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両学相携えて「文理共鳴」し、社会的課題を解決する人材を育成する

  • 東京工業大学長三島 良直
  • 一橋大学長山内 進

2013年春号vol.38 掲載

「文理共鳴」。文系と理系の人材が対話・連携することで科学技術の産業化・社会化を進め、社会的課題を解決せんとする、山内学長提案のコンセプトである。これを実現させていく一つの方策として、一橋大学は2012年10月、東京工業大学と連携し「文理共鳴トップリーダー」育成に着手した。そこで今回、山内学長は、同年同月に東京工業大学の学長に就任した三島良直氏と、世界競争力のある人材育成について語り合った。ともに子ども時代は野球に明け暮れた2人。その思い出から大学教育の在り方まで、大いに盛り上がる対談となった。

三島良直氏プロフィール写真

三島 良直

1949年東京都生まれ。1973年東京工業大学工学部卒業、1975年同大学大学院理工学研究科修士課程修了、1979年カリフォルニア大学バークレー校博士課程修了、同大学材料科学専攻アシスタントリサーチエンジニア、1981年東京工業大学精密工学研究所助手を経て、1989年同研究所助教授。1997年東京工業大学大学院総合理工学研究科材料物理科学専攻教授。2006年同研究科長、2010年東京工業大学フロンティア研究機構長、2011年同ソリューション研究機構長、理事・副学長(教育・国際担当)を経て、2012年10月学長就任。専門は金属工学。

山内 進学長プロフィール写真

山内 進

1949年北海道小樽市生まれ。1972年一橋大学法学部卒業。1977年同大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。1987年法学博士。成城大学法学部教授、一橋大学法学部教授、法学部長、理事等を歴任。2004年、21世紀COEプログラム「ヨーロッパの革新的研究拠点」の拠点リーダーに就任。2006年副学長(財務、社会連携担当)、2010年12月一橋大学長に就任。専門は法制史、西洋中世法史、法文化史。『北の十字軍』(講談社)でサントリー学芸賞受賞。その他『新ストア主義の国家哲学』(千倉書房)、『掠奪の法観念史』(東京大学出版会)、『決闘裁判』(講談社)、『十字軍の思想』(筑摩書房)、『文明は暴力を超えられるか』(筑摩書房)など著書多数。

野球で、肉体的にも精神的にも鍛えられた

対談の様子:左が山内学長、右が三島氏

山内:一橋大学と東京工業大学は、東京医科歯科大学と東京外国語大学を交えた国立大学「四大学連合」として、これまで単位互換制度や相互教育プログラムなどを通じて連携してきました。そしてこのたび、さらに踏み込んで両学は東京工業大学が採択された文部科学省の「博士課程リーディングプログラム」による「グローバルリーダー教育院」を共同で運営することで、「文理共鳴トップリーダー」育成に乗り出したわけです。今後一層連携関係を強くしていきたいと願っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

三島:こちらこそ、よろしくお願いいたします。

山内:まずは三島学長のお人柄を読者にご紹介したいのですが、子どもの頃から野球がかなりお好きのようですね?

三島氏1

三島:ええ、物心ついた頃から大好きでした。小学3年生のときにチームを結成してユニフォームをつくり、グラウンドを借りてほかのチームと試合をするなどして活発な子どもでしたね。私立武蔵中学校に進学して野球部に入部し、幸いなことになりたかったピッチャーになることができました。高校に進学しても野球は続けましたが、野球に夢中になりすぎて成績が芳しくなくなり(笑)、2年生からは勉強に力を入れるようになりました。でも、やはり今日まで一貫して野球は好きですね。

山内:今はどのチームのファンなのですか?

三島:福岡ソフトバンクホークスです。私は東京生まれの東京育ちですが、子どもの頃は南海ホークスが好きだったのです。当時は野村(克也)、杉浦(忠)という名選手の全盛時代でした。それ以来のホークスファンですね。

山内:やはり同世代ですね。実は私も子どもの頃は野球ばかりやっていました。同じように友だちとチームをつくって、対抗試合をしましたね。子どもたち皆が野球に夢中で、場所を取るのが大変でした(笑)。何とか場所を探して試合をしていましたが、私のチームはとても弱くてなかなか勝てなかったのです。ただ、そんな経験が幸いして、人生には勝ち負けがあるのは当たり前のことと受け止めることができ、その後何ごとによらずうまくいかないことがあっても挫折するといったことはありませんでした。三島学長にとって、野球を経験してよかったと思うことはありますか?

