一橋大学の強みは経営人材。大学で学んだ成果を社会で発揮してほしい
- 株式会社ストライク 代表取締役社長荒井 邦彦
- 一橋大学副学長西野 和美
2025年3月28日 掲載
「世界を変える仲間をつくる。」というミッションのもと、中小企業を中心にM&A・事業承継をサポートする東証プライム上場企業、株式会社ストライク。1997年設立の同社はインターネット黎明期に日本初のM&Aプラットフォーム『SMART』を開設し、着実に業績を伸ばしてきた。代表取締役社長の荒井邦彦氏は2022年にM&A支援機関協会(旧・M&A仲介協会)の代表理事に就任。企業としてスタートアップの支援に注力しながら、M&A業界の発展にも尽力している。そんな荒井氏は、2025年に創立150周年を迎える記念事業ステートメントとして「ひとつひとつ、社会を変える。」を掲げる一橋大学にどのような期待を寄せているのか。西野副学長と語り合った。
荒井 邦彦(あらい・くにひこ)
1993年 太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)入所。1994年一橋大学商学部卒業。1997年株式会社ストライクを設立、代表取締役社長に就任し現在に至る。一般社団法人M&A支援機関協会代表理事。近著に『事例でわかる!オーナー経営者のためのM&A活用法』(大蔵財務協会)、『よくわかる中小企業の継ぎ方、売り方、たたみ方』(ウェッジ)等がある。
西野 和美(にしの・かずみ)
一橋大学商学部卒業。化学メーカー勤務を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得退学。2002年一橋大学博士(商学)。東京理科大学経営学部経営学科専任講師、イノベーション研究科技術経営専攻准教授を経て、現在は一橋大学大学院経営管理研究科教授。2024年一橋大学副学長に就任。近著に『自走するビジネスモデル 勝ち続ける企業の仕組みと工夫』(日本経済新聞出版社刊)がある。
在学中に日商簿記検定1級と公認会計士の試験に合格
西野:まず荒井さんのご経歴から伺わせてください。
荒井:1970年生まれ、千葉県出身です。1989年に地元の高校を卒業して、一橋大学商学部に入学しました。入学した当初はバブル経済のピークで、ウキウキした気分で通い始めたのですが‥‥‥だんだん「世の中の様子がおかしいぞ」という雰囲気になりまして‥‥‥。
西野:バブルが弾けてしまいましたからね。
荒井:これはまずいと思い、社会に出るうえで拠って立つものを‥‥‥と4年次に公認会計士の資格を取得しました。その資格を活かして太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に入社し、約5年間勤務しています。そして1997年に株式会社ストライクを設立しました。
西野:本学在学中に印象に残った授業やゼミはありますか?
荒井:入学したばかりの頃に岡本清先生(現一橋大学名誉教授)の原価計算の授業を受けました。その時に簿記に興味を持ったのです。
西野:小平キャンパス(現・小平国際キャンパス)での授業ですね。学生に両手を挙げさせて「借方は左手、貸方は右手」と教えるという。私もやりました(笑)。
荒井:その授業が楽しくて、日商簿記検定2級を受けてみたら一発で合格できました。自分には案外会計のセンスがあるかもしれないと思い、安藤英義先生(現一橋大学名誉教授)のゼミを選んでいます。ちなみにその後、日商簿記検定1級にも合格しています。
西野:当時の商学部には岡本先生をはじめ、森田哲彌先生(一橋大学名誉教授、故人)、中村忠先生(一橋大学名誉教授、故人)と会計学の大家がたくさんいらっしゃいました。私は商学部の中でも経営系志望でしたが、荒井さんは会計系に進まれたんですね。
荒井:そうですね。ただ、肝心の卒業単位が取れていなくて実は1年留年しています。安藤先生は呆れていました。「公認会計士の試験に受からなかったから、あえて卒業を保留する学生は珍しくない。しかし、君のように会計士に受かっておきながら留年する学生は前代未聞だ」と(苦笑)。
学生時代、打算なく付き合っていた友人との関係が今も続いている
西野:当時サークル活動はしていましたか?
