グローバル社会を力強く生き抜くために
- 駐日オーストラリア大使ブルース・ミラー
- 一橋大学長蓼沼 宏一
2016年夏号vol.51 掲載
駐日オーストラリア大使のブルース・ミラー氏。幼少期に、親族が日本を旅行した時の話を聞いて日本を意識し始めたという。17歳で初来日、20歳で日本の大学に留学、そしてシドニー大学では日本語学や日本文学・歴史を学び、母国の外務貿易省では対日政策にも関わった同国きっての"日本通"である。グローバルな環境に身を置いて学ぶことの重要さから二国間関係の在り方まで、大使の堪能な日本語で大いに語り合った。
ブルース・ミラー
1986年外務貿易省に入省後、在日オーストラリア大使館参事官を経て、首相内閣省防衛情報部シニアアドバイザー、アジア太平洋安全保障課課長、戦略政策部部長、北東アジア部部長、在日オーストラリア大使館政務担当公使、内閣調査庁副長官等を歴任。2011年10月駐日オーストラリア大使に就任。専門は国際政治経済や安全保障。日本を含む東アジアの地域安全保障問題等に精通。シドニー出身。シドニー大学卒。
蓼沼 宏一
1982年一橋大学経済学部卒業。1989年ロチェスター大学大学院経済学研究科修了、Ph.D.(博士)を取得。1990年一橋大学経済学部講師に就任。1992年同経済学部助教授、2000年同経済学研究科教授、2011年経済学研究科長(2013年まで)を経て、2014年12月一橋大学長に就任。専門分野は社会的選択理論、厚生経済学、ゲーム理論。近著に『幸せのための経済学──効率と衡平の考え方』(2011年岩波書店刊)がある。
初めての海外体験が
日本での研修プログラム
蓼沼:入学式では素晴らしいご講演をいただき、どうもありがとうございました。国立はちょうど桜が満開で美しい時期でしたので、お越しいただけて嬉しく思います。
ミラー:普段はそれほど若い人と接する機会がありませんから、学生の方々と接することができて私も貴重な時間となりました。
蓼沼:今回は大変珍しい、と言いますか、厚かましいお願いをいたしまして(笑)。ミラー大使は日本語が堪能でいらっしゃるので、講演の最初の10分は英語で、その後の20〜30分は日本語でお話しいただきました。2か国語を自在に操り豊かな内容を語れるという、グローバル化する社会で活躍する人の理想像を学生に示したかったからです。そんな私どもの願いを、大使は見事に叶えてくださいました。
ミラー:ありがとうございます。
蓼沼:日本語に切り替わった時、学生たちは、相手の母国語で話す言葉がいかに相手の心に届くかということを、身をもって理解できたのではないかと思います。そして、大変素晴らしい言葉を学生に届けてくださいました。中でも特に私の印象に残ったのは、「内なる留学」という表現で、留学は単に訪れた先で終わるものではなく、帰国してからも、自分が生まれ育って当たり前だと思っていた環境が新たな視点で見えるようになる、と語られたことです。私も全く同感で、外国で勉強し生活することで、世界の中で自分とは何かを考えることができるようになる、そんな人間としての器を大きくすることが留学の重要な意義なのだと思います。ミラー大使が日本に関心を持たれたのには、どういったきっかけがあったのでしょうか?