三島:チームプレイの大切さを学んだように思います。マウンドでピンチのときに、よくサードの選手が近寄ってきて励ましてくれました。団体競技のいいところですね。

山内:それは大学運営にも共通しますね。

三島:そうですね。それから、夏合宿は肉体的にも精神的にも鍛えられましたね。炎天下で1日中ノックを受け、ようやく日が暮れたと思ったら最後にグラウンドを50周走らされました。絶望的な気分です(笑)。その後、何かつらいことがあっても、あのときに比べれば、と考えることができたと思いますね。

世界でトップレベルの大学を目指す

山内学長1

山内:貴重な経験でしたね。ところで、そろそろ本題に入りたいと思いますが、東京工業大学は理工系の総合大学として世界最高を目指すと言っておられますが、一橋大学も社会科学系の総合大学としてトップレベルを目指したいと考えています。そして最近では、「社会科学系研究総合大学」というように「研究」を加えて呼ぶようにしているのです。

三島:リサーチ・ユニバーシティですね。

山内:ええ。社会科学系大学の場合、日本では研究という要素はあまり高く評価されないようですが、一橋大学は研究機能を強化して世界で活躍できる人材を輩出していきたいと考えています。東京工業大学は言わずもがなでしょう。

三島:理工系総合リサーチ・ユニバーシティを目指していますが、総合というところには人文科学系の要素も入っているわけです。昔から「くさび型」と言っているのですが、1年次から哲学や経済学、政治学など人文科学系のカリキュラムをしっかり学び、年次が上がるにしたがって理工系の専門科目が増えていくというスタイルです。「QS世界大学ランキング2012-2013年度版」ではマサチューセッツ工科大学が1位に、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の「世界大学ランキング2012-13」ではカリフォルニア工科大学が1位になりましたね。いずれも、ケンブリッジ大学やハーバード大学といった総合大学を抑えてトップになっており、私は大変刺激を受けました。世界の理工系大学のレベルは非常に高いので、東京工業大学はまずはトップ10を目標にするぐらいでもいいのではないかと私は考えているのです。

山内:トップ10なら十分入れそうですね。

三島:はい。東京工業大学では数多くの優秀な教員が世界トップレベルの研究を行っています。しかし、私はアメリカの大学でも研究生活を経験して感じたのですが、そこでは研究だけでなく教育の密度や質も非常に高いのです。4年を終えた時点では、東工大生は残念ながらマサチューセッツ工科大学の学生には圧倒的にかなわないでしょう。もちろん、東京工業大学を卒業して企業などに入って成長し、世界のトップレベルの研究者になる人は大勢いるとは思いますが。

山内:なるほど。

三島:日本の学生は、卒業要件を満たすにはどうすればいいかを考えて、なるべく楽をしようとしますね。目標はあくまでも、卒業し就職することにあるからだと思うのです。しかし、大学で高度な知見をしっかり身につけなければ、国際問題の解決をはかるような世界の舞台に出たときに、世界のトップレベルの人材と明らかな力量の差が出てしまう。そこに危機感を覚え、教育の質を転換しトップ10を目指そうと考えているわけです。

山内:どのようにすれば質が上がるとお考えですか?

