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社会科学の総合大学におけるデータサイエンス教育の意義

  • 経営管理研究科准教授福田 玄明

2021年3月5日 掲載

2023年度に創設予定の、一橋大学ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)。そのスタートを前に2020年度から、全学年の学生が履修できる「AI入門」科目が開設され、学生の人気を集めている。そこで、本科目の狙いや社会科学の総合大学におけるデータサイエンス教育の意義について、担当する経営管理研究科の福田玄明准教授に聞いた。

データを用いた新たな
価値づくりは始まったばかり

福田玄明准教授の写真

経営管理研究科 福田玄明准教授

―― 授業の目的や大まかな内容から教えてください。

福田:この授業では、AIやデータサイエンスに関わる方法の原理や機能を概観し、将来の専門分野において役立つコンピュータや情報技術を用いた問題解決の方法、考え方を身につけることを目標とします。実際にプログラムを書く演習が中心になり、数学的な考え方も必要となりますが、予備知識は求めません。

―― 一橋大学の学生がデータサイエンスについて学ぶ意義はどういったことであるとお考えですか?

福田:データサイエンスは、アリストテレスの経験に基づく科学、ニュートンの理論に基づく科学、コンピュータによるシミュレーションに基づく科学に続く、第4の科学といわれています。"第4次産業革命"とも呼ばれていますが、世の中ではインターネット環境が進化し、あちこちでAIやIoTが利用され、多様かつ大量のデータが蓄積されるようになりました。しかし、実際にこうしたデータを用いた新たな価値づくりはまだ始まったばかりと感じています。現状の当該作業は、情報科学の専門家が目に見える範囲においてのみ行っていると思えるからです。今後、社会のことを知っている人たちがデータサイエンスの技術を身につけることで、もっと大きな可能性が広がっていくと考えられます。

そこで、一橋大学の学生がデータサイエンスを学び、こうした可能性を担う人材に育ってもらうことが世の中に大きな価値をもたらすことにつながると期待できます。

そのために、現状の技術で現在の問題をどう分析するかを学ぶことも大切ですが、この「AI入門」ではもう一歩先を見て、これからの技術も取り入れながら将来の問題を発見し解決していける人材になるための準備となるような内容にしていきたいと思っています。つまり、今までと科学的にも社会的にも異なるタイプのエビデンスを提供し、社会の課題解決につなげる人材を育成したいということです。現在、企業のデータサイエンティストが行っているような事例を学ぶことはできますが、それではあまり先を考えることの役には立たないのではないかと思っています。

社会的に「こんなものができたら
凄い」という発想が求められる

―― 社会科学の専門家がデータを使いこなすことで、社会の課題を解決し新たな価値を創造できるようになるということですね?

福田:そのとおりです。社会の諸問題を解決するソリューションを提供できるのは、情報科学ではなく社会科学の専門家だと思います。AIやIoTは随所で活用され始めていますが、現状のデータサイエンスは、難しく扱いにくいものと思われているでしょう。しかし、今後はもっと社会に還元されていくようになるのは間違いありません。

―― 具体的なソリューションのイメージとして、どういったものが考えられるでしょうか?

福田:たとえば、ウェアラブルセンサーを用いて自殺予防につなげるソリューションが考えられます。カナダやアメリカで既に研究が行われていますが、ウェアラブルセンサーで脈拍や呼吸、体温など様々なバイタルデータを測定し、データ分析によって精神状態を割り出し、自殺行為に及ぶ可能性がある場合にアラームを発出するといったものです。情報科学など理系の観点からは、得てしてこうしたソリューションが物理的に可能かどうかしか考えませんが、果たしてそのような方法で人の精神状態を覗き見ることが道義的に許されるものなのか、議論の余地があると思います。そこで、社会科学的な観点で検証を加えることにより、より有効な使い方ができるようになると思います。つまり、技術的にではなく、社会的に「こんなものができたら凄い」という発想を実用へと導いていく、それは現在のデータサイエンスに不足しているものだと思います。

AIは決して万能ではないことを
学んでほしい

―― この授業はプログラミング演習が主体ということですが、学生に対してどの程度の到達度を期待していますか?

福田:事前にAIについてどう思うかアンケート調査をしてみたところ、全く触れたことのない学生の多くは、まるで魔法のようなものというイメージを持っているようです。だからこそ、実際に触れて「こんなこともできないのか」ということを感じ取ってほしいです。AIについての報道はたくさんありますが、できないことはニュースにはなりませんね。ですから勘違いしてしまいがちですが、AIは決して万能ではありません。この授業では、自分でプログラミングし実際に動かしてみて、「このあたりが難しい」「このへんが重要」といったことが自分なりに理解できればいいと思います。また、「AIなんて面白くない」「自分は馴染めない」といった感想でもいいと思っています。いざやってみると、やったことがない状態とは違う感想があるということだけでも収穫です。

―― 企業などに就職し、実際にデータを扱うことになる学生は少なくないと思います。この授業で学んだことは具体的にどう役立つと思われますか?

福田:実際にAIを開発するとなれば、エンジニアの力を借りることになるでしょう。その際、エンジニアから「そんなことはできません」と言われるシーンが考えられますが、この授業でなぜできないかを理解できるようになると思います。実際にどんなAIを開発してほしいかを詳細に指示するには、この授業だけでは難しくもっと学ぶ必要がありますが。

一橋大学には最初からきちんと
理解したいという学生が多い

―― これまで授業をしてきて、一橋大学の学生の学習姿勢などをどのように感じていますか?

福田:まだオンライン授業しかしておらず、学生の表情がつかみ切れていないので不安はありますが、コンピュータの習熟度にバラつきがあると感じます。けれども、コンピュータが苦手だという学生であっても熱心に学ぼうという姿勢を強く感じます。一橋大学には全体的に勉強熱心な学生が多いように思いますね。オンライン教材か何かで自主的に学んだ形跡のある学生もそれなりの割合でいました。そして、最初からきちんと理解したいという姿勢を感じます。そもそもプログラミングは、興味関心がある者が何かをつくろうと調べながらやっていくうちにできるようになっていた、といった覚え方をする場合が多いです。もちろん、最初からきちんと学んでいくというやり方も有意義ですが、肩の力を抜いて、思い思いに進めていって一向に構わないと思います。授業ではソースコードをたくさん書いてもらいますが(笑)。とはいえコンピュータサイエンスの専門家やエンジニアを育成するわけではありませんから、プログラミング能力を鍛えることを目的とはしていません。プログラミングを通じて、コンピュータや情報技術を用いた問題解決の方法、考え方を身につけてほしいと思います。

―― 具体的には、どんなAIをプログラミングするのですか?

福田:世界に流通しているデータがたくさんあり、それを使っています。たとえば、NBAの試合で、誰がどんなプレーをして何回リバウンドを取り、何回シュートして何点取ったか、というデータから、特定の属性のルーキーが5年後もプロとして活躍できるかどうかを予測するAI、といったものです。このような実習を通じて、データとそこから導き出される結論の因果関係を感覚的に感じ取る力を養成したいと思っています。

さらにいえば、スマートフォンを持ち歩いている学生は、自分の個人情報が満載された端末を持ち歩いているという感覚も養ってほしいですね。我々がインターネットを利用する際、知らず知らずのうちに個人情報を提供しています。そのデータがどこでどのように使われているのか、知っておく必要があると思いますが、そうしたことも授業で学べると思います。