ミラー:私が5〜6歳の頃だったと思います。祖父の妹たち2人から、日本に旅行した時の話を聞きました。1936年、船で東アジア各国を旅行し、日本にも立ち寄ったそうです。横浜港に着いて列車で東京駅に行き、東京ステーションホテルに泊まり、神戸駅まで汽車で行って、神戸港から船でオーストラリアに帰った、という話でした。その時に、私は初めて日本という国の存在を知ったわけです。
蓼沼:そうでしたか。
ミラー:そして11歳の時に、父は私に「もし外国語を学ぶとすれば、アジアの国の言葉を選ぶといい」と言いました。それが、アジア・太平洋地区の一角を占めるオーストラリアの将来のためになるというわけです。子どもとは得てして親の言うことなど素直に聞かないものですが(笑)、その言葉は印象に残りました。命令口調ではなかったからかもしれません。
蓼沼:それと、幼少期の親族の方のお話が心に残っていたのかもしれませんね。
ミラー:おっしゃるとおりですね。だからこそ、小学生のうちから海外を意識させることも有意義だと思います。その後、高校では日本語を学ぶ機会はなかったのですが、17歳の時に日本の国際交流基金による研修プログラムで来日しました。2週間だけでしたが、私にとっての初めての海外体験ということで、インパクトが大きかったですね。そして大学では本格的に日本語や日本文学を専攻しようと考えました。入学前に独学で日本語を勉強したりもしました。
人生を大きく変えた
日本での1年間の留学
蓼沼:学生時代には関西学院大学に留学されましたね。
ミラー:オーストラリアの大学で3年間勉強してから、日本で1年間学びました。
蓼沼:高校時代とは、日本に対してまた違った印象を抱かれたのではないかと思いますが、いかがでしたか?
ミラー:そのとおりですね。高校時代に滞在した時は見るものすべてが新鮮で面白かったのですが、学生時代の留学は1年間という時間がありますから、徹底的に見てやろうと考えました。また日本語も上達していたので、さらにいろいろなことが理解できるようになりましたね。2週間の滞在では物足りなかったですが、もっと学びたいという意欲につながりました。ですから私は、短期留学も長期留学もどちらも意義があると思っています。
蓼沼:日本の大学で学んでみて、どういったことが印象に残りましたか?
ミラー:入学式でもお話しさせていただいたことですが、この時の喜びと興奮は、何十年経った今なお、ありありと思い出すことができます。期待に胸を膨らませて、この日本の地に降り立ちました。結果的に、私の人生を大きく変えた1年でした。
蓼沼:そうでしたか。
ミラー:まず、毎日耳に入ってくる言葉が英語から日本語に変わりました。目に映る風景も見慣れないものばかりです。低く連なる家の軒先や、こんもりと茂った杜にたたずむお寺や神社など、いかにも日本的な風景は私を優しく歓迎してくれているように思ったものです。また、南半球に位置するオーストラリアと北半球の日本では、季節も真逆です。日本ならではの美しい四季に魅せられましたね。そのように日本にどっぷりと浸りながら、夏目漱石や森鷗外の文学作品を改めて読んだわけです。すると、オーストラリアで勉強した日本への理解が、さらに深まっていくのが分かりました。想像していたものと同じだったこともありますし、日本を肌で感じて初めて「こういうことだったのか」と、すとんと腑に落ちたこともありました。「百聞は一見にしかず」と言いますが、留学時代ほど、この言葉の意味を実感した経験は後にも先にもありません。
蓼沼:日本という風土で書かれた文学を同じ風土で学ぶことには、大きな意義があると思います。
ミラー:ええ。そして留学中には、たくさんの日本人やほかの国からの留学生との出会いもありました。私を自分の子どものように受け入れてくれたホストファミリーにも恵まれましたね。
蓼沼:日本の大学で学ばれて、戸惑うようなことはありませんでしたか?