三島:学生のやる気と教員のやる気がうまく噛み合えばレベルアップすると思います。教員側は、授業中寝ている学生が多ければ力は入らないし、一方、学生にしてみれば毎年同じような資料を配って説明されても面白くないと。そこで、まずは教員のほうが学生にいかにやる気を起こさせるかが先決だと思っています。

山内:そうですね。

世界の大学と単位互換のため授業のレベルを「チューニング」

三島:カリキュラムは単なるメニューではなく、ある科目を履修するには別のある科目を履修しておかなければならないといったように体系化させる必要があります。そして、成績は学習の達成度でしっかり測らなければなりません。欧米の大学と単位互換を行おうとしても、シラバスを見せると「日本の大学での学習達成度とは同等ではない」と認めてもらえないわけです。明らかに日本の大学教育の質は不足しています。そこを改善し世界のトップクラスとなるには、教員の努力が必要です。

山内:そのとおりですね。

三島:理工系の教員は、研究がしたくてたまらないのです(笑)。どうしても、講義は減らしてほしいと考えがちです。しかし、東京工業大学の教員なら研究に力を入れるのは当たり前で、さらに教育にも力を入れてもらう必要がありますね。学生は基本的に優秀ですから、火がつきさえすれば後は自分から勉強にのめり込むと思うのです。そういう環境をつくっていきたいですね。

三島氏2

山内:単位互換する場合はレベルをきちんとチェックしなければならないという点は、一橋大学でも意識しています。「チューニング(調整)」という言葉があるのですが、EUの大学はモビリティ(可動性)を高めるために熱心に行っていて、一橋大学も研究しています。2012年11月にブリュッセルで「チューニング・イン・ザ・ワールド」というシンポジウムがあって私も参加してきました。それまでEUの大学間でやっていたものをさらに広げていこうとの趣旨で、アメリカやロシア、中央アジアなどの大学も参加していました。日本の大学も必要だと思います。今まで国内では「この大学はいい大学だから、まあいいだろう」と単位互換を認めてきた節がありますが、国際的にはしっかりチューニングしてレベルを合わせなければいけませんね。そうして国際的に単位互換が進めば、自学の教育レベルもアップしていくと思います。

三島:いいお話がうかがえました。

山内:四大学連合ではすでにコースをつくって単位互換を行っていますが、チューニングはあまり厳密ではありません。それに、制度として自学にない科目は単位互換できないことになっているというのは、自学になければ基準が揃わないという理屈でしょうが、不合理です。自学にないからこそ、それがある相手の大学で学ぶ意義もあると思うのです。

三島:おっしゃるとおりですね。ですから、東京工業大学では学生が履修してきた科目を何とか認めてあげようと、似ている科目に置き換えるようにしてはいるのですが。

山内:それから、一橋大学には学生の生活やメンタルの相談機能はあっても、学習相談機能は今のところ弱いかもしれません。先輩も交えてどのように履修していくかを考える機能をもっと強化したいと考えています。

三島:いいですね。たとえばハーバード大学には、学生一人ひとりに先輩がついてサポートするシステムがあります。このような仕組みを通して大学への愛着が強まるという効果もあるようです。

素養を身につけておくことがコミュニケーション力の源泉になる

2人で構内を散策

山内:参考になりますね。さて、そうやって世界競争力のある人材を育成していかなければならないわけですが、三島学長はどういった人材像をお考えですか?

三島:日本人は会議で発言しないとよくいわれますね。国際会議では語学力の問題もあるでしょうが、そこには日本人の美徳とされる控えめな性格も影響していると思います。しかし、それ以上にまずは専門性を身につけ、それに基づいた意見を持つことが決定的に重要だと思うのです。いくら英語が堪能でも、自分の意見がなければ何も言えませんから。自分の意見をしっかり持ち、人の意見をしっかり聞き、かつ人の研究についてしっかり議論できる力を身につけさせる必要がありますね。そのためには、授業に双方向のアクティブラーニングをもっと取り入れて、普段からトレーニングするしかないと思います。

山内:同感です。

三島:留学して実感したのは、自分の専門のことなら話せても、いざ歴史の話題などになると途端に口数が少なくなってしまうことです。自国の歴史のことすらよくわかっていない。歴史でも哲学でも何でもいいのですが、一般教養をできるだけ幅広く理解していることがコミュニケーション力の源泉になると思いますね。そのためにも、つまみ食い程度に修めるのではなく、文系の素養もしっかり身につけるための体系的なカリキュラムをつくる必要があります。

山内:なるほど。

三島:一方、学部教育はすべて英語にすべきという議論もありますが、私は日本人の学生に対してはその必要はないと思っています。日本語でしっかり基礎知識を身につけてこそ、英語でも話せるようになると思うからです。そこがグローバル人材をつくるうえで大事なところではないでしょうか。

山内:アメリカの大学では、学部の4年間で一般教養をしっかり学び、大学院で専門分野を学ぶという流れが一般的なパターンですね。ハーバード大学もカレッジでリベラルアーツを学び、その後でロースクールなどに進むわけです。だから、弁護士などの専門家も歴史や哲学の素養をしっかり身につけている。理工系の場合はいかがですか?

