佐藤主光教授が紫綬褒章を受章
- 一橋大学経済学研究科 教授佐藤 主光
2024年10月2日 掲載
2024年春の褒章で、一橋大学経済学研究科の佐藤主光教授が紫綬褒章を受章した。
紫綬褒章は科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術分野における優れた業績を挙げた人物に対して授与される褒章である。佐藤教授は、2003年に発表した『地方交付税の経済学--理論・実証に基づく改革』(赤井伸郎・山下耕治との共著、有斐閣)が日経・経済図書文化賞をはじめ数々の賞を受賞したほか、2011年に発表した『地方税改革の経済学』(日本経済新聞出版社)がエコノミスト賞を受賞。経済学の手法を持ち込んだ地方税の新しい分析が高く評価された。これらの著作及び多数の国際ジャーナル論文に結実した地方財政・地方税の改革に関する一連の研究が評価され、2019年度の日本経済学会・石川賞を受賞。今回、25年というキャリアの中で財政学の発展に貢献し続けた功績が認められた形だ。そこで、『HQ』の編集部員を務める経済学研究科の竹内幹准教授が話を伺った。二人は、石弘光一橋大学名誉教授(故人)のゼミの先輩・後輩である。
佐藤 主光(さとう・もとひろ)
1992年一橋大学経済学部卒業。1994年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1998年クィーンズ大学経済学研究科(カナダ)Ph.D.取得。博士(経済学)。一橋大学大学院経済学研究科教授、同大学国際・公共政策大学院教授、同大学大学院経済学研究科 研究科長・経済学部長。2004年『地方交付税の経済学--理論・実証に基づく改革』(有斐閣)にて日経・経済図書文化賞、NIRA大来政策研究賞、租税資料館賞、2012年『地方税改革の経済学』(日本経済新聞出版社)にて第52回エコノミスト賞、2019年第14回日本経済学会石川賞 2019年など受賞多数。2024年紫綬褒章受章。
できるだけ現実と関わっていくことを心がけた20年
竹内:このたびは紫綬褒章の受章おめでとうございます。はじめに、佐藤先生が研究者として大切になさってきたことをお伺いできますか。
佐藤:キャリアを始めてもう25年になりますが、その中で心がけてきたことは、現実との関わりです。分野的に元々地方財政からスタートして、2004年に『地方交付税の経済学』で日経・経済図書文化賞を受賞しました。2000年代初頭で大きな議論になっていたのは地方分権だったのです。これからの日本の地方自治体はどうあるべきなのか、租税競争やソフトバジェットといった当時行っていた理論研究を日本の制度や改革の流れと照らし合わせて議論していたということになります。具体的には、地方交付税は実は地方予算をソフト化することで、地方自治体の自立を阻害しているのではないか、非効率を起こしているのではないか、という本を書いたのです。スタートはもちろんアカデミックな観点ですが、研究を現実の改革に関連づけることが最初のこの時点から行えていたのかな、と思います。
竹内:現在も財政学者として政府の審議会で責任を果たしていらっしゃいます。
佐藤:そうですね。私も今、政府税制調査会や財務省財政制度等審議会に入っており、財政学者としてこの日本の現状にどう向き合っていくのか、いろいろ考えてきました。最近『日本の財政--破綻回避の5つの提言』(2024年、中公新書)を書きましたが、今の財政赤字をこのままにしておいていいのかどうかについて、研究書というよりは啓蒙という、政策的な色彩が濃い内容になっています。できるだけ現実と関わっていくという、この25年間一貫させてきた、研究者としての姿勢です。
竹内:理論研究のほうでも、ロビン・ボードウェイ先生(カナダ クイーンズ大学経済学部教授)と今でも一緒に研究されていますね。
佐藤:はい。ボードウェイ先生は私のクイーンズ大学院留学時代の指導教員でありまして、彼とは特に最適課税についていくつか論文を書いています。最適課税は元々望ましい税体系や再分配を考える理論的なフレームでしたが、そこに公営住宅や教育を組み合わせたり、脱税の観点を織り込んだりして、最適課税という分野を拡張するという形で理論研究をいくつか行ってきました。最初は本当に純粋な理論研究だったのですが、ここにきて日本の税制を考えていくうえでも再分配のあり方を考えていくうえでも、こういう研究はさまざまな示唆があると思うようになってきましたね。