ミラー:オーストラリアの大学では、何よりも議論することを重視します。ところが、その頃の日本の大学は違いました。学生は先生の言うことを聴いている形が多かったのです。そこが少し違うと思いましたね。
蓼沼:今では日本でもインタラクティブ(双方向)な授業がだいぶ定着していますが、当時は確かに教員が一方的に講義をするというスタイルが大半でしたね。
ミラー:講義も重要ですが、少人数で議論するということも重要だと思います。講義だけでは物足りない印象がありますね。私がオーストラリアの大学で学んだ時、ほかの学生や先生と一緒に何かについて話すということがとてもためになりました。
蓼沼:知識を効率的に習得するには講義形式がいいと思いますし、一方で自分の考えをまとめて発表し、ブラッシュアップするには少人数のゼミ形式がいいと思います。一橋大学では、伝統的にゼミを重視しています。先生1人に学生7〜8人の割合で、まず学生が発表し、先生やほかの学生が疑問点や異なる意見などを述べて議論する、というスタイルのものです。
ミラー:そういう方法ならば、知識を掘り下げて習得できると思いますね。学生が持っている好奇心を活かしながら、考える力を育成することにつながると思います。
蓼沼:おっしゃるとおりです。自ら興味を持って学んだことは忘れませんが、試験のために勉強したことはすぐ忘れてしまいます(笑)。
ミラー:そのとおりですね(笑)。
留学でいろいろな「力」が育つ
蓼沼:ところで、入学式でのご講演の中で、「力」を表す英語には、いろいろな表現があると話されたことが大変印象に残りました。
ミラー:"Power"以外にもいろいろあるという話でしたね。代表的なものでは、"Ability" "Capability" "Strength" "Capacity"そして"Resilience"などがあります。"Ability"は主に能力のことを表します。英語力などの語学力などもこれにあたります。"Capability"も似ていますが、潜在能力、ポテンシャルというニュアンスもある単語です。"Strength"は強み、力強さのことです。"Capacity"は容積が大きいというイメージで、その人の持つ"器"を表すというところです。そして"Resilience"は、困難から立ち上がる力です。逆境に負けない力強さ、底力とも言えるかもしれませんね。
蓼沼:そしてミラー大使は、日本への留学でいろいろな力が育ったとおっしゃっていました。
ミラー:ええ。まずは日本語という外国語の"Ability"が飛躍的に向上しました。しかしそれだけでなく、母国とは全く違った環境に身を置くことで、自分のあらゆる"Capability"が伸びていきました。時には文化や言葉の違いで戸惑うことや、簡単ではないことも経験しましたが、それを乗り越える過程で、逆境に負けない"Resilience"が鍛えられましたね。
蓼沼:確かに、海外留学は異文化の中に入ることになるわけですから、うまくいかないことも起こります。そういう体験が"Resilience"を鍛えてくれるわけですね。ミラー大使も慣れない日本で文化や言葉の違いで戸惑うこともあったとおっしゃいましたが、どういった経験をされたのですか?
ミラー:自分の言いたいことがうまく伝わらず、挫折感を覚えたことが結構ありましたね。子どもの頃に戻ってしまったような感覚でした。これは私にとっての久しぶりの大きなチャレンジだったと思います。ですから、おっしゃるとおり"Resilience"が大いに鍛えられました。
蓼沼:よく分かります。私もアメリカのロチェスター大学の大学院に留学し、博士課程の5年間、学びました。特に最初の1年間は言語の問題で苦労しました。博士課程なので、課題を非常に多く出され、大量の論文を読みこなさなければなりません。一方で、講義を聴きながらノートを取るのが難しい。聴くこと、書くことの一方ならばできても、それを同時にうまくこなすことができないのです。母国語ならば当たり前にできることが外国語では難しいということを実感しました。
ミラー:全く同感です。母国語ならば、聞きながら適度に端折りつつメモを取れるのですが、外国語はセンテンスを全部聞かなければ理解できないわけです。母国語の場合は話を聞きながら「これが大事」と思ったところだけを書き取ることができますが、外国語の場合は難しいですね。
