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新型コロナウイルスへの対応:オンライン授業

2020年9月30日 掲載

新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐため、2020年度の春・夏学期の期間はキャンパスを閉鎖し、全授業がオンライン化された。その導入や運用にどんな問題があり、どう対応したのか、また秋学期以降はどう臨むのかといったことについて、事務局及び教員の話を基にレポートする(敬称略)。

数週間で全授業の
オンライン化を準備

各所に新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐ対策が求められ始めた3月中旬。一橋大学の学部全授業を管理する教務課も急遽、キャンパスの閉鎖に伴う授業のオンライン化の検討を迫られた。
「春学期のスタートからオンライン授業へ切り替えなければならないとすれば、あまりにも時間がなく、当初は『無理ではないか』という声もあった。よく数週間で立ち上げることができたと思う」と平山大輔教務課長は打ち明ける。教務課から要請を受け、オンライン化のシステム面を担った鈴木健太郎情報基盤センター長も、「日本社会全体が同様の状況に直面している中にあって、『できるだけのことを前向きにやっていこう』という空気に動かされました」と話す。
授業のオンライン化の検討を始めた平山らは、国立情報学研究所(NII)がホームページで発信し始めていた各大学の実践情報を検証しながら、オンライン授業の形式の検討やツール選定を行う。形式としては、予め録画した授業の動画をクラウド環境にアップし、学生はいつでも視聴できる「オンデマンド形式」と、教員と学生がテレビ会議のように画面を通じてリアルかつ双方向的にコミュニケーションできる「ライブ形式」、及び「オンデマンド形式」と「ライブ形式」を適宜組み合わせた「折衷形式」に大別された。オンデマンド形式は大人数の授業に向き、ライブ形式はゼミなどの少人数でディスカッションしながら進める授業に向いているといえる。
「ライブ形式においては、一橋大学がすでに導入していたGoogleの『G Suite』と親和性のある『Google Meet』と、当時急激に普及し始め利用希望の声が上がっていた『Zoom』を、全教員が利用可能なツールとして準備しました。」(鈴木)
一方、オンデマンド形式の授業は、『Zoom』『Google meet』の録画機能を用いて作成することができた。鈴木は「それまで自分自身でも『Zoom』を使った経験がなかったので、機能やどんなトラブルが起こりがちなのかといったことを学びながらマニュアルを作成した」と話す。このマニュアルを用いながら、全教員を対象にしたZoomによる説明会において、オンライン授業の技術的な説明を行った。

視聴できない事態が予想されるも
大規模なトラブルは発生せず

3~4月というタイミングにあって、授業のオンライン化以前に苦労したのは、新入学生に対するガイダンスだ。通常、入学時に開催している説明会が行えず、案内動画を作成して大学のウェブサイトに掲載することで対応した。
春学期スタート前における一番の懸念は、環境的に視聴できない学生の存在や、視聴中にシステムや回線のトラブルで視聴できなくなること。このため、トラブルなどで視聴できなかった学生のために、ライブ形式は原則的に録画するか、それができない場合は個別対応することを全教員に要請。録画に学生の顔や音声などが記録され得る点については、予め学生に許諾を求めた。
鈴木は情報基盤センター情報推進課内にヘルプデスクを設けたが、「各学部や研究科等でもご対応いただいていることもあってか、情報推進課のヘルプデスクに対する直接の質問やトラブルの報告は、予想ほど多い状態ではない。オンライン授業の開始時に大規模なトラブルも起きなかった」と話す。
「春学期はゴールデンウィーク明けからのスタートとなりましたが、予想以上にスムーズに導入できたと思います。今後、教員や学生からいろいろな意見が出ることがあれば、それを基に改善に向けて対応していきたいと思います」と平山は結んだ。