荒井:誘われて懇親会の類には顔を出していましたが、活動自体には参加していません。サークル活動や部活動など、団体に属することがもともと得意ではありませんでしたから。ただ、一橋寮にはよく行っていました。寮生の友人がいたので、寮のロビーでゲームをしたり食事をしたりして過ごすことが多かったです。本当に楽しかったですね。そういう時間以外、特に1〜2年次はアルバイトをしていました。
西野:想定外で1年長い学生生活を送られたわけですが、今、当時を振り返ってどのようなことを感じていますか。
荒井:面白かったですね。あの年代で濃い関係が築けた友人たちとのつながりは大人になっても変わらないと感じています。京都大学のMBAコースで寄附講座を受け持っているので先日現地に行ってきましたが、メガバンクに就職した友人が全く同じ時間帯で寄附講座を行っていることが分かったので会いに行きました。近々、別のメガバンクに就職した友人とも食事をするのですが、そういう関係でいられるのは、学生時代に打算なく付き合っていたからなんだな、と今になって思いますね。
お金に強くなるために監査法人に就職し、幼い頃からの夢を叶えるために独立
西野:卒業後は監査法人に就職されて約5年間お勤めになられた後、独立されるわけですね。なぜ独立を選ばれたのでしょうか。
荒井:実はもともと起業家志望だったのです。小学校の卒業文集に「社長になる」と書いていて、何故かその気持ちがブレることはありませんでした。団体に属するのは苦手でしたが、いきなり起業する自信は持てなかったので、一旦どこかでキャリアを積んでおこうと。幸い公認会計士には受かっていたので、その資格を活かせる監査法人に就職しました。お金に強くなれそうじゃないですか。
西野:そうですね。公認会計士の資格を取っていらっしゃいますから。
荒井:銀行でも仕事でお金を扱いますから金融業界でも良かったのでしょうけれど、専門性の高い資格ですので、いずれ起業するということを見据えて監査法人での会計士の道を選びました。お金に明るいことは、会社を経営するうえで一番重要ですから。そういうわけで、会計士として働いてから起業したというよりは、起業までのステップとして会計士の仕事をしていた、というのが正確だと思います。
西野:ストライクはM&Aを中心に事業展開されてますが、これは監査法人の時のお仕事の経験からでしょうか。
荒井:おっしゃる通りです。監査法人在籍中にたまたまお客様の中の1社が毎年企業を買収していたのです。もう30年以上前の話ですから、毎年買収する企業は本当に珍しかったですよ。良いM&Aをたくさん実現されていて、実際にお客様の業績は伸びていました。大金が動くM&Aというビジネスにすごく憧れるようになり、「独立するならこれしかない」と思いました。
西野:中小企業のM&Aを主に手掛けていらっしゃることにも、何か狙いがあるのですか?
荒井:それは当時の独立系のM&Aブティック(M&Aに業務を特化した専門家集団)の状況が関係しています。レコフ事務所(現・株式会社レコフ)という企業の設立が1987年12月で、創業者の吉田允昭さんは山一證券のご出身でした。日本のM&A業界の勃興期は証券会社の方々が形成してきたもので、自ずとほとんどのクライアントは上場企業になるため、「M&A=大企業が活用する手法」が常識だったのです。その後1991年4月に株式会社日本M&Aセンターが創業されました。ここで「大企業が活用するM&Aではなく、事業承継のため、中小企業のためにM&Aを推進しよう」という、ある種のイノベーションが起きました。そのイノベーションを引き継いだ分林保弘さん、そして三宅卓さん(株式会社日本M&Aセンター代表取締役会長)という方々が中小企業向けのM&Aマーケットを形成していきました。当社もまたその流れをに乗っています。
M&Aとインターネットは親和性が高い
西野:今回ストライクについて調べて驚かされたのは、最初からインターネット上でプラットフォームをつくっておられたことです。インターネットが本格的に普及したのは2000年前後と記憶しています。そのトレンドに先駆けて、1997年の設立当初に中小企業向けのM&Aプラットフォームをつくったことはとても先進的な試みだったと思いますし、WEBサイトの作成も大変だったと思うのですが、全部ご自身で作成されたのですか?