失敗したことを振り返り
やり直す時間こそが重要
蓼沼:外国語を使う時は本当に集中力が必要ですね。
ミラー:逆に言えば、そういった障害があるからこそ語学も徹底的に学ばなければならないという動機付けになると思うのです。そうポジティブに考えれば、得られるものは大きいと思います。
蓼沼:日本語には"七転び八起き"という言葉があります。
ミラー:語学は間違えてもいいんですよね。とにかくまずは話してみて、間違えたらどんどん修正していけばいい。そういう発想で取り組んだほうがいいですね。
蓼沼:異文化社会の中にどっぷりと浸って経験することが重要ですね。そうしていくうちに必ず失敗も経験します。そして失敗したことを振り返り、やり直す時間がとても重要なのだと思います。
ミラー:そのとおりです。失敗は恥ずかしいことではありません。ですから、大学は学生が失敗してもいいような環境をつくることが大切ですね。そうでないと、失敗することが怖くなってしまいます。何かを発言することがためらわれるような雰囲気があってはいけません。
蓼沼:一橋大学では、年に100人以上の学生に奨学金を支給して、1年間、海外の交流協定大学に送り出しているのですが、学生たちには「どんどんチャレンジして失敗してきなさい」と言っています。1年間だと2セメスター学ぶことになる場合が多いのですが、最初のセメスターは勉強でも生活でも大抵うまくいかないわけです。その経験が大事なのです。その後で、どうすればいいかを自分で考え、工夫して次のセメスターをやり直す。そのような努力をした学生は、見違えるほど大きく成長して帰ってきます。
ミラー:まさに自分の中にある"Capability"が鍛えられることになるわけですね。そこまでの経験をしないと、なかなか"Capability"も大きく花開かないかもしれません。
蓼沼:ミラー大使の場合は、ホストファミリーの中で生活されたわけですから、完全に異文化にどっぷり浸られたわけですね。
ミラー:朝から晩まで毎日毎日、日本語です。というより、関西弁です(笑)。
蓼沼:なるほど(笑)。でも、今は関西弁は出ませんね。
ミラー:意識して話すことはできませんが、関西の人と話していると自然と出てくるようです(笑)。
蓼沼:日本語でもバイリンガル、というわけですね(笑)。
"TeamAustralia"として
東日本大震災からの復興支援
蓼沼:ところで、次は日本とオーストラリアの関係について伺っていきたいと思います。まず、先の東日本大震災が発生した際は、迅速に被災地に支援物資を送ってくださいました。そして私が素晴らしいと感じているのは、その後も継続的に支援してくださっているということです。日本国民の1人として感謝いたします。
ミラー:東日本大震災は、私が日本大使に就任する前のことでした。オーストラリア政府は、震災が起きてすぐに都市捜索救助隊を宮城県南三陸町に派遣しました。それとともに、オーストラリア空軍は日本の航空自衛隊と共同してC−17という輸送機3機で人及び食料や水などの救援物資を運びました。なぜならば、そのわずか3か月前、オーストラリアのクイーンズランド州が大洪水に襲われた際、日本が直ちに支援を寄せてくれていたからです。私たちはその恩を忘れてはいませんでした。
蓼沼:ギラード元首相が外国首脳として初めて被災地を訪問してくださいました。当時、日本にいた外国企業などの方々の多くが、放射能汚染を危惧して日本から避難しましたね。そうした中での訪問でしたから、非常に印象に残っています。
ミラー:オーストラリア大使館は避難せず、ここで仕事を続けました。ギラード元首相の来日は元々震災前から予定されていたものでしたが、救助隊が派遣されたことが縁となって南三陸町も訪問することにしたのです。佐藤仁町長と会談したほか、避難所を訪問し、被災者を見舞いました。佐藤町長の要請に基づきギラード元首相が支援を約束した食料は、その4日後に同町に到着しました。
蓼沼:ありがたいことです。
