609_main.jpg

四大学未来共創連合(FLIP)が描く新たなビジョンは未来を"ひっくり返す"知の連携

  • お茶の水女子大学 学長佐々木 泰子
  • 東京外国語大学 学長春名 展生
  • 東京科学大学 理事長大竹 尚登
  • 東京科学大学 学長田中 雄二郎
  • 一橋大学 学長中野 聡

2025年10月2日 掲載

2025年7月1日、東京外国語大学、東京科学大学、一橋大学の三大学連合にお茶の水女子大学が加わり、「四大学未来共創連合(Future Leading Innovation Partnership:FLIP)」が発足した。新連合では、東京という世界有数の学術都市から世界へと知を発信する中核拠点となることを目指し、単独の大学では実現できない学際的・領域横断的な教育と研究を進めていく。知のネットワークを広げ、未来社会の課題解決に挑む新たな取組について、四大学のトップが語り合った。

佐々木 泰子氏 プロフィール写真

佐々木 泰子(ささき・やすこ)

1976年お茶の水女子大学文教育学部卒業。1978年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科日本文学専攻修士課程修了(日本文学修士)、1993年同大学院人文科学研究科日本言語文化専攻修了(人文科学修士)。2021年お茶の水女子大学長に就任。専門分野は、社会言語学、日本語教育。

春名 展生氏 プロフィール写真

春名 展生(はるな・のぶお)

1997年東京大学工学部卒業。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程(国際社会科学専攻)満期退学、2014年博士(学術・東京大学)。2025年東京外国語大学長に就任。専門分野は、国際政治学、日本政治外交史。

大竹 尚登氏 プロフィール写真

大竹 尚登(おおたけ・なおと)

1986年東京工業大学工学部卒業。1989年東京工業大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程中途退学、1992年博士(工学・東京工業大学)。2024年東京科学大学理事長に就任。専門分野は、機械材料学、機能性薄膜。

田中 雄二郎氏 プロフィール写真

田中 雄二郎(たなか・ゆうじろう)

1980年東京医科歯科大学医学部卒業。1985東京医科歯科大学大学院医学研究科内科学博士課程修了。博士(医学・東京医科歯科大学)。東京医科歯科大学長を経て、2024年東京科学大学学長に就任。専門分野は、消化器内科学、医学教育学。

中野 聡氏 プロフィール写真

中野 聡(なかの・さとし)

1983年一橋大学法学部卒業。1990年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位修得退学。1996年博士(社会学・一橋大学)。2020年一橋大学学長に就任。専門分野は、地域研究、アメリカ史、フィリピン史、日本現代史。

四大学の学長・理事長が語るそれぞれの歴史

画像:座談の様子1

中野:先日、「四大学未来共創連合」の新たな発足を記念し、締結式と記者会見を行いました。会見の席では、私を含め皆さん緊張していらしたようですが、本日は気楽にお話しいただければと思います。まずは各大学の特色やアピールポイントについてお聞かせいただけますか。

佐々木:お茶の水女子大学は、東京女子師範学校として設立され、2025年に創立150周年を迎えます。多くの研究者を輩出しており、「女性初の○○」といった業績の多くに本学出身者の名前が挙がります。現在も女性の活躍を推進し、社会のウェルビーイングに貢献することを目指しています。お茶の水女子大学という名称は、戦後の新制国立大学として発足する際に、複数の候補の中から決まったものです。最終的にお茶の水という地名を冠したのですが、ひらがなが入った国立大学の名前は珍しく、私たちはその名前に強い愛着と誇りを持っています。

春名:東京外国語大学は、1873年に東京外国語学校として建学され、これまで152年の歴史があります。建学当初は5つの外国語で始まりましたが、現在は28の専攻語があり、チェコ語やウズベク語、ウルドゥー語、ラオス語など、国内で学ぶことが難しい言語を学修できることも特徴の一つです。また、本学の広いネットワークを活かした海外留学制度を利用し、卒業までに約70%の学生が留学を経験します。長期留学にも毎年約850人が行っています。卒業後は、言語と地域の専門家として国際的に活躍し、外務省専門職にも多く採用されています。

大竹:東京科学大学は、1881年創立の東京職工学校(東京工業大学)と、1928年創立の東京高等歯科医学校(東京医科歯科大学)が2024年10月に統合して発足した、四大学の中では最も若い大学です。統合する中で両校の共通項について議論してきたのですが、今は三つに収斂されています。一つ目は、新産業と新医療の創出。二つ目は、先端研究を通じた教育です。これはやはり譲れないところで、現在の研究水準の維持にもつながっています。三つ目は、危機に立ち向かう姿勢を重視しているというところです。

田中:危機に対峙する姿勢の表れとして、新型コロナウイルス感染症の流行時期に、多くの病院が治療への対応に苦慮する中で、旧東京医科歯科大学が立ち上がったということが挙げられます。とにかくこの経験は大きかったと思います。治療法もなく、診断法も十分でなく、ましてワクチンもないときに、学内で意思統一ができ、結果として、たくさんの重症患者を受け入れることができました。

