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文化産業の研究と人材育成のメッカとして一橋大学には、大いに期待しています

  • 国立新美術館長青木 保
  • 一橋大学長山内 進

2013年秋号vol.40 掲載

2007年1月に開館した、日本で最新の国立美術館である国立新美術館。展示室の総面積は約1万4000m2で、日本最大級である。2012年より館長を務める青木保氏は、日本民族学会(現・日本文化人類学会)会長も務めた日本の文化人類学界の重鎮であり、第18代文化庁長官も務めた。同美術館で開催中であった展覧会を見学の後、対談に臨んだ2人は、文化・文明論から人材育成論にわたって話を弾ませた。特に「一橋大学で芸術教育を」との青木氏の斬新な提言に、山内学長は瞠目した。

青木 保氏プロフィール写真

青木 保

1938年東京都生まれ。東京大学大学院で文化人類学を専攻、大阪大学で博士号取得。1965年以来、タイとスリランカを中心にアジア各地でフィールドワークに従事。タイでは仏教寺院で得度、僧修行も行った。東京大学助手、大阪大学人間科学部教授、東京大学教授、政策研究大学院大学教授、またこの間タイ国立チュラロンコン大学研究員、米ハーバード大学客員研究員、仏国立パリ社会科学高等研究院および独コンスタンツ大学で客員教授なども務めた。2007年4月~2009年7月まで18代目の文化庁長官を務める。また、日本民族学会会長も務めた。その後、青山学院大学特任教授を経て、2012年1月より、国立新美術館長。サントリー学芸賞、吉野作造賞、紫綬褒章を受けた。また、2013年3月にはアメリカアジア学会年次大会のKeynote Speakerに選ばれた。近著に『文化力の時代-21世紀のアジアと日本』(岩波書店 2011年)、『作家は移動する』(新書館 2010年)、『文化の翻訳』(東京大学出版会 2012年改装復刻版)などがある。

山内 進学長プロフィール写真

山内 進

1949年北海道小樽市生まれ。1972年一橋大学法学部卒業。1977年同大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。1987年法学博士。成城大学法学部教授、一橋大学法学部教授、法学部長、理事等を歴任。2004年、21世紀COEプログラム「ヨーロッパの革新的研究拠点」の拠点リーダーに就任。2006年副学長(財務、社会連携担当)、2010年12月一橋大学長に就任。専門は法制史、西洋中世法史、法文化史。『北の十字軍』(講談社)でサントリー学芸賞受賞。その他『新ストア主義の国家哲学』(千倉書房)、『掠奪の法観念史』(東京大学出版会)、『決闘裁判』(講談社)、『十字軍の思想』(筑摩書房)、『文明は暴力を超えられるか』(筑摩書房)など著書多数。

文化の専門家のほうこそ議員や官僚とのかかわりを

山内:「アンドレアス・グルスキー展」と「貴婦人と一角獣展」、堪能しました。

青木:アンドレアス・グルスキーはドイツの現代写真を代表する写真家です。「貴婦人と一角獣」は、フランス国立クリュニー中世美術館の至宝といわれる、西暦1500年頃の制作とされる6面の連作タピスリー(壁掛けなど室内装飾用の織物)です。いずれもサイズの大きな作品ですが、当美術館は天井が高く展示室も広いので、とても映えていると思います。

山内:国立新美術館の特徴を教えていただけますか?

青木:収蔵品を持たないことが挙げられます。ですから、当美術館は英文名では「ミュージアム」ではなく「アートセンター」と称しています。展示は大きく自主企画展、新聞社や放送局などとの共催展、そして美術団体などの公募展の3種類に分かれており、つねに三つの種類の展覧会を開催しています。山

山内:稼働状況はいかがですか?

青木:まず六本木という立地のよさ、そして展示スペースの大きさなどで非常に好評を得ていまして、おかげさまで展覧会のスケジュールは先々までびっしりと入っています。

山内:アートセンターというコンセプトは当初からですか?

