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社会課題解決へのアプローチを学ぶための「マーケティングとデータサイエンス」

2022年12月27日 掲載

【ソーシャル・データサイエンス学部・研究科 授業紹介】

擬似データとソフトウェアを使った実践的な授業

画像:加藤 諒氏

加藤 諒准教授

「マーケティング」のコンテンツについては、まずさまざまなマーケティング理論に触れようと考えています。ただ商学部で行われる伝統的な「マーケティング」の授業とは、うまく棲み分けをするつもりです。たとえば、授業の前半は理論について学び、後半はデータ解析を行う......というようなイメージです。私は伝統的なマーケティング理論の専門家ではありませんので、学生の皆さんには、その領域をしっかり補完してもらえるといいですね。

私の授業では、基礎的な解析方法を、簡単な消費者データなど擬似的なデータとソフトウェアを使って体験してもらえるようにするつもりです。マーケティングの理論をデータ解析でどのように活かすのか、統計モデルでどのように表現するのか。このようなポイントを重視します。モデルについては基本的にパッケージで使えるものがあるので、そのパッケージ上でモデルを動かすことになるでしょう。

なお、使用するソフトウェアについては、学生の皆さんが混乱しないようにほかの授業と揃えます。研究ではMATLAB(マトラボ)を使うのですが、学生の皆さんが使うにはハードルが高いので、現時点ではR(アール)やPython(パイソン)を候補にしています。

一方で、初めにも触れたように、あまり理論の深い領域までは踏み込みません。むしろセグメンテーションやマーケティングミックス、広告効果の分析、Webデータを使ったWebマーケティングなどの実践領域に力を入れていきます。

消費者の行動を高度な統計モデルからより深く理解する「マーケティングサイエンス」

3〜4年次の学生を対象にした「マーケティングサイエンス」という授業では、もう少し高度な統計モデルを扱います。たとえばセグメンテーション分析がそれにあたります。セグメンテーションとは、たとえばアンケートで収集した年齢や性別、「こういうものが好き」という嗜好など、消費者にまつわるデータを使ってある集団に区分する=消費者をセグメントするという作業です。

そのセグメンテーションについて、授業の前半でマーケティングの理論における重要性を説明し、後半でソフトウェアを使って実際に分析すると「こういう感じになります」という、こちらも理論と実践を両方カバーするというイメージです。ちなみに、先ほど「マーケティング」ではパッケージ上でモデルを動かすと説明しましたが、「マーケティングサイエンス」ではもう少しモデルに踏み込んだ授業を行う予定です。

マーケティングを知り、興味を持ってもらうことが一番大事

ソーシャル・データサイエンス学部では、他にもデータ解析に関する授業が行われますので、データ解析のベーシックな部分は徐々に理解できるようになるはずです。もっとも3年次になる頃には、「マーケティング」の授業だけを受けていても"マーケティングデータで何でもできる"ということにはならないでしょう。3〜4年次の「マーケティングサイエンス」の授業まで受けてもらうと、自分でモデルを組み、実際に課題を見つけて解決するというレベルに到達できるようになると思います。場合によっては大学院まで含めた学びが必要かもしれません。

ただ、一番大切なことは、学生の皆さんにマーケティングに興味を持ってもらうことです。1〜3年次の授業を通してマーケティングに興味を持った学生の皆さんが、「さらにマーケティングを学びたい」と考える。そうなれば「マーケティングサイエンス」や「ベイズ統計学」などの授業で、より現実の問題解決に活かせるアプローチを自分で探ることができるようになると思います。ですから私の授業では、まずマーケティングを知ってもらうこと、そして興味を持ってもらうことを基本にするつもりです。

即時性を求めて、会計学からベイズ統計学へ

私はもともと経済学部で会計学を専攻していました。その流れで因果推論という統計学も学びましたが、個人的にはあまり楽しさを感じなかったのです。そのため、4年次の後半でベイズ統計が学べるゼミに変更し、そのままベイズ統計学を学び続け、博士論文を書きました。

会計学を楽しめなかったのは、即時的な影響力を感じられなかったからです。国の会計制度は政策によって変更されることがあります。その際、因果推論で「会計制度の変更にはどのような効果があったか」を統計モデルから推測するのですが、必ずしも政策に活かされるわけではありません。活かされるにしても実装されるまでには相当な時間が必要です。一国の政策ですから、それ自体は当然のことですが。

ベイズ統計学のゼミでは、企業のデータをもとにベイズ統計学でアプローチした成果が企業施策に活かされている、研究が役に立っているという実感を持てました。その即時性が大きな魅力でした。

企業はデータを持っていても、活用方法で悩んでいる

現在の研究領域の割合は、マーケティング:統計:会計=6:3:1というところです。とにかくデータを扱うことが楽しいので、マーケティングにこだわらず、時期によっては経営学なども研究の対象になります。

私は経済学をビジネスに応用する会社にもエコノミストとして携わっていますが、「ビッグデータはあるが、どう活用すればいいか分からない」という相談が入ってきます。そこでテレビCMなどの広告効果の測定をサポートすることがあります。広告をどういうタイミングで出すか、通年で大量に打ち出すのか、ある時期に集中して打ち出すのか、統計モデルで広告効果を測定し、スケジューリングに関するインサイト(洞察や直感)を導き出すというものです。企業は予算を組んで広告を打ち出すわけですから、効果を予想するための基準が必要になります。その根拠になるマーケティングのデータを提供するケースが多くなっています。

消費者を"束"にしながら推定を掘り下げる階層ベイズモデル

マーケティングとベイズ統計学を接続することの面白さを一つ紹介しましょう。One to Oneマーケティングという手法があります。マーケティング戦略を決める際、データを解析して消費者のインサイトを得るわけですが、伝統的なマーケティングでは消費者を均一的な存在ととらえているので、戦略も均一化されます。しかし現在では消費者に関するさまざまなデータを取れるようになったので、個別にアプローチする解析が必要になります。そこで個々の消費者の属性に合わせたモデルをつくる場合に、ベイズ統計学における階層ベイズモデルが役に立つのです。

特定の個人について得られるデータはあまり多くありません。すると一人ひとりに対してモデルをつくっていくことは難しいので、ある程度"束"にしながら推定を掘り下げるのが階層ベイズモデルです。階層ベイズモデルを使えば、消費者同士のデータをうまくお互いに補完しながら推定するので、集団についてのモデルはもちろんのこと、個別の推定よりも精度が上がります。
余談ですが、近年マーケティングでは機械学習を活用しています。機械学習のモデルはベイズ統計学に近いものがあるので、マーケティング、ベイズ統計学、機械学習の接続もかなり良いですね。

ソーシャル・データサイエンス学部は、研究者にとっても魅力的な環境

即時性に惹かれてマーケティングやベイズ統計学に進んだ私ですが、最近では個別の企業ではなく、もう少しマクロで役に立つ方法を模索するようになりました。「消費者に売ることができて良かったね」という成果も魅力的ですが、データから社会課題を読み取って解決策を考えるような研究をしたいと思っています。

そういう意味では、ソーシャル・データサイエンス学部は学生の皆さんにとってはもちろん、私たち研究者にとっても魅力的な環境だと感じています。異なる分野の先生のデータの扱い方、モデルの選択の仕方などはかなり勉強になるはずなので、私自身も楽しみにしています。(談)