大竹:理工系としては、危機に立ち向かうという意味で、福島第一原子力発電所の事故現場などに継続して技術支援を行うことが重要だと考えています。国難に際して貢献する姿勢は、大学の矜持として常に持ち続けたい。福島での支援活動は、現在も途切れることなく続けています。

画像:対談の様子1

中野:一橋大学も、ちょうど2025年に創立150年を迎えるところです。創設は1875年、銀座の商法講習所という小さな学校から始まりました。関東大震災で国立に移転した後、1949年に一橋大学と名前を変えましたが、出発点から変わらず、世界水準の商業教育を通じ日本の近代化を担う人材の育成を目的としてきました。学問では社会科学の総合大学というアイデンティティを築き、皇国史観やイデオロギーの影響が強かった過去の一時期においても、実証を重んじる学風を貫いてきました。

四大学未来共創連合がジェンダーの壁を越えるきっかけに

画像:対談の様子2

佐々木:お茶の水女子大学は、女性が活躍する社会をつくりたい、女性リーダーを育てたいという思いで女子教育に取り組んできました。女性が学ぶことすら難しかった時代から、学びたいと願う女性たちを支えてきたのです。彼女たちの歩みには、男性であれば経験しなかっただろう苦労を乗り越えて道を切り拓いた姿が浮かび上がります。しかし、2025年となった今もなお、日本はジェンダーギャップ指数では148か国中118位と低いままです。今回、東京外国語大学、東京科学大学、一橋大学が「一緒にやりましょう」と声をかけてくださったことは、現状を打破し、私たちにとってさらなる飛躍のきっかけになると期待しています。

中野:各大学のジェンダーギャップの状況はいかがですか。

春名:東京外国語大学は、実は教員の女性比率が高く、約45%が女性です。学生も約3分の2が女性で、80年代半ばからずっと女子学生の比率は60%以上となっています。また、2019年に設立した国際日本学部は、学生の約半分が留学生で、約70%が女性という環境です。私たちはこの傾向を好ましいことだと思っていますが、一方で、海外に関心を持って海外に出ていくのは女性ばかりなのではないか、男性のほうが内向き志向なのではないかと心配になることもあります。

画像:対談の様子3

大竹:東京科学大学でも、留学する学生は女性が比較的多いです。ただ、それがなぜなのかは分かりません。佐々木先生はお答えをお持ちかもしれませんけれど。

佐々木:男性と比べるとどうか、ということは分からないのですが、お茶の水女子大学でも海外に関心を持って出かけていく学生は多くいます。本学もそうですが、東京外国語大学も、言語や文化といった学問分野に関心を寄せる学生が多いのではないでしょうか。

春名:それはおそらくあると思います。もともと女性のほうが言語やコミュニケーション、文化への関心が強いのだと思います。たとえば、国際日本学部に入学する留学生も女性比率が高いことを考えると、世界的にも女性のほうが外に出ていきたい意欲が高いのではないかという印象を受けます。一方で、どこの国でも、ジェンダーの格差を背景として、女性のほうが外の社会に出ていきたいという思考が働くのではないかとも思うのです。

田中:医学系は、もともと約60%が女性なんです。一番少ない医学科でも女性の比率は約35%。その他の学科は半分以上が女性です。これは、国家資格を取得できる学科だということもあると思います。資格がとれるので、生涯働けるわけです。職業選択を意識して進路を選んでいる女性が多いと感じます。

大竹:理工系はジェンダーという面では最もギャップが大きく、私が学生だった頃は女性が3%しかいませんでした。2025年度は22%まで増えていますが、これは女子枠を設けたことで実現した数字です。

中野:一橋大学でも女性比率は約30%ですが、ただ学部ごとのばらつきはあります。社会学部ではほぼ半数が女性。法学部も女性は多いのですが、やや伸び悩んでいる印象です。一方、著しく伸びたのが商学部で、マーケティングや経営学という分野で女子学生が積極的に学んでいます。経済学部は、先ほどお話にあった東京科学大学の理工系より低い比率の12%程度、ソーシャル・データサイエンス学部も同程度です。入試で数学を重視する学部に女性が少ない傾向にありますが、それだけが理由ではないと思っています。

春名:東京外国語大学では2023年度入試の共通テストから、これまで1科目選択だった数学を2科目とも必須としました。以前より数学の配分が大きくなることから、女性の割合が減るのではないかと危惧していましたが、実際には大きな変化はありませんでした。理由を説明するのは難しいですが、女性が60%以上という比率は維持されているのです。

田中:四大学未来共創連合で複合領域や学生同士の交流機会が増えたら、東京科学大学の場合、女性比率が上がることは間違いなさそうです。

学問の府が紡ぐ軽やかで大胆な連携

画像:対談の様子4

中野:四大学未来共創連合のこれまでの主な取組の一つに、「複合領域コース」があります。多様で斬新な学際的コースが揃っており、内容を随時見直しながら、各大学の強みを活かした新しいコースの設置も検討していきたいと考えています。
また、20年以上続く「文化講演会」は、各大学が持ち回りで開催し、重要な活動として続けてきました。さらに、学長が集まって議論する場も年に2回ほど設けていましたが、コロナ禍をきっかけに変化し、ワクチン接種やポストコロナ社会についての連携が深まりました。その中で「ポストコロナ社会コンソーシアム」という研究連携も生まれました。今後の四大学未来共創連合に期待することがあれば、ぜひお聞かせください。

