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それぞれの「あるべき姿」を目指し、模索を続けるオンラインゼミ

2020年12月24日 掲載

今回HQで紹介する、経済学部と大学院法学研究科のオンラインゼミは、それぞれ異なる環境において実施されている。2020年末現在、前者は対面とオンライン双方の参加方法が用意され、ゼミ生が自らの判断で選択している。後者は教員・ゼミ生ともにオンラインでの実施を余儀なくされている中で、テーマに対する議論を深めていっている。置かれた環境において、一橋大学のゼミの「あるべき姿」について模索を続ける様子をレポートする。

難しい時期だからこそ、教員と学生の対話が不可欠

  • 経済学部竹内幹ゼミ

オンラインゼミの運営についても学生とともに議論を重ねる竹内幹ゼミ

竹内准教授の写真

経済学研究科 竹内幹准教授

今回紹介する学部のゼミは、経済学研究科の竹内幹准教授のゼミである。2020年度の始めはオンラインのみでの開催だったが、9月以降はオンラインと対面のハイブリッド形式を採っている。

竹内准教授自身は実験経済学、行動経済学を専門に、組み合わせオークションや時間選好の研究を行っている。ただしゼミにおいては、「学生一人ひとりが興味を持っている社会問題について、経済学的な思考の枠組みを使って説得的な主張を展開できるようにすること」(教員紹介ページより)をテーマとしている。学生がどんな問題に、どのような学問ツールを使って臨むかは各自の裁量に委ねていることが大きな特徴だ。その裁量の大きさは、コロナ禍におけるゼミの運営について、竹内准教授と学生が対等に議論できるという点でも一貫している。

そこで本稿では、竹内准教授とゼミ生の瀧澤亮さん(経済学部3年生)の双方から、ゼミが向き合う現在進行形の課題について伺った意見を紹介する。

ゼミの目標は、オンラインでも対面でも変わらない

竹内ゼミの形態がオンラインか対面かによって、そもそもゼミのテーマは変容しているのだろうか。

竹内:「それはまったく変わりません。一人ひとりがしっかり勉強し、その勉強成果を踏まえて、みんなで話し合えることがゼミの目標であり、それはオンラインか対面かという形式に関わらず達成できると考えます」

瀧澤:「まず、オンラインでも対面でもゼミの場に求める意義は変わらないと考えます。また、事前の準備の質に比例してゼミ内での学習は充実したものとなっていき、ゼミの意義が深まっていくというゼミの性質には変化はないと思います。そのため、オンラインでも時間と労力をかけて準備をしてきています」

自室はもちろん留学先からでも参加できるのがメリット

瀧澤 亮さんの写真

経済学部3年 瀧澤亮さん

竹内ゼミでは、ハイブリッドでの運営になった現在も、オンラインで参加するか教室に出席するかは学生の判断に委ねられているという。ゼミにオンラインで参加できることのメリットとしては、どのようなものが挙げられるだろうか。

瀧澤:「参加方法が学生に委ねられているというのは助かります。というのも、私の場合はギリギリまで準備に時間をかけているので、自室からゼミに参加し、自分の発表を無事に終えたらすぐ横になれるというのはありがたいですね。他のゼミの学生にも話を聞きましたが、学生同士の話し合いを、日中の図書館から夜のオンラインに切り替えられたことで、コミュニケーションが円滑になったという面もあるようです」

竹内:「発表を聞いて意見を言うために、わざわざ対面式のゼミに来る必要はありません。旅行先からでも参加して意見を表明することはできます。また、留学中の学生がゼミに参加できることもオンラインのメリットと言えるでしょう」

耳打ちに立ち話。気軽な会話の機会が損なわれるというデメリット

オンラインでの実施によるデメリットについては、どのように考えているだろうか。

瀧澤:「2点挙げられます。まず、"発表者"対"全員"という構図になるため、この構図が苦手な発表者は萎縮してしまいますし、発表を聴いている側も発表中は意見を言えないことです。そして、ゼミの前後の学生同士の気軽な立ち話がないことも気になっています」

竹内:「カジュアルに意見交換ができないという意味で、瀧澤さんの指摘はその通りです。対面のときは、発表を聴いている側は、他の聴き手や発表者に対して、身振りやアイコンタクトなどの非言語コミュニケーションをとることができていました。オンラインだと、それができないので、発表者と聴き手の意思疎通が難しくなります。また、ちょっとした立ち話などが、実は気軽な意見交換の場として機能し、考えを掘り下げるきっかけにもなっているのです。これもオンラインによってその機会が損なわれてしまっています。形態は変わっても、そうした重要なコミュニケーションの機会をオンラインでも同じように作り出さねばなりません。これは、教員である私にとっての課題だと認識しております」

対面で得られていたものは何か。それをオンラインで出来るか

竹内ゼミのオンラインゼミの様子

しかし今後については誰にも確かなことは言えず、模索の期間が続く可能性が高い。その中で、どのようにゼミを運営していくべきか。

瀧澤:「ゼミとは別に、(オンラインで)少人数で会話ができるブレイクアウトルームを設けるというのは一つの方法だと考えています。この空間を"ゼミの前後の立ち話"に位置づけられると、コミュニケーションが活性化されるのではないでしょうか」