三島:1年次に数学、物理、化学など理系の基礎はしっかりやります。もちろん人文系の科目もありますが、あまり体系化されていないように思いますね。単位の取りやすさで選択されているにすぎません。

山内:それは、一橋大学の理系科目も同じです。日本の大学にはヨーロッパの履修スタイルが取り入れられたと思いますが、学部から専門科目を履修しますね。一方、アメリカは学部ではリベラルアーツを学び、専門科目は大学院で学ぶ。アメリカのほうが優れているというわけではありませんが、そういったものも参考にしながら日本の大学はどうあるべきかをしっかり考える必要があると思いますね。

三島:同感です。

文理対話能力を育成し連携によって大きな成果を上げる

山内学長3

山内:そのカリキュラム改革の問題と密接にからんでいるのが、春入学・秋入学の問題です。一橋大学では、入学時期を春のままにしながら、本格的な授業の開始を秋に移す独自案を検討しています。これは、新入生の入学時期は4月で現行と同じですが、4〜6月の導入学期中に語学や歴史、哲学、理工系の科目などの基礎教育を行うというプランです。希望者には7〜8月での海外留学も奨励します。夏休みを経て、1年次の9〜12月の秋学期から本格的なカリキュラムを開始します。そして冬休みの後、1〜6月の春学期に入ります。学部教育は7学期で終え、4年次の12月後半〜3月を修了学期としてそこで卒業論文を完成させれば、3月には卒業できます。さらにアメリカ型クォーター制などの考え方も検討していますが、これらの案のメリットとしては、高校卒業から秋までのギャップタームの教育に大学が責任を持ち、学生に広い意味でのリベラルアーツ教育を集中的に行うことや、春入学・春卒業のまま国際標準の秋入学と同じ効果が得られること、そして学部の期間が延びないので大学院進学に影響がないことなどが挙げられます。

三島:おっしゃるとおりですね。

山内:専門外の分野について一定の知識や意見を持てることも重要だと思いますが、それは導入期間などでしっかり学べるわけです。その場合、理系をどうするかとなると、もちろん一橋大学には優れた理系の教員もおりますが、やはり東京工業大学など専門の大学と連携することでカリキュラムがより充実させられると考えています。また、その後の夏休み期間に相互交流が活発になることも考えられます。

三島:そうですね。

対談の様子2

山内:文理共鳴のためには理系の知識を身につける必要がありますから、集中的に学ばなければならないと思います。とはいえ、単純に東京工業大学と一橋大学が一緒になって総合大学になっても、それぞれの持ち味が損なわれてしまいます。

三島:先鋭的な者同士が連携するところはすごくいいですね。

山内:文理共鳴とは、高度に専門化した学術世界のなかで、文系と理系の人材が自己のそれぞれの専門に磨きをかけ、その能力を徹底的に鍛えながら、互いに巧みに連携することによって大きな成果を上げることを志向するものです。そこで必要となるのは、文理対話能力の育成です。文理対話能力を持った理系の人材が社会を考えて科学技術を推進し、文理対話能力を持った文系の人材がその産業化と社会化を進める。それぞれの人材が、対話し連携することで、科学技術は科学の世界にとどまらず、社会的課題を解決することに向かう。これが高等教育の目指すべき方向ではないかと思うのです。

三島:素晴らしいコンセプトだと思います。どう体系化していくかは難しい問題ですが、少なくとも学生の好奇心に火をつければいいのではないでしょうか。私は、メニューをたくさん用意して選ばせるよりも、シリーズ的な流れがあって、導入部分で学生が理解しやすい形にすれば、後は面白くなって学生自身が勉強していくと思うのです。そして、お互いの大学に行き来しやすい環境をつくることですね。