青木:そうです。私自身は、英文名もナショナル・ニュー・アートミュージアムでよいと思っているのですが、フランスにはこうしたスタイルのナショナルギャラリー、グラン・パレがあります。日本にはなかったということで、見識のある国会議員や美術関係者などが熱心に設立に動いてできたということです。2000年代に入ってから、よくぞできたと思いますね。

山内:ヨーロッパ諸国に比べると、日本は文化面への取り組みが遅れていると言われていますが、そのようにしっかり動く人がいるというのは頼もしいですね。

青木:文化の問題についてはもっと学者やアーティスト、専門家が政策提言やその実現への現実的なコミットメントを強めるべきだと思いますね。アカデミズムは政治や行政から距離を置こうとしがちですが、逆に政治や行政の側は専門家の助言を求めています。学者は抽象化が得意な一方で、具体的な政策で物事を実現してゆくことにはあまり熱心ではない。これは残念なことです。私も大きなことは言えませんが(笑)。

総合大学でも芸術を必修科目に

青木氏1

山内:そうかもしれませんね(笑)。ところで、青木先生はなぜ文化人類学に関心を持ってその道に進まれたのですか?

青木:1960年代後半当時、梅棹忠夫先生や川喜田二郎先生といった著名な文化人類学者が海外調査から帰ってきて、その結果をまとめた著書が相次いで出版されました。それらを読んで興味を持ったのです。そうした中で一番の動機となったのが、石田英一郎先生の論文でした。とても刺激的で他の分野と違う、こんな面白い学問があるのかと思った次第です。

山内:どういった点が面白かったのですか?

青木:考古学や社会学、生態学、さらには芸術にもアプローチしますので、領域がとても広くいろいろなことができるんですね。どこか専門に固定しなくても、身を置きやすい。そして院生のとき、ユネスコのフェローシップをいただいて半年ほど、東南アジア諸国を回ったのです。その経験が面白くて、この道でやっていけるかなと。秀才的、また書斎派ではない、野人的、野外派なもので(笑)。

山内:一橋大学には社会人類学共同研究室があります。また、ほかの大学で履修した科目も単位として認める制度もありますので、その点では多少柔軟かとは思います。ただ、現在の学部制度では新しい学問を取り入れるのは簡単ではありませんね。

青木:一般的に、大学学部の縦割りは強いですからね。私は、日本の大学も組織を柔軟にして、学部の縦割り制を減らして、もっと文化や芸術にふれる機会を学生に与えるべきだと思っているのです。

山内:ほう。どういった趣旨ですか?

青木:総合大学でも、文系理系関係なく、特に新入生のときには芸術を必修科目にして学ばせるべきだと思っています。しかも、理論的なことではなく実習を主体にするのです。実際に作品を制作したり、楽器を演奏したり、ダンスをしたりするといったことです。あのマサチューセッツ工科大学が実際に行っており、理科系の学生にこうしたクリエイティブな文化教育を行うことで、イマジネーションを養い独創的な研究成果に結びつけているという話です。オバマ大統領も「グローバル経済の中で勝ち抜くためには創造力を養うことが大切だ、そのために芸術教育を重視する」と主張して、小学校から芸術教育を見直しているそうですね。

山内:すぐに必修科目とするのは難しい感じがしますが、面白い話ですね。芸術系の大学や美術館に協力してもらえばいろいろなことができそうです。青木先生は、文化というものは芸術的要素が大きなものを占めているとお考えですか?

文明と文化の違いとは何か

青木氏2

青木:文化は人間が自然環境からつくり出したものには違いありませんが、同時に衣食住とともに〝感性の表現"というものが大きくかかわっています。芸術作品には生活様式の反映と、そこに生きる人々の感性が表現されています。今日ご覧いただいた一角獣のタピスリーは、まさに16世紀のフランス貴族の文化と生活様式が寓話的な物語の中に表現されています。このように、表現文化の基盤にはその社会に生きる人々の日常生活があるのです。日本の文化はアジア大陸その他から渡来した異文化を吸収した日本人の生活がベースにあり、それが日本の芸術作品の根本となっている。ただし、近代以降のグローバリゼーションが進展した今日では、その境目を明確にすることは困難になっていますが。

山内:文明と文化の違いは何かという話になることがあります。よく、文明とは普遍的なものであり、文化とは個別的なものであるなどと言われます。また、どちらも同じようなものである、いや全く別物である、という議論もありますが、先生はどうお考えですか?