ミラー:この都市救助隊の派遣、そしてギラード元首相の訪問を縁に、オーストラリアは南三陸町と新しい友情を築くことができました。今年で震災から5年という節目を迎えましたが、この間は大使館のみならず、在日のオーストラリアの企業・団体などが皆で協力し、またある時には独立した活動として、同町を訪問したりボランティアをしたりしながら"TeamAustralia"としてさまざまな活動を続けてきたわけです。たとえば、町の中学生にオーストラリアでのホームステイプログラムを実施したり、オーストラリアの子ども向けパフォーマーの同町での講演、そして地元の方々と一緒に楽しむオーストラリア風バーベキューなどが挙げられます。それら以外にも、オーストラリア・ニュージーランド銀行とオーストラリアに本社を置く建設関連企業のレンドリースジャパンとの共同プロジェクトで、南三陸オーストラリア友好学習館が建てられました。これには「コアラ館」という愛称がつけられました。コアラ館は図書室、学習室、研修室を備えた生涯学習施設として、南三陸町内で震災後再建された、初めての仮設ではない公共施設となりました。
蓼沼:本当に数々の支援をしてくださっていますね。
ミラー:南三陸町だけでなく、福島県飯舘村や岩手県にも少し支援させていただいています。福島第一原発事故で避難生活を余儀なくされている飯舘村の方々のために、避難先に移動図書館「コアラ号」と、仮設の幼稚園にオーストラリアの遊具をプレゼントしました。また岩手県では、2011年から毎年9月に、オーストラリアのジャズミュージシャンが被災した学校を訪問し、ジャズの演奏やワークショップを行うなど、音楽を通したサポートを続けています。
国と国の関係の土台は
草の根的な人的交流が築く
蓼沼:思いやりの数々、ありがたいことです。国籍や人種は違えど、同じ人間、怒りや競争心、協調性など共通する要素はたくさんありますね。思いやりの心は、その大きな一つだと思います。留学の重要性の一つとして、文化を異にする人間でもこうした共通性があることを身をもって学べることがあると思います。そして、共通の感覚がつかめれば、「一緒にやりましょう」というふうに進めていきやすくなりますね。
ミラー:よく聞かれることがあります。「日本とオーストラリアはどう違いますか?」と。そこで私はいつも「どこが似ているかという観点から始めたほうがいいのではないですか?」とお返ししているのです。共通点を探ったうえで違う点を考えたほうがいい。違いは明確なものがありますから。最初からそれを出すとその違いのほうが重要だと思ってしまうんですね。そうではなく、同じ人間なんですから、似ているところから始めたほうがいいのではないかと思うのです。
蓼沼:おっしゃるとおりですね。そしてもう一つ、入学式の講演でおっしゃっていたことで印象的だったのが、日本とオーストラリアは価値観を共有しているということです。そういうしっかりした土台があるから、お互いがよく理解し合えているということでした。
ミラー:日本もオーストラリアも、議会制民主主義で、法による支配が行き届いており、自由や人権や平和的共存を重視するといった価値観をとても大切にしています。もちろんどちらもパーフェクトではありませんが、ほぼ問題なく実現できているところは両国の極めて重要な共通点ですね。それがあるからこそ、政治や経済のさまざまな面でも協力し合えるのだと思います。
蓼沼:そういった大きな国と国の関係の土台となっているのは、草の根的な人と人とのネットワークですね。
ミラー:そのとおりです。私は大使として国の政治や経済に関わっていますが、最重要なのは人的交流だと思っています。留学でも観光でも、お互いの人間同士の交流があるからこそ、国としてもお互いが分かり合えるようになるわけです。日本とオーストラリアが政治や経済で良好な関係を保てているのは、こうした市民交流があってのことです。長年の人的交流で培われてきた強い基盤があって初めて今の日豪間の信頼関係が築かれているのではないでしょうか。
蓼沼:留学は「グローバル人材を育成する」という、ある意味で経済的な側面が強調されがちではありますが、そのように国と国の関係の礎となる人的ネットワークを築くという意義も非常に大きいですね。
ミラー:そう思います。
留学生たちと議論することで
国際的競争力が鍛えられる
蓼沼:次に、高等教育についてもお考えを伺いたいと思います。ミラー大使は日豪双方の大学を経験されましたが、共通点と相違点をどのように感じておられますか?
