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自分に何かが起こった時のリスクヘッジは、自分です。

  • 株式会社ウェザーマップ気象予報士/一橋大学空手道部女子監督千種ゆり子氏

2018年10月05日 掲載

千種ゆり子氏プロフィール写真

千種ゆり子(ちくさ・ゆりこ)

2010年法学部卒同年大手インフラ系企業に入社後、2013年10月気象予報士資格を取得、NHK青森「あっぷるワイド」、NHK青森ラジオ第一「あっぷるラジオ」の出演を経て、2017年1月よりテレビ朝日スーパーJチャンネル(土曜)の気象コーナーに出演。「千種ゆり子あおもり四季ごよみ」/毎日新聞青森版、「千種ゆり子お天気みちくさ」/毎日新聞全国版などでの執筆活動や講演活動なども行う。2016年埼玉県富士見市のPR大使に、2018年一般社団法人東京都空手道連盟の空手アンバサダーに就任。現在はフジテレビ「99人の壁」などにも出演し、クイズ番組でも活躍中。

気象予報士と空手道部女子の監督。二つの肩書を持つ法学部OG

株式会社ウェザーマップに所属し、テレビやインターネットを介して気象情報を提供する気象予報士。全国国公立大学空手道選手権大会での優勝を目指し、一橋大学空手道部女子部員を指導する監督。まったく異なる二つの肩書が、千種ゆり子の中では同居している。根幹にあるのは正義感だ。「何かを守ろうとする意識が、人より強いのかもしれません」と千種は語る。「何か」とは、いったい何をさすのか。
「気象情報は、防災につながります。その情報を受けとる人たちの生命や生活を守るために、エビデンスを持って発信しているつもりです。空手を始めたきっかけは、護身術を身につけたかったから。つまり自分自身を守るためのものです。私はもともと臆病なところがあって、何かを守るために自分を磨くことで、臆病な自分を打破したいのだと思います」
千種ゆり子は、2006年に一橋大学法学部に入学。入学と同時に空手道部に所属し、4年間の活動の中で初段を取得、卒業後に三段まで取得した。2010年の卒業とともに大手インフラ系企業に就職。学生時代で鍛えた技能維持を目的に、卒業後も母校の道場に週1回のペースで通いつづけたという。そして、後ほど詳しくふれるが、入社1年目の3月に東日本大震災が発生する。震災の影響は千種が勤める企業にも及び、社内に動揺が広がった。しかしそのことが、かえって千種に自らのキャリアを考えるきっかけを与える。
社会が抱える大きな課題の一つ、環境問題に向き合うことで自らのキャリアを切り拓いていこう。そう決意した千種は、気象予報士の勉強をスタート。2013年の夏に合格後、株式会社ウェザーマップに入社した。
ほとんど雪が降らない埼玉で生まれ育った千種は、雪の予報も実感を込めて伝えられるようになるために、青森での勤務を希望。気象予報士としてNHK青森のテレビ・ラジオ番組に2年間出演する。その間に、新聞での連載を持つようになり、現在はテレビ朝日「スーパーJチャンネル(土曜)」に出演。Yahoo!天気・災害で配信する動画の制作・出演も手がけている。毎日新聞 全国版で「千種ゆり子 お天気みちくさ」という連載を持ち、近年は地球温暖化や防災に関する講演活動も増えてきた。2017年からは一橋大学空手道部女子の監督に正式就任。同年の全国国公立大学空手道選手権大会では、「女子団体組手」で過去最高の3位という成績を残した。
気象予報士として、空手道部女子の監督として、千種は今大きなステップを踏もうとしていると言えるだろう。

社会の問題を解決するために法律というルールを学ぼうと決意した高校時代

千種が一橋大学法学部を志望するきっかけとなったのは、高校時代に受けた授業を通して数々の社会問題にふれたことだった。たとえば現代文の授業では新聞などの論説を読む機会がある。そこで「ここが問題だ」「もっとこうしていかなければ」というメッセージにふれ、持ち前の正義感に火がついたと語る。
「教科書以外にも、先生が持ってきた新聞記事などで社会問題について知るわけです。環境問題、死刑制度の問題......社会には問題がたくさんあるのに、なぜ解決できないのだろう?という疑問が湧いてきました。
特に死刑制度を考えるにあたっては、高校の頃に流行っていた『デスノート』という漫画の存在が大きかったです。罪を犯した人を主人公がデスノートという道具で死刑に処す......というストーリーは、死刑制度の問題に近いと感じました。罪を犯した人を処罰すれば済むのだろうか。本当は犯罪者の生い立ちや、犯罪者をつくり出した社会の中にもその原因を探る必要があるのではないか。そこでまずは社会のルールである法律を学ぼう、と。人々が安心して暮らせる社会をつくるために、法律を学び、仕組みをしっかり理解したいと思い、一橋大学の法学部を受けました」
千種の親族には裁判官、弁護士などの法曹関係者が多い。そのことも、千種の選択に影響を与えていたと言える。しかし自分の職業として、特に意識はしていなかったそうだ。むしろ進学時には、国家公務員として環境省に勤めることを視野に入れていたと語る。
「環境問題にも強い関心を持っていました。ただ、本当に温暖化になっているのか?という疑問はあっても、高校生の時点では手元にデータがあるわけでも、それを読みこめるわけでもない。伝聞をもとにした疑問にとどまっていました。いつか環境省などで環境問題に真正面から取り組みたい、という思いもあって、国家公務員の道も選べる環境は重視していました」
負けず嫌いだった千種は、自らの選択をできるだけ高いレベルで形にするため、受験勉強で学力を伸ばせるところまで伸ばした。そして2006年の春、一橋大学法学部に入学する。

