【一橋大学創立 150 周年記念事業】サスプロ座談会 Student Activity for DEI Support Project(サスプロ) 大学と学生の協力で、社会を変える一歩をつくる
2024年2月21日 掲載
飯田 匠音
商学部3年
丸野 優奈
商学部3年
池森 義文
商学部3年
清水 直人
商学部3年
野口 貴公美
副学長
(広報、ダイバーシティ担当)/法学研究科教授
鷲田 祐一
経営管理研究科教授
/データ・デザイン研究センター長
学生のアクションを大学がサポート
一橋大学は2025年に創立150周年を迎えるにあたり、現在さまざまな記念事業を計画している。その一つとして、本学のDEI(ダイバーシティ、エクィティ及びインクルージョン)の推進に関する課題や改善点などについて、意欲的に取り組む学生の活躍を学内外に発信することを目的とした学生活動応援企画「多様性に関する学生活動応援プロジェクト(Student Activity for DEI Support Project 通称"サスプロ(SAS-Pro)")」を実施した。
採択されたプロジェクトは「Mutual Connection Point-これまでにない大規模国際交流-」「トランスジェンダー・ノンバイナリー当事者も快適なキャンパスへ」「ジェンダーフリートイレPJ-ジェンダーフリートイレ設置推進-」「セクシュアル・マイノリティが安心して過ごすことのできるセーファースペースの設置」の4つ。
今回はその中から「ジェンダーフリートイレPJ」のメンバー4人とサポート教員の鷲田祐一教授、広報、ダイバーシティ担当副学長の野口貴公美教授に、サスプロが大学、学生、そして社会に与える影響について語っていただいた。
サスプロは、大学と学生が協力し合う実践の場
野口:一橋大学には発想力や行動力に富む学生が多く、学内外で、自主的に、多様な活動をしている方がたくさんいます。本学ではこれまで、このような学生の自主・自立の精神を重んじて、学生と一緒に何かをやろうと大学の側から積極的に働きかける試みは、それほど多くはなかったように思います。
今回、大学と学生がコラボレーションすることで何か面白いものを生み出せるのではないかとの発想から、創立150周年記念事業を契機に、サスプロ(SAS-Pro)という形で、学生の皆さんに声掛けをさせていただく施策を考えてみました。それに呼応して、大学と一緒に手を取り合ってやってみようと思う学生が出てきてくれたのですね。新しいチャレンジをして良かったと思っています。
皆さんは、今回、なぜこの企画に参加してくれたのですか。
清水:私たちは商学部のデータ・デザイン・プログラム(DDP)を通じて、鷲田教授や大学の方にお世話になりながら「ジェンダーフリートイレPJ」を進めてきました。一橋大学が学生の自主・自立の精神を重んじるということはつねづね感じてはいたのですが、教授をはじめとする社会的な肩書のある方や組織、機関の支援が受けられたことはとてもありがたいと思っています。
丸野:学生だけで活動していると、どうしても資金の問題だったり、欲しい資料の入手に苦労したりと、立ちはだかる壁ができてしまいます。そうした時に、大学からの協力があると、より大きなことができるのではないかというチャレンジ意欲が湧いてきます。本当にこういう機会をいただけたことに感謝しています。
飯田:私はかねてから、ダイバーシティに関して、大学の方針と学生の考えに乖離があるように感じていました。しかし今回こういう形で、プロジェクトを通じて、大学が学生と一緒に歩んでくれる姿勢を見ることができたと感じています。その姿勢が見えたからこそ、一緒に協力をしてやっていこうと思った学生が多かったのではないでしょうか。
池森:学生だからこそできることもありますし、大学だからこそできることもあると思うのですが、協力すればもっと活動の幅が広がるはずだと感じています。今回、学生と大学が協力し合いながら一つのプロジェクトを立ち上げていくという良い前例ができたのではないでしょうか。今後も続いていくことを願っています。
野口:とても嬉しい感想をありがとうございます。一橋大学には、皆さんのような行動力のある素晴らしい学生がたくさんいるのだなということを再認識しました。
学生の調査で見えてきた日本社会の課題
野口:これまでのプロジェクトを通じて、皆さんが興味深く感じたポイントがあれば教えてください。
