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社会の諸課題を解決するトータルソリューション力の追求を

  • 国連事務次長補・国連開発計画(UNDP)総裁補 兼 危機局長岡井 朝子
  • 一橋大学理事・副学長大月 康弘

2021年2月16日 掲載

高校時代から外交官を目指し、一橋大学でその素養を身につけ、外務省入省後は主に国際協力分野での活躍を経て、現在は国連事務次長補・国連開発計画(UNDP)総裁補 兼 危機局長という要職にある岡井朝子氏。気候変動や紛争、新型コロナウイルス感染症のパンデミックという危機的状況が広がる中、諸分野の専門家の知見を統合し、いかにSDGs(持続可能な開発目標)を推進して理想的な国際社会を形作るか、多忙な毎日を送っている。そんな岡井氏のキャリアや現在の仕事に触れるとともに、一橋大学や学生への期待について語り合った。

岡井 朝子氏 プロフィール写真

岡井 朝子(おかい・あさこ)

国連事務次長補、国連開発計画(UNDP)総裁補 兼 危機局長
国連開発計画(UNDP)の危機関連の活動全般を指揮し、危機の予防や対応、復旧にむけた戦略立案および実践を統括する。前職は2016年から在カナダ・バンクーバー日本国総領事。1989年に外務省入省。国連を含め、国際舞台での30年以上のキャリアを通じ、開発、人道支援、防災、平和構築分野での豊富な実績を有する。パキスタン、オーストラリア、スリランカの日本大使館での勤務のほか、国連日本政府代表部公使参事官や第66会期国連総会議長室上席政策調整官として国連本部とも深く関わってきた。英国ケンブリッジ大学、一橋大学法学部卒業。

大月 康弘学長 プロフィール写真

大月 康弘(おおつき・やすひろ)

1985年一橋大学経済学部卒業、1990年同研究科博士後期課程単位取得退学。一橋大学経済学部助手、成城大学経済学部専任講師・助教授を経て、1996年一橋大学経済学部助教授。パリ第一大学客員研究員等を務め、2006年から一橋大学大学院経済学研究科教授。2015年同研究科長・経済学部長。2018年一橋大学学長補佐・附属図書館長・社会科学古典資料センター長。2020年9月より一橋大学理事・副学長(総務、人事、研究、社会連携、広報担当)。著書に『帝国と慈善 ビザンツ』(創文社、2005年)、『ヨーロッパ 時空の交差点』(創文社、2015年)、リウトプランド『コンスタンティノープル使節記』(知泉書館、2019年)など。

学生時代は、管弦楽団で
ヴァイオリンの演奏を楽しむ

大月:今日はお会いできるのを楽しみにしていました。いきなり個人的なお話しで恐縮ですが、私は岡井さんのお父様(岡井紀道氏:1965年経済学部卒、増田四郎先生門下)にいつもお世話になっています。ゼミナールのOB・OG会にお出でいただいたりと、格別の御高誼をいただいてきた仲なのです。今日は、ニューヨークとZoom(Web会議システム)をつないでの対談となりましたが、どうぞよろしくお願いいたします。

岡井さんは1989年に一橋大学法学部を卒業後、外務省に入省されました。まずは外交官を目指された経緯からお聞かせくださいますか。

岡井:小学5年の時に、日本経済新聞社の記者であった父親がワシントンDCの駐在となり、家族とともに中学3年までアメリカで暮らしました。帰国後、東京学芸大学附属高校に入学したのですが、高校2年の時にノーベル財団の青年国際交流プログラムの日本代表に選ばれました。選考は英語で「科学と人類」というテーマの論文を書くというもので、帰国子女であった私に白羽の矢が立ちました。世界中から選ばれた各国の青年とともにスウェーデンで様々なプログラムに参加したのですが、一番のハイライトはノーベル賞授与式でした。多様な国の青年と交流する中で、世界の中で日本の地位を高めることに貢献したいとの思いが強くなり、帰りの機中で、それを可能とする仕事は何かと考えた結果、外交官という答えになりました。