「ソクラテスメソッド」に
馴染まない懸念

では、実際の授業の現場ではオンライン化にどのように対応し、どういった問題が生じたのか。法科大学院の場合について、同院長の山本和彦教授に話を聞いた。
法科大学院では、教員と学生の1対1の問答をほかの学生が聴いて理解を深める「ソクラテスメソッド」による授業が多い。「当初、このスタイルはオンラインには馴染まないのではないかとの懸念があり、多くても1クラス40名程度なので、広い教室を使うなどして対面の授業ができないかをぎりぎりまで検討してきた。しかし、4月頃になるとそんなことを言っていられない状況となり、オンライン化の検討に切り替えた」と山本教授は話す。
当該教員間でのそれに関する議論も『Zoom』上で行ったという。そして、教員の中に他大学で『Zoom』による授業を行った経験者がいたので、その教員が一橋大学の環境に即したマニュアルを作成。学生有志を募って予行演習を行うなどして、4月中に教員の習熟化を図った。
そのうえで、全授業を録画することを決定。先行して『Zoom』授業を行っていた他大学において、学生の通信環境によって音声が聞き取れなくなるトラブル事例があったからだ。「病気や回線トラブルなどで視聴できない場合に録画を見られるようにすることが基本であるが、ライブ授業を視聴できた学生が再度見たいという場合の可否は、各教員に委ねている。録画があると分かっているとライブ授業に真剣に参加しない危惧があるためだ」と山本教授。

裁判のオンライン化に
いち早く馴染む機会に

画像:山本 和彦教授

法科大学院長 山本和彦 教授

ライブ授業の際は、データ通信量を抑制するため、学生は音声のみで参加することが基本。「発言する時はビデオをオンにした方がいいとの意見もあったが、録画が残ることに拒否感を示す学生が結構いた」という。一方、そのことによるメリットもある。山本教授は次のように説明する。
「『Zoom』には挙手機能がついているが、対面での授業では積極的に発言する学生が限られる傾向があるのに対し、『Zoom』では多くの学生が挙手するようになった。音声だけなので、心理的に発言しやすいせいかもしれない」
なお、『Zoom』によるライブ形式だけでなく、オンデマンド形式及び両形式を取り入れた折衷形式を各教員が適宜採用している。
「実際にオンライン授業を行ってみると、予想以上にスムーズに運べている。まだ始まったばかりだが、事前に懸念していた多くのことが杞憂だったと分かった」と山本教授は言う。
では、法科大学院の場合、オンライン授業のメリット・デメリットはどういったことが挙げられるのだろうか。
「コロナ禍で実際の裁判もストップしたが、海外ではいち早くオンラインでの裁判手続が始まっている。今後、裁判のオンライン化は世界的に進むだろう。その点、オンライン授業は裁判のオンライン化にいち早く馴染む機会となるのではないか。一方、デメリットとしては、自主ゼミなど授業以外の学生同士の活動が抑制されがちなことが挙げられるだろう。今後、しっかり状況をみながら対処方法を考えていきたい」と山本教授は話す。

専用機材を導入し
高精度の授業環境を構築

一橋ビジネススクール(経営管理研究科)経営管理専攻(SBA)のMBAコースの場合、「経営分析」(国立)、「経営管理」(千代田)、「金融戦略・経営財務」(千代田)の3つのプログラムに分かれ、それぞれ1学年あたり50~60名の学生が在籍している。同コースでも、教員から学生に伝えることが中心となる授業の場合はオンデマンド形式、ゼミのような双方向的な授業では『Zoom』を利用したライブ形式、又は折衷形式の3通りの方法が実践されている。
「学生に質問を投げかけ答えてもらうライブ形式の授業を数回終了した段階であるが、想定した以上に双方向のやり取りができていると思う」と経営戦略論などを担当している加藤俊彦教授は話す。加藤教授は、自研究室にインタラクティブディスプレイ(電子黒板)と専用のカメラ2台を導入。パソコンの内蔵カメラでは解像度が低く、ホワイトボードが見えにくいといった問題を解消し、より高精度の授業環境を構築している。