山内学長1

青木:文明とは、いろいろな文化が集まった都市的なものであると思います。いろいろな土地の文化が都市に集まり、そこで組み合わされて地域や民族を超えて異質な人たちみんなが共有できる価値になったものが文明であるということです。文明はどこに持って行っても受け容れられ、発展していくわけです。たとえばスターバックスコーヒーの店舗は世界中にありますね。機械の発達などを指す「21世紀文明」といった言い方もあります。この場合は、グローバリゼーションという大きな流れを指しているわけですが、その下で個別の文化に分かれるということですね。
しかし、文明にも枠があります。インド文明はミャンマーから東には部分的にしか浸透していませんし、中国文明とは全く違います。東アジアそして南アジア、中東も全く違う。東アジアでも、日本と中国は違うし、韓国も違う。実際に行ってみるとこの違いの大きさがよくわかります。

山内:なるほど、面白いですね。

青木:ですから、自分たちの文化が侵食されてしまうことを恐れての文化防衛論というものが出てきたりします。大抵はナショナリズムの発露として出てきますね。

山内:フランスではフランス語を守るという意識が強いですね。

対談の様子:左が山内学長、右が青木氏

青木:純粋な言語を守るのは難しいと思いますが、フランスではアカデミー会員が辞書の更新にかかわるなど力を入れていますね。

山内:東南アジアでフィールドワークを行って、先生はやはり日本との大きな違いを感じられましたか?

青木:たとえばタイは日本と同じ仏教国ですが、僧侶の在り方から寺院の建築様式まで全く違いますね。エチケットに対する考え方や習慣などの行動様式、そして料理や時間の観念などもかなり違うと思います。
私が初めて行った1960年代の頃は、ある種の共通性は感じたものの、チュラロンコン大学の学生と話していても共通の話題がまるでなかったのです。学生たちと映画や音楽、文学などの共通の話題もほとんどありませんでしたから。しかし今は違いますね。ある企業がアジアの次世代を担う若手リーダーの育成を目的に国際交流プログラムを主催しており、私もかかわっていますが、今の学生たちは初めて会ってもすぐに共通の話題を見つけています。着ている服も似ています。プログラムが終わってからも、メールで交流を続けて会ったりしています。時代は全く様変わりしています。
タイの映画は、以前はインド映画を真似た作品が多かったのですが、今ではカンヌ国際映画祭のグランプリ候補作を出すぐらい優れた国際的な一流の作品を生み出しています。

長官の仕事もフィールドワークの一つ

対談の様子-青木氏

山内:情報化の進展は差異の縮小をもたらしているということですね。ところで、青木先生は以前、文化庁長官も務められましたね。どういった経緯でしたか?

青木:文化庁長官就任の打診があったのは、2006年の秋のことです。「文化は重要だ、異文化の理解が必要だ」などと声高に言ってきたのですが、そんな人間は学会でも私ぐらいしかいなかったからじゃないでしょうか(笑)。大学では学問の辺境にいて自分の好きにやらせてもらっていましたので、突然きた話に驚いたのですが、面白そうと感じてお引き受けしました。自分は文化の伝道者であるという自覚もありました。また、タイにいたときは半年間、頭を丸めてタイ仏教の修行僧として托鉢を経験したこともあり、そのときに比べれば長官生活も大丈夫だと思えたのです(笑)。実際のところはやってみないとわからない、文化人類学は現場に行かないと始まらないと。今でこそ言えますけど(笑)。

山内:なるほど、面白いですね。タイで僧侶を経験したということも驚きましたが、先生にとっては長官もフィールドワークの一つなんですね(笑)。で、やられてみていかがでしたか?

山内学長2

青木:官僚の世界は意外にさばけていて、いやなことは一つもありませんでしたよ。私が直接感じた面ですから、裏は知りませんよ(笑)。毎朝9時になると黒塗りの専用車が迎えにきて、秘書官が玄関に立っているので、これはズル休みもできません(笑)。2年4か月務めましたが、病欠も一度もなく皆勤賞でした。そんなことは小学校以来初めてです(笑)。

山内:長官としてぜひやりたいと思われたこととは?

青木:日本文化の国際化です。諮問委員会をつくるなどして進めました。実は以前にも、小泉内閣のときに内閣府から「文化外交の推進に関する懇談会」の座長を任され、「『文化交流の平和国家』日本の創造を」と題する報告書をまとめるという経験をしていたのです。その懇談会は、山内先生の長兄であられる山内昌之・東京大学大学院教授(当時)や、評論家の山崎正和氏、建築家の安藤忠雄氏、日本画家で東京藝術大学長だった平山郁夫氏、国際日本文化研究センター所長(当時)の山折哲雄氏、柔道家で東海大学教授の山下泰裕氏、雅楽師の東儀秀樹氏など多士済々の顔ぶれでした。そのときの経験が文化庁長官になって生きたかと思います。また文化による都市の再生を目ざましく行ったところを顕彰する「文化芸術創造都市部門」長官表彰なども創りました。また公開の長官トーク、月1回の「カフェ・アオキ」も行い、小泉今日子さんから大臣までゲストとしてお迎えしました。

日本にはない「ジャパンエキスポ」

青木氏3

山内:そうでしたか。それで今は国立新美術館の館長をされているわけですが、どういったところが違いますか?