山内:おっしゃるとおりですね。

三島:特に大事なのは学部初年度の教育でしょう。文系の学生にいきなり量子力学を学べと言っても大変でしょうし、そこは「理解できればこんなに面白いんだ」と思わせる講義をしてあげることが大事なように思います。アメリカの大学は、1年生を教えるのは最も優秀な教員たちですよね。

山内:優れた学者には、授業も上手な人が多いように思いますね。

三島:野球ではよく、名選手は必ずしも名監督にはなれないといわれますが、学問の世界ではそんなことはありませんね。理系、文系、いずれにしても、物ごとをロジカルに考えることが大事です。優秀な人は話を組み立てながら話すことができるので、話の中身は面白いはずですよ。

「一橋大生は、頭がよくてカッコいい」というイメージに

三島氏3

山内:一橋大学と東京工業大学、およびそれぞれの同窓会組織である如水会と蔵前工業会は、広く一般市民、学生の方にも参加してもらえる「移動講座」を定期的に開催しています。昨年12月は、「〜文理共鳴〜未来に向けて歴史から学ぶ」というテーマで、広島で開催しました。そこでの三島学長の「グリーンテクノロジーと材料技術」というお話は大変面白いものでした。専門的な内容でしたが、刺激になりましたね。そういう話が聞けるだけでもためになります。

三島:山内学長の「メフィストフェレスの罠」というお話も興味深く拝聴しました。また、前宇宙開発委員会委員長である池上徹彦さんの「宇宙の時間、地球の時間〜宇宙から人を眺める」、NHK大河ドラマ「平清盛」チーフプロデューサー・磯智明さんの「大河ドラマは今、史実か?フィクションか?〜時代劇作りの現場から〜」もそれぞれ面白かったですね。移動講座ほど、バラエティに富んだ話を一度に聞ける機会はそうそうないかもしれません。それにしても、蔵前工業会の会員も元気だと思いましたが、如水会の会員も相当元気ですね(笑)。応援団まできており、すごいと思いました。また東京工業大学にエールを送ってくださって、ありがたかったです。

山内:東京工業大学の校歌も深みがあって、個性的でいい曲だと思いました。ところで、私は大学としての個性というものもよく考えるのですが、社会科学系の国立大学としての一橋大学の存在意義はどこにあるのか、ということですね。たとえば、他大学と明らかに違うのは、社会科学に特化し少数精鋭で取り組むという面と、企業人を養成するリベラルな市民意識が強いという点だと思っています。つまり、グローバルなビジネスや社会的、国際的活動を志向する人材を少数精鋭で養成するという伝統を活かしていくということですね。理工系の場合はいかがですか?

三島氏4

三島:理工系の学部は、86ある国立大学中、60の大学にあります。そのなかで医学系を除く理工系だけの大学は十数校だと思います。東京工業大学は、ものづくりを担う有為な人材を産業界に送り出すことが主要な役割であり、産業界とのつながりの深さが他大学と違う点ではないでしょうか。その点では、一橋大学と似ているのではないかと思います。同窓会同士の仲がいいのも、似たような特徴があるからかもしれません。ところで、東工大生には、いわゆる「オタク」というイメージがあるようです。ものづくりをマニアックに追求していくところがそう感じさせているのかもしれませんが、一橋大生のイメージは、どのように言われているのですか?

山内:よく聞かれるのですけれども、そこが弱いところかもしれませんね。「キャプテンズ・オブ・インダストリー」と言ってはいるんですが、もっと明確なイメージを打ち出したいと思っています。

三島:それはどういったものでしょうか?

