外国人と意識しない、真の共生社会を目指して
- 前出入国在留管理庁長官/公益財団法人入管協会業務執行理事佐々木 聖子
- 一橋大学 法学部・法学研究科教授野口 貴公美
2023年12月27日 掲載
2019年に設置された出入国在留管理庁の初代長官を務められた佐々木聖子さん。現在も公益財団法人入管協会で外国人との共生をテーマに掲げ、邁進されています。佐々木さんが実践してこられたダイバーシティとは何か、またこれまで重ねてこられた学びやキャリアについて、一橋大学でダイバーシティの推進に取り組む副学長の野口貴公美が伺いました。
佐々木 聖子(ささき・しょうこ)
前出入国在留管理庁長官。公益財団法人入管協会業務執行理事。1985年東京大学文学部卒。同年4月法務省入省。1988年-1990年研究休職、シンガポール「東南アジア研究所」を拠点に外国人労働者問題についてフィールドワーク研究。2015年法務省大臣官房審議官(入国管理局担当)、2019年1月法務省入国管理局長、同年4月出入国在留管理庁(初代)長官に就任。2022年8月退官、2023年公益財団法人入管協会業務執行理事に就任、現在に至る。主な著書に「アジアから吹く風ーいま外国人労働者のふるさとは」(朝日新聞社刊、1991年)がある。
野口 貴公美(のぐち・きくみ)
法学部・法学研究科教授。専門は行政法。一橋大学副学長(広報、ダイバーシティ担当)。1994年一橋大学法学部卒。1996年同大学大学院法学研究科修士課程、1999 年同大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。法政大学社会学部助教授、中央大学法学部教授を経て、2016年一橋大学大学院法学研究科教授に就任。社会資本整備審議会委員(国土交通省)、行政不服審査会委員(総務省)、東京都税制調査会委員(東京都)、東京都情報公開・個人情報保護審議会委員(東京都)、情報保全諮問会議構成員(内閣官房)などを務める。
男女差なく働いた現役時代
野口:「ダイバーシティ」というと、一般的には男女協働やLGBTQといった性自認の面が強調されがちですが、出入国管理及び難民認定法(入管法)の議論に行政法の観点から携わっていますと、国籍もダイバーシティの重要な要素であると感じます。いろいろな国の人を迎えて一緒に暮らしていくことはごく当たり前のことであるはずですが、日本は島国という要因もあるせいか、どうしても国籍に対する議論がいろいろな形で出てきてしまいますよね。長い間入国管理の世界で行政の仕事をされてきた、佐々木さんの話をお聞かせください。また女性として仕事を続けていくことについても伺えればと考えています。
佐々木:現役時代の職場(旧:入国管理局・現:出入国在留管理庁)は、あまり男女間の垣根がありませんでした。たとえば空港の宿泊勤務も男女関係なくやっていますし、入国警備官としても昼夜を問わずに摘発を一緒にしていました。ただ、同じ法務省に勤務する中で、大臣官房秘書課と会計課に出向したことがあり、その際は両部署とも「女子会」というものがありました。そこで初めて仕事における性差を実感しました。
野口:いわば、異文化を体験されたわけですね。
佐々木:私自身はいわゆる「昭和の男性的な働き方」をしてきたので、女性の働き方をサポートするという期待には応えていなかったかもしれません。ただ、今は各省庁でも女性活躍の取組みを行っており、女性職員の働きやすさに力を入れていると思います。出入国在留管理庁の組織は短期間でかなり拡大しており、私が入省した頃は職員が全国で1700人程度でしたが、今は6000人を超えています。職員が増えることで、職員の事情も多様になってきます。たとえば家庭の事情で宿泊勤務ができないという人が多く発生する。お互いに事情を理解し合って、その代わりに日中一生懸命お仕事をしていただくなど、組織をマネジメントする必要が出てきます。
人の運命を変える権限を持つ「入国審査官」という仕事
野口:出入国管理庁というセクションは、チーム一丸となって外国人の在留や共生・出入国に関与する、という仕事への目標や姿勢がはっきりしているように見えます。
佐々木:チームワークで現場を支えようという意識が不可欠です。たとえば「空港での待ち時間を短くしよう」という目標を立てて、自動化ゲートなどの技術、情報収集や分析・共有のための仕組みを導入しています。それでも足りない部分は、やはり職員の力に依るところが大きいのですが、コロナ禍で3年ほど空港が閉鎖した時は、正確に早く審査する技能が途切れるのではという心配もありました。
野口:ずっと引き継がれマネジメントできていた業務が、一旦ストップしてしまったわけですものね。
佐々木:今はマニュアル化も進んでおり、職員の皆さんは短期間で職務に対応できるようになっています。一方で、昔の入国審査官には、いわゆる「匠の技」のようなものがありました。たとえば、旅券を受け取った瞬間に偽造かどうかが分かるとか。
野口:それは凄いですね。感覚でわかるのでしょうか?
