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競争よりも共創を重視し国際的な地位を高めていく

  • ルーヴェン・カトリック大学長リュック・セルス
  • 一橋大学長蓼沼宏一

2020年3月17日 掲載

ベルギーの総合大学であるルーヴェン・カトリック大学。1425年設立という古い歴史を持つ、現存する世界最古のカトリック系大学である。人文学・社会科学、理学・工学、生命医科学の3系統に計15学部を擁する。一橋大学にとっては、ヨーロッパの主要な交流協定校の一つ。そのリュック・セルス学長と、大学運営のポイントや学際研究の在り方、国際交流などについて語り合った。

リュック・セルス ルーベンカトリック大学長 プロフィール写真

ルーベン・カトリック大学長 リュック・セルス氏

1989年ルーヴェン・カトリック大学社会学修士取得、1995年Ph.D(社会科学)取得。1996年ルーヴェン・カトリック大学経済・経営学部助教授、2004年同大学教授を経て、2008年同大学史上最年少(当時)で、経済・経営学部長に就任。2017年より同大学学長を務める。

人生における最も影響が大きかった変化は
学長への就任

画像:セルス学長と蓼沼学長(1)

蓼沼:本日はようこそ一橋大学にお越しくださいました。ルーヴェン・カトリック大学(以降KU Leuven)はヨーロッパの著名な大学として、一橋大学にとって最も重要なパートナーの一つです。本日は、セルス学長のご経歴、KU Leuvenの教育や研究の特色といったことについて伺いたいと思います。まずはご経歴からお聞かせください。

セルス:最初は社会学者として教育を受けましたが、1996年に経済・経営学部に就職し、労働経済学者となりました。研究テーマの大半は、失業率や雇用の予測、制度がどのように失業率や雇用に影響するか、といった労働市場のダイナミクスであり、それらの国際比較研究も行ってきました。また、私にとって次に重要な研究テーマはキャリア研究であり、失業が個人のその後のキャリアや人生にどういった影響を及ぼすのかということ、あるいは育児休暇の取得による影響について研究を行ってきました。
KU Leuvenでの私のキャリアは非常に速く進んでいきました。1996年に経済学部の助教授となり、2004年に教授に就任し、そして2008年に学部長に選出されました。当時40歳で、KU Leuvenの史上最年少の学部長でした。2017年まで務めましたが、その間に、蓼沼学長が留学されたロチェスター大学サイモンビジネススクールの非常勤教授としても教鞭を執りました。
また、キャリアを通じて、ベルギーの地域レベルや国家レベルにおける政策アドバイスにも積極的に関与してきました。現在、雇用経済省からの推薦を受け、政府の諮問機関である高等雇用評議会の評議員になっています。
そして、キャリアだけでなく、私の人生において最も影響が大きかった変化となったのは、2017年8月1日に学長に選出されたことです。

学長と学部長の違いは
専門外の領域も管理するところ

画像:セルス学長と蓼沼学長(2)

蓼沼:大変興味深くお話を伺いました。特にセルス学長がご専門になさっている領域には関心があります。というのも、私の専門が厚生経済学で、人の幸せとは何か、どのように人々の厚生を高められるかといったことがテーマですので、セルス学長のご専門である労働経済学とは深い関わりがあるからです。特に、制度が労働者や失業率にどういった影響を及ぼすのか、労働者の幸福にどう影響するのかという研究は非常に重要であると思います。
大学での役職に関しては、学部長を9年間も務められたことに驚きました。というのも、学長も忙しいですが、学部長は別の意味で非常に忙しいポジションだからです。学部長と学長の仕事は、どういったところが似ていて、またどういったところが違っていると思われますか?

セルス:これまで経験したところでは、類似点は多いと思います。KU Leuvenの場合、経済・経営学部には学生が9,000人以上いて、キャンパスが4か所に分かれるなど規模が大きいので、その学部長経験が学長の仕事をするための良い準備となりました。両者の違いとしては、まず学長になって対外的な役割が増えたことが挙げられます。今では海外の諸機関を訪問してパートナーシップを組む、コラボレーションに取り組むといった活動に多くの時間を費やしています。また、政府への働きかけも重要な仕事です。1ヶ月前に新しい政権が発足したので、ここ数か月の間、大学にとって有益な政策を政府に実行してもらうように、総合大学のあるべき姿について理解してもらう活動も行っています。
そして、最も大きな違いとしては、学部長は自分が長年取り組み、熟知している領域について扱うだけであったのに対し、KU Leuvenの学長は15学部を管轄するという点で、自分には知見がない領域にも携わるところです。たとえば、医学についての知識はありませんが、医学部と附属病院をどう管理するべきかについての知見を有していなければなりません。これは非常に難しいことでしたが、やりがいがありました。

パワフルで野心的な戦略的計画を
推進する仕組み

画像:セルス学長

蓼沼:一橋大学は社会科学に特化した大学なので、自分の専門に近い領域の学部だけを対象とするという点で、学長の仕事は比較的やりやすいのかもしれません。その点、自然科学や社会科学、人文学、そして生命科学というあらゆる分野をカバーしている総合大学をどのように経営されているのでしょうか?