大月:一橋大学に進学したのは、外交官を意識してのことだったのですね。

岡井:はい、私は理系、特に物理が大の苦手だった半面、社会科学全般が好きで、一橋大学は学部の垣根が低く広く学べるところが魅力でした。外交官I種試験では憲法、国際法、経済学の三つの必須科目の他、外交史、民法などの選択科目がありました。これらを効率的に学ぶには一橋大学が一番だと思ったのです。ゼミは杉原泰雄先生の憲法学でした。父が一橋大学、母が津田塾出身だったので、一橋に親近感を抱いていたというのも大きく影響したと思います。

大月:学生時代はどのように過ごされたのでしょうか?

岡井:外交官になるには、試験に合格するための勉強もさることながら教養を身につけることも必要だと思っていました。そこで、1、2年次はとにかく知見を広げることに集中し、受験勉強は3年から始めようと考えました。あえて大学での学科の領域を超えた分野の見聞を深める努力をし、部活は一橋大学管弦楽団に入部してヴァイオリンを始めました。幼少の時からピアノを習い、高校時代は音楽部でオペラなど声楽をやっていましたが、ヴァイオリンの音が好きで、いつか弾きたいと思っていたのです。管弦楽団では、初心者ということで主に伴奏を担当する第二ヴァイオリンでしたが、受験勉強で部活をやめる最後のコンサートでは、無理を言って第一ヴァイオリンを弾かせてもらいました。オーケストラの中で演奏できることはとても楽しかったですね。毎日6~8時間ほど練習しましたよ。

留学先のケンブリッジ大学で
美術史を専攻、見聞を広める

大月:学生生活は存分に楽しまれたと。そして、リベラル・アーツを学び教養を身につけられたわけですね。外務省に入省後は、どういったキャリアを歩まれたのでしょうか?

岡井:入省後しばらくして、専門語などを身につけるため研修の機会が与えられます。私は英国のケンブリッジ大学のエマニュエル・カレッジに留学し、美術史を専攻しました。外務省職員は通常法律、政治、経済などを専攻するのですが、経済を学ぶにしても当時ケインジアンではなくマネタリスト全盛の時代でしたし、法律は英米法と大陸法は違うなど、実際の仕事に即活かせないような気がしていました。ならば、イギリスの帝王学の根幹にある歴史を専攻しようとも考えましたが、パブリックスクールなどからの積み上げのない自分にとっては、同級生にすでに素養面でハンディがあります。美術史に絞れば、関心のある分野ですし、自分の目で本物の芸術を確かめることで教養も広がるのではないか、と思い、2年間、ヨーロッパ中を旅し、できるだけ多くの美術館や歴史的建築物、世界遺産などを見て回りました。週毎の先生とのチュートリアルで民族が複雑に入り込む欧州の歴史から多くの気づきを得ました。

大月:私の専門領域とも近いですが、非常にうらやましい2年間ですね(笑)。語学の心配はないから、さぞ思う存分に見聞を広められたのだろうとお察しします。学位も取られたのですか?

岡井:当時の外務省の方針は、図書館と家との往復となりがちで、研修の一つの大きな目的である人脈づくりが阻害されるとの理由で、大学院より学部への留学が奨励されていました。ですので、学部の美術史専攻でした。しかし、国連では博士や修士をもっていることが普通であり、外務省を経て国連に入ろうとした際、それらがないのは不利で、修士や博士をきちんと取っておけばよかったと悔やみました。

大月:国際的な仕事のシーンでは、世界各国の教養ある人たちとの付き合いが多くおありと想像します。そういった時に自らも教養がないと対等に付き合えないのでしょうね。リベラル・アーツはそういう面でも重要であると学生には改めて伝えたいと思います。

熾烈な国際競争の末勝ち取った
国連開発計画(UNDP)危機局長 兼 国連事務次長補(ASG)のポスト

大月:研修から本省に戻られて以降のキャリアはどういったものでらしたのですか?