青木:仕事の多くは来客への対応やあいさつ、スピーチといったことなので、そう大きな違いはありませんね。そういった意味では、長官の経験は今の仕事に大いに役立っているのかな。企画もダイナミックに立てたいし、館全体の運営も大いに見直したい。地下の売店の一部を1階に移すなど、今計画しているところです。コンサートも行っています。美術館は美術だけでなく文化全般の多面的な運営が必要だと思います。

山内:国立新美術館長として、現在の日本の文化シーンに対する問題意識にはどのようなものがありますか?

山内学長3

青木:今、東京オリンピックの招致活動が盛んに行われていますが、もし海外から多くの人が来日されたら、せっかくの機会ですので日本文化にも触れてほしいと思うのです。よく「クールジャパン」と言われますが、アニメやゲーム、「AKB48」、村上隆などの日本の誇る現代文化は、海外で高い人気を誇る非常に重要な文化資源です。実際に、1990年代には任天堂の業績が新日鐵を上回ったことがあるほどです。
フランスでは、こうした日本の現代文化を大々的に紹介する「ジャパンエキスポ」が毎年開かれていて、今年は5日間で20万人以上が来場しているということです。ところが、本家本元の日本にはそうした現代日本の誇る文化を総合的に示すイベントも文化施設もないのです。「ジャパンエキスポ」のフランス人スタッフたちには、サンフランシスコからも招聘がかかっているという話ですが、日本人の頭ごしの話ですよ。私はこの話を聞いて、本当に日本人として恥ずかしい。

山内:確かに残念な話ですね。

青木:オリンピックがなくても、こうした世界中の人たちが関心を持つ現代日本文化の総合的な展示場、アートセンターをつくれば世界中から人が訪れると思うのです。日本からはこういうことを推進するプロデューサーがなかなか出てこない。英語や中国語がペラペラで、壮大な企画をまとめあげるような野心溢れるプロデューサーが出てきてほしいと思っています。本当の話、一橋大学で総合文化プロデュースのできる人材を育成するコースをつくっていただきたいですね。

山内学長4

山内:一橋大学では、3年前から「芸術産業論」という授業が始まっています。この授業には二つの目的があり、一つは学生に芸術を愛し続けてもらうためということと、もう一つは若いアーティストを支えるためということです。若いアーティストは作品制作だけで生活していくことは難しく、創作活動を支えるのは、最後は経済ということで、創作活動をいかに経済活動に結びつけるかということを学んでもらうのです。授業は全15回で、美術と音楽についてバランスよく学びます。たとえば以前に行った美術に関する授業では、オークション会社であるサザビーズ・ジャパンのトップを務めたOBを講師に招き、若いアーティストの作品をいかに売るかということを学びました。実際に美術大学の卒業制作作品の中から優れた作品を探し、交渉してオークションにかけるという実習をします。作品を制作した学生にもきてもらい、自分の作品について説明してもらうんですね。すると情が移って、これは買ってあげなきゃ、となる。私も1枚買いました(笑)。面白いことに全部売れるんですね。音楽でも、実際にコンサートを企画し開催するまでを学びます。一橋大学はビジネスに強いので、芸術をビジネスや社会につなげる人材を育成することも大事だということで取り組み始めたわけです。

青木:素晴らしい取り組みですね。国際的に活躍できるアート・マネージャーや文化プロデューサーの養成は、いまもっとも求められているものと思います。特に日本では、一般の方が絵を買うという習慣はほとんどありません。買ってみると、美術に対する認識は変わってくるのですが。値上がりすれば資産価値も高まりますし(笑)。

山内:値上がりしなくても、気に入った作品なら飾っておけば心が豊かになりますしね。個人が趣味で買えば裾野が広がるでしょうし。

文化や芸術を学ぶことでビジネスにもいい影響が

青木氏4

青木:アメリカや中国の画商が、日本の若い作家の作品を盛んに買い付けているという話も聞きます。
1950年代から1960年代にかけて、関西を中心に活躍した具体美術協会という前衛画家のグループがありました。日本ではいつの間にかその存在は半ば忘れられていましたが、海外では高く評価されていたのです。そして作品の多くはニューヨークの近代美術館などに流れていきました。当時は日本でその価値をまともに評価できなかったのです。今では高い価値になっています。また残念ながらその全体像を示すような展示会が東京では一度も開かれていませんでした。そこで国立新美術館では、昨年の7月から2か月間、「『具体』│ニッポンの前衛18年の軌跡」と題する回顧展を開きました。このとき、海外から代表的な「具体」の作品を借りなければならなかったわけです。残念な話ですが、この「具体」展は、ニューヨークのグッゲンハイム美術館でも展示されました。