学生の一体感を
どう醸成するかが課題

画像:加藤 俊彦教授

経営管理研究科 加藤俊彦 教授

夜間に行われる経営管理及び金融戦略・経営財務の両プログラムの学生は、日中仕事をしている社会人が中心。そこで、仕事の都合などで講義に出席できない状況を想定し、2018年に同コースが再編された際に、授業をオンデマンドで見られるよう録画・配信システムを導入していた。このため、オンライン授業には慣れていたといえるが、「学生及び教員全員がリモートというのは初めての事態。試行錯誤している部分はある」と加藤教授は言う。一番の課題は、一つの授業を共有する学生の一体感が教室で行われる対面授業に劣ることだ。特に、入学したばかりの1年生。「2年生の場合は、入学直後に合宿を行ったうえに日頃の授業でお互いに顔を合わせてコミュニティが形成できているから、オンラインとなっても相互理解のベースがある。一方、過去の経験や蓄積がない1年生のコミュニティをどう構築していくかが大きな課題」と加藤教授は指摘する。そういった問題を少しでも解消すべく、経営管理専攻の学生有志が"『Zoom』交流会"を開催し、親睦を深める機会づくりが行われているという。
また、オンライン授業では、学生がお互いに何をしているのかが見えにくいために、授業への取組意欲による差がつきやすい。「大学は学生が主体的に学習する場という理屈だけで押し通せる時代でもない」と加藤教授。学生をどう動機付けるかも今後の課題といえる。
一方、受講場所を選ばないオンライン授業のメリットがさっそく発揮されているケースもあり、「コロナの影響で本国から出国できずにいる留学生が問題なく受講できている」と加藤教授は話す。

国際・公共政策大学院の学生の
満足度は5点満点で3.93

学生は、授業のオンライン化をどのように受け止めているのか。国際・公共政策大学院長の山重慎二教授は、2020年5月13~24日に、同大学院の学生にアンケート調査を行った(回収率65%)。その結果、全体の満足度は5点満点で3.93であった。「事前の予想より高くほっとした」と山重教授は打ち明ける。しかしながら、自由回答では自宅や寮のネットワーク環境の不安定さにより、音声が途切れたり乱れたりする現象が起きることを指摘する学生が多く、改善の必要性が浮上している。
以下、実際に本レポートの取材に協力してくれた学生の声を紹介する。まずデメリットとしては、「動画による説明では、分かりにくい箇所について即座に質問や指摘ができない。また、チャットでは数式を書くことが難しくコミュニケーションが阻害される」「図書館に行くことができず、必要な本は自分で購入しなければならない負担が大きい」「授業前後の学生同士のカジュアルなコミュニケーションが取りにくく、友人をつくりにくい。また、授業後に先生にちょっとした質問がしにくく、知識を深める機会が減る」「家で受講中にペットの犬が吠えたり、近所の人の話し声が聞こえたりして『Zoom』で流れてしまう」といった声が挙がった。

教員のやり方次第で
オンライン授業はもっと充実させられる

画像:山重 慎二教授

国際・公共政策大学院長 山重慎二 教授

メリットについては、「通学時間が不要になり、その時間をほかの用事に充てられるのは大きい」「受講場所を選ばないので、実家からや就職活動中などに外からでも受講できるのは便利」「海外や地方のゲストスピーカーの話を気軽に聞ける機会が増える」という意見が多くあった。
山重教授自身は、「実際にオンライン授業を行って発見できたことがいくつもあった」と話す。まずは、前述の通り学生も指摘しているが、海外など遠方の先生にゲストとして参加してもらいやすくなったこと。「授業をよりリッチなものにできる」という。また、ライブ形式では、『Zoom』の画面上に教員も学生と同じ扱いで並ぶため、フラットな雰囲気をつくりやすい。発言や質問をしたい学生が挙手ボタンを押せば、教員は押した順番に指名できるという『Zoom』の機能も便利だという。さらに、「学生が意見や質問などを思いついた時に、対面での挙手はためらわれてもチャットで送信することもできるので、総じて発言の機会は増やせているのではないか」と山重教授。YouTubeで公開している自身の講義を、予習用に視聴してもらうという工夫をしている山重教授は、オンライン授業のメリットを次のように語る。
「対面授業では、学生に背を向けて板書する時間が多いが、『Zoom』では学生の顔を見ながら対話ができる。学生が理解できた瞬間の表情も分かるので、双方向に議論して答えを見出すタイプの授業に『Zoom』は最適かもしれない。教員のやり方次第で、オンライン授業はもっと充実させることができる」