佐々木:理由は定かではありませんが、培われた経験値でしょうか。今は「匠の技」が技術と情報に置き換わった感じです。まず審査の第一段階をシステムに委ねるということです。
野口:個人的には「匠の技」が伝承されていってほしいと思います。人と人との関係が原点にあってほしいので。
佐々木:もちろんそうです。現役時に受けた研修でも言われましたが、審査官の判断で入国できなくなった時、その人がやりたいと考えていたことをここで遮断することになる。だから私たちは間違いがあってはいけないし、とても大きな権限を持っていると。実は私も一度、海外の入国審査でそれを強く感じたことがありました。
野口:それは、どんな体験だったのですか?
佐々木:30年ほど前、入省4~5年目の時に休職して東南アジアを巡っていたことがありました。その際にある国で審査にひっかかってしまったのです。職業柄、理由を知りたくて先方のカウンターを覗き込んだのです。すると手書きのブラックリストみたいなものがあり、そこに私と同じ苗字の男性の名前が載っていたのですね。日本には佐々木という苗字がたくさんあるし、ファーストネームのイニシャルも違う、そしてそもそも性別が違う。だから別人だと説明をしたわけです。でも向こうの審査官は「ササキが来た!と高揚していて全然らちが明かない。いよいよ仕方がなくなってついに「私は日本の入国審査官です」と自分の身分を伝えました。すると相手の対応がガラッと変わり、首席審査官のような方が出てきて事なきを得ました。今となっては思い出話ですが、あの時止められたら私の計画は台無しになっていたわけです。入国審査官がそういった権限を持っていると改めて認識しました。
野口:全く違う環境で自分がマイノリティの立場に立ってみる。その経験も相手を理解するうえでとても大切だということですね。
佐々木:そうですね。それはLGBTQや同性婚、夫婦別姓といったテーマでも同じではないでしょうか。ダイバーシティとは、いろいろな価値観と共生することだと思いますので。
聖徳太子と邂逅、学びを深めた大学生活
野口:ここで佐々木さんのご経歴についてお聞かせください。佐々木さんは東京大学で美術史を研究されていますが、関心を持たれたきっかけを教えてください。
佐々木:高校の倫理の授業で、三人一組で歴史上の人物を1年かけて学ぶ「先哲研究」というものを伝統的にやっていまして、そこで聖徳太子を選びました。
野口:なぜ聖徳太子を選ばれたのですか?
佐々木:聖徳太子のように人の話を聴ける人になってほしいと母が「聖子」と名づけたと聞いた記憶があって、気になっていたのです。それで聖徳太子についてかなり真剣に調べました。また修学旅行で京都・奈良に行って法隆寺などのお寺を見たことから仏像が好きになり、勉強したいと思うようになりました。
野口:卒業論文は、どのような視点でまとめられたのですか?
佐々木:民間信仰と聖徳太子像についてです。聖徳太子は神格化されたり政治家だったりと、時代時代で見方が変わるのですね。聖徳太子像に何を求めるかはその時代の人側の話で、人の見方が変わることでイメージも変遷していく、という内容でした。
野口:在学中、研究以外で印象に残っていることはありますか?
