「紙」をテーマにしたシンポジウムで考える 古典資料・貴重書の保存・維持の社会的意
2017年夏号vol.55 掲載
平成28年度より、一橋大学社会科学古典資料センターでスタートした「西洋古典資料の保存に関する拠点およびネットワーク形成事業」。この事業は、文部科学省で採択された共通政策課題に関する取り組みとして、同省の支援を受けながら推進されている。今回、その事業の一環として、古典資料・貴重書籍の構成要素となる「紙」を主題としたシンポジウムが開催され、古書の取り扱いに関するノウハウを共有する場を提供することとなった。
中野 聡
副学長
加藤 雅人
東京文化財研究所文化遺産国際センター 国際情報研究室長
宍倉 佐敏
女子美術大学特別招聘教授
江夏 由樹
帝京大学教授・一橋大学名誉教授
山部 俊文
一橋大学附属図書館長・社会科学古典資料センター長
屋敷 二郎
一橋大学社会科学古典資料センター教授
吉川 也志保
言語社会研究科特別研究員
文部科学省による支援事業の一環として開催されたシンポジウム
[文化的・学術的資料の保存シンポジウム「書物の構成要素としての紙について〜本の分析学〜」]と題された今回のシンポジウムは、一橋大学附属図書館と社会科学古典資料センターが主催者となり、2017年2月15日(水)に一橋大学西キャンパスの如水会百周年記念インテリジェントホールで開催された。文部科学省において共通政策課題「文化的・学術的な資料等の保存等」に採択され、平成28年度から3年間実施される「西洋古典資料の保存に関する拠点およびネットワーク形成事業」の一環として実現したものだ。
社会科学古典資料センターが行うこの事業では、国内の大学及び類縁機関から実務研修生を受け入れ、西洋貴重書の保存修復作業に携わるOJTを実施している。また、各種講座や研修会の開催、各大学や研究機関との意見交換を通じて、一橋大学社会科学古典資料センターには古書取り扱いに関する知識やノウハウが集積されており、今後はこれまで以上に保存に関する国内ネットワークのハブともいえる重要な拠点となることを目指している。
シンポジウムには、大学図書館関係者や研究者、製本・出版に関わる多くの方々が来場した。予想以上の事前申し込みがあったことから、急遽席数の多いホールへと会場が変更になった。開会挨拶を行った中野聡副学長(国際交流・広報・社会連携担当)は、一橋大学社会科学古典資料センターが所蔵する経済思想史関連の書籍・資料群が、その分野における世界四大コレクションの一つと目される貴重なものであること、さらに、社会科学古典資料センターが持つ貴重書の修復及び保存・維持技術の高さについて述べた。歴史的価値の高い蔵書を保存・維持することの社会的意義を考え、そこから何を学ぶかというシンポジウムのテーマを説明した。
その後、山部俊文・一橋大学附属図書館長\社会科学古典資料センター長が登壇し、デジタルアーカイブ化が進む昨今の図書館事情を見据えつつも、本の価値について自身の経験を交えて語った。終戦直後に発行された独占禁止法の解説書を手に取った時、書籍そのものに宿る熱気やエネルギーを感じたのだという。山部館長は、このシンポジウムを通して資料保存の意義を改めて共有したいと、趣旨を伝えた。
専門家による講演、全体討論から本の構成要素である「紙」の現在・未来を考える
趣旨説明の後には、吉川也志保・言語社会研究科特別研究員、宍倉佐敏・女子美術大学特別招聘教授、加藤雅人・東京文化財研究所文化遺産国際センター国際情報研究室長の3人の専門家が講演を行った。
吉川特別研究員は「洋書の紙質と本の寿命について」と題した講演の中で、蔵書の寿命に関する研究状況を紹介。フランス国立図書館で行われた悉皆調査のデータなどを交えながら、保存環境や本の発行年代、素材である紙の状態から、本の寿命について考察した。紙の材料である植物繊維研究の権威である宍倉氏は、「洋紙の原材料を観察する」というテーマで講演を行った。紙の製法に関する歴史とその原材料や木材パルプの種類について説明。それぞれの耐久性についても解説を加えながら、本を保存・維持するうえでの繊維分析の重要性について語った。その後に登壇した加藤氏は「『モノ』が持つ情報とその保全~科学・技術の限界~」というテーマで講演。文化財としての古典資料や貴重書をいかに後世に残していくか、という視点から、デジタルアーカイブの射程と限界や修復に関わる問題に関して論じた。
