498_main.jpg

"Geron-Informatics"の提唱と、一例としてのICTプラットフォーム「GBER」の研究開発と社会実装

2023年3月28日 掲載

ジェロントロジーの4領域

画像:檜山 敦氏

ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター
檜山 敦教授

檜山教授は、社会に直接つながる科学技術の研究を志向し、実世界と融合した情報空間において、情報コンテンツとのインタラクション形式が実空間での人の行動や情報取得に与える影響を研究してきた。博士課程では、多人数が同時利用可能な屋内測位システムにおいてジェスチャー入力が可能なモバイル端末アプリケーションを開発し、身体動作を伴ったゲームの中で展示解説を受けるという実証実験を行った。国立科学博物館での80日間の企画展示期間で約2万人が体験し、展示物に対する記憶が向上するというエビデンスを得ることができた。

「このように研究成果が、人々の日常に浸透していくような形で研究開発に取り組んでいきたいと考えていたところ、日常のあらゆる場面で情報技術やロボット技術などが求められるようになるであろう、超高齢社会に出会うこととなりました」と言う檜山教授が出会ったのが、ジェロントロジー(Gerontology:老年学)。老年期における諸問題を、医学や生物学、心理学、社会学などの面から総合的に研究する学問である。

ジェロントロジーの対象領域は、Social-Personal、Physical-Mentalという2軸で4つの領域に分け、①バリアフリー環境等のハードウェアインフラ、②健康・医療、③娯楽・いきがい、④行政・社会制度等のソフトウェアインフラと分類することができる(図1)。

"Geron-Informatics"を構成するテクノロジー

「この4領域の研究対象である諸問題に対し、情報科学的なアプローチによる解決を目指す"Geron-Informatics"を提唱している」。"Geron-Informatics"とは、訳せば"老年情報学"となる。

それぞれに当てはまるテクノロジーとしては、①はロボティクスやモビリティ、②はウェアラブルやIoT、③はバーチャル・リアリティ(VR)、④はソーシャルメディアやAIが挙げられる(図1)。

図1 Geron-Informaticsを構成するテクノロジーの図解
(図1)

たとえば、①におけるアバターロボット。高齢者でも、空間を超えて活動範囲を拡げられるようになる。②においては、歩行姿勢診断ができる。3Dカメラで撮影した高齢者の歩行データをインストラクターのデータと比較して、前傾度や腕の振り方、歩幅などの差を一目瞭然に見える化し、正しい歩行に修正する訓練につなげられる。③としては、施設から外出できない高齢者のために、VRによる疑似旅行体験等のセラピーを提供できる。VRは体験中に自発的に体の動きを誘発する効果があり、楽しみながらの認知機能や運動機能訓練につなげることも可能だ。

地域活動へのマッチングプラットフォーム「GBER」

話を客観的な視点から主観的な視点に移してみよう。高齢期における活動ステージは、アクティブ期からフレイル(虚弱)期、エンディング期へと進行する。Geron-Informaticsは、それぞれのステージに応じた支援プロダクト/サービスを創出する学問となる。たとえば、アクティブ期に向けては定年退職後もまだまだ元気なシニアの社会参加や就労を活性化する情報プラットフォーム、フレイル期に向けては運動計測やVRトレーニング、エンディング期に向けてはVRセラピーやデジタル葬送といったものが考えられる。

アクティブ期の例で挙げた情報プラットフォームとして、実際に『 GBER ジーバー 』を開発している。「GBER」とは「Gathering Brisk Elderly in the Region:地域の元気なシニアを集める」の頭文字から取ったネーミングで、『Uber』のようなシェアリングエコノミーのプラットフォームとして親しまれることが狙いである。この研究は前出の分類では④に該当する。

少子高齢社会が進展している日本の年齢構造は、逆三角形型に進んでいくことが確実視されている。年金の問題としては、2020年の時点では3人の現役世代が1人の高齢者を支える図式が、このままでは2055年には1人が1人を支える図式になる。少数化する一方の若者層で高齢者を支え続けることは無理な図式と言わざるを得ないだろう。ここには、65歳以上でもまだアクティブな80%以上の高齢者を社会の活力として期待していないという前提がある。そういった前提を崩すことが、Geron-Informaticsの最重要テーマである。