個々のパーソナリティを大切にする一橋大学という環境が私の成長を促してくれた

千種ゆり子氏2

入学後、千種はそれまで縁のなかった空手道部に入部する。冒頭でもふれたように、きっかけは護身術を身につけて自分を守れるようにすること。そして、自分に自信をつけることだった。
空手を4年間学ぶ中で黒帯を取得した千種。大会などで他大学の空手道部と接しながら、一橋大学は一人ひとりのパーソナリティを大切にする環境だと感じたそうだ。
「体育会系の場合は、皆で一丸となって頑張ろう!という空気になりやすいですよね。しかもそれがマンモス校となると"全体"に焦点が当たりやすくなります。それはそれで一つのカラーだと思います。でも一橋大学は、練習内容も、学業との両立の仕方についても、一人ひとりの活動を重視してくれます。都心から離れた学生数が少ない大学なので、一人ひとりが自分の"個"を見つめたり、じっくり考えたり、ということが落ち着いてできる環境ではないでしょうか」
そんな環境だからこそ、千種は学業においても自分の意見や疑問をアウトプットすることを恐れなかった。しかしその真っ直ぐさゆえに、たびたび壁に突き当たる経験もしたそうだ。
「入学当初は思ったことをそのまま発信して、よく人の話の流れを止めてしまいました。語学クラスの男友達から『人の話は最後まで聞きな。言いたいことがあれば、そのあとに言おうよ』と意見され、かなりショックを受けたのです。私の高校は女子校でしたが、女の子同士ってそういうストレートな表現を避ける傾向があると思います。私には免疫がない状態で、異性の友達からズバッと意見されて、自分の感覚や価値観が一気に否定された気分でした。もちろんその人に、私を全否定する意図はなかったと思います。でもそういった体験のおかげで、しっかり考えをめぐらせてから自分の意見を発信するようになりました。自分の成長につながったと感謝しています」
一人ひとりのパーソナリティが尊重される環境では、自分の考えを育みやすいと同時に、異なるパーソナリティを持つ他者との摩擦も避けては通れない。文字どおり切磋琢磨の環境が、「自分には合っていた」と千種は振り返る。

安定志向が働いた就職。大きな自然災害によって自らのキャリアを見つめ直した

千種ゆり子氏3

2010年、一橋大学法学部を卒業した千種は、大手のインフラ系企業に就職する。国家公務員となり環境省へ......という道も視野に入れての進学だったが、「就職活動のどこかの段階で、自分が安定志向になっていたからかもしれない」と、千種は回想する。社会人として働く一方で、就職後も週1回は大学の空手道場に通い、後輩のコーチをしながら自ら練習に汗を流していたという。
そんな千種に転機が訪れる。2011年3月11日の東日本大震災。就職して2年目を迎える直前のことだった。
「社内には大きな動揺が走りました。私に限らず、当時一緒に働いていた人たちは同じような無力感に苛まれていたのではないでしょうか」
しかし、この時千種は改めて自らのキャリアを考え直した。自然災害、そして防災という観点から環境問題と向き合い、自分の力で解決したい。大きな組織の一員ではなく、個人であっても解決者側でありたい。それこそが自分のやりたかったことなのだ――と。
「そこで気象予報士になろうと決意したのです。温暖化問題についても、ソースである気象データについて勉強しよう、と。そうすれば、高校時代は伝聞でしかとらえられなかった温暖化問題を、今度は自分の言葉で伝え、解決策を発信できるのではないかと考えました」
2012年からスクールに通い始め、1年後の2013年夏、気象予報士の試験に見事合格。その後株式会社ウェザーマップに所属し、2014年にNHK青森放送局で「お天気キャスター」としてデビューした。青森への勤務は自ら希望し、オーディションに出向いている。2年間の勤務後、民放・BS各局での仕事も経験し、現在はテレビ朝日での出演や毎日新聞での連載、Yahoo!天気・災害の動画配信、自ら学んだ気象予報士スクールの講師など、マルチに活躍している。しかし、いわゆる「与えられた」仕事は一つもない。オーディションを受けて千種自身の能力が評価され、その実績が広がっていった結果だ。つまり、所属こそウェザーマップといいう組織だが、キャリアの積み方は個人事業主に近いと言えるだろう。
本人曰く将来の自分を守ろうと安定志向にシフトした社会人デビューした千種だが、10年後の現在、安定とは対照的なポジションを「楽しい」と言い切る姿が印象的だった。

