: 社会人大学院を、働いている方々のキャリアの一部としてうまく活用してもらえると良いなと思っています。

村田: さまざまな方との交流が、企業経営者にも良い影響を与えていると思います。私たちの学ぶ姿が若い学生にも良い影響を与えていると良いのですが。

西野: 社会人大学院では、学ぶ側も教える側も社会人であるため、議論に実務経験が反映されて厚みが増します。講師の方に自らのキャリアを振り返りながら語っていただくことで、院生はより深みやリアリティをもって受け取ることができます。そして、そうした方々が将来、要職に就いて今度は講師として本学へ還元してくださるという好循環があります。

画像:対談の様子4

村田: 働きながら大学院で学ぶことは簡単なことではありませんが、私にとってはとても楽しい2年間だったといえます。通学の負荷については、1年目でほぼ単位を取り切り、2年目は修論ゼミに集中することでやりくりしました。ゼミが水曜日で、当社の休日と重なったため、両立できました。
修士論文も印象深い思い出です。当初の研究テーマは「労使共同決定法」でしたが、2年目に「経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)」に軸足を移しました。日本、アメリカ、中国の判例・事例を比較し、どこまでが経営判断として裁量に委ねられるか、逸脱に当たるのはどの場合かを検討しました。公開発表会の場では、教授陣や学生から一斉に鋭い質問を浴びせられました。2年目の前半に中間報告、冬に最終発表があり、その後に主査・副査の先生方で完成版をチェックするという流れでした。社会人大学院の"あるある"かもしれませんが、院生同士の団結が強く情報交換も活発で、今も交流が続いています。
私は現在、博士前期を終えた状態です。会社をリタイアしたら博士後期に進むこともできると考えると、それも楽しみです。

西野: リカレント教育の観点から、キャリアの各段階で学ぶ機会があることは望ましいことで、学べる場も以前より増えています。学ぶ方にとって大きな意義があるだけでなく、教員側にとっても新たな気づきや学びを得られる点で、とてもありがたいことです。

百貨店から広がる新しいコミュニティのかたち

画像:対談の様子5

西野: 髙島屋に入社されて、最初の配属は日本橋店の洋酒売場だったそうですね。

村田: はい。当時から、研修期間中は必ず現場に配属されていたんです。私は食料品部に配属されたのですが、これが非常に体育会系の雰囲気。厳しい環境でしたが、私には皆で汗を流して働く経験が楽しく、研修後もそのまま食料品の売場を希望しました。
その後は海外勤務も経験し、新宿店の出店準備室にも参加しました。この時は、全国から優秀なバイヤーが集められ、「髙島屋らしくない新しい百貨店をつくろう」と意気込んでいました。

西野: 新宿店の開業は大きな開発事業でしたね。

村田: はい。東日本旅客鉄道との一大共同プロジェクトでした。私たちはどこに出店する際も、地域の方々といかに一緒になって盛り上げ、共生していくかを常に考えています。現在、髙島屋が取り組んでいるのが「次世代型SC(ショッピングセンター)」の展開です。これは従来の百貨店中心、テナント中心の運営にとどまらず、ライフスタイルや価値観、テクノロジー、社会的要請といった時代の変化を捉え、多様な機能と価値を備えた「商業施設+コミュニティ・インフラ」としての姿を目指すものです。私たちはこれを「まちづくり」と呼んでいます。
玉川髙島屋S.C.でも、2024年秋から順次大規模リニューアルを進めており、3年ほどかけて皆さんが驚くような新しい「まち」が形づくられる予定です。ぜひ楽しみにしていただければと思います。

画像:対談の様子6

西野: とても楽しみです。そして、社長にご就任されたのは2019年。すぐに新型コロナウイルス感染症の流行が始まりました。

村田: そうなんです。百貨店は人を集める業態のため、とても厳しい批判も受けました。休業する店舗もありましたが、従業員や取引先の雇用を守るため営業再開に踏み切った局面もありました。政府や自治体から「営業再開は食料品売場だけ」という要請があった時期は、食料品に人が集中しました。
大変な時期でしたが、それを乗り越えた後はインバウンド需要が急速に戻り、ラグジュアリーブランドの売上が伸びました。円安も追い風となり、2024年には過去最高益を達成しました。
一方で、海外のラグジュアリーブランドだけに依存してはならないとも考えています。そのため、近年は、日本各地のブランドや、これまで埋もれていた地域の良品・工芸品の再発見にも力を入れています。私たちが積極的に取り上げ販売することで、作家さんや職人さんがこれまで守ってきた伝統を継続できるようにする。このような取組を意識的に進めています。