飯田:先行事例として、渋谷区や国際基督教大学などのジェンダーフリートイレの視察にも行きましたが、新宿区の東急歌舞伎町タワーに設置されたジェンダーフリートイレが運用から4か月で廃止に追い込まれるなど、ダイバーシティを巡る議論は混沌を極めているのが現状です。まずは現在のジェンダーフリートイレの推進状況の実態を把握する必要があると感じ、実際に設置の決定権を持つビルの施主やデベロッパー500人に対して意識調査を行いました。これまでビルの施主やデベロッパーを対象にしたダイバーシティに関するアンケートはなかったようで、結果的にとても貴重なデータとなりました。
池森:興味深かったのは「貴社の建物にジェンダーフリートイレを設置する必要性を感じたことがありますか」という質問に対して、「とてもそう思う」「そう思う」と答えた方が全体で20%程度いました。もっと少ないと考えていたので、5人に1人は設置に前向きな姿勢を見せている点は、特徴的だと感じました。
丸野:一方で、「LGBTQなどの性的マイノリティの人たちが暮らしやすい社会をつくるための取組は必要だと思いますか」という質問に対して、必要性を感じていないと答えた人は、ジェンダーフリートイレの設置の必要性も感じていないことがわかりました。
鷲田:必要性を感じていないと答えた人のうち、ジェンダーフリートイレ設置が必要だと考える人はどのくらいいましたか。
丸野:3人です。
鷲田:そんなに少ないのですね。必要性を感じていないと思っている人は、ジェンダーフリートイレも、そもそも気にもかけていないのですね。ということは、取組の必要性を周知しないと、社会が変わることにはつながらないというわけですね。
池森:そうです。
野口:私は日頃から、ダイバーシティの領域は、数値化されていない「なんとなく」が、とても多い領域なのではないかと感じています。今回皆さんが、アンケートをとって、現状を数値化されたことは、とても大きな成果だと思います。
清水:ジェンダーフリートイレを設置することで生じる問題点としては、資金面よりも「ビルの評判が悪化する」ことや「利用者の不満」が挙げられ、成功事例やテンプレートなどを示すことの重要性を感じました。
飯田:今回の回答者の属性である施主やデベロッパーは9割が男性でした。年齢層も高く、40~60代の男性がジェンダーフリートイレ設置の決定権を持つことが分かりました。実際に設置を進めるためには、この層の人々に働きかけていかないといけないと思いました。
鷲田:今回、仕事の多くはB to B(企業間取引)で動いているということを分かってもらいたいと思い、施主やデベロッパーの調査をしてみてはどうかとアドバイスしました。回答者の9割が中高年男性であるということが明らかになるというのは、非常に興味深いことです。ジェンダーフリートイレを通じて、日本社会の本当の課題を、4人と一緒にあぶり出すことができたのではないかと感じています。
対立を避け、巻き込む人を増やす
野口:そもそも皆さんは、なぜこのプロジェクトに参加したのですか。
飯田:私は中学・高校をアメリカ・テキサス州で過ごしたのですが、保守的な土地柄であってもジェンダーフリートイレがあったり、性的マイノリティの友人がいたりして、ダイバーシティに触れ続けていました。帰国して驚いたのは、日本ではいまだに決定権を持つ層の多数が年配の男性であるということです。その現状に危機感を覚えました。まずは自分の手の届く範囲から少しずつでも自分たちがより良いと思う方向に変えていくアプローチが必要だと感じて、その第一歩として、「ジェンダーフリートイレPJ」を立ち上げて行動しているところです。
清水:私が「ジェンダーフリートイレPJ」に参加した理由は、ただ単純にトイレという場所が好きだったからです。僕は小さい頃から、嫌なことがあった時に家のトイレに籠るという癖があったのですが、それはトイレがすごく居心地のいい場所だったからです。今回のプロジェクトでは、その当たり前の安心感を当たり前に得ることができない人がいるということを知りました。誰もが安心できる場所をもっと増やせるように取り組んでいきたいと思っています。
池森:私は改めてジェンダーについて考えてみたかったのです。ジェンダーの話題はセンシティブで避けられやすいと思っていたので、自分から取り組まないと学ぶタイミングを逃してしまうと感じたことが一つの理由です。実際に活動していく中で東急歌舞伎町タワーも行ってみましたが、ジェンダーフリートイレと銘打てばいいというものではないと感じました。動線や衛生面、防犯面など多面的に観察しないといけないと思うと同時に、押し付けであってはいけないとも思いました。