岡井:文化交流部、経済協力局、内閣安全保障室、欧亜局といった部署で経験を積んだ後、2000年に在パキスタン大使館の経済班長として初めて海外に赴任し、9.11同時多発テロ事件後の緊急事態下での政府開発援助(ODA)実施や経済関係の総括を務め、鮮烈な経験をしました。その後在オーストラリア大使館で経済関係を担当した他、国際協力局で、政策課首席事務官、企画官などに就き、さらに、2007年から初代人道支援室長として、国連世界食糧計画(WFP)、難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの国連機関を所掌します。2009年にはアフリカ第二課長として、アフリカ開発会議(TICAD)事務局を支えました。

外務省では、当局が人事を決めるのですが、私自身の国際協力分野、平和への貢献への強い関心と希望もあり、この頃までにそういった分野での専門的知見を確立し、現在の国連での仕事にも大いに役立つキャリアを歩まさせて頂いていました。

大月:国連に転じられたのは、どういった経緯がおありだったのでしょうか?

岡井:高校時代に外交官になると決めたものの、その後進路を検討していく中で、国際公務員になることも真剣に考えました。国際機関に入るには、大学院に進学して学位を得る必要があったわけですが、当時、大学を卒業してすぐ大学院に進むことに魅力を感じず、むしろ、外務省に入って実務経験を積み、その中で国際機関に転じる道を探ろうと思いました。2010年に国連の日本政府代表部公使参事官として、安保理や平和構築を担当することになった時には、改めてその思いを強くし、国連総会議長室上席政策調整官に転出し、国連の運営に関与する機会にも恵まれました。その後、在スリランカ大使館公使を経て、在バンクーバー総領事を務めていた際、日本政府から国連開発計画(UNDP)危機局長 兼 国連事務次長補(ASG)のポストにチャレンジしてみないかとのお話をいただきました。このポストは出向ではなく、相当の準備をして試験に臨み、熾烈な国際競争の末、採用されたものです。

混迷を深める世界で
SDGsの推進を担う

大月:貴重な舞台裏のお話まで聞かせていただきました。UNDPの危機局長という職責はさぞ大変なものだろうと拝察するのですが、仕事の大まかな内容とどこに重点を置いているのか、お聞かせください。

岡井:平和と安全保障、人権の保護、持続可能な開発の推進という国連の三つの柱があるのですが、これら3つはどれが欠けても他が満たされません。平和の側面では、大国間の緊張状態のため国連の安全保障理事会が十分に機能しない、他国やテロ組織の介入により、紛争が長引くといった複雑な政治力学の中、混迷を深めています。人権については、コロナウイルスの影響は社会経済の隅々に負のインパクトを与え、最も脆弱な人々が最も影響を受け、これまでの格差、不平等を白日のもとにさらしました。政府の対応に不満を持つ若者がデモに繰り出すことも頻繁です。平和構築、紛争予防、貧困の撲滅や人権遵守の上で、開発の役割は幅広く、国連の筆頭開発機関であるUNDPへの期待と役割はとみに大きくなっています。

とりわけ、2016年からSDGsがスタートし、国際社会全体として、持続可能な開発目標に則したより良い社会づくりを目指していますが、UNDPはSDGs推進の国連での旗振り役で、加盟国のSDGs達成を積極的に支援する立場にあります。SDGsの17の目標を一体不可分のものとして2030年までに達成するにあたっては、今までと同じやり方で10倍やったとしても、到底追いつかないし、個別の分野の専門家がバラバラに動いては到達はおぼつきません。多分野にわたって相乗効果をもたらす加速要因を特定し、革新を通じて統合的解決策を見出し、国連機関、開発金融機関、民間セクターを含む様々なパートナーとの共創により、よりスケールの大きい取り組みに規模を拡大しなければなりません。私の危機局は、その中でも、紛争や自然災害、格差や社会的不満に付け入る暴力やテロ、パンデミック、気候変動、自然破壊といった様々な危機を未然に防止し、また発生後には適格に対処して、危機から復旧、復興につなげ、継ぎ目なく支援する役割を担っています。それに資する分析・データの整備、より効果のある手法の考案、現場への専門的知見の適用、実証検証、など一連の政策・プログラム支援を総括しています。UNDPは130か国に事務所をもっていますが、発生した危機に対処できる人材が現場に配置されていない場合には、ネットワークを駆使して、現場の実践部隊の増強のため、応援部隊を派遣する司令塔機能も果たしています。