ミラー:どちらも教育レベルの高さは似ていますね。両国とも世界大学ランキングでトップ100に入っている大学が同じぐらいあります。また、今ではどちらの大学もかなり国際化していますが、オーストラリアでは30年ほど前から国際化に取り組んできました。日本では最近になってからの取り組みという違いはありますね。
蓼沼:なるほど。
ミラー:オーストラリアの大学で学んでいる学生の5分の1ぐらいは、留学生が占めています。世界中のいろいろな国から集まってきているのです。ですから、オーストラリアの学生はキャンパスでそんな留学生たちと議論することで国際的競争力が鍛えられ、レベルアップできていると思います。そういう環境があるので、日本からオーストラリアへの留学は、二重の意味でグローバル体験ができるというメリットがあると思います。
蓼沼:私のゼミでも留学生を迎えたことがありますが、確かに留学生が加わると議論が面白くなりますね。特に日本人は普段あまり外国人と接する機会はないので、いい機会になっていると思います。そんな日本人学生を傍で見ていると、最初のうちはぎこちない感じでも、若いからすぐ打ち解けるのです。しかし、そこから先は、専門的な話でどうコミュニケーションするかが問われる。お互い努力を要するわけですが、半年もすれば議論できるようになりますね。
ミラー:オーストラリアでも同じような感じだと思います。授業は基本的に英語で行われるので、留学生は時にはついていけない局面もありますが、最終的には積極的に議論できるようになります。
蓼沼:一橋大学ももっと多くの留学生を受け入れて、学生が常日頃からグローバル感覚を磨ける環境を整備していきたいと思っています。ところで、一橋大学は日本における社会科学の研究総合大学としてこの分野をリードする存在であると自負していますが、どういったことを期待されますか?
現実社会の問題解決には
学際的な取り組みが必要
ミラー:繰り返しになりますが、大学教育においては議論する場や機会が非常に重要であると思っています。それが「考える能力」を養うのに適しているからです。社会の諸問題に対し「私はこう考える。なぜならば」と言える人材を育成することは、日本社会にとって非常に役に立つことだと思います。そんな人材育成を期待したいですね。
蓼沼:ご指摘のとおり、「考える能力」とは、どこにどのような問題があって、それをどのように整理し解決策を考えるかというステップを論理的に組み立てる力だと思います。理科系の場合は比較的狭い専門的領域に限定されますが、社会科学系は社会全体の中で問題をとらえていくという面があります。それができる人材の育成は、一橋大学の使命だと思っています。
ミラー:社会科学においては特に、専門分野を徹底的に学んだうえで他分野の影響も受ける学際的な取り組みも大切ではないかと思いますね。たとえば、経済学主体に取り組みつつ、心理学や歴史も取り入れる、といったことです。
蓼沼:現実社会では実にさまざまな要素が絡み合っています。それぞれの学問は一面的なことをしっかり学ぶという性質がありますから、社会の諸問題にアプローチするには学際的に取り組む必要がありますね。一橋大学でも、東日本大震災を受けて、経済学部と法学部が協力して「非常時における行政対応」という危機管理を考えるプロジェクトに取り組みました。次に同様の大震災が発生した時、被害を最小限にとどめるための危機管理の在り方について一定の成果を挙げています。
ミラー:私は政府の一員として働いているわけですが、東日本大震災のように予想もしなかった災害や事件が起きても適切に対応できるCapacityが必要であると自覚しています。柔軟性とResilienceですね。そのうえで、危機管理のノウハウが活用できると思います。こうしたことを大学で研究するのは、とても有意義であると思います。
蓼沼:今、世界に共通する問題が増えていると思いますが、その中の一つに少子高齢化が挙げられます。日本はまさに世界最速の少子高齢化国です。医療・介護の費用や社会保障をどうしていくのかといった大きな問題を抱えています。そんな日本の取り組みが世界からも注目されていますが、一橋大学でも医療や社会保障などの分野の高度専門職業人を育成するプログラムを強化するなど、この問題の研究と教育に学際的に取り組んでいきたいと考えています。
ミラー:これからの国際社会がまさに必要とする取り組みです。素晴らしいですね。
蓼沼:では最後に、一橋大学の学生や日本の若者に向けて、何かメッセージをお願いいたします。
ミラー:私がつねに言っていることですが、世界に目を向けてください。そして、若い時の好奇心は、どうか死ぬまで持ち続けてください。それが一番大事なあなたの資産になると思います。
蓼沼:何事も好奇心から始まります。好奇心こそが、何かに真剣に取り組む情熱を生むと思います。今日はいろいろお話しさせていただき、有益な示唆をたくさんいただきました。どうもありがとうございました。
(2016年7月 掲載)