丸野:私は、恥ずかしながらジェンダーの分野に対してあまり知識がありませんでした。しかし昨今、社会的にそういう話題が多くなり、自分の中で一度しっかり知らないといけないと感じて、勉強するつもりで参加しました。最初は、ジェンダーフリートイレは本当に安全なのかという疑問もありましたし、絶対的に必要だという感覚もありませんでした。ただ、活動をしていく中で、今のトイレの形では不便だと思われている方がたくさんいるのだと気づきました。その一つひとつを解決するための手段として、ジェンダーフリートイレが必要なのだと感じるようになりました。
飯田:「ジェンダーフリートイレPJ」を進める中で感じているのは、いかに対立軸をつくらないかということです。ジェンダーフリートイレというと、性的マイノリティの方のためだけにあると認識されているように思いますが、実際は介護が必要な方や小さな子どもを連れている方にとっても使いやすいものである、という視点が大切だと思いました。
歩み寄って対話をすることで、社会を前へ進める
野口:皆さんの、すごく柔軟な思考と、とても積極的な気持ちを感じ、頼もしく思いました。皆さんのような学生が、社会に出て活躍してくれる姿も、見てみたいですね。
鷲田:今実際に日本社会を動かしている世代も、変えなければいけないとは思っているのです。だけど一朝一夕には変えられないという状況に陥っているのではないでしょうか。おそらく世代が変われば状況も変わるのかもしれませんが、変えていけるような素地を社会につくっていかないといけません。そのためには若い人たちが問題の本質を知ることが、ものすごく大事なのだと思います。今の学生はコミュニケーションが上手な世代です。彼らはきっと、旧来的な考えを持つ人たちの心も開かせることができると期待しています。
野口:本当にそうですね。「対立軸をつくらない」ということは、すごく大切なことだと思います。世代や環境の違いで考え方はいろいろと異なりますが、お互いに歩み寄って対話をしないと前に進んでいかないですものね。
今日の座談会の中で、「大学が一緒に歩んでくれることがありがたい」と言っていただけたことは、教員の一人としてとても嬉しいことでした。せっかく大学という場に集っているのですから、歩み寄って、対話をして、対立をしないで進めていこうというやり方のほうが、様々な施策を前に進めていけるのだろうと感じました。
「自分にとって居心地のいい場所がトイレだった」というお話も、大学の施設設備のあり方に関わる大切な話だと受け取りました。大学は、ただ単に知識を身につけるだけの場ではなく、学生が学ぶために長い時間を過ごす場所であるという利用者側の目線で、施設設備の問題を考えていかなければいけないということも教えていただいた気がしています。本日は有意義な時間をありがとうございました。
各団体の概要は以下の通り
○Mutual Connection Point―これまでにない大規模国際交流―
海外からの交換留学生が日本の大学生活を最大限体験できるようにサポートします。交換留学生と学部生の交流促進を目的として、数日間の国際交流ウェルカムプログラムを開催いたします。さらに、学期を通じて、大規模な異文化交流会の開催や交換留学生のサークル・部活体験・入会支援を行います。
○トランスジェンダー・ノンバイナリー当事者も快適なキャンパスへ
本プロジェクトでは、トランスジェンダー・ノンバイナリー当事者が学内で「できること」の紹介および当事者・非当事者に向けての情報発信を行います。具体的には、「トランスジェンダー・ノンバイナリー当事者が学内で活用可能な制度や受けられる配慮についてのパンフレット作成」、および「トランスジェンダー・ノンバイナリー関連のイベントの開催」の二つの取り組みを推進します。学内外の方々のご協力を得ながら、常に当事者目線でプロジェクトに取り組むことで、一橋のキャンパスを利用する全員が心地よく過ごせる環境を創り出すことが目標です。
○セクシュアル・マイノリティが安心して過ごすことのできるセーファースペースの設置
本企画では、学内にセクシュアル・マイノリティが安心して過ごすことのできるセーファースペースを設置し、また、当事者のニーズやアライらの関心に応じたジェンダー・セクシュアリティに関するイベントを開催することで、多様な性を生きる人々を包摂できるキャンパスを目指していきます。