目下最大の懸案事項は、我々が直面する複雑に絡み合う課題に対処するにあたって、大きく開発のあり方、手法を変えていかなければならないことです。たとえば、紛争、災害、干ばつや海面上昇、食料難など、人々が住んでいるところを追われ、避難民となる理由は多々ありますが、これを根本原因までたどって社会のシステムの問題としてどう解決するか、これまでのように各事象別の対応では、対処療法にしかならず、しかもそれぞれが競合して全体としての対処の効果を低減させることだってあります。なので、イノベーション、デジタル化をはじめ、革新的な取組みを常に求めています。大学などの研究機関とも協働しつつ、データを活用して論理構築を行うといった実証研究も数多く行っています。ダイバーシティに富んだチームを率いて、社会の変革、トランスフォーメーションを起こす、野心的目標ですが、大変やりがいを感じています。

諸分野の専門家の融合を促進し
トランスフォーメーションに導く

大月:スタッフの皆さんは何人ぐらいおられるのですか?

岡井:UNDP全体では1万7000人ほどですが、私の率いる政策部門の直属のスタッフは数百人といったところです。

大月:世界中に分かれて活動されているスタッフの方たちは、それぞれいろいろな世界観の人たちと接していると思いますが、相手の世界観に共感できれば対話のチャネルも太くなり、紛争も漸減していくように感じます。差し迫った危機をどう最小限にするかが岡井さんのミッションなのでしょうが、その要点は適切な人材配置ということになりますか?

岡井:そうですね。もちろん現場に適切な人材が配置され、相手国の諸課題に寄り添って、効果的な支援を提供することが重要です。それを可能とするためには、様々な領域の専門家の融合を促進し、社会の変化に至る手法やアプローチを探し出すナレッジマネジメントとともに、UNDP内にいる専門家だけでなく、ひろく他機関、民間企業、学界、シンクタンクなど、世界中にある知見と効果的に連携するネットワークが重要です。また、蓄積したナレッジの検証と再適用、再検証といった学びと実践のフィードバック期間を短縮しなければ社会の変化に政策が追い付かない。さらには、SDGsの実践の素養を身に着けた専門家が、法曹、金融、財政をはじめとしてあらゆる分野で必要とされており、新たな能力開発のニーズが高まっています。ですので、人材は配置だけでなく、発掘し、つながり、新たな能力を開発し続けることが重要なポイントとなっています。

大月:効果的な方法を考えて推進されているということですね。一橋大学は社会科学に特化した小規模の大学ですが、社会科学の各学問領域はそれぞれ世界観や作法が異なります。それをどう統合し、実装するかは難しい問題ですが、国際的な問題においては相克が激しく起きていて、それを解決に導く方法を考えるというお仕事の難しさが何となくイメージできました。そのお仕事は今ずっとニューヨークで行われているわけですね?

岡井:昨年(2020年)の3月に新型コロナウイルス感染症の蔓延でロックダウンされる前までは、月の半分ぐらいは海外に出張していました。ロックダウンされてからは、1日10時間以上、この部屋でオンラインで仕事をし、平日は一歩も外に出ない生活が続いています。

大月:海外出張はどういったところに行かれたのですか?

岡井:紛争が続いているシリアやリビア、南スーダンといった国や、国際会議が行われた、たとえばモロッコやコロンビア、国連のもう一つの本部があるスイスのジュネーブにもよく行きました。ジュネーブにはたとえば難民高等弁務官事務所(UNHCR)や世界保健機関(WHO)の本部があり、それらとの連携のため、私の局のスタッフも所在しています。

大月:新型コロナウイルス感染症の対策も直接担当されているのですか?

