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社会科学系で唯一の指定国立大学法人として 日本の社会科学全体の水準を引き上げ、国際競争力を強化する

  • 一橋大学長蓼沼 宏一

2020年2月6日 掲載

2019年9月、一橋大学は指定国立大学法人に指定された。社会科学系の大学は、指定された7法人のうち一橋大学のみである。日本の社会科学を取り巻く状況や課題とはどのようなものか。その中で、国や社会は一橋大学に何を期待しているか。今回の指定にはどのような意義があるか。社会の発展のために、社会科学の必要性を根気強く訴えてきた一橋大学長 蓼沼宏一氏に語っていただいた。

向き合ってきたのは、もはや一つの大学としての課題ではなかった。日本の社会科学のために、国や社会から期待される大きな役割

画像:蓼沼宏一氏

足掛け4年、指定国立大学法人の指定を受けるまでに我々が向き合ってきたのは、「日本の社会科学全体の水準を引き上げ、国際競争力を強化する」という大きな課題です。

社会科学が現代においてなぜ重要であるか。現状の日本の社会科学の研究・教育がどういう課題を抱えているか。こういったことを明らかにした上で、本学がいかにして改革していくか。もはや一つの大学の課題ではありませんが、我々がその役割を担うことは、国からも社会からも期待されていたのです。

指定国立大学法人の構想を作る中でそのことを強く感じてきた我々は、大きな課題に対してどのように取り組むべきかを全学で真剣に検討。何度も構想を練り直し、文部科学省への説明を重ね、ようやく理解を得られたのです。

日本の大学政策は、国立の場合、理系を中心に振興してきた面が強い。そこには、理工系・医学系と社会科学系との、学問の役割や研究特性における違いが理解されにくいという側面があります。その違いをさまざまな審査の場で強調してきました。

医学であれば、新しい治療法の発見。理工系であれば人工知能(AI)やロボット、IoTなど様々な技術の開発。これらが社会の役に立っていることは理解されやすいでしょう。一方、社会科学は「社会」という目に見えないものを対象にしている学問です。経済はどう動いているか?政治の仕組みはどうなっているか?法律はどうあるべきか?こういったことについて研究しているため、具体的な成果が見えにくいのも事実です。しかし、経済・政治・法律がしっかりしていなかったら、良い社会にはなっていかない。人々が幸せになれないのです。その意味で、社会科学は極めて重要な学問です。

とりわけ現代は、科学技術が急速に進歩し、社会構造自体を新しい形に作り直さなくてはならない時代を迎えています。AIやロボットが進歩してきた時に生じる、今までに無かったような問題を解決しなければなりません。たとえば、自動運転を普及させるためには、法的な問題や倫理的な問題を解決していかなくてはならないのです。あるいは、AIやロボットと対比して、人の役割とは何かといった根本的な問題も考えなければならない。

さらに、医療費や介護などの医療サービスの問題は、医学の問題というより、限られた資源を国民にいかに公平かつ効率的に分配するかという社会科学の問題になっています。

一方で、社会科学の分析方法自体にも革新が進んでいて、ビッグデータを解析し、政策立案や企業経営に活かしていくということが極めて重要になってきています。

このような社会科学の重要性を今回の構想に盛り込み、審査の場でも強調してきました。指定国立大学法人には、本学のほか、東北大学・東京大学・京都大学・東京工業大学・名古屋大学・大阪大学の6大学が指定を受けました。指定に向けて各大学で構想を作っていったわけですが、本学の場合は前述のように、社会科学の意義や日本における現状の課題を理解していただくというところからのスタートでしたから、非常に時間はかかりました。

社会科学系の小規模な一橋大学が指定を受けたことの意義

指定された大学のうち、本学以外の6大学はすべて大規模な総合大学または理工系の大学です。その中で社会科学系の本学が指定されたことは、大変意義深いことだと受けとめています。運営費交付金や総収入、教員数において本学の数倍から数十倍の規模を持つ他の大学に比べれば、本学は非常に小規模です。しかし、「たとえ小規模であっても質を高めていけ」ということが、国や社会からのメッセージなのだと考えています。

また、日本の学術研究や人材育成がバランス良く発展していく上でも、本学が指定されたことには意義があります。「科学技術と社会との接点をどうやって作っていくか?」という領域については、やはり社会科学が中心的な役割を担わなくてはなりませんから。

一方で、小規模ではあっても、社会科学に特化し、独立した大学である本学ならではのアドバンテージもあります。大規模な総合大学では、理工系や医学系の学部の規模が圧倒的に大きいので社会科学系の学部がイニシアティブを取ることは極めて難しいのに対して、本学は大学としてまとまりやすく、大学全体として戦略を作れること。もう一つは、理系の研究・教育機関と連携しやすいということです。

同じ大学内にある学部同士よりも、むしろ組織と組織、大学と大学、研究所と大学で連携する。そのほうがお互い独立した研究・教育機関として尊重しあいながら協働できます。それは我々にとって強みだと捉えています。