"モザイク型就労"の促進

高齢者は、健康であっても「社会的孤立」や「閉じこもり」が重なると、どちらも該当しない高齢者に比べて6年後の死亡率が2.2倍に上昇するという研究報告がある。また、身体活動が困難な高齢者であっても、文化活動や地域活動といった異なる分野の重複実施がフレイル予防につながるとの研究報告もある。つまり、社会的な活動が高齢者の心身の健康の維持増進につながると言える。そんなアクティブシニアを労働力とすることで、前述の前提を崩すことが可能になると考える。

労働力としてのシニアの特性には、専門的知識を有する、経験があるといった強みがある。弱みとしては、時間的・空間的な制約がある。また、就労に求めることが多様といった特性がある。つまり、"不均一で多様性に富む(エントロピーの高い)労働資源"と言える。

そこで提唱できるのが、"モザイク型就労"である。モザイク型就労とは、高齢者の都合のいい時間帯に、都合のいい場所で、興味関心や能力に基づいた仕事をする。1人の高齢者が一人前の労働力を提供するのではなく、複数の高齢者の持つ技能や知識、稼働範囲をモザイクのピースとして構造化し、一人前の労働力を再構成するようなイメージだ。こうした場をつくるツールが、地域活動へのマッチングプラットフォームである「GBER」である。

"今日行く"ところと"今日用"があることが大事

その機能は、スケジュールやロケーション、興味という切り口から地域活動を個々の高齢者にレコメンドしマッチングを図るというもの(図2)。

図2 GBER:地域活動へのマッチングプラットホーム。Schedule:地域参加したい予定発信。Location:生活圏内の地域活動を検索。Interest:興味関心を手軽に入力
(図2)

最初からハードルが高い就労でなくてもよく、より入りやすい生涯学習や趣味のイベントから入り、ボランティア活動と徐々に社会性を高め、就労につなげるというパターンもある。

「重要なのは、社会参画の機会を創造することです」と檜山教授は指摘する。

この「GBER」はすでに社会実験を始めており、まずは千葉県柏市の一般社団法人セカンドライフファクトリーが導入。2016年4月から2022年3月までの6年間で、32人のアクティブユーザーにより延べ5971人分の社会参加につなげている。さらに、熊本県、福井県、東京都世田谷区、神奈川県鎌倉市でも社会実装を進めているところだ。

高齢期には"キョウイク"と"キョウヨウ"が大事だと言われている。その意味は、"教育"と"教養"も大切だが、『"今日行く"ところと"今日用"がある』ことこそが健康的な老後には大事なのではないかということだ。

技術開発研究から社会実装研究へ

今後の課題としては、「GBER」が地域で作動し続けるようにすること。そのためには、自治体を主体として、情報源としての地域活動の発掘と住民参加、そしてICTプラットフォームを活用するリテラシーづくりを同時に進めていかなければならない。さらに、より多くの情報源や参加者をつないで実効性を高めるために、ビジネスとの接続も推進させていく必要がある。端的に言えば、「GBER」を活用して収益を生むモデルをつくることだ。

「私が東京大学からこの一橋大学に移ったことで期待することの一つに、研究を技術的なテーマからこうした社会科学的なテーマを含めたものに拡張していく可能性があります。」と檜山教授は話す。

データサイエンスの観点では、高齢者がどういった社会参加を求めているのかは一人ひとり異なるので、そのニーズに最適化された情報とマッチングするためのデータベースやレコメンドエンジンの性能を高める研究の必要性がある。ソーシャルサイエンスの観点では、シニアに対する社会のイメージを変え、シニアがやりがいを感じる社会活動をいかに発掘するか。シニア自身の社会参加と就労に対する視点も、現役時代のように自分のアイデンティティを委ねる対象としての企業への関心から、自分のできることや地域の特色へとアイデンティティを持つ方向の切り替えをいかに図るかといったことがテーマとなるだろう。

以上の話を踏まえて、「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科は、社会課題の達成に向けたアプローチに創造的かつ実践的に取り組んでいきたいと考える学生さんには魅力的な学びの環境となるのではないでしょうか。」と檜山教授は結んだ。