山内:一言でいえば「スマート」ですね。この言葉には、知的で賢く、カッコいいという意味もあります。「一橋大生は、頭がよくてカッコいい」というイメージになれればいいですね。頭がいいというのは、成績がいいというよりも、どうすれば最大限の成果が生み出せるかを考えられる合理性、そういった社会に役立つ能力という意味ですね。それに加えて、最近は「強靭さ」「グローバル」というイメージも加えたいと思っています。

三島:素晴らしいと思います。それに比べると、東工大生はやや視野の広さには欠けるきらいがありますね。真面目でオタク、口下手で、一つのことにのめり込むというイメージがあります。

山内:でもそれは、典型的な日本人の生き方のモデルのように思います。決して負のイメージではないのではないでしょうか。日本の高度成長を支えてきた人物像です。

三島:しかし、海外の人から見ればどうでしょうか。今では、もっとオープンに主張できるようにならないと世界に太刀打ちできないのではないかと危惧しています。ですから、文部科学省の「博士課程教育リーディングプログラム」に採択され、東工大と一橋大が共同して実施している「グローバルリーダー教育院」で一橋大生のスマートさを学ばせていただきたいと思っています。

海外に対しても躊躇ちゅうちょなく手を挙げて発言できるほどのコミュニケーション力を

山内:世界には発言力が優れた人がたくさんいますが、そのなかにも日本人のよさを理解してくれる人もたくさんいますね。

三島:そこは大事なところだと思います。アメリカのトップレベルの学生のようなスピーチのうまさは受けがいいかもしれませんが、日本人は謙虚さや控えめであることのよさを失ってはいけないと思います。

山内:理系の意思疎通は世界共通のようなところがあるかもしれませんが、社会科学系は言語が重要で、日本語で日本人に与えられる情報量と英語でのそれとでは圧倒的に違います。ですから、教育は日本語でやらざるを得ないわけです。その点、明治期の日本人は近代化に努力して、大抵の学術用語をすべて日本語に置き換えて、日本語で教えられるようにしました。これはすごい財産だと思います。そして国立大学はある意味で国家を背負っているわけですから、日本国のために日本語で日本文化を継承させていくという役割も担っていると思います。

三島:なるほど。

山内学長4

山内:ですが、一方で大学もグローバル化の必要性に迫られていることが大きな問題となっています。そこで、学問の成果はできるだけ英語でも発信していくことも極めて大事ではないかと思います。言ったことが、世界的にどれだけ価値のあることかがわかるからです。そのためにも、海外に対しても躊躇ちゅうちょなく手を挙げて発言できるほどのコミュニケーション力を身につける必要があると思うのです。

三島:全く同感です。夏休みの1か月だけでも、学生をとにかく海外へ行かせるといったことが必要かもしれませんね。

山内:短期でもいいと思います。海外へ行ってしまえば、学生自身が感じて考えるようになりますから。

三島:英語が通じないときの情けなさ、通じたときの嬉しさ(笑)。

山内:そんな体験をして、初めて「もっと経験を積まなければいけない」と自ら思うようになる。恥をかいたとしても得るものは大きいのです。

三島:先日、アメリカのルース駐日大使が来校して講演をしてくださったのです。そこで「外へ出てリスクを取れ、失敗しても失敗と思う必要はなく、いい経験をしたと思うべきだ」と学生たちに投げかけてくれました。ありがたかったですね。「留学するメリットがわからない」と言ってくる学生がいますが、それこそ行ってみればわかるのです。自分でハードルを高くしてしまっているだけなのです。

東京工業大学のグリーンヒルズ1号館にて

東京工業大学のグリーンヒルズ1号館。この研究棟は、二酸化炭素の排出を60%削減し、棟内で消費するエネルギーをほぼ自給自足できるグリーンエネルギーシステムを持っている。

山内:理系の人にも、海外に出て、どんなものが求められているかを知ってほしいと思います。

三島:日本人の技術者は素晴らしいものをつくりますが、世のなかで何が必要とされているのかを考えないところが弱点です。「ガラパゴス」などと揶揄やゆされてしまうこともありますが、機能は素晴らしくてもオーバースペックで高くて売れないのですね。ですから、まさに「文理共鳴」して世のなかで本当に必要とされているものをどのように開発し、どのように売っていくかを、力を合わせて考えられる人材を育てていきたいと思います。

山内:そのとおりですね。今後ともぜひよろしくお願いいたします。

(2013年4月 掲載)