クイーンズ大学院への留学から運が開けた
竹内:先生が学部生のときに所属されていた石弘光先生のゼミ時代、クイーンズ大学の大学院留学時代について教えていただけますか。
佐藤:大学2年生の時に石先生が前期ゼミをやられていました。当時財政学の存在を知らなかった私は、経済思想や哲学に興味があったことで、塩野谷(祐一)先生(現:一橋大学名誉教授)の経済思想のゼミに行きたいと思っていました。しかし、腕試しのつもりで石先生の前期ゼミの門を叩いたら、たまたま入ることができて、そこで初めて財政学に出会ったのです。その前期ゼミが終わる時に石先生から「大学院に来ないか」と誘われ、当初は大学院に行くつもりはなかったものの、石先生から言われたので「はい」といていう感じで(笑)大学院に進学することになりました。
竹内:石先生の指導方針はどのようなものでしたか。
佐藤:石先生、引いては当時の大学院の方針は「留学する」だったので、博士後期課程から留学することになりました。クイーンズ大学を選んだのは、経済政策・税制がご専門のボードウェイ先生がいることを石先生から紹介してもらったからです。ここから研究者としての運が開けました。当時、林正義先生(現・東京大学)が1年早くクイーンズに来ていて、ボードウェイ先生のところで一緒に研究をしていたのです。また、サバティカルで青山学院大学の堀場勇夫先生、明治学院大学(当時)の三井清先生もいました。「日本人が多かったから良かった」という意味ではなく、一緒にさまざまな研究をできる人がたまたまそこにいました。ボードウェイ先生もいい方で、「共同研究をしよう」ということで大学院の1年生の時から一緒に論文を書いていました。それが縁でベルギーのCOREワークショップに行くようになり、そこで共同研究のネットワークが広がっていきました。中でも良かったと思うのは、カナダ、ヨーロッパの福祉国家を自分の目で見られたことです。日本の制度と近かったし、私の問題意識とも近かった。ですからカナダから帰国した際も、日本の現実と自分の研究の間に大きなギャップを感じなかったのです。
石ゼミから佐藤ゼミへと継承されたもの
竹内:石ゼミの思い出と、佐藤ゼミに継承されたものがあれば教えてください。
佐藤:石先生は基本的にゼミの間ご発言はされず、見守ってくださっていたので、学生同士で議論をすることを学びましたね。それから先生は時間に厳しい方で、ゼミに遅れたら大変なことになりました。締め出されるだけでは済まないので、時間を守るということに関しては身につきました。おかげで今でも、当たり前といえば当たり前のことですが、私は時間通りに授業をやるし、遅れたりはしません。それから原稿の締め切りにも遅れたことがないです。この感覚はもう、石先生に徹底的に叩き込まれました。
竹内:たしかに、石先生はゼミの学生の議論をじっと見守ってくださいましたね。先生の佐藤ゼミはいかがでしょうか。
佐藤:私は見守りに徹することはできないため、学生とオンラインで事前に指導をして、細かいことはそこで言います。学生の報告内容を理解しておいて本番に入ると、あとは学生たちの議論に任せる。これも石ゼミの伝統だったのですが、佐藤ゼミでも報告者とコメンテーターをセットにしています。石ゼミでは報告する学生とは別にコメントをする学生がいて、3年生の報告に対して4年生がコメントするし、4年生の報告は4年生同士でコメントし合うことになっており、同じルールを導入しました。そうすることで学生たちが議論をしやすい環境づくりを考えています。
竹内:そこには学生に「こういう力をつけてほしい」という思いがありそうですね。
佐藤:議論してほしいのです。そのための質問力は大事で、どんな些細なことでも、一見議論に関係ない質問でも良い。大事なのは、きちんと訊けるかどうかです。AIが答えを出してくれる今の時代、人間がやることは「質問する」こと。ですから、質問力がすごく問われる時代になってきました。学生には積極的に質問をして、議論に参加してもらいたい、と思っています。
「ゼミの大学」を貫きながら、さらに知名度を上げる取り組みを
竹内:一橋大学の今後について、どのような思いをお持ちですか。