セルス:まず、KU Leuvenでは"スマートオーガニゼーション"という考え方が重要です。学長だからといって、規模の大きな大学のあらゆる分野を自分だけでコントロールしようとしてもうまくいかないでしょう。そこで、KU Leuvenでは権限の委譲や分散化を行っています。たとえば、人文学・社会科学、理学・工学、生命医科学という3つの科学分野のそれぞれに私のエグゼクティブチームのメンバーである副学長を置いています。このポジションが非常に重要なのは、それぞれの領域内部、あるいは領域間における内部調整をし、その結果を学長に報告してくれるからです。そのお蔭で、学長の私はそれぞれの領域の詳細な事柄にまで関わることなく、大学全体として重要なことに集中できるのです。
重要な点の第2は、強力で野心的な戦略的計画をすべての学部とともに策定することです。こうしてでき上がった戦略は、学部長全員が納得して受け入れてくれます。
私が学長に就任してから策定した戦略的計画では、真の意味で国際的な大学になること、未来を見据えた教育を行うこと、デジタル革新を進めること、さらには学際的な研究を強化していくこと、持続可能性を高めることという5つの事項に焦点を絞っています。こうした戦略的計画は、学長だけでなく15の学部にとっても指針となるものであり、大学全体が同じ方向に進むのに役立っています。

蓼沼:戦略的計画を実行する上で、具体的にどのような工夫をされているのでしょうか?

セルス:3つの要素があります。第1に、15人の学部長と継続的に対話することです。これによって、それぞれの学部ごとの戦略と大学全体としての戦略の整合性を取ることができます。第2に、財務面でのインセンティブも与えることです。戦略的計画に沿うように、最近、それぞれの学部への予算配分のやり方を変えました。そして3番目の要素は、国際的なベンチマークを置くことです。KU Leuvenは「ヨーロッパ研究大学リーグ」の創設メンバーの一つですが、これにはケンブリッジやオックスフォード、ハイデルベルグ、ソルボンヌ、インペリアルカレッジといったヨーロッパのトップレベルの大学が含まれています。このリーグでは、学長会議が年2回開かれ、大学の施策やマネジメントについて情報交換をしています。これによって、他の大学でどのような取組がなされているのか、私の知識を高めることができ、大学経営にも大変役に立っています。

激化する国際競争下の人材獲得や
財政基盤強化の戦略

画像:セルス学長と蓼沼学長(3)

蓼沼:学部長との対話、財務面でのインセンティブ、それに国際化については、私も重視しています。今、世界では大学間競争が激化していて、優秀な人材を獲得することが難しくなっています。また、ベルギーでも同様だと思いますが、日本では、国からの財政的な支援が限られ、大学における財政基盤の強化が大きな課題となっています。KU Leuvenでは、こうした人材獲得や財政基盤強化という課題に対して、どのような戦略を立てられているのでしょうか?

セルス:おっしゃるとおり、大学間の国際競争は厳しくなっていますね。しかし、我々はむしろ国際協調をより高めることを重視しています。世界大学ランキングトップ50以内といったより高い水準を保つには、世界の主要な教育機関とのより一層のコラボレーションが必要です。今回の訪日目的の1つは、そうしたさまざまな機関との共同研究プロジェクトの立ち上げや、そのための資金調達です。目下、マサチューセッツ工科大学や北京大学、エジンバラ大学など、5~6大学と提携し、先端的研究の基盤を共同で構築しているところです。
国からの財政的な支援が限られているという問題は、ベルギーでも同様です。しかし、KU Leuvenが貴学と異なるのは、総合大学であり、科学技術や生命科学の領域で産業界との強いつながりがあることです。実際、こうした業界から、全体の3分の1に及ぶ研究予算を提供してもらっており、その額は大幅に増えていますし、ライセンス収入も非常に増えています。これらにより、国からの支援減少を補っています。