山内:貴重な資源が流出しているとも言えるわけですね。

青木:おっしゃるとおりです。日本の威信にかかわる問題だと思います。だからこそ、貴学の「芸術産業論」のような取り組みには期待が高いのです。ぜひ、大学院大学を設立して専門人材を育成していただきたいですね。日本の文化政策も大きく変えることができるのではないでしょうか。

山内:ありがとうございます。検討してみたいテーマですね。

青木:一橋大学は社会科学の総合大学として日本でトップの位置にありますから、ぜひアジア一、世界一を目指していただきたいですね。そのためにも、先ほどから申し上げているとおり、社会科学とともに文化教育、芸術教育にも力を入れていただきたいと思います。日本の大企業のエリート社員などは、海外に行って仕事はできても、パーティーなどに呼ばれるとカルチャーに関する話題にはついていけないとよく聞きます。それではつまらない人間と思われてしまうかもしれません。これは日本の教育の影響も大きいですね。文化や芸術を学ぶことで、人格も豊かになり、ビジネスにもいい影響を及ぼすものと思います。
それからもう一つは語学です。官庁でも一流の企業でも、流暢に英語を話せるという人は少ないですね。語学教育も大きな課題なのではないでしょうか。

山内:おっしゃるとおりです。語学教育は日本全体の課題だと思います。

語学習得にはカンヅメ教育を

記念撮影立ち姿

青木:以前、1970年代にハーバード大学の客員研究員として滞在したとき、夏休みに入る前の6月に、あるアメリカ人の学生から英語で「先生は日本人の先生ですか?」と話しかけられたことがあります。その学生は日本にとても興味を持っていて、日本を研究したいのでいろいろと教えてほしいということでした。そして、夏休みが終わって9月に再び出会うと、日本語で話しかけてきて、しかもよく話すのでびっくりしました。その学生は夏休みの間、日本語の専修コースを取り、寮に他の受講生と一緒に住んで講義や授業のときだけでなく、朝から夜まで日常生活を全部日本語で行うように指導され、生活を送ったということでした。私は、日本でもこういったカンヅメ的な語学研修を夏休みなどを使ってやればいいと思います。何も海外に留学しなくても、国内でもある程度はしゃべれるようになります。その後留学すれば、なおいいでしょう。決して難しいことではないと思いますね。

山内:語学をマスターするには、その言葉に漬かる環境が何よりですからね。このご指摘も検討すべきことだと思います。ところで、一橋大学は女子が40%近くを占めるようになったのですが、芸術や文化は女性が大いに活躍できる領域ですね。

青木:そのとおりですね。これからの日本は女性の活動や活躍が全ての面で必要になってくる。最近は女性の活躍が目覚ましいですね。産業界でも官庁でも、女性の活用が非常に大きな課題になると思います。貴学にもさらに優秀な女子学生が集まって、そのうち、一橋は学長も学部長も学科長も女性ということになるのではないでしょうか。

山内:私もそう思っています。では、最後に一橋大学や卒業生、学生にメッセージをいただければと思います。

青木:日本では、優秀な学生が官庁や大企業に入り、当初はやる気に満ちて高い問題意識を発揮して働こうとするのですが、10年も経つと元気がなくなるというんですね。

山内:そういう話はよく聞きます。

青木:なぜ元気がなくなるのかといえば、そういった大組織にはいろいろな有形無形のしがらみがあって、そこにからめ取られてしまうからです。そんな組織では人間の才能は伸びません。日本の国力を担う豊かな才能を養うにはどういった組織環境が必要なのか、そういったことも日本の現在及び将来にかかわる学問的な、また実務的な研究教育課題として全体的に取り組んでいただきたいと思います。また、一橋大学のOB・OGの皆さんは、さまざまな面で日本の重要な組織の中心的な存在の方が多いでしょうから、ぜひ率先して文化や芸術にも親しみ、文化・芸術面での日本の国力増進にもご協力いただければと願っています。

山内:重要なご指摘ですね。どうもありがとうございました。

(2013年10月 掲載)