竹内:「瀧澤さんの提案も含め、『リアルで得られていたものは何だったか?』を洗い出す必要があるでしょう。そうすることで、『得られていたものをオンラインでできるか?』という議論が可能になると思います」

今後どのような運営の仕方になったとしても、教員と学生が常に近い距離で意見交換できる関係が担保されることが何よりも重要である。お二人への同時取材を通して、一橋大学のゼミだからこそできる対話であると、改めて認識することとなった。

中国からオンラインで参加するゼミ生も交え、
緊張感あふれる議論を展開する角田ゼミ

  • 法学研究科角田美穂子ゼミ

日本に渡航できなくなったゼミ生、
日本に留まった中国人留学生、そして教授。
3人によるオンラインゼミを週1回実施

法学研究科・角田美穂子教授が行っている大学院生を対象とした演習(以下、角田ゼミ)では、最新判例の分析を通して、民法(財産法、デジタル化がもたらす法的課題)を研究している。

構成員は修士2年の江臨風さんと、修士1年の呉童さんの2人。ともに中国からの留学生だ。折からのコロナ禍により、江さんは移動が難しくなったため、日本に滞在。一方、別稿でコメントを寄せてくれている呉さんは、たまたま冬休みに中国に帰省したところ、日本への渡航が禁止となり、そのまま実家に留まらざるを得なくなった。

そこで毎週木曜日に行われる角田ゼミでは、角田教授、江さん、呉さんがオンラインでつながり、3者間のコミュニケーションをとっている。具体的には、江さんは執筆中の修士論文のブラッシュアップのため、呉さんは論文作成に向けたテーマの絞り込みのために、進捗をプレゼンし合いながら、角田教授のアドバイスを受けている。どちらのプレゼンに重心を置くかは毎回異なるそうだが、今回のオンライン取材では、呉さんのテーマ絞り込みに向けた進捗発表が中心だった。呉さんの研究テーマがプラットフォーム提供者の法的責任であり、同テーマは日本と中国の両国において重要視されていることであるため、中国に滞在していても調査研究が進めやすいという利点があるようだ。ただ、プラットフォームを巡っては多方面で様々な変化が起こっていることもあり、追いかけるターゲットの絞り込みには毎回苦労しているという。

画面越しに展開される質疑応答によって、
リアルに引けを取らない議論が展開される

角田ゼミのオンラインゼミの様子

呉さんが研究中の判例は2件ある。1件目は個人情報の開示請求に関する事案。2件目は個人情報漏えいを理由とした損害賠償の事案だ。

PC画面には、呉さんが作成したWord文書が大写しにされる。文面をスクロールしながら事案の内容、原審の判断、最高裁の判旨などを発表し、最後に自らの考えや疑問点を提示していく呉さんに、角田教授による質問が様々な角度から寄せられる。「最高裁がこう決断を下した社会的背景について、どう思う?」「原告がこの裁判で引っ張ってきたロジックは分かる?」「呉さんはこの判決のどういう点に興味を持ったのかな?」等々。

時折、一緒に発表を聞いている江さんにも、呉さんへの意見やアドバイスを求める角田教授。江さんの意見をすんなりと受け入れてしまいそうな呉さんに、「そんなに簡単に折れてはいけない」と釘を刺すことも忘れない。

発表後、どちらの判例の研究を深掘りしていくべきかについて、江さんの意見をヒアリング。そして呉さん本人の感触を聞いた結果、個人情報の開示請求に関する事案に絞り込まれた。「判例評釈をもっと調べてみましょう」という角田教授のアドバイスで、オンラインゼミは終了となった。

1時間に及ぶ議論はあっという間。少人数のゼミならではの緊張感あふれるコミュニケーションは、オンラインであってもまったく変わらない。離れているからこそ、互いの一言一句に向けられる集中力は、もしかするとリアルを凌駕しているかもしれない。

ゼミ生コメント

呉 童さんの写真

日本の法学教育はとてもきめ細かい。
博士課程以降も日本で研究を続けたい

法学研究科 修士1年
呉 童さん

2021年1月に施行される予定の中華人民共和国民法典は、大陸法の典型である日本の法体系に影響を受けています。そこで私は日本の法律を学ぶ必要性を感じました。留学先に一橋大学を選んだのは、専門知識の習得と法律家の養成に力を入れていて、実際に中国の学会でも一橋大学出身の研究者は有名だったからです。そして、角田教授による「私法理論からみたプラットフォーム提供者の法的責任」の研究成果に感銘を受け、角田ゼミを選びました。

現在、私は中国の実家からオンラインでゼミや授業に参加しています。修士論文を作成するための研究計画を立て、ゼミで角田教授や先輩の江さんにチェックをしてもらいながら、日本語のブラッシュアップのために学部のゼミにも参加。その他にも毎日様々な授業を受けています。

日本・中国それぞれの判例や、雑誌の論文にはオンラインでアクセスできるので、資料を探すことに差し当たり不便はありません。ただしあくまで"差し当たり"です。図書館には行けないので、事案によっては詳細に調べられないケースもあり、評釈を知りたい場合などは苦労しています。

日本の法学教育はとてもきめ細かいので、博士課程以降も日本で研究を続けるのが私の夢。早く日本に戻り、研究を進める環境を取り戻したいと考えています。