社会的課題の解決に向けた
学際的な研究

画像:蓼沼学長

蓼沼:確かに社会科学分野は、自然科学分野に比べると産業界とのコラボレーションは限定的です。しかし、最近は一橋大学でも、ビッグデータを活用して企業の成長確率や倒産確率を算出するAIや、企業の会計不正を見抜くAIを民間データ会社と共同で開発する実績を挙げている教員もいます。このようにデータサイエンスは社会科学分野においても大きく進展しています。そこで、本学では新たに「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)」を立ち上げる構想を進めているところです。
ところで、貴学では社会的課題の解決に向け、学際的な研究を重視されていると思います。具体的にどういった取り組みをされているのでしょうか?

セルス:KU Leuvenには15の学部がありますが、従来は縦割り的にそれぞれ異なる学問を追究する形を取っていました。しかし、大学として真の学際的なコラボレーションを確立することが、社会が直面するさまざまな課題を解決するために必要です。そこで、現在のエグゼクティブコミッティにおいて、多くの新企画を主導しました。その中で最も重要なものは、ルーヴェン研究機構という、さまざまな分野から研究者やリソースを集める研究組織です。たとえば、ルーヴェン脳科学研究機構では、脳の画像認識や画像診断などについて、医学、精神医学、心理学、工学の共同研究が進められています。もう1つの例は、ルーヴェン人工知能研究機構で、ソーシャル・データサイエンスの研究者、人工知能(AI)やロボットの技術にフォーカスする工学者、医療に関わるAIの研究者などが共同研究に取り組んでいます。今年度中には10程度の学際的な研究機構を立ち上げたいと考えています。これらがKU Leuvenの新しい最先端領域であり、いま最も力を注いでいます。
こうした学際的な研究・教育を推進するための仕組みについて、さらに3つほどお話しします。まず、最近までは、2~3の複数学部で1人の教授を任命することはできなかったのですが、現在は、ジョイントアポイントメントを促進していて、より多くのポジションが学際的な領域に充てられるようになっています。最近では社会学部と建築学部によるジョイントアポイントメントとして都市科学分野の研究者を採用しました。次に、学際的な博士課程を創設したことです。例えば、脳科学の博士課程です。本学には脳の画像認識や画像診断に取り組んでいる研究者が多数おりますので、医学部と工学部それぞれから指導教員を得て、共同博士号を取得できる環境を整えております。さらに、年間約9,000万ユーロという潤沢な学内研究予算はKU Leuvenにとって大きな強みであり、これを学内で競争によって配分するとともに、外部資金獲得へのステップとしています。現在は、複数学部や複数領域による学際的なプロジェクトであれば、この学内予算の配分が優位となるようにしています。ちなみに、外部から獲得した競争的な資金を合わせると、年間約5億ユーロもの研究資金となります。

国際的に優れた学生や教員を集めるための
国際性を高める取り組み

画像:セルス学長と蓼沼学長(4)

蓼沼:社会的な課題解決のための学際研究は、本学でも重視しており、そのために大きく2つの取り組みを進めています。まず、社会科学高等研究院(HIAS)を学長直轄の組織として設置し、それぞれの社会課題をテーマにさまざまな学部の研究者による共同研究プロジェクトを進めています。HIASの下には、医療政策・経済研究センターやグローバル経済研究センターといった研究センターを設け、そこを中心に活発な研究活動を展開しています。国際的な共同研究も重視していますので、ぜひ貴学とも研究面での交流を深めたいと思います。
重視していることの2つ目は、自然科学や生命科学領域に強い大学や研究所とのコラボレーションです。たとえば、東京工業大学や東京医科歯科大学、産業技術総合研究所、統計数理研究所といった大学や研究機関と密接に連携しています。
さて、KU Leuvenでは非常に多くの留学生が学んでいて、教員にもいろいろな国からの人材を擁していると思います。こうした国際性や多様性を高めるために、どういった取り組みをされていますか?