佐々木:私が進んだ美術史や第二外国語の中国語のクラスは女性が多く、また、私はブラスバンド部に所属してサックスを吹いていたのですが、ほかの女子大学の方たちがインカレサークルに加わっていて、とても華やかだった記憶があります。
野口:法務省へ入られたのは、どのような経緯ですか?
佐々木:もともとは文化庁で文化財保護をやりたかったのですが、早々と不採用になってしまいました。その際に民間就職も考えたのですが、友人の勧めもあってほかの省庁を探してみました。たまたま大学の時に留学生と交流があり出入国管理の仕事にも興味があったので法務省を訪問しました。面接で私のことを面白がってくれた上司がいて採用になりました。また後から分かったのですが、大学時代の中国語のクラスで一緒に学んでいた源氏物語好きの女性がいて、彼女も法務省の民事局に入っていたのです。
野口:不思議なご縁ですね。
佐々木:省内でばったり会って。彼女は、民事局で登記の大家になったと聞きました。人生っていろいろあるのですね。
「女性初」だから成し遂げられたもの
野口:法務省に入省されてから、どんなキャリアを歩んでこられたのですか?
佐々木:入省2年目から東京、そして平成5年(1993年)には大阪、平成18年(2006年)にはまた東京の各入管の現場へ。入管以外への出向経験も同じ省内なので、世界は狭いです。
野口:いろいろと女性初の役職に就かれてきましたね。
佐々木:象徴的に取り上げていただくのですが、今も活躍されている名取はにわさんも入管の先輩でした。名取さんが、非常に重要な時期に男女共同参画局長に就任された姿を見ていましたし、私もいきなり局長になったわけではなくさまざまな役職を経ていたので、入管の中では「女性だから」という特別な空気はあまりなかったのではないでしょうか。ただ、女性だからと「ゲタを履かせてもらった」と感じることはありました。しかし、そう感じた時は反発するのも感じ悪いので、ラッキーだと思うようにしていました。
野口:ポジションに就いたからこそできる仕事や見えてくることもあって、機会を与えてもらったととらえることで、そこから新しい世界が広がっていきますよね。
佐々木:そうですね。局内で旧入国在留課の課長と警備課長を両方やらせていただいたのは私が初めてでした。しかし、警備課は私のようなプロパー出身者には難しい世界で、力不足を実感しましたが、良い経験になりました。
野口:2019年には新設された出入国在留管理庁の初代長官になられました。昨今、行政組織が縮小方向にある中、あえて新しい組織を設置したのは、その領域に重要性があるということの表れだと思います。
佐々木:そうですね。まずは組織設置の前年に、法務省がこの行政課題の総合調整役になると決まりました。関係閣僚会議もできて長い間ばらばらだった「受入れ」と「共生」がやっとつながって在留支援への道もできました。
野口:私も入管行政に、少しだけですが、関わらせていただいている一人として、佐々木さんが長官になられた当時は、入管行政が「切り替わった」という印象がとても強かったです。従来の管理のコントロールはもちろん、在留で共生するという点がとても前に出てきた感じがしました。
佐々木:そうですね。在留管理については平成24年(2012年)施行の法改正で外国人登録法が廃止されて入管法に一本化され、そして多文化共生社会づくりについては平成30年(2018年)に土台ができました。外国人受入れや多文化共生社会づくりが大事だ、という社会的な意識が高まってきた時代の要請が新庁の発足であり、そうしたメッセージを発信できたのはとても良かったと思います。
外国人に選ばれる「共生」の心がある国へ
野口:現在所属されている入管協会では、どんなお仕事をされていますか?
