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HIASに「脳科学研究センター」が発足、社会科学研究の新たなアプローチへ

2024年7月5日 掲載

2023年7月、一橋大学社会科学高等研究院(HIAS)に「脳科学研究センター(HIAS-BRC)」が発足した。センター内には磁気共鳴機能画像(fMRI)装置や電磁シールド実験室(予定)が備えられており、人間の脳の働きを視覚化し、社会科学の研究に資する、最先端領域へのアプローチが可能となっている。同センターの活動内容や狙いについて、センター長の福田玄明ソーシャル・データサイエンス研究科准教授に話を伺った。

福田 玄明氏プロフィール写真

福田 玄明(ふくだ・はるあき)

脳科学研究センター長
ソーシャル・データサイエンス研究科准教授

磁気共鳴機能画像法(fMRI)の現在

「社会は人間とその活動によって成り立っています。社会と、そこで発生するさまざまな現象を理解し、社会課題の解決につなげる社会科学の諸分野の研究において、人間の認識や行動のもとになる脳活動や脳内情報処理の状態を理解することは、研究成果をより精緻なものにするとともに、未知の領域の解明につながる可能性があると言えます」と福田センター長は期待する。

海外では、fMRIを活用して脳の働きを非侵襲的に測定し、脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化する磁気共鳴機能画像法で人間の消費行動などを分析する「ニューロマーケティング」と呼ばれる調査方法が先行している。

従来、消費者の購買心理に関わる調査方法としては、アンケートやインタビュー調査が用いられてきた。しかし、人が発する言葉は、脳内で起こっている現象を的確に表現することはできず、さまざまな認知バイアスがかかるものであるため、その回答は必ずしも正確とは言えなかった。そこで、ニューロマーケティングが編み出された。たとえば、人間が好きなものに触れた時とそうでないものに触れた時、脳のある部分の反応度が異なる。こうした現象を利用し、「消費者インサイト」と呼ばれる消費者が意識していない感情や思いを測定する方法だ。

文理共創による総合知を創出するハブ拠点

「しかしながら、多くの場合は脳の反応を調べるだけに終わり、その結果が経済活動の課題解決に還元されるレベルにまでは至っていないとの批判はあります。個人的な見解としては、その要因は、研究の中心となっているのが脳神経学者で、経済学の問題意識に基づいた計測や研究になっていないことが挙げられると考えています」

こういった声を受け、本学では、日本の社会科学分野におけるリーダーとして、学内にfMRIを備えた脳科学研究センターを設立し、脳機能計測実験に基づく研究を進め、脳科学的知見による社会科学の発展を目指すこととなった。学内はもとより、広く他大学や研究機関、民間企業などとの共同研究も促進する。これにより、社会科学とデータサイエンス、医療などの文理共創による総合知を創出するハブ拠点とする構えだ。

「国内の社会科学系の大学としては、最先端の取組と自負しています」と福田センター長は語る。

社会科学の優秀な研究者が数多く集まる大学として、まずは学内の研究者を次の3領域に編成し、脳機能計測実験を通じて各領域における研究を促進していく。

脳科学研究センターの組織編成

認知科学班:鷲田祐一経営管理研究科教授、武村知子言語社会研究科教授、福田玄明ソーシャル・データサイエンス研究科准教授、浅水屋剛社会科学高等研究院講師

知覚や記憶、言語などの認知機能は、人間のあらゆる行動のもととなる。これらを研究する認知科学は、脳科学と社会科学の架け橋となる分野である。脳機能計測を認知科学的問題意識に基づき取り扱うことで、社会科学分野における脳機能計測の有効な利用につなげていく基礎領域を担う。

計算論的神経科学班:鈴木真介教授、本武陽一准教授、城田慎一郎准教授、永山晋准教授(以上、ソーシャル・データサイエンス研究科)

人工知能(AI)は、人間の脳を機械的に再現する試みである。AIのアルゴリズムが脳の思考と同様の処理に基づくとすれば、人間の行動を数理モデルで理解することにつながる。数理モデル化が進んだ経済学とマッチし「神経経済学」とも呼ばれる新たな研究領域も形成されており、ソーシャル・データサイエンス研究科とも共同して新しい研究分野における脳機能計測を加速させる。

社会心理学班:宮本百合教授、稲葉哲郎教授、後藤伸彦講師(以上、社会学研究科)、Emilia Gherghel Claudia講師(森有礼高等教育国際流動化機構)、Shaofeng Zheng講師、石川光彦講師、須藤美織子講師(以上、社会科学高等研究院)

社会的行動の神経基盤を研究対象とする「社会脳科学」と呼ばれる領域が発展してきている。社会・文化的環境が行動や感情などに与える影響を研究する社会心理学に強みを持つ本学として、蓄積した知見を脳機能計測分野でも活かせる実験方法の開発を行いながら、社会心理学の最先端の研究を進めていく。

なお、当センターは学生の研究活動にも門戸を開放しており、大学院の学生の博士論文作成に活用される予定である。社会科学領域の研究のために用いられる稀有な設備であり、まずは本学研究者や学生の積極的な活用が期待される。

HIAS脳科学研究センター:https://brc.hias.hit-u.ac.jp/