岡井:はい、新型コロナウイルス感染症は社会の隅々に非常に大きな影響をもたらしており、いまやUNDPの総力をあげて総合的に取り組んでいますが、初動体制は危機局で立ち上げました。国連は、WHO主導の保健分野の対策や人道支援機関の対応の他に、脆弱な人々への社会経済的対策支援を展開しており、UNDPが主導しています。UNDPは支援対象国の国連常駐代表とその他国連機関からなるカントリーチームや世銀などのパートナーとともに、影響分析、対策計画策定を支援し、保健システム強化、社会的保護、雇用確保、財政運営支援、差別や社会のひずみの緩和、法の支配と人権保護などの支援を展開しています。

中には紛争下にあったり、政府が国家機能を十分果たせず、国民を保護できない、あるいは、人権を侵害するといったガバナンスの危機に陥っている国もあり、国民の不満から社会の分断が一層進み平和への取り組みの逆行もみられます。そこにあって、コロナ禍で医療崩壊、これに加えて大規模自然災害に見舞われる、といった複合危機があちこちに発生しています。たとえばスーダンは、経済状況の悪化に伴う国民の不満が長年の強権政府を転覆させ、暫定政府による政権移行準備期にありましたが、国の一部には反政府武装勢力が残存している中、コロナ禍、そのうえ大洪水が起きています。こういったところで、医療システム強化とあわせて、紛争予防、社会の融和、政府機能の強化、エネルギー対策、自然災害からの復旧、避難民の定住、若者の雇用の確保、社会的セーフティネットの構築、など重層的な対策を講じていかなければなりません。

コロナ禍からの復興は、それ以前からの様々な社会経済のひずみをもっと根本からただす機会にしなければならないと考えます。国連では"Build back better"(より良く戻す)ではたりず、この地球規模の未曾有の危機を乗り越えるために"Build forward better"(社会を前進させよう)と呼び掛け、コロナ対策の中に、社会的公正、脱炭素化社会の実現、デジタル化などの要素を織り込むよう支援しています。

コロナ禍は、地球への負荷を下げ、持続可能な
システムに変革する機会に

大月:困難な状況の中でも、人々は生きていかなければなりません。そうした難しい状況にある国を、国連職員の皆さんの支援で立て直してくださっているということがよく分かりました。平和な日本で暮らしているとなかなかイメージできませんが、こうした現状を一橋大学の学生にも知ってほしいと強く思います。そこで、そんな日本の学生にメッセージをお願いします。

岡井:世界は混迷、諸課題は複雑化、経済の先行き不透明、今や私たちの周りは不確実なことだらけです。そもそも新型コロナウイルスのようなパンデミックが発生するのは、無制限の森林破壊、違法な野生生物の取引などにより人畜共通感染症が制御不能になったことに起因します。今や私たちは、人類の諸活動が地球の地質や生態系に重大な影響を与える「人新世(Anthropocene)」の時代に入っており、気候変動をはじめとして様々な影響が出始めています。このまま、社会経済のあり方、自然界との向き合い方を変えずにいたら、地球上の社会システムは確実に破綻すると大変な危機感をもっています。社会経済システムを、より脆弱な人々の立場に立ってインクルーシブでサスティナブルなものにかえていかなければならない。今人類が直面している人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変える、そんな気概で日夜仕事に取り組んでいます。

そんな中、日本の官僚だった時のことに思いをはせ、今の日本社会に、直面する複合危機を乗り越えるしなやかさが備わっているだろうかと考えることがよくあります。日本では無謬性を求められすぎではないでしょうか。何かうまくいかないと、なぜもっと初めから考えていなかったのかと非難されるので、前例に倣い、成果が他で実証されていない限り新しいことは採用されず、大胆な政策変更は打ち出しにくい。省庁間の壁も大きく、今の社会のシステムを抜本的変えなければならない時期に来ているのに、それがしにくい土壌があります。社会の変化のサインを見逃さず、柔軟な発想で解決策をみつけていかなければならないのに、慣習に縛られ、そもそも変えようということさえ思いつかない、思考停止状態に陥っているのではないかと危惧しています。