3人の登壇者は、この日の最後のプログラムとなった全体討論にも参加した。この全体討論は、江夏由樹・帝京大学教授\一橋大学名誉教授をコーディネーターに、会場から寄せられた質問にそれぞれが回答する形で進行。吉川特別研究員には、本の寿命を延ばすために必要なこと、ベストな保存方法はあるのか、という質問がされた。それに対し、「寿命を延ばすためには、なるべく湿気を避け、カビの発生を抑えるのが基本。紙や製本などの素材が大きく劣化したものに関しては、その後の処置を専門家の手に委ねるべき。保存に関しては、同じ素材でも地域によって受ける害は違ってくるので、ベストな方法は一言では言い切れない。日進月歩で登場する新しい保存方法を受け入れる姿勢も必要」と回答した。また、紙の組成分析と修復の関係について問われた宍倉氏は、「和書の修復は、使われている紙とできる限り同じもので行う。別の紙を使って修復しても意味がないので、場合によっては修復する人が自分で紙を漉いて作業する。だからこそ紙の原材料の分析が重要になる」と語った。加藤氏には、紙の劣化を避ける方法に関する質問が寄せられたが、「正確な科学的認識を踏まえて対策を検討する必要がある。たとえば、一般に脱酸性化と言うが、正しくは除酸と化学的中和は別の事柄である」という持論を展開した。
全体討論の後に閉会の挨拶に立った屋敷二郎・一橋大学社会科学古典資料センター教授は、本の保存や修復を誰のためにやるのか、という部分をしっかり見据えるべきだと語った。そして参加者に「書物の大切さを伝えていくのも、私たちの大きな使命」という言葉を投げかける形で、シンポジウムは終了した。貴重な書籍や古典資料を、その実物のまま残し、後世に伝える。そのために、構成要素である紙という素材を深く知り、本そのものを分析することが重要であるということを参加者に理解させる、有意義なシンポジウムとなった。
平成28年度文部科学省共通政策課題 文化的・学術的資料の保存シンポジウム
書物の構成要素としての紙について〜本の分析学〜
日時 | 2017年2月15日(水) 13:00~17:00 |
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会場 | 一橋大学如水会百周年記念インテリジェントホール |
主催 | 一橋大学附属図書館・社会科学古典資料センター |
後援 | 国立大学図書館協会東京地区協会 |
プログラム
開会挨拶 | 中野 聡 副学長 | |
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趣旨説明 | 山部 俊文 一橋大学附属図書館長・社会科学古典資料センター長 | |
講演 | 「洋書の紙質と本の寿命について」 吉川 也志保 言語社会研究科特別研究員 |
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「洋紙の原材料を観察する」 宍倉 佐敏 女子美術大学特別招聘教授 |
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「『モノ』が持つ情報とその保全〜科学・技術の限界〜」 加藤 雅人 東京文化財研究所文化遺産国際センター国際情報研究室長 |
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全体討論、質疑応答 | コーディネーター | 江夏 由樹 帝京大学教授・一橋大学名誉教授 |
パネリスト | 宍倉 佐敏 女子美術大学特別招聘教授 | |
加藤 雅人 東京文化財研究所文化遺産国際センター 国際情報研究室長 | ||
吉川 也志保 言語社会研究科特別研究員 | ||
閉会挨拶 | 屋敷 二郎 一橋大学社会科学古典資料センター教授 |
(2017年7月 掲載)