セルス:まず、レピュテーション(評判)が大変重要ですね。高いレピュテーションがあれば、自然に学生は集まってきますし、ランキングも学生を集めるのに有効です。それに本学は、政府の支援により入学金が安価となっています。ヨーロッパ圏外の学生にとっても、大学ランキング上位校で手ごろな価格で勉強できることは魅力的なのだと思います。
次は、国際的なマーケティングの予算を拡充し、リージョナルコミッティーを設けたことです。日本担当のコミッティーもあり、ルーヴェン・カトリック大学リエゾン(連絡役)が置かれています。このコミッティーとリエゾンがKU Leuvenの資金提供による留学フェアや大学訪問などを通じて、日本の各大学との強い連携を築いています。
また、本学では、組織の仕事の流れを効率よくしています。例えば、入学願書の受付から合否の結果通知までが10日から2週間と短期間であり、この非常にスムーズな手続きのおかげで、優秀な学生を集められていると思います。私たちとしては、ただ留学生の数を増やすというよりも、優秀な留学生をより多く集めたいと思っています。
やはり、各国の大学とのつながりを持つことはとても重要だと思います。日本でも優れた大学と提携していきたいと考えていますが、社会科学分野におけるプライオリティの1番は一橋大学でしょう。貴学の学生にも、私たちKU Leuvenをもっと知っていただきたいと思います。その点で、この学長との対談記事を広報誌に掲載していただけるのはありがたいことです。KU Leuvenの認知度がさらに高まることが期待できますから。
これまでもいろいろな交換プログラムがありましたが、KU Leuvenでの短期留学を経験した後に、学位取得を目指して再び入学する学生がたくさんいます。また、それぞれの大学で学位を取得できるダブル・ディグリー・プログラムは非常に重要です。こうしたさまざまな方法によって、一橋大学の学生にKU Leuvenに興味を持ってもらうよう、また、KU Leuvenの学生も一橋大学に興味を持つことができるよう、相互理解を深めていければいいと思います。

"HIAS"と"LIAS"をコアに
研究面での交流も活発に

画像:セルス学長と蓼沼学長(5)

蓼沼:一橋大学の国際性を高めるためにとても有益な示唆をいただきました。一橋大学にとって大変重要なパートナーであるKU Leuvenとの交流学生数の枠が2人から8人に拡大したことは喜ばしいことであり、光栄に思います。両大学間のダブル・ディグリー・プログラムも実績が上がっています。今後、どういった交流強化を望んでおられますか?

セルス:一橋大学とは、まずは現在行っているコラボレーションを強化していくことが重要だと考えています。交換留学は、どの学部も非常に関心が高いので、8人の枠は埋まることでしょう。ダブル・ディグリー・プログラムもとても有効だと思いますので、中長期的にはすべての学部に広げていきたいと思います。また、我々に加えて貴学とソウル大学などと行うエラスムス・ムンドゥスの修士課程ジョイントプログラムも現在申請中です。いずれにしても、学生の交流に関しては、両大学とも関心が高いと思います。
一方、不十分だと感じるのは、研究面での強固なコラボレーションがない点です。このため、共著論文数も限られています。KU Leuvenとしては、地域制度や国際比較政治、ヨーロッパとアジアあるいはヨーロッパと日本の協力関係に関するプロジェクトの数を増やすことにより、共同研究をさらに進めたいと考えていますし、その結果、共著論文も増えていくと思われます。そのためには、KU Leuvenと一橋大学の教員が互いに訪問し合うことが重要ですね。9月には山田副学長がKU Leuvenにお越しくださり、この春にはKU Leuvenの日本研究者が貴学を訪問する予定です。

蓼沼:全く同感です。私も学生の交流やダブル・ディグリー・プログラムの拡充を進めたいと考えておりますし、研究交流の重要性に関してもご指摘のとおりです。HIASが中心になって国際共同研究を進めています。

セルス:それはいいことを聞きました。実は、KU Leuvenでは"LIAS (Leuven Institute for Advanced Study)"という組織を設立しているところです。そしてこのLIASでは、国際フェローを募る予定としております。カウンターパートとして、今後とも両大学の教員同士の訪問や共同研究を進めていければと思います。

蓼沼:同じくHIASにも国際フェローのポジションがあり、滞在期間は1か月から1年間程度の間でフレキシブルに決められます。各国の研究者を迎え入れていますので、ぜひKU Leuvenからもお越しいただきたいと思います。

セルス:それはいいニュースですね。

蓼沼:ルーヴェン・カトリック大学は本学の非常に重要なパートナーであり、これからますます教育及び研究面での交流を活発化させ、友情を深めることを望んでおります。

セルス:同感です。2021年の次期学長選挙の後はどうなるか分かりませんが、私の任期が続く限りは毎年日本を訪れるつもりです。KU Leuvenは日本でも毎年、イノベーション・セミナーを開催していますし、日本の提携校の学長をルーヴェンに招待することも考えております。こうした様々な機会を生かして、貴学とも対話を続けていきたいと思っています。

蓼沼:本日は、どうもありがとうございました。