荒井:そうですね。いくら当社のサービスの品質に自信があったとしても、お客様がいなければ証明してもらえませんから、営業活動が必要になります。営業経験が無い会計士出身の私は何をどうすればいいのか分からずモヤモヤしていました。その姿を見兼ねた知り合いが、アメリカで展開しているM&AのWEBサイトを教えてくれたのです。多くの事例が紹介されており、さすがM&A先進国のアメリカだと思いました。書店に行ってプログラミングの本を買ってきて勉強したり、エンジニアの弟に教えてもらったりしながらM&A・事業承継のプラットフォーム『SMART』を立ち上げました。日本初でしたね。
西野:最初はいかがでしたか。インターネット黎明期に『SMART』を見てくれる中小企業はあまりいなかったのではないかと思うのですが。
荒井:WEBサイトをつくってみてM&Aとインターネットは親和性が高いことが分かりました。M&Aは秘匿性の高いものです。「今自社を売りに出している」などと人に言いませんよね。むしろひっそりと、こっそりと話を進めようと考えるものです。その特性がインターネットとマッチしていました。
西野:一番最初のお客様のことは覚えていますか?
荒井:『SMART』を始めて半年ほど経った頃、埼玉県在住の経営者の方からご連絡をいただきました。病気でお体が不自由で思うように会話もできない状態だったので、メールで用件を伝えてくださったのです。「年商数億円の消防設備点検の企業を経営しているのだが、子どもが後を継いでくれない」とのことでした。実際にお会いしてお話を伺い、規模は小さいけれども良い企業であることが分かりました。最終的に地元の大きな企業に買収してもらったのですが、独立して最初の案件だったこともあり、話をまとめるのに2年かかりましたね。今のストライクの実力なら3か月でまとめられると思いますが。
自分自身が「商品」。だからこそ企業には教育に投資する責任がある
西野:そこから順調に進んでいったのでしょうか。それとも何かのきっかけで大きく伸びたのでしょうか。
荒井:1件決まってまた1件、の繰り返しでした。そして、1件決まったらコンサルタントを1人採用というように、成長していくペースがゆっくりだったと記憶しています。今は成約のペースも採用のペースももっとハイスピードですが。当初はキャリア採用が中心でしたが、近年は新卒採用にも力を入れています。2025年の4月には新卒が30人以上入社する予定で、一橋大学の学生さんも1人採用させてもらいました。一橋大学は相対的に学生数が少ないので、どうしても採用できる人数には限りがあります。
西野:私が感じていることですが、本学の学生たちは、スタートアップへの就職についてはまだまだ意識が十分ではないようです。ちなみに荒井さんはどのような採用基準をお持ちでしょうか。
荒井:新卒者の場合は「はつらつさ」くらいしか見ていません。とにかく明るく、自分の言葉で自分を表現できるかどうか、ですね。面接する人数が年々増えてきているので、営業統括を管掌している常務取締役と分担しているのですが、最終決定権は両方で持っています。どちらかがOKしたら内定にしているのですが、2人の間でそんなに大きなブレはありません。
西野:はつらつさ、コミュニケーション能力といったものは企業でトレーニングできませんからね。
荒井:そうなんです。M&Aに関する実務は入社後の研修で何とでもなりますが。
西野:ストライクの社内ではかなり豊富な研修メニューがあると聞いたことがあります。
荒井:たくさんあるので社員は大変だと思います。M&A・事業承継というサービスにおいては我々自身が商品です。私も商品ですしコンサルタント一人ひとりも商品ですから、そのクオリティを上げていくことについては企業に責任があります。
お客様の問いに即答できるコンサルタントか、持ち帰ってAIに相談するコンサルタントか
西野:M&A業界でもAIの導入が始まっているようですね。AIを使ってマッチングを効率的に行う、契約書のフォーマットをAIでつくってみる、というように。
荒井: AIは少しずつ入ってきていますが、私はやや違和感を持っています。たとえば商談を進めているとき、お客様から疑問が出てその場で答えられるコンサルタントと、持ち帰ってAIから答えをもらおうとするコンサルタント、お客様がどちらを信頼してくださるかと言えば前者だと私は思います。即答できるコンサルタントになってもらうためには教育が欠かせませんし、お客様との信頼関係を築くという意味では教育が一番効率化につながるのです。
西野:売買するものが自社となればなおのこと思い入れは大きいし、売買するにあたっては信頼関係が非常に重要ですよね。だからこそ信頼してもらえるようなコンサルタントを育成するためにさまざまなトレーニングをされていると。ただ、トレーニングが十分であればあるほど、コンサルタントが腕試しのために転職しやすくなってしまうリスクはありませんか。
荒井:そのリスクはゼロにはできないでしょうね。残る人は残りますし、挑戦するために外に出る人は出ます。ただ、外に出て自分の腕が上がっていたこと、市場価値を高められていたことを確認できればまた戻ってきてくれるケースもあるかもしれません。転職先で得た知見や経験を当社にフィードバックしてくれれば、当社のレベルもさらに上がります。ですから当社では復職を認めています。また「ストライクのコンサルタントはよく教育されている」「ストライクに就職したらキャリアの選択肢が増える」という認識が広まれば、新しく入ってくれる人も増えるはずです。
起業家版「トキワ荘」を、いずれは一橋大学の近くにも開設したい
西野:本学は2025年に創立150周年を迎えます。大きな区切りの年に向けて「ひとつひとつ、社会を変える。」をステートメントとして掲げ、何かを変えていくこと、また本学自体も変わることについて真摯に考えているところです。荒井さんはM&A業界の発展、新産業の育成に携わられているわけですが、本学に対してどのような変化を期待していらっしゃるか、お聞かせ願えますか。
荒井:答えになっているか分かりませんが、卒業生は、自分たちの母校はどうなるんだろう?今のままでいいのか?などと考えるものだと思います。先日もスタートアップ如水会(一橋大学の現役学生と卒業生のうち、スタートアップと関わりがある・関心がある人々のコミュニティ)の方々が当社に来て、いろいろなアイデアを提案してくれました。これは、先輩たちが何かやろうとしている若い人を支援したいという気持ちの表れでしょう。彼・彼女らのように大学で教育を受け、その成果を社会で発揮し、それが大学に還元されていくようなお金の流れをつくれたら一橋大学らしくていいですよね。卒業生にはCFOやベンチャーキャピタリストが結構いますから。
西野:おっしゃる通り、本学の最大の強みは経営人材だと思います。卒業生の方々には本学へのご期待があるから貢献いただけていると考えると、本学としても150年間培ってきたものを次の150年に向けて社会に還元しなければなりませんし、その時に強みになるのは経営人材の存在です。たとえば本学発のスタートアップをつくっていくことはもちろんですが、社会のスタートアップも支援していくような流れを、荒井さんが代表理事を務められているM&A支援機関協会をはじめVC、ファイナンス・コンサルティングのさまざまな業界で活躍されている方々と一緒につくれるといいですね。
荒井:実は近々東京大学の近くにあるマンションを購入する計画があります。そこを起業家版「トキワ荘」として、東京大学の起業家たちと当社の社員にその部屋で共同生活してもらおうと考えています。
西野:いいですね!そういう方々が濃密にコミュニケーションをとれる場や機会はとても重要ですから。
荒井:軌道に乗ったらいずれはこの物件をシリーズ化して、一橋大学の近くにも用意したいと考えています。そうなったら物件の管理は一橋大学の学生に任せて、起業家のための隠れたインフラにしたいですね。
西野:ぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。