目標は全国国公立大学選手権大会での「優勝」。そして気象予報士としての「その先のキャリア」

千種ゆり子氏-空手の様子

社会人1年目に大きな転機を迎えた千種は、2018年の今年、二つの領域で大きなステップを踏もうとしている。
一つ目は空手だ。2017年から正式に一橋大学空手道部女子の監督に就任。それと同時に全国国公立大学空手道選手権大会の「組手」で3位入賞を果たした。空手道部女子としては過去最高の成績である。当然、今後の目標は「優勝」である。
「あまり役職を意識しないように心がけています。監督然とするよりも先輩、OGとして後輩の学生を導いていけたらいいですね。
稽古は1回2時間、『無心でやらないように』とアドバイスしています。上達するには稽古時間を増やすことが近道ですが、部員には学業がありますから、それはできません。留学などの機会はどんどん活用してほしいですし、時間を増やさないのであれば、稽古の密度を上げる必要があります。つねに『今日はここを直そう』と意識して取り組むと、結果がまったく違ってきます。私は週1回しか稽古を見に行けませんが、だからこそ結果の違いが良く分かります。結果が出せている学生は皆、自ら考えて稽古に臨んでいる学生です」
なお、今年は一般社団法人東京都空手道連盟の空手アンバサダーにも就任。2020年に向けて、空手全体の普及活動にも貢献している。
もう一つは、言うまでもなく本業の気象予報士だ。テレビやインターネットでの発信、全国紙での執筆など、多岐にわたる活動についてはすでにふれたが、今年は講演活動の依頼も増えているという。
「気象予報士として5年目を迎え、自分でデータを調べ、考えたことを形にできる状況は整ってきました。さらに最近では講演活動も加わってきています。エビデンスを持って発信した情報をもとに、講演を聴いてくださった方々の暮らしに影響を与えられる、そんな可能性も出てきました。
ただ、自分の力で防災につなげたい、人々の生活を守りたいということが本来の――それこそ高校時代から持っていた――目標です。気象予報士のその先のキャリアを視野に入れる必要があるかもしれません。当面は、再生エネルギー分野に関する事業について勉強し、再生エネルギーの割合をどうすれば増やせるか、その可能性を追求したいと考えています」

一橋大学で学んだからこそ、個人でも頑張れる自分がいる。自分のリミッターを外してほしい

千種ゆり子氏4

高校時代、持ち前の正義感を発揮する道筋をつけ、紆余曲折はありながらも「人々を守り、そして自分自身を守ること」を自らのキャリア構築の原動力としてきた千種ゆり子。最後に、一橋大学を目指す高校生と後輩である一橋大学の在学生に向けて、それぞれメッセージをもらいたい。そう依頼すると、彼女はしばし考え、言葉を選びながら、次のようなコメントをくれた。
「まず高校生の皆さんには、ビジネスに興味があるのならぜひ一橋大学に来てほしいと思っています。
商業や経済について学べる機会がたくさんあり、マーケティングのゼミも豊富です。卒業して、社会に出てから自分の会社をつくりたい、起業しないまでもベンチャーで思いきり活躍したいという人にはぴったりの大学ではないでしょうか。私は法学部出身で、一度は大手企業に就職した人間です。そんな私でも、今自らを売り込み、仕事を獲得する立場になり、『一橋大学で学んだおかげで、自分はかなりできているな』と感じるほどですから。
お金の流れやマーケティングを学びたい人が来れば、きっと学ぶことは多いでしょう。社会に出れば何らかの形で企業には関わります。ならば一橋大学で学ばない手はありません。そして在学中は優秀な学生同士で伸ばし合い、卒業したら学部を超えたネットワークをもとにぜひ活躍してほしいですね。
そして、現在一橋大学で学んでいる皆さん。
皆さんは今、個のパーソナリティが尊重される環境を十分に満喫していることだと思います。その環境を活かして、興味のあることにはどんどん挑戦してください。つまみ食い、でもいいんです。大切なのは、自分で自分のリミッターを外すこと。「一橋の学生はこう振る舞わないと」「卒業したらこういう世界に行かないと」――そんなリミッターを、自分から外してほしいと思います。
私はどこかで自分にリミッターをかけて就職し、自然災害と、その後の就職先の状況によって、外的要因により自分の人生について考え直しました。環境の変化によって自分の考えを改めるぐらいなら、最初からリミッターを外し、自分で自分を崩したほうがいいじゃないですか。
自然災害だけではなく、病気、社会保障の崩壊......私たちの生活を取り巻く環境は大きく変化しています。自分を信じて、興味の向くままに進んでいきましょう。何かが自分に起こった時のリスクヘッジは、自分自身ですから」