佐々木:入管協会は1987年に立ち上がった民間団体で、ご縁があって入省3年目の時にその立ち上げに関わったことがありました。主業務は賛助会員の入国・在留申請の手続などのお手伝いで、コロナ禍で一時事業が停滞しましたが、今も約500社を超える賛助会員の皆様にお力をいただいています。以前は「国際人流」という雑誌を30年間ほど出版していたのですが、今は休刊になっており、その復刊を目指しているところです。
野口:かつて携わられた組織に新たな形で加わるのは、とても運命的ですね。
佐々木:出入国在留管理庁の業務の支援や情報発信という役割を担う団体ですが、個人的にはできるだけ「共生」の方面にも軸足を置いて議論できるような場にしたいと考えています。外国人を受け入れる法律はつくればできるものですが、受け入れる環境づくりはそれに連動してできるわけではありません。最近私は、「共生競争」という言葉を使っているのですが、外国人がまずは日本を選んでくれるか?どこの地方へ?最後はどの会社・どの学校に行くのか? という話になった時、選んでもらえるのは共生の心がある所だと。それはある意味競争であり、ただ座して待っていては外国人を惹きつけることは難しくなっていくということを強く発信していきたいと思います。
野口:おっしゃる通り、大学の国際化を進めるうえでも、待っているだけでは駄目だと感じています。留学の選択肢は世界中にあるわけで、日本という理由だけで選ばれる時代ではありません。アドミッションや入試など受入れ部分だけでなく、一緒に学べる環境を整えていくことがとても大切だと思います。
佐々木:全く同じですね。ワードとしてはちょっとオールドファッションになりましたが、「国際化」として最後に目指すところは、私は、外国人の方を外国人だと意識しなくなることだと思っています。イニシャルサポートは絶対に必要ですが、そのうち普通の隣人として付き合い、どこかで特別なお付き合いをやめる。2006年に総務省がつくった多文化共生推進プランは、その理念として「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的違いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと。」を掲げており、今でもとても先進的な内容だなと感じています。
野口:本当に。今でも通用する考え方ですね。
佐々木:私は山形出身なのですが、それと同じ感覚でこの人は⚫️⚫️国出身だととらえられるようになればいいですよね。最初は徹底的にサポートするものの、いつまでも外国人扱いするのではなく、但しいざ困った時のセイフティネットはきちんとつくっておくのが良いと思います。
野口:今、一橋大学には「ダイバーシティ推進室」という組織がありますが、同じように、長い目で見ると「推進」という言葉が意識されなくなって平常化していくことを目指さなければいけないと思っています。
佐々木:そうですね。ただ、推進する時期は必要です。何もしなければいつまでも変わらないので。いずれにしてもダイバーシティとしては、選択肢がたくさんあって自己決定権があればそれでいい。あとは寛容の心と良識があれば十分なのではないかと思います。
野口:お話を振り返ると、佐々木さんの歴史はお母様やお友達、上司の方と、素敵な偶然のつながりの中で醸成されていると感じました。新しい所でも国際人流をキーワードに活躍されることを祈念しております。
好きなことを突き詰める学生生活を
野口:最後に、これから多文化共生時代を生きる若い学生の皆さんにメッセージをいただけますか?
佐々木:好きなことを見つけて突き詰めていただきたいですね。組織に守られている時はコンフォタブルで気がつかないこともありますが、いざ離れると自分には一体何ができるのか?と感じることがあります。時間がたくさんあるうちに、好きなことを見つけていれば、人生の後半を豊かに過ごせると思います。
野口:それは若い学生さんだけでなく、私たちの世代にもすごく響く言葉です。いま何か取り組まれていることはありますか?
佐々木:以前からトロンボーンを習うのが夢で、私の退職時のTo Doリストで最後に残ったのが「トロンボーン」だったのですが、つい最近楽器を買いました。また、今日本語教師の勉強をしているのですが、スクールでは私と年齢の近い方が多くて、皆さん本当に熱心に勉強に取り組まれています。私も日々、日本語そのものの再発見をしています。
野口:なるほど。日本語教師もTo Doリストに載りそうですね。
佐々木:すぐになるつもりはありませんが、いつか海外で実現したいですね。
野口:本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。