西野: 戦後間もない頃、日本橋髙島屋の屋上にはゾウがいたそうですね。百貨店はかつて、単なる買い物の場ではなく、テーマパークのように一日を過ごせる非日常の空間でした。そこには物語性やきらめきがあり、特別な一日を体験できる場所だったと思います。しかし、その後さまざまな小売の形態が広がり、百貨店が唯一の場として捉えられにくくなってきました。髙島屋が目指されている「次世代型SC」とは、どのようなイメージなのでしょうか。

村田: 「次世代型SC」が目指すものは、地域やお客さまが参画してつくりあげていくSCです。祖父母からお孫さんまでが一緒に訪れて一日楽しめる空間をつくりたいと思っています。たとえば、お母さんがブランドショップを見ている間に、おじいちゃん・おばあちゃんとお孫さんが遊べるスペースを用意したり、自然を取り入れた憩いの場を設けたりと、自分の家のように世代ごとに楽しめる仕掛けを整えています。
その中で共通して大事にしているのは「ワクワク感」です。昔、屋上のゾウに子供たちが胸を躍らせたように、今の時代にも新しい形でその「ワクワク感」を追求し続けることが「次世代型SC」の核だと考えています。

若い世代にとっての百貨店と、現場に根ざす経営の力

画像:対談の様子7

西野: 若い世代は百貨店をどう捉えているのでしょうか。

村田: 面白い調査結果があります。1960年代から1990年代半ば生まれのX世代・Y世代の方々は百貨店を「敷居が高い」と感じていたのに対し、Z世代といわれる方々は「敷居が低い」と答えているんです。その理由は二つあります。まず、ネットでは真偽がわからない商品も百貨店なら本物が手に入るという安心感から、信頼と親しみやすさを感じている、ということ。もう一つは、来店すれば誰でも「一人の大人」として扱ってもらえることです。学生でも丁寧に接客される経験が、親近感につながっているのだと思います。

西野: なるほど。髙島屋といえば、名古屋のバレンタイン催事が大変盛り上がっていますね。

村田: ジェイアール名古屋タカシマヤは東海旅客鉄道の経営による店舗ですが、そこで開催している「アムール・デュ・ショコラ」は、今では東京以上に盛況で、今年の売上はチョコレートだけで49億円に達しました。もともとはショコラティエの来場が難しく、代わりにパティシエにチョコレートをつくってもらったことが始まりでしたが、それが逆に人気を呼び、パティシエのチョコレートが注目されるきっかけにもなりました。百貨店には、こうした新しい価値を生み出す可能性がまだまだあると感じています。

西野: 本物を提供できる場所であり続けると同時に、新しい楽しみ方を提案していく。百貨店にはまだ多くの可能性があるのですね。

村田: ありがとうございます。私たちは知恵を出し合いながら、次の時代の百貨店の価値をつくっていくことが大切だと考えています。

西野: 村田さんがお仕事をされるうえで大切にしていることは何でしょうか。

村田: やはり「現場」です。私は毎年必ず全店を回り、社員や幹部だけでなく、取引先の販売員とも話をします。実は接客の最前線に立っているのは8割が取引先の方々で、お客さまの声を一番よく聞いているのも彼ら・彼女らです。ですから現場に出向き、問題があれば「なぜ?」を三度繰り返して掘り下げ、本質を見極めます。部下に任せる部分は任せても、任せ切りにはせず、事実を自分の目で確認することを大切にしています。曖昧にしてしまうと会社に歪みが生じるので、納得するまで徹底的に聞くようにしています。

西野: 現場との対話を何より重視されているのですね。

村田: はい。もともと人前で話すのは苦手でしたが、役職を担う以上、逃げるわけにはいきません。経験を重ねて慣れてきました。だからこそ、学生のうちからコミュニケーション能力を磨くことは大切だと感じています。

西野: 学部は慶應義塾大学、大学院は一橋大学と、二つの大学をご経験されていますが、一橋大学の学生についてはどのような印象をお持ちですか。

村田: 一橋大学の学生や卒業生はとても誠実で、華やかさよりも真面目さを強く感じる印象です。一見控えめに見えても、打ち解けると親身で人柄も素晴らしい。だからこそ少人数でしっかり学びたいと考え、一橋大学を選んでいるのではないでしょうか。社会人が学ぶにも濃密で良い環境だと感じます。
ただ、座学以上に多様な経験を積むことも大切です。不確実な時代と言える今、物事に決まりきった答えはありません。AIやIT、歴史や芸術など幅広い分野に触れてクリエイティビティを養うこと。それが将来必ず役に立つと思います。

西野: 本日は貴重なお話をありがとうございました。

画像:お二人の写真