オンライン化に伴う
国際教育交流面への影響や対応

最後に、国際教育交流面への影響や対応についても見ておきたい。一橋大学の学生や研究者及び高度人材の国際流動化促進のための基盤形成を担う、森有礼高等教育国際流動化機構全学共通教育センターの太田浩教授に聞いた。
「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大以降、学生や教員のフィジカルな移動を伴う国際教育交流は事実上ストップしている。この事態をどう打開していくか、世界的には議論と試行錯誤の状態にあると言える。国際教育・異文化間教育をオンラインで継続すべきというコンセンサスはできているが、有効な方策はまだ見出せていない状況」と太田教授は指摘する。各国の国際教育関係者の間では "Virtual Exchange" "Online Mobility" "Blended Learning"といった、似て非なる新しい用語が飛び交う混沌とした状況にあるという。
一方で、ニューヨーク州立大学が開発した"COIL" (Collaborative Online International Learning)※と呼ばれるオンライン国際連携学習を以前から活用していた大学もある。ただし、これを行うには、「国を越えた教員間の相互信頼関係が必要であり、加えて時差や語学力の差、オンライン学習のツールやスキル、教授法なども擦り合わせなければならない。緊急時対応として自学の授業のオンライン化で手一杯な時に、海外の大学とインターネットで授業をつなぐ余裕はないのが多くの大学の現状」と太田教授。従来の交換留学は、大学間で授業料の相互免除、宿舎の提供、語学力といったことを学生交流協定で合意できていればよく、個々の科目における授業の細部を教員間で調整することまでは必要なかった。
また、交換留学では、本学と各協定校との間でお互いに毎年数名の限られた学生を選抜し、派遣し合ってきた。もし、オンラインによる交換留学を始めると、渡航する必要がなくなるためコストが下がり、参加学生が大幅に増える可能性もある。「本学の学生が語学力さえ高めれば、協定校の多様な授業科目を履修することが可能になり、協定校の学生も本学の授業を受講できるようになる。従来のような学生選抜型の交換留学とは別に、協定校との間で授業交換(Lecture Exchange)や科目共有(Course Sharing)が始まるであろう」と太田教授は話す。その際、国際基準で教育と授業の質向上が求められることになる。

※ "COIL" (Collaborative Online International Learning):情報通信技術(ICT)ツールを用いて、国内にいながら海外の学生と連携しながら、様々なプロジェクトを実施する教育手法

"海外留学"の原点に立ち返る

画像:太田 浩教授

全学共通教育センター 国際交流科目部門長
太田浩 教授

そして、何よりも大事なことは、"海外留学"の本質的な意義が改めて問われていることだろう。太田教授は次のように言う。
「海外留学は、外国の大学で授業を受けるだけでなく、その国での生活や多様な人々との交流を通して文化や言語、価値観、社会、歴史といったことを実体験から学ぶところに意義がある。これはオンラインでは代替できない。よって、海外留学の普遍的な価値は変わらない。しかし、ポストコロナの時代を見据えて、一橋大学として国際教育と留学のあり方を再構築する時期に来ていることは確か」。
本レポートの作成段階ではまだ議論が始まったばかりだが、太田教授は「オンライン授業を緊急時の代替措置で終わらせることなく、国際教育交流の新しいモードとして活用し、国際移動を伴う留学との相乗効果を目指すべきであろう。たとえば、短期留学の前後に、留学先大学とCOILを使って共同授業を行い、総体的に学習成果を高めるBlended Learning(オンライン授業と対面授業とを融合した学習)を行うことが挙げられる。また、国際的な大学コンソーシアムで授業科目の交換や共有を積極的に進めることも重要である」と話す。
 
以上、一橋大学における新型コロナウイルス感染拡大防止のための授業のオンライン化への取り組みについて俯瞰した。これらの取り組みはまだ始まったばかりであるとともに、ウイルスの実態解明やワクチンの開発もその途上にある。情勢を見ながら、さらに最適な対応が求められることだけは確かだ。