そこで、日本の学生さんに声を大にして申し上げたいのは、地球の未来はあなたたちにかかっている、だから既存の仕組みを所与のものとせず、柔軟に考える思考を身に着けて欲しい。理不尽、おかしいと感じたことには声を上げ、変化を恐れず、果敢に大きな問題に取り組んで欲しい、ということです。若者に勇気と自信を与え、未来を担う力をつけるのは国連のミッションの一つです。次世代を担う若者が、正しい情報と教育を通じ適切な判断力を身に着けるとともに、その若者の考えに社会は耳を傾け、その行動を社会全体で応援する、そういった環境をつくることは、私たちの世代の責務だと思います。

学生の皆さんは、コロナ禍で本来楽しめたはずのキャンパスライフを送ることができなくなって、人と触れあい、社会から学ぶ機会が奪われて非常に気の毒に思います。このまま学ぶ機会が失われれば、将来に大きな禍根を残すことになるでしょう。だからこそ、不安に駆られて何もしないのではなく、こんな状況でも自分や地球の未来を考え、何とか状況を良くしていく仕組みやシステムの在り方を考える機会にしてほしいと思います。大学も、そのことに気づかせる機会をつくってあげてほしいですね。

大月:同感です。たとえば、国立界隈に暮らし生活範囲が半径2㎞ほどの学生がいたとして、その範囲が半径2万㎞などに広がり、世界全体を見渡す視野を持てば、人々の暮らしぶりが見え、新たな自分の考え方も発見できるでしょう。一橋大学には優秀な学生が多くいますから、岡井さんの後に続いて多様な問題に取り組める能力を備えた有為な人材を多く育みたいと思います。そのためにも、教科書に書かれたことだけでなく、広く世界の現実を見てほしいですね。

幸いなことに岡井さんのような先輩を擁していますから、直接お話が聞ける機会もつくらせていただきたいと思います。

最後に、一橋大学時代を振り返られて、どんな大学だと感じておられますか?

理系の技術を繋げ、社会を構想する
総合力の発揮を

岡井:ニューヨークには常時150人ぐらいの同窓生がいて、如水会支部の活動も活発に行われていました。最近はコロナ禍で集まれないのが残念です。一橋大学はこのようにOB・OGの団結力が強いですね。職業如何に関わらずすぐ打ち解けることができる、世代を超えたネットワークを維持できるのはとても貴重なことです。近年はロースクール(法科大学院)が頑張っているとか、ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)ができるといったニュースに接して素晴らしいことだと受け止めています。特に新学部の話は、先ほど来、お話ししてきた相互に絡み合う複合課題への解決策の模索といった点で非常に重要なことです。前学長が日本の学術政策や教育政策は理系を重視し、社会科学に十分資源が投入されてこなかったのは間違いだとおっしゃっていたのを読みましたが、その通りだと思います。確かに国家成長戦略の中でも日本のものづくりの巧みさが強調されることが多いですが、実は単体の技術だけでは、今世界が欲している社会システム全体の変革を実現するソリューションにはそのままつながらず、それを構想する力の弱さが日本の国際競争力を阻害していると思います。日本の国際的なプレゼンスを維持する上でも世界の複雑化している社会課題を解決するために、多面的に構想できる力を育てる大学が絶対に必要です。

大月:まさしく一橋大学がそうなることに、ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)を新設する狙いがあります。私は"社会デザイン力"と呼んでいますが、課題解決に焦点をあてた問題解決力を養うためにも、データサイエンスが大きな力になると考えています。

岡井:UNDPは、さまざまな大学と協力してグローバルな課題を解決する先進的な取り組みを通じて、新たなフロンティアを切り開こうとしています。我が母校、一橋大学の研究チームにもぜひ参画してもらいたいものです。

大月:一橋大学とも、ぜひプロジェクトを組んでいただければと思います。本日はどうもありがとうございました。