実際、現在は産業技術総合研究所と包括連携協定を結んでいますし、四大学連合(東京医科歯科大学、東京工業大学、東京外国語大学との連合)もあります。また、近隣の統計数理研究所とも密接に連携しています。後述しますが、ソーシャル・データサイエンス学部・研究科新設の構想については、私自ら産業技術総合研究所、東京工業大学、統計数理研究所という3機関それぞれのトップを訪問し、協力を要請しました。いずれの機関とも非常に長いお付き合いがありますので、様々な面での協力を快くお約束いただいています。

一橋独自の研究・教育資源を活かしたソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)の創設

本学は現在「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)」という新学部・大学院研究科の創設に向けて動き出しています。これは一大事業となりますので、これから中長期的に真剣に取り組んでいかなくてはなりません。

「社会科学の視点からのデータサイエンス」が重要であることは、学内において共通認識となっています。さっそく指定国立大学法人構想推進会議という会議体を立ち上げ、実際に動き出しました。各部局長や専門家などの意見を聴きながら、具体的な組織作り、カリキュラム作りを丁寧に進めているところです。

データサイエンスの領域では、すでに本学内に蓄積されている研究・教育資源を活用することもできます。例えば一橋大学経済研究所では、何世代にもわたって収集・構築された『長期経済統計』『アジア長期経済統計』など、世界の宝とも言えるデータがあります。

経済学、金融論、経営学、会計学などは、いずれも数学や統計学が重要な基礎になりますから、本学では元々、数学や統計学・計量経済学の教員は充実しています。社会科学の様々な分野でデータ分析を活用する教員・研究者は数多くいます。

最近では、リアルタイムのビッグデータを活用している研究者もいます。東京商工リサーチと連携し、中小企業の膨大なデータを使って企業の成長可能性を予測するAIや、会計不正を発見するAIを開発している教員もいて、本学初の特許取得も実現しました。また、大規模なPOS(Point of Sale)データを収集・分析して新たな消費者物価指数を作った教員の研究は、日銀の委員会などでも注目されています。

一方で、学生の側を見ても、本学は入試からカリキュラムに至るまで、一貫して数学を重視してきましたので、社会に関心がありつつ数学にも強い学生が多い。

このように、教員を見ても、学生を見ても、社会科学の視点でデータサイエンスを研究・教育するには最適な大学であると言えます。今後は、AIやビッグデータの解析など新しい分析方法の基礎をしっかり教えられる人材を補強していきたいと考えています。

融合ではなく協働という形でこそ文理共創の意味がある

しかし、我々は理系の大学ではありません。AIやロボット自体の性能向上を進めるというよりは、いかに社会科学に活かすかという観点からAI・データサイエンス領域を強化していくことが重要です。理系と同じ学部を創っても意味がありませんから、社会科学があえてソーシャル・データサイエンス学部を創るという意味を、我々は強く意識し、構想を進めていく必要があります。

それは、東京工業大学や産業技術総合研究所など理系の大学・機関から期待されていることでもあります。「社会科学では、AIやビッグデータをどのように活用するのか」ということを、理系の研究者が知りたがっているのです。

データは、どれだけ膨大な量があっても、それ自体では意味を持ち得ません。AIを使えば、データ間の「相関関係」は容易につかめるでしょう。しかし、原因と結果がそれぞれ何であったかという「因果関係」は、理論がなければ導けないのです。そして、因果関係を導くための理論モデルは、社会科学の諸分野で築かれてきました。だからこそ、我々は期待されているのです。

もちろん、理系の分野から我々が学ぶべきものもたくさんあります。AIやビッグデータをどのように活用するか、どのように研究や教育を進めていくか。コミュニケーションをとりながら、お互いに学び合っていかなければならないでしょう。

ただしそれは、社会科学と自然科学が近づき、一緒になるということではありません。それぞれの学問分野がしっかり足元を固めること。そして、様々な分野が関わる社会的な課題について、社会科学の側からはこう分析する、こういう社会システムが望ましいと提示する。また、自然科学の側からは、科学技術の面から見てどうかという視点を提示すること。お互いに、足場はしっかり持ちながら、共通の課題に対してどのような視点を作っていくかが重要です。一緒になってしまったら文理共創の意味はありません。違う視点があるからこそ、お互いに学べますし、新しい視点も出てくるのです。

このようなスタンスで、日本における社会科学全体の水準を引き上げ、国際競争力を強化していくことが、本学が担うべき課題と考えています。今後の具体的な取り組みについては、「一橋大学強化プラン(7)(PDF参照)」として本学のホームページなどを通じて発信した内容に含まれる7つの戦略に集約させました。特に、「戦略的重点化領域」を選択して、まずその領域で国際競争力強化を先導し、社会からの評価と財務基盤強化も含めた好循環を実現した上で、最終的には多様な分野の研究・教育の発展に繋げていくことが重要だと考えています。そして、日本における社会科学全体の国際競争力を高めながら、一橋の学問がますます豊かになっていくことを目指しています。(談)

画像:一橋大学指定国立大学法人構想