佐々木:私は、この「未来共創」という名前がとても素晴らしいと思っています。"未来"を"共"に"創る"という言葉には、新しい時代を私たち自身が切り拓いていくという大きなテーマが込められていて、そこに魅力を感じています。英語の略称「FLIP」にも、軽やかな響きと挑戦的な雰囲気があって、とても素敵です。せっかくこの連合に参加させていただいたのですから、ゆくゆくはお茶の水女子大学が中心となるような新しいコースもぜひ考えたいと思います。新しい未来を共につくり出せるような取組を、ここから実現したいですね。この四大学の学生が集まれば、きっと驚くような化学反応が起こるのではないかと、大いに期待しています。

春名:英語名については、単なる直訳で意味が伝わるものではなく、略称に私たちの目指す方向性が込められたものが良いと考えました。未来共創を「Future Leading Innovation」、連合を「Partnership」と表現し、略称を「FLIP」としました。FLIPには"ひっくり返す"という語義があり、"ひっくり返す"ことでビッグバンやゲームチェンジを起こし、共にイノベーションを生み出していこうという大胆な意気込みも表しています。
その背景には、現状の延長線上に未来はなく、今をひっくり返さなければならないという強い危機意識があります。未来がないとは、持続可能性がないということです。だからこそ、最初に取り組むべき象徴的なテーマはサステナビリティだと考えています。サステナビリティに真剣に取り組み、社会を変えていくためには、社会のさまざまな分野が協力し合う必要があります。異なる専攻領域を持つこの四大学が共に歩むことには、まさに意味があると考えています。

画像:対談の様子5

大竹:今回の連合の発足が具体的になったことで、良かったことが三つあります。まず一つ目は、「未来共創連合」という名称にしたこと、二つ目は「FLIP」という軽やかで意味のこもった略称をつけられたこと。三つ目は、四つの山を表現したロゴマークです。四つのピークに橋をかけることで、それぞれの個性をあわせ持つ人材が生まれるというイメージがとても素敵だと感じています。四大学それぞれの特徴を活かし、さまざまな取組ができるだろうと期待しています。

東京科学大学としては、これからは生活と科学の掛け算が重要になると考えています。お茶の水女子大学にはぜひ生活の分野をリードしていただき、一緒に取り組んでいきたいと思っています。
さらに、MIT(マサチューセッツ工科大学)が発信している「テクノロジーレビュー」のように、社会に先駆けて潮流や課題を示すような取組を、四大学未来共創連合でも実現できるとも考えています。もちろん簡単なことではありませんが、分析や執筆の力を持つ人材を巻き込みながら、社会に貢献する方法の一つになるのではないでしょうか。

中野:コロナ禍を経て痛感したのは、「出会いの場」をつくることの大切さです。「複合領域コース」では、各キャンパスを訪問して体験できるスクーリング形式のカリキュラムも設置を検討しています。一橋大学も近年、スタートアップ支援に力を入れており、大学の枠を超えて学生や若い卒業生が出会う場を、スタートアップ・エコシステムとして築いていくことも新たな課題としたいと考えています。あわせて、教員・学生・卒業生のつながりもさらに深め、各同窓会との連携も充実させていきたいですね。

佐々木:四大学未来共創連合は、より深い学びが得られるという意味で、受験生や保護者に向けて大きなアピールができるとも思っています。同窓会のお話もありましたが、社会に出た卒業生が、学問の幅の重要性を感じる場面も多いと聞きます。そういう意味で、お茶の水女子大学としても、この連合の中でさらに教育の幅を広げていけたら良いと思っています。

春名:これからの時代には、深い専門性と同時に、柔軟で幅広い視野が求められます。私たちは、自分たちのキャンパスの中だけで教育が完結するものだとは考えていません。そのため、四大学未来共創連合に参加し、より幅広い教育の機会を学生に提供できることを、とてもありがたいことだと感じています。

田中:この時代、知の拠点にはネットワークが必要です。学生にとっても四大学未来共創連合は大切なネットワーク形成の場だと思います。

中野:人文社会系では修士課程や専門職、理系では博士人材の強化が、大学全体にとっての大きな課題となっています。高校生や中学生の皆さんには、ぜひ学部の先まで見通したキャリア形成のイメージを持っていただきたいと思います。専門性を掛け合わせたクロスオーバーな人材になるためには、たすき掛けのように複数の専門性を学んでいくことが大切です。そのためにも、学部時代から多様な学びを体験できる場として、私たち四大学未来共創連合が大きな役割を果たせるのではないかと期待しています。本日はありがとうございました。

画像:対談の集合写真