佐藤:一般論から申し上げると、私は大学の教員は大きく三つのグループに分かれると良いのではないかと思っています。一つ目のグループは基礎研究、それも世界最高レベルの研究をどんどん進めていかれる先生たち。二つ目は、社会に発信する先生たちで、おそらく私はこの分類に入ると思います。三つ目は学生の育成をされる先生たちです。大学院レベルになってくると、最新の研究をされている先生方が研究の指導をするのは当たり前ですが、学部ではそうはいかないでしょう。ですから学部生の指導、教育をしっかり行う先生たちが必要です。この三つのグループが有機的に連携できると、大学がうまく機能していくと思います。
竹内:では創立150周年を迎える一橋大学の今後については。
佐藤:一橋大学をひと言で表現すると「ゼミの大学」です。創立150周年を迎えても、これは変えるべきではないと思います。他方で、変わっていかなければならないこともあります。一橋大学は東京圏外では案外知られていませんので、知名度を上げていかなければならない。良い研究者は日本中にいますから、サバティカルという形で一橋大学に来て研究を行っていただいて、また戻ってもらう。そういう形で日本全国の大学にネットワークを広げる試みがあってもいいと思います。また、学際研究もさらに進めるべきでしょう。現在、東京医科歯科大学1、東京外国語大学、東京工業大学2と本学で連携する四大学連合においてポストコロナコンソーシアム社会という取り組みに関わっており、そこでは東京医科歯科大学の先生と組んで共同研究している方もおられます。自分のツールを使いながら違う分野に入っていく、そんなふうに研究領域の壁を越えていくことが今後必要であり、そこは一橋大学として変わっていくべきことだと思っています。
竹内:変えるべきところは変えて、一橋大学がイニシアチブをとっていくと、ということでしょうか?
佐藤:いえ、一橋大学の役割はマッチングだと思います。さまざまな研究者がいる中で、研究者同士をマッチングさせる。あるいは基礎研究と社会発信をマッチングさせる。雇用が流動化しているご時世ですから、これからは同じ大学にずっと在籍しているという研究者は減ると思います。それでもいいのです、一橋大学にいた人が外に行った時も一橋ファミリーであり続けてくだされば。客員研究員などの形でずっと関わりながら、いつでも戻ってきてサバティカルに入る、ワークショップに参加してもらう。そういう人間関係を築き続けていくことができれば、外に出ていく人たちが増える分、ネットワークもまた広がっていくことになります。
さまざまな社会問題を自分事としてとらえてほしい
竹内:非常に前向きなご提案を伺いました。先生ご自身は、研究者として今後どのようなことを展望されていますか?
佐藤:私にできることは二つ。一つは、若い研究者たちのための研究環境を整えていくことです。もう一つは最新の研究を私なりに咀嚼して社会に発信していくことでしょう。私は今もさまざまな審議会の委員をしていますが、中央組織の政策形成はこれまであまり経済学的なバックグラウンドをベースにしてこなかったと感じています。もっと最新の知見を政策形成の場に反映させていくことはあっていいと思います。私はたまたまそのチャンネルを持っているので、できるだけ最新の研究を追うことで政策の現場に反映させたいと考えています。
竹内:最後に、「HQ」の読者に対してメッセージをお願いします。
佐藤:少々厳しい言い方になりますが、多くの人に、社会に関心を持ってほしいと思います。現在、東京財団政策研究所のプロジェクトとして、国民に対してネット調査を行っており、その結果を見ると分かるのですが、財政赤字への関心は強いものの、財政赤字がなぜ生まれてきているのかについては理解されていません。日本の財政赤字の問題は社会保障の問題であり、社会保障は国民が受益するものですから、財政赤字は自分事です。しかし、どこか他人事になってしまっている。もっと世の中のことを自分事としてとらえてほしいと思います。地球温暖化の問題も同じです。特定の企業がCO2を出しているから生じている現象ではなく、自分たちが使っているエネルギーが地球を温めているのです。さまざまな社会問題を自分事としてとらえてほしいということは、「HQ」の読者に対して伝えておきたいです。
竹内:本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
1